第040話 【side_ディマス・ラッカード①】

 ディマス・ラッカードが国際行商人として活動できていることが示すとおり、この世界のこの時代において、国際貿易体制はすでにある程度確立されている。


 当然複数の国家が存在するからには、その形態も様々ではある。


 この時代国際組織としては最大級である『迷宮保有国家連盟ホルダーズ・クラブ』に所属するエメリア王国と、立地条件に恵まれいくつもの発展した交易都市が集合して生まれたヴァリス都市連盟の二国間においても、基本的には他国間の例に漏れず保護貿易のカタチが取られている。


 ゲームのような世界でありながらもその骨子はあくまでも中世であり、モノだけではなく技術や知識の自由で無制限な国家間移動を是とできるはずもない。

 現実世界においても完全な自由貿易など、未だ成立してはいないのだから。


 よって当然、国家間街道に沿った国境各所には検問所が設けられ、商人はそこで通関処理を行う必要がある。


 今回のディマスの場合でいえば、エメリア王国としては「自分たちの国からなにを持ち出されるのか」、ヴァリス都市連盟からすれば「自分たちの国へなにを持ち込まれるのか」を確認することは、国家間貿易を成立させるために最低限必要な行為である。


 当然国によって持ち出し禁止、持ち込み禁止とされている品目は多数存在し、それらを『密輸』させないがために施設も規則ルールも存在する。

 『密輸』をさせないことも含めて最大の理由は、国として利益を得ることであるのは言うまでもないが。


 特に『迷宮保有国家ホルダーズ』から持ち出される商品――魔物モンスターについてはかなり厳しく管理されることになるのは当然だ。


 魔物モンスターは『迷宮保有国家ホルダーズ』にとって最大の輸出品であり、もっとも外貨を稼ぎだす商品ではある。

 だが牙の一本、血の一滴に至るまであらゆる有益な用途が存在し、その大部分が「武器」となり得る商品ともなれば、これはもはや軍需物資としての扱いにならざるを得ない。


 国家間におけるあらゆる関係が、煎じ詰めれば軍事力に裏打ちされている状況において、『迷宮保有国家連盟ホルダーズ・クラブ』が強者であり続けるためにも強力な魔物モンスターが他国へ渡ることなど、到底容認できるはずもない。


 軍や封印騎士団シール・ナイツ、B級以上の冒険者たちが正式任務ミッションによって犠牲を出しながらも狩る強大な魔物モンスターが市場へ流れることなどないという大前提があってもなお、管理を徹底することにしくはないのだ。


 つまりはディマスの場合でいうならば、ヴァリス都市連盟からエメリア王国へ出国する際はそう厳しくもないが、魔物モンスターを仕入れて帰国する際の各種手続きは相応に厳しいものになる。

 それがたとえ常にディマスが仕入れてくる低級魔物モンスターである『牙鼠』や『角兎』であっても、サイズや鮮度に至るまでうんざりするほど厳重に確認されるのが常なのだ。


 それが今回は『牙鼠』や『角兎』どころではない、ディマスはもちろん検問所の役人たちですら誰も見たことが無い強大な魔物モンスターが馬車には満載されている。


 つまり普通に通関処理などをできるはずもない。


 そもそも冒険者ギルドから購入していない魔物モンスターを満載してエメリア王国からの出国を試みたとなれば、法的にどうこう以前に大きな騒ぎになることなど当のディマス本人が一番よく理解している。


 当然の帰結として、今回ディマスは非合法イリーガルな手段を以てエメリア王国からの出国、ヴァリス都市連盟への入国をしなければならないわけだ。

 そんなことは今回の件に時点でわかりきっていたことではあるが。


 真岐まき 匡臣マサオミがディマスと別れたその日の深夜。


 エメリア王国とヴァリス都市連盟の国境。

 だが両国によって運営されている検問所ではなく、そのほど近くにある常は無人の倉庫。


 ディマスは国際行商人の常識として大事なタイミングのためにけっこうな額の投資をし、実際これまで何度か使うことによってある程度信頼もしていた切り札を切った結果、猿轡をかまされて本人にはどことも知れぬその倉庫の床に転がされることになっていた。


 だが意識が戻った今、ディマスがまず感じたのは「意外」だった。


 背後から頭部に衝撃を喰らい、意識を失うに際して最後に思っていたのは「間抜けな死に方だな、しかし苦しまなくて済んだのはよかったかも知れねえ」だったので、生きて再び意識が戻るなどとは想定していなかったのだ。


 殴られたのであろう後頭部と、床に転がされていたことによって年相応にやれた躰が当然の痛みを訴えてくる以外は、これといって怪我を負っているわけでもない。

 まあそれに関しては意識を失っている時に拷問しても仕方がないので当然とはいえる。


 ――しかしこれはキツいことになりそうだな……


 ディマスとて、今回自分が買収投資していた役人切り札が全面的に信頼できると楽観していたわけではない。

 あまりにもとんでもない今回の積荷にビビって日和ることも想定していたし、今こうなっている状況すらもある程度は覚悟してはいた。

 つまり今の時点でディマスが検問所の刑務官に拘束されておらず、一方でまだ殺されていないということは、考え得る限り最悪の事態に陥っているということに他ならない。


 買収していた役人が日和ったわけではなく、かといって莫大な価値を持つ魔物商品を奪うことだけを目的としたチンケな組織に目をつけられたというわけではないということになるからだ。


