第034話 ミッション・クリア

 一回目の『時間停止』を発動した際と同じ席に同じように座り、あと数分で二回目の『時間停止』の効果時間が尽きるのを待っている状況。


 一回目発動直後の驚いた顔を見られなかったのはちょっと残念だが、ターニャさんもマスター・ハラルドもヤン老師も、今は少々表情がひきつってはいるもののみな落ち着いて先刻さっきと同じ席に座っておられる。


 きちんと「30分間は騒がずにこの部屋にいる」という、俺との約束を守ってくれているというわけだ。

 

 訳も分からないままに個室を準備させられ、そこに出来たての料理を朝昼晩の二セット用意させられるとか、意味不明にもほどがあっただろう。

 ターニャさん――王女サマが「とにかくマサオミ様の言うとおりにしてください」と真剣に言ってくれたから御老体二人は渋々従ってくれただけだ。


 王族の影響力はやっぱりすごいんだな。


 だがその上で「非実在竜殺しイマジン・ドラゴンスレイヤーを創り出す」だの、「なにがあっても30分は騒ぐな」だの言われたとなれば、もう切れかけ寸前であってもおかしくはない。


 実際に起こったことを総合して考えれば、向こうの人間であれば『時間停止』という手品のタネに気付く可能性もあるが、こっちの人にはそれは無理な話だろう。


 彼らにしてみれば『壁内』に侵入したうえで探失ロストしている大型Sクラス魔物モンスターをどうにかしてくれるかもと期待していたら、やれ部屋を用意しろだの食い物用意しろだのと言われたわけだ。

 最初に牙狼モンスターの群れに囲まれた際、接敵エンカウント前にそれを察した俺の発言に対するディマスさんのような反応になっても止む無しといえる。


 直接的な問題解決法ではなく、そのために行使する24時間の『時間停止』を快適に過ごす準備だなんてこと、もしも理解出来たとしたらそいつも間違いなく異世界転生者だよなあ……


 まあ忽然と目の前から消え去るという奇跡を実際にやってみせてはいるので、少なくとも30分間は言われたとおりにしておくべきだと判断しておられるのだろうな。


 万が一にも寝過ごさなくてよかった。

 これからも頼りにしてるぞ目覚ましクロ


 しかしこれ、ターニャさんの立場だと針の筵のようなものだな。

 俺にとっては48時間以上経過してはいるのだが、ターニャさんたちにとってはほんの数分の出来事なのでなんとかご容赦願いたい所存である。


 さてカウントダウン。


 5、4、3、2、1…………0。


 そして時は動き出す!


 三人にとっては消えた時と同様、再びなんの前兆も示さずに忽然と顕れた俺に対して、さすがに身体を強張らせることは避け得ないようである。

 まあ最初に消えた時の経験があるからか「これある」を予測していた分、そこまで取り乱しているというわけでもない。


 さすが王族の一員と歴戦のつわものというべきだろう、肝が据わっておられる。

 俺なら消えられた時も顕れられた時も、まず間違いなく「うわ」とかいった声を漏らす。


「……たいした手妻でしたな。それとも神代魔法ロストのひとつ、『転移テレポート』を個人でお使いになられると?」


 咳ばらいを一つして、丁寧な物言いながらも不信感を滲ませた声を最初に発されたのはヤン老師である。


 マスター・ハラルドが認めたとはいえそれはあくまでも物理攻撃ジョブである『格闘士』としてであって、その俺が魔法使いの真似事をやらかせば本職である『黒魔』としては嫌味のひとつも言いたくなるのはわかる気がする。


 いやそれよりもこの世界にも『転移テレポート』は存在するんだな。


 神代魔法ロストとか仰っていたが、存在さえしていれば黒白赤いずれかの魔導士を成長レベルアップさせればいずれ習得可能だろう。


 いいぞ、『転移テレポート』があればかなり便利になるから助かる。


 ゲームでいえば必要以上に世界が狭くなってしまってあまり好まない層も一定数はいて、かくいう俺もその一人だ。

 古き良き悪しきM.M.Oの経験者プレイヤーにはわりと少なくないのではなかろうか。

 不便ゆえに世界を現実的に感じるとか、今どきのプレイヤーには「老害www」の一言で片づけてしまわれそうではある。

 だけどなんかジュ〇からそれぞれ三国までチョ〇ボに乗ってもそれなりに時間がかかるのとか、結構好きだったんだよなあ。


 とはいえ今の状況では現実リアルっぽさを喜んでいる場合ではない。

 現実においてはどれだけ荒唐無稽に見えても、便利であるに越したことはないのだから。


「いや、『転移テレポート』とは違いますね。使いようによっては同じこともできますけれど」


 けどまあ時間を止めて自分の脚で移動したとしても、傍から見ていれば『転移テレポート』と同じ結果になっているのは確かな訳だ。

 仕留めずに泳がせる必要がある敵なんかががいた場合、そういう力だとして誤認させるのもいい手かもしれないな。


 しかし『転移テレポート』のフリをして必死で走っているのって、けっこう間抜けではあるな。

 『転移テレポート』直後に息が上がっていたりしたら、我ながら笑ってしまうだろう。


「エルフどもの残した逸失魔導器の如く、遠く離れた国と国を一瞬で移動することが? 神話や伝説のように、天空に浮かんでいたエルフどもの王都ア・トリエスタへも行くことが可能だと仰るのか? 魔法使いでもない格闘士の貴方が?」


