第033話 世界の機巧

 今後ここ迷宮都市ヴァグラムの守護者となる『非実在竜殺しイマジン・ドラゴンスレイヤー』を生み出す、そのの検証は問題なく遂行できたと言っていいだろう。


 通算2回目、3回目となる不正行為チート能力、『時間停止』の発動によって新たに確認できたことは以下のとおり。


 ・『時間停止』発動中であっても普通に眠れる。寝たら頭も体もすっきりリフレッシュする。

 ・その際目覚ましとして従魔クロは機能する。やっぱり人語を理解しているな、オマエ。

 ・食事は俺が手を触れるまで出来たてのままなので、事前に必要分用意しておけばよい。

 ・この世界の料理はお金さえ出せばかなりおいしいものが揃っている。

 ・俺が触れている物は通常通りに動き、生物は意思がないだけで自由に動かせる(再確認)

 

 ざっとこんなところだ。


 要は鍵さえかかっていなければ扉を開け閉めして普通に出入りできるし、鍵がかかっていたとしても俺がその鍵を持っていれさえすれば、なんの問題もないということだ。

 なんなら今の俺のステータスにまかせてぶっ壊すこともできるし、『時間停止』中はあらゆるものに対して干渉不可能という最悪の状況は避けられている。


 しかしこうなると『魔法の鍵』が欲しくなるな。


 かんぬきでさえも問答無用で開けてしまえる、ゲーム世界におけるフリーパス。

 同等の効果を有する『魔法アバ〇ム』とか、半身吸血鬼ダンピールのハンターが身につけている『蒼いペンダント』とかでもかまわないけれども。


 まあ対魔物モンスターやディマスさん本人、ディマスさんの保存食である程度分かっていたコトだとはいえ、実際に都市内で自由に動けることが確認できたことは大きい。


 『時間停止』中にもお腹が減ったり、眠気が来るかもしれない問題は大筋これで解決した。


 食事に関しては『時間停止』の連続発動が必要になった場合でも、事前にその回数分の食事を用意さえしておけば、必要に応じて出来たての食事を摂ることができる。

 

 睡眠に関しては『時間停止』解除後に抵抗できない睡魔に襲われる可能性、つまりは俺の切り札に明確な弱点が存在するかもしれないという恐れを払拭できたことが大きい。


 そればかりか今後睡眠は『時間停止』発動中に取ることを徹底すれば、俺は寝込みを襲われるという一番危険な状況を想定する必要すらなくなる。

 その上「動いている世界」から見れば、俺は不眠不休で動くことが可能な超人になることができるのだ。


 これは『時間停止』そのものと合わせて冒険者の真岐まき 匡臣まさおみと、迷宮都市の守護者『竜殺しドラゴン・スレイヤー』として一人二役で動くのにも非常に都合がよろしい。

 怪しまれないように寝たふりをする必要すらなく、基本的には冒険者のマサオミが寝ている時間に『竜殺しドラゴン・スレイヤー』が活動すればいいのだから。


 そこへ先刻さっきのように『時間停止』もうまく合わせて使用すれば、両者が同一人物だと見抜かれる可能性を極限まで落とすことも可能だろう。


 あとは対生き物――というか人に対しての『時間停止』中の挙動をもうちょっと調べる必要はあるが、それはにとっておけばいい。

 さすがに無許可で実験して許されることではないからな。


 こんな感じで、今まで三回発動した『時間停止』からわかったことは多い。

とはいえ、この不正行為チート能力の本質は依然まったくもって謎のままだ。


 ただそこを今の時点で完全に理解しようなどとは思っていない。

 ゲームのプレイヤーよろしく、「そういうもの」として有効利用できる程度の理解があれば今のところはそれで全く問題ない。


 そういう意味では俺の持つ二つの不正行為チート能力、その一方である『時間停止』

 こいつはどういう能力なのかを理解させやすいがために『時間停止』と表現されてこそいるが、その本質はそうじゃないな。


 そもそも俺が自由に動けている時点で、時間が止まってなどいない。

 それに俺だけではなく、クロもさも当然のような顔をして動いていらっしゃるしな。


 いやそれこそ「時間とはなんぞや」という話になってしまうと、浅学菲才な我が身では曖昧な表情で嫌な汗をかくしかないのではあるが。


 しかし俺が触れた物は自在に動かせるわ、生き物も意識が止まっているだけで動かせるわとなれば、止まっているのは『時間』などではなく、意識も含めた『物理的世界』そのものだと考えた方がよほどしっくりくる。


