第039話 夜戦

 アリスさん? 彼女なら今俺の隣で寝てるよ。


 意識は保っておられるが。


 しかし思い知った。


 今さら性的なあれこれがどうのこうのというハナシではない。

 異世界仕様の躰のほうはともかく、中の人である俺は初心うぶな少年からは随分遠いところまで来てしまった、草臥くたびれた会社員なのだから。


 ある程度普通に稼げるようになっていれば、別にモテなかろうがそういう方面についてはどうとでもなるのだ。

 なんならモテないまま一人で暮らしているほうが、自由にできる金だけは増えていくというシビアな現実もある。


 とはいえ確かに向こうの俺が自由にできた金程度ではとてもじゃないが手を出せないようなお店と敵娼あいかたなので、そういう意味でもすごかったのは否定しませんが。


 だがそういう意味で言うのであれば、思い知ったのはアリスさんの方だともいえる。


「くやしぃ……」


 そのアリスさんはやけに巨大で豪奢なベッドの中央、俺の隣でくったりしながらもまだそんなことを言っておられる。

 なのでうつ伏せになってさらけ出されたままの裸体、その汗が玉になって浮かんでいるすべらかな背中を撫で上げる。


「っや? あ、やぁ……ひぁ!?」


 したら悶絶した。


 まだが残っている状態なので、今刺激を与えられるのはさぞやきつかろう。

 男も女もはそう変わらないらしい。

 気持ちいいというよりは独特のくすぐったさで耐えがたいんだよな。

 実際女性の方がどういう感覚なのかは当然存じ上げませんけれども。


 なぜ宵の口からこんなことになっているかといえば、部屋についてからまずは情報収集を優先しようとした俺に矜持を傷つけられたものか、まずは一戦という流れに綺麗に持ち込まれたからである。


 どれだけ戦闘能力に長けた冒険者とはいえ、確実に歳下の若い男――つまりは異世界仕様の俺みたいなのであれば、アリスさんの色香に惑ってせっかちに押し倒してしまうのがあるべき姿なのだろう。

 そして魔物モンスターとのそれとは勝手がまるで違うにおいて完勝することで、閨事房事に関する彼我の立ち位置を明確にするのだ。


 SとかMとか、受けとか攻めとかの話ではない。

 競う種目が違っているだけで、要は冒険者たちとまるで変らぬ「どっちが強いか」を明確にすることによって、容易には覆しようのない序列が定まるのである。


 その上であくまでもお客様として立てられては、それが演技であるとわかっていてもどうしようもない。

 それが買われている側でありながら、ある面においては買っている者よりも優位に立つことすら可能とする、高級娼婦クルティザンヌとしてのやり方なのだろう。


 そういう駆け引きというか手練手管ではまったく太刀打ちができないので、それはもう百戦錬磨のお姉さまに良いように手玉に取られる美青年(笑)の図式で押し倒させられた。


 押し倒すのではなく、押し倒させるっていうのは男の俺からしたら素直に凄い技術だとは思う。

 だが豊富な実戦経験に裏打ちされたアリスさんの自信が通用したのはそこまでだったわけだが。


「ごめんなさい! ごめんなさい!? 赦してください!!!」


 背中から腰回りに触れ続ける俺に対して、全面降伏を宣言するアリスさん。

 Sの人の嗜虐心って、こういうのに触発されて生まれるモノなのかもしれないな。


 自分が触れる程度で、身をよじって震わせながら涙目で懇願する経験豊富な年上美女。

しかもそれが素人さんではなく高級娼婦クルティザンヌときたら、物理的な身体的快感を遥かに凌駕する精神的な満足感というか征服感というか……とにかくたまらんものがある。