 ディマスが狡くて有能だと判断したからこそ買収対象としたその役人は、それゆえにディマスよりもずっと格上の商人――組織にも買収されていたのだ。


 ディマスにとってその役人が「ある程度は信頼できる奴」だったのは、これまでディマスが扱っていた程度の商品に限定される。

 それを越えていた場合、今回のように役人としてとはまた違ったに筒抜けになるということだ。


 だからといって国境を強行突破できるはずなどなく、ディマスにしてみればどうあれこうするしか手段など無かった。

 つまり己の力量を測りかね、マサオミからの受けてはいけない提案に時点でこうなることは決まっていたともいえる。


 そして今なお生かされているということは、その組織はディマスから商品を奪うだけではなく、その出所をこそ確認したいということに他ならない。

 

 当然ディマスの命を尊重してくれているわけなどなく、情報を引き出すために必要となれば、文字通り死んだほうがマシと思える苦痛を平然と与えてくることは間違いない。

 それもうっかり殺してしまったりしないように、とても丁寧に。


 自業自得とは自嘲しながらも、ディマスが「キツいことになりそうだ」と判断したのはそのためである。


「さて、ディマス・ラッカードさん。初めまして、私はカイン・シーカーと申します」


 その予測はわりと広い倉庫のようなこの空間に光が燈され、目の前の簡易な椅子に座した男の発言を聞いたことによって、ディマスの中で確信へと変わった。


「……俺ぁ密輸の罪でとっ捕まってる、ってわけじゃねぇよな?」


「そうですね。貴方が買収している通関士さんはきちんとをしていますよ。だからこそ書類上は貴方がヴァリス都市連盟に持ち込む商品はいつものような『牙鼠』や『角兎』だと記されていますし、実際にそれを積んだ馬車も用意されています」


 わかりきっているディマスの質問にたいして、カインと名乗った男がにこやかに答える。


「まあその結果今私はここにいて、貴方はそうやって転がっているわけでけれども」


 上品に仕立てられたスーツに身を包んだ、清潔感に溢れた優男。

 金髪碧眼の美青年だが、その蒼氷色アイス・ブルーの瞳はぞっとするような冷たさを湛えている。


 言わずとも裕福であることが伝わってくるその雰囲気からして、一見すればいかにも酒場などで女の子たちに大層モテそうな軽薄さが目立つ。

 だが実際はその雰囲気では隠し切れない剣呑な本質のために、女の子たち自身も理由がわからぬまま、なぜか避けてしまうようなアンバランスさを内包してもいる。


 穏やかに微笑んでいても、なぜかどこか怖いのだ。


「で、俺だけが明日の朝には行方不明になっているって寸法かい」


「それはこれから私がする質問に対して、貴方がどう答えるかによりますね」


 にこやかなままに、ディマスがすでに俎板の上の鯉であることを明確に告げる。

 そして自分たちが必要だと判断したモノを入手するためには、ディマスの命など毛先ほども尊重する気などないということも。


「この状況から本当に命が助かるってんなら、知ってることなら何でも歌いますがね?」


「肝が据わっていますね。だからこそ、あのようなとんでもない商品を扱えるということなのかな?」


 正直なところなんとか虚勢を張っているディマスに対して、カインはイラつきを見せることもなく本当に楽しそうにも見える。


 この状況で無駄に居丈高になる意味などないということを知悉しているのだ。

 逆にこの一見して柔らかな空気を保ったまま、常人であれば正気を保てないほどの拷問も平気で眺めていられるのだろう。


「いやもう助かんねえだろ。音に聞こえた『三大陸トライ・カンティネンツ』のカイン様が顔を晒して名乗っておられるんだ。――つまりはそういうこったろ?」


「なるほど一理ありますね」


 意外と俗っぽくからからとカインが笑う。


 木っ端行商人に過ぎないディマスでさえも、その名も顔も知っているほどの大物。

 それが大商会『三大陸トライ・カンティネンツ』の「買人バイヤー」カイン・シーカーという商人である。


 『三大陸トライ・カンティネンツ』は表向きには多数の国家、三つの大陸を股にかける大商会として知らぬ者とてない組織だが、ある程度以上その世界の情報に通じている者であれば黒い商人――武器商として有名である。


 つまり裏の顔はそこらの犯罪組織などよりもよっぽどおぞましい。


 そこの名の売れた買人バイヤーが名を名乗り、顔を晒してこんな明確な違法行為を行っているのだ、ディマスが自分はもう助からないと判断するのも妥当といえるだろう。


 それを当のカイン本人もあっさりと肯定している。


「ですがそこまで我々『三大陸トライ・カンティネンツ』を評価してくださっているなら、貴方一人くらい生かそうが殺そうがたいして影響がないとも言えませんか? それに貴方の馬車に積まれている書類とは違う実際の商品を調達できる方法を我々と共有してくださるのであれば、私などよりもよほど要職に就けるかもしれないですよ?」


「は、そいつはありがたいこったな」


 そんなつもりもないくせに一応は懐柔策も提示してみせるカインに対して、俎板の上の鯉なりに軽い怒りを感じるディマスである。




 「かもしれない」とある意味正直に言っているあたりがいっそう胸糞悪い。


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