 なんかキレ気味である。


 生涯を魔法の探求にかけているのかもしれないヤン老師からしてみれば、魔法使いですらない若造が軽々しく「似たようなことはできますな」というのは地雷だったか。


 しかしエルフときましたか。


 やはりこの世界において、人がエルフをはじめとした亜人デミ・ヒューム獣人セリアン・スロープを蔑んでいるというのは間違いないみたいだな。

 そのわりには頼りにしている『籠護女かごめ』様の中の人はそのエルフだったりするという、矛盾を多分に孕んでいるが。


「ヤン老師……」


 うっかり素で食って掛かるようになってしまったヤン老師を、ターニャさんがローブの裾を引っ張って止めようとしておられる。


 ヤン老師も「しまった」っていう表情されていますが大丈夫ですよ。

 自分が専門としている分野に対して素人がわかったようなことを言っていたら、わりと早口であれこれ言ってしまうという気持ちはとてもよく分かります。


 10年以上メインとしてやり込んだジョブに対して、他ジョブがメインの人間に分かった風なことを言われるのは腹立たしいものなのだ。

 業が深いのは、それがわりと正しくても「そんなことは関係ねぇ!」となりがちなことか。


 そう在れればカッコいいのだろうけれど、専門家として微笑ましく見守るなどという徳の高い境地にはなかなか至れないんだよな。

 あらゆる意味で余裕があれば、また違ってくるのかもしれないが。


「その天空都市の高度がどれくらいかにもよりますけれど、今でもある程度であれば行けるかな? まあ雲の上ですとか言われたら、『転移テレポート』を覚える方がはやいでしょうけどね」


 適当なことを言っているわけではないことを説明しようとしたのだが、『時間停止』という不正行為チート能力のことをすべて詳らかにするつもりは流石にないのであきらめた。

 というか実際『転移テレポート』の真似事をするたびに24時間も一人で過ごしてはいられないし、必要になった時点でさっさと覚える方がはやいのは事実だ。


 なのでそう言ったらヤン老師は口をあけたまま固まり、マスター・ハラルドとターニャさんが味わい深い顔で俺を見つめている。


 ああ、確かにこれは狂人の戯言にしか聞こえないよな。

 強者による無自覚な嫌味にすらなっていない。


 『籠護女かごめ』とのやり取りを実際にその目で見ていたターニャさんであればまだしも、ヤン老師とマスター・ハラルドには質の悪い詐欺師か、真の狂人だと思われてしまっても仕方がない。


 ここから「俺なんかやっちゃいましたか?」にするには、圧倒的な実績が必要だ。

 よかったそれを仕込み終えていたタイミングで。

 

「……マサオミ殿が消えられたのが、どうやら神代魔法ロストのひとつ『転移テレポート』どころではない力だというのはなんとか理解致しました。ですがそれをなんのために行使されたのかをお聞きしても? 消えておられたのはほんの数分程度、それでなにが解決するというのです?」


 あからさまにフォローを入れてくれる、マスター・ハラルドである。


 ターニャ王女の態度からして、『籠護女かごめ』も絡んで俺がただ者でないことは確信してはいても、さすがに今のは大言壮語が過ぎるというか、妄言のたぐいだと看做されているのは間違いないな。


 まあ確かに多少強いくらいの若造が、伝説の勇者様や神話における神様の御業を「似たようなことはできます」とか「その気になったらすぐに身につけられます(意訳)」みたいなことを言っていたらそうもなる。


 言葉に少々棘が含まれているのは甘んじて受けるべきだろう。

 それに今のタイミングで、最高のフリをしてくれたとも言える。


「すべてです」


「……は?」


 なにが解決するかと問われれば、今迷宮都市ヴァグラムを脅かしている(と信じられていた)事態はそのすべてがすでに解決している。

 自作自演の極みではあるが、解決していることは間違いない。


「すでにすべては解決しました」


 だからこそ、そう断言してみせる。


 さすがにこれは度が過ぎると判断したのか、マスター・ハラルドとヤン老師の顔が表情の抜け落ちたものに変化する。

 

 馬鹿にされていると解釈したのだ。

 さすがにターニャさんでさえ、俺に向ける視線が複雑なものになっている。


 だがこれでこそ、この後もたらされる報告がより効果的なものとなる。

 『籠護女かごめ』があえてなにも報告してこないのは、俺の指示に従っている故なのだ。


 掴みどころのない会話をしている際に報告が上がってくるのでも十分効果的だっただろうが、この流れの方がよりになるのは間違いない。


 ターニャさん、マスター・ハラルド、ヤン老師。

 それぞれ三者三様に俺に対してなにかを言おうとした瞬間。


 この部屋の大扉が常ならば徹底されているであろうノックも、口頭による確認さえもなく開け放たれ、興奮した複数の冒険者が雪崩れ込むようにして入室してくる。


「マスター・ハラルド! ギルドのご指示通り迷宮ダンジョン入り口前広場において、壁内に侵入した大型Sクラス魔物モンスター――『赤竜レッド・ドラゴン』の討伐を完了しました!」


「信じられませんが被害はゼロです!」


「この後の指示を伺いに来ました!」


 わりと歳若い冒険者たちが、それぞれに興奮した口調で正式任務の達成ミッション・クリアが成されたことを口々に報告している。


「!?」


 そりゃ驚きますよね。

 俺にとってはまさに「狙い通り!」ってやつなわけですが。


 さて、この結果を以て、エメリア王国所属、迷宮都市ヴァグラムの冒険者ギルド、その中枢を担う三人との交渉に入ることとしようか。

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