 さすがにこれ以上続けたら怒られるか嫌われるかしそうなのでやめるが、徹底的にいじめてみたくもなるというのは、我が感情ながらちょっと空恐ろしい。


「私がこんな風にされるなんて……」


 いかにも演技でも仰ってそうな台詞だが、今の一連のやり取りの後ではぐぬぬ感がわりと素で、妖艶に微笑む超然としていた高級娼婦クルティザンヌらしい魅力とはまた違った可愛らしさを感じる。


 落差ギャップによる一撃というのは常に効果的なものなのだ。


 まあそれも含めて高級娼婦クルティザンヌとはいえ相性によっては稀にはあるだろう、敗戦時における「試合に負けて勝負に勝つ」ための手管である可能性は高いので要注意ではある。


 それにアリスさんは若造にしか見えない俺が、自分を遥かに凌駕するこの分野における戦闘力を保有していることに疑念を思っておられる御様子。

 それこそ実はエルフのような長寿系であることすら疑われているかもしれない。


 だがこの機体は間違いなくロール・アウトしたばかりの高性能新鋭機である。

 なにしろ戦闘証明コンバット・プルーフを取れたのもたった今ですしね。


 ただし操縦者中の人はわりと熟練ベテランなのですよ。


 今まではしょぼい機体しか操縦できてなかったのでまだ新鋭機若い躰の全性能を使い切れてはいませんが、それでもここまで機体の性能差があれば遅れを取ることはちょっと考えにくい。


モ〇ルスーツ性能スペックの違いが、戦力の決定的差ではないということを教えてやる!」とはいうものの、さすがにF-15Jvs戦闘妖精〇風まで絶対的な性能がかけ離れてしまえば決定的にならざるを得ない。


 操縦者も機体と同じくデビュー戦ででもない限り。


 F-15Jも素晴らしい機体であることは間違いないにせよ、架空の超高性能機と相対しては墜とされるしかないのは自明のことわりといえるだろう。


 つまり俺が思い知ったのは、同じ知識、技術を持っていても、それを以て駆使される器の違いで結果はここまで変わるのだという厳然たる真実である。

 俺が向こうのままの身体だったとしたら、ものの数分で戦闘不能状態に陥らされていたであろうことは間違いない。


 それだけアリスさんはすごかったのだ。

 今の俺の躰が快感は快感として処理しつつ、それすらものともしない超高性能だったというだけだ。

 防御だけではなく、攻撃面においても。


 少々オトコマエだのなんだのは、高級娼婦クルティザンヌであるアリスさんに通用するはずもない。

 とびきりの見た目で歯の浮くような台詞を耳元で囁いたとしても、上手に少し照れて嬉しそうにされるのが関の山だろう。

 圧倒的な経済力を背景にふんぞり返ってみたところで、似たような立場の太客が複数存在していればただただむなしいだけである。


 だが人もまた所詮は動物、シンプルなにおいては明確な優劣がついてしまうのだ。


 まあそれでアリスさんが仕事を忘れるだの、俺に夢中になるだのと都合のいいことを期待しているわけではない。

 肉体的には快楽に溺れて淫らに乱れながらも、その事実すらも己の有利に働くように冷静にができるからこその高級娼婦クルティザンヌなのだろうし。

 本気で乱れることすらも、仕事の範疇なのだ。


 性的快感だけで人を支配できるなどというのは、俺を含めた男性諸氏の妄想でしかないのだろう。


「でもいくらなんでもおかしくないですか? 触れられただけでこんな……」


 全面的に敗北を受け入れたアリスさんは、おそらく意図的に己の雰囲気を如何にも高級娼婦クルティザンヌといった妖艶なものから、とびっきり綺麗なだけの素の女の子のようなモノへと切り替えている。


 閨事で負けたからではない。

 その勝敗も前提としながら『お客様』の好みがそういうものだと判断してのことであることはまず間違いない。

 それがまた正鵠を射ているのだからそら恐ろしい。


 それにアリスさんの言うことにも一理ある。


 俺が初陣の新兵でなかったことや、今の機体が嘘みたいな高性能であることを差し引いても、ここまで一方的に高級娼婦アリスさんともあろうものが一敗地に塗れるというのは確かに違和感がある。


 中の人が熟練兵ベテランとはいえ所詮俺、それだけで女の子を腰砕けにできるような技術テクを持っているというわけでもない。


 というかそんな技術って本当に存在するんですかね?

 エロ漫画媚薬とか、エロ漫画技術とか、そういう類の非実在なシロモノじゃなかろうか。


 そのはずだが今少し落ち着いたからなのか、自ら俺の手を取って自分の片頬に当ててみてそう言っているアリスさんの様子がすでにもうおかしい。

 目がとろんとして、そういうスイッチが一瞬で入ったようになっているのだ。


 確かに思い返してみれば、綺麗に誘われてベッドの上に押し倒し、唇を重ねたあたりからアリスさんの様子はおかしかった。

 とはいえそうなってしまった男が止まれるはずもないので、もたつきつつもなんとか脱がして夜戦一戦目へと突入したわけだが、直接肌が触れるたびに「ちょ、ちょっと待ってください、ちょっと」などと仰っていたような気もする。


 軽い抵抗というお約束のスパイスかと思っていたが、思えば高級娼婦クルティザンヌの小技としてはつたないというか、そぐわない感じではある。


 まあそのまま開戦→終戦して今に至るというわけだ。

 アリスさんの痴態が相当すごかったのには、本人が言うとおりなにか理由があるのかもしれない。


 思い当たるのは俺の視界に表示されているアリスさんの情報が、俺が直接触れている間だけ軽くバグることくらいだ。


 当然アリスさんにはH.Pはもちろんジョブも表示されていないが、ごく微量とはいえM.Pは存在している。

 その数値は僅か3/3という、あってもなくてもなにも変わらないだろう程度のもの。

 だがこの程度であれば今日街で見かけたすべての人にも存在し、逆に完全にM.Pが存在しない人は一人もいなかった。

 ジョブを持たない人では、高くても5/5程度が上限値な感じではあったが。


 この世界に生きる人たちはすべて、なんらかの形で『魔力』の影響を受けているということなのだろう。


 そのアリスさんの3/3の魔力表示が、俺が触れている間は5/3とか6/3という感じでバグるのだ。

 6以上にはならない。手を離すとすぐに3/3に戻る。

 保有魔力の超過というか、倍以上は溢れ出てしまっているという解釈でいいのかな?


 ちなみに今の俺は『格闘士:Lv48』のままなので、保有魔力M.Pは一般人はもちろん、冒険者や封印騎士シールズの方々と比べても文字通り桁違いに膨大な量であることは確かだ。

 その自然回復分が漏れ出しでもしていて、直接触れたら魔力量が少ない人へは流れ込むというか、沁み込むみたいな現象が起こっているのかもしれない。

 

 アリスさんの過剰反応――本人の反応を見ている限りにおいては、性的なものと似通った快感を触れるだけで受けてしまっている感じなのは、それが原因だとしか思えない。


 もしもこの考察通りであれば、まさにエロ漫画系不正行為チート能力である。

 触れるだけで相手を気持ちよくさせられるとか、男の夢としては結構上位に来るものだと思うし。

  

 急に緩い刺激が来たのでなにかと思ったら、頬に触れさせたままの俺の手をずらしてアリスさんが指を甘噛みしている。

 この流れを放置していては、このまま二回戦に突入しかねない雰囲気が漂い始めている。


 体力もまだ十分あることだし、本来であれば望むところではある。

 だが今の俺は情報収集と、なによりもわざわざ娼館でしかできない実験をする必要があってきている。

 よってもったいないが、一度仕切り直しだ。

 なあに実験自体も基本的にはエロいことになるし、実験中は時間が止まるので朝までの時間はまだまだ長い。

 必要なだけの休憩を取って夜戦はいくらでも続行可能なのだから、まだ慌てる時間じゃない。


「でも俺は特になにもしていませんよ。単に俺とアリスさんの躰の相性がいいんじゃないですかね?」


 そうすっとぼけながら頬から手を放し、甘噛みされている親指をアリスさんの口からゆっくりと引き抜く。

 光る唾液が僅かに伝うのがクソえろい。


「お風呂も広そうですし、一緒に入りませんか。それに躰を動かしたらお腹減っちゃったんで、食事と飲み物をお願いすることはできますか?」


「あ、はい。すぐに」


 アリスさんは名頃惜しそうな艶っぽい表情を見せながらも、お客様からの注文に対しては仕事として即応してくれる。


 お風呂は素直に入りたいし、食事の用意は言うまでもなくこれから行う実験に際して、四度目の不正行為チート能力『時間停止』を行使するがための前準備である。


 その後。


 二人用としてはやたら広い風呂ではろくに情報収集の会話をすることもできず、実戦で後れを取ったアリスさんの巻き返しに翻弄されてのぼせるだけに終わってしまった。


 動物的ではない人が人であるが故のエロティシズムの分野においては、身体能力がどれだけ高くてもアリスさんと俺の彼我の戦力差は圧倒的である。

 まあのぼせたのは翻弄された結果理性が溶けた俺と、俺に触れている間は常にスイッチが入っているアリスさんがそのまま二回戦に突入してしまった結果なのだが。


 風呂上がりにお互いほかほかのまま実験の許可をアリスさんにキチンと取り、一通り試した結果ほぼ『時間停止』発動中の人の挙動は理解できた。

 その結果アリスさんには多大な迷惑をかけてお叱りを受けたが、まさかのもう一回希望をされて魂消たまげるハメにもなった。


 時間停止系の解除時の揺り返しって、そんなに癖になるものなるのだろうか。

 確かに凄い反応ではあったけど。


 さすがにそのためにもう一度24時間を過ごすのはアレなので、「そうそう連発できない不思議技術」ということで納得してもらい、できるようになったらまたお店に来るということで納得してもらった。


 うん、体よくアリスさんの固定客にされただけだな、これについては。


 あとは『時間停止』中の余った時間に総督府、冒険者ギルド、聖教会の緊急会議の様子を見に行ってみたりはしたが、当然停止しているので「やっている」ということしか確認できないのでわりと無駄だった。


 これ『停止時間』の発動が24時間固定だと、意外と使い勝手が悪いよな。

 成長レベル・アップに伴って不正行為チート能力も進化してくれないものだろうか。


 四回目は24時間フルに起きていろいろやっていたので、解除後は眠くなったのでアリスさんと一緒に寝ることにした。


 『時間停止』発動中に睡眠をとるという大前提をあっさり覆しているのはどうかと思うが、同じベッドで一緒に眠るというのをやってみたくなったんだからしょうがない。

 クロが目覚ましだけではなく、危機が迫った際には歩哨として機能してくれることを勝手に期待して、心地よい躰の疲れに微睡むままに眠り、無事朝を迎えた。


 いや無事ではなかった。


 キチンと俺よりはやく起きて俺の意識が覚醒すると同時に、腕の中で「おはようございます」と微笑んでくれたアリスさんは流石の高級娼婦クルティザンヌだし、朝食もすぐに運ばれてきたのも流石高級娼館といったところだ。


 俺の視界に移る拡張現実表示枠A.Rによれば、時刻はまだ6:00AMを少し過ぎたところ。


 だが視界の端に、明滅する別の表示欄が浮かんでいる。

 リィンやディマスさん、今はアリスさんも本名で登録されている、いわゆる『フレンド・リスト』である。


 なぜ明滅しているのかと思って意識を向けると、一つだけ名前の文字の色が灰色に変わっている。




 『ディマス・ラッカード:死亡』




 娼館で色に溺れて寝こけているうちに、ディマスさんが亡くなってしまっていたでござる。

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