 それはそれでとんでもない力ではあるが、「時間を止める」という荒唐無稽さに比べれば、まだいくらか理解もできる。

 なぜならばこれと限りなく似た状況を、俺は実際に知っているからだ。


 それはゲームにおける『一時停止ポーズ


 この世界を向こうの世界で『仮想現実V.Rが目指す究極』とされていたものだと看做せば、今俺が行使している不正行為チート能力を成立させることは可能だ。

 それは『時間停止』だけではなく、『時間遡行』についても変わらない。


 どちらも時間を止めているわけでも、遡っているわけでもない。

 『時間停止』は世界そのものを止め、『時間遡行』は対象時間軸の世界を再構築しているということになる。


 そうと仮定すればその効果範囲も気になってくるところではあるが、これまで三度の『時間停止』の行使において、太陽だけは動いているということもなかったので効果範囲は少なくともこの世界全体とみてまず間違いない。


 この中世でありながら妙に近代的でもある、まさにゲームめいた世界で「宇宙」がどういう風に認識されているのかは不明だが、そこまで含めて止めているということだ。

 もっとも俺とても「宇宙」など知識としてふんわり知っているだけで、「時間」と同じで「宇宙」とはなんぞや、どんな物理法則があるんや? と聞かれても何一つ答えられなわけだが。


 せいぜい真空が―、とか、絶対零度が―、あたりである。

 それすらもどうして太陽の熱が宇宙空間を通って地球に届くのか、万人が納得できる形で説明することなどとてもできない程度である。


 先進国と呼ばれる国に生まれ育って、それなりの会社でそれなりの仕事をしていてもこんな程度なのだ。

 少なくとも俺は、ふわっとなんでも知っているような気分でいながら、その実なんにも知らない。


 それはさておき、これらの考察を総合すれば、この世界に『神』は確実に存在するということになる。


 それは宗教的に信仰されているような崇高な存在などではなく、絶対的な力を持ちながらも人と変わらぬ生臭い存在としての『神』だ。

 べつに『神』を『悪魔』と言い換えてもかまわないだろう。


 その存在こそがこの世界を創世し、だからこそ俺にこんなとんでもない力を与えてそこへ放り込むようなことも可能なのだ。


 究極まで行きついた仮想現実V.Rというものが、今俺がいるこの世界の域だというのであれば、それはもはや現実となにも変わらない。

 少なくともその世界の内側で生きるしかない存在俺たちにとっては。


 だが外側にいる者にとっては、神の御業ですらも児戯に等しい。

 光あれとのたまえば光は生まれ、滅びよと宣えば七日間もかけずとも一瞬で世界は無に還る。


 俺がこの世界に放り込まれた状況や与えられた能力だけではなく、こうなると世界の機巧からくりも含めてまさにゲームそのものだ。


 だがその仮定に基づけば、この世界で一番恐ろしいのは魔物モンスターなどではなく、『神』ないしは『悪魔』――創造主だということになる。


 それは人知を超えた叡智を湛えた崇高な上位存在などではなく、とんでもない力を持っただけの人となんら変わらぬ俗物である可能性が高い。


 このゲームっぽくはありながら、土台の部分ではなにも向こうの世界と変わらないことからもそれは伺える。

 全知全能の神などがもしもいたのならば、創世するのは完全に調和のとれた完璧な世界パーフェクト・ワールドであるか、そもそも創世などしないかな気がする。


 ただでさえ歪な上に、いかにもゲームめいた要素を節操なく詰め込んだようなこの世界の創造神は間違いなく俺と同種オタクだ。


 そして俺はその同種になにを見込まれたものか、この世界においてかなり密接につながっている存在としか言いようがない。

 このプレイヤーとしか思えない超越した力は、間違いなくその同類が俺に与えたものだからだ。


 創造神の使徒()。


 まあ今の状況で深く考えすぎてもどうにもならないことではある。

 暇だからつらつらと考えてしまったが、世界が動き出せば俺は目の前の問題を処理しつつ、この世界を楽しむことに集中するべきだろう。


 今のところ序盤は神ゲの気配だし、中盤以降で糞ゲ臭が漂ってでも来ない限り考えても仕方がないことを考えているより、狩りレベル上げにでも勤しんでいた方がよほど建設的だ。


 下手な考え休むに似たり、考えてもどうにもならないことを考えすぎて身動き取れなくなるのは愚の骨頂。


 まずはおそらく用意されているであろうゲーム・シナリオに沿って、いったんの着地点、終劇エンディングまで辿り着くことが目標にするべきか。


 それが幸福な結末ハッピー・エンドであれ不幸な結末バッド・エンドであれ、知ったことではない。

 マルチ・エンドやマルチ・ルートが用意されていても関係ない。


 そこで世界が閉じようが、ご好評につき続編決定しようがそれは創造主の都合であって、人がとやかく言うべきことでもない。


 だが一方で一度遊び始められてしまったゲームはもはや、開発や運営創造主だけのものでもないのだ。


 ゆえに俺は一プレイヤーとして、望むようにこの世界を攻略してゆく。


 この世界の機巧からくりがどうであれ、用意されたシナリオの最後まで辿り着けば、なんらかのリアクションがあるだろう。

 それが追加DLCなのか、大型アップデートなのか、続編決定なのかは知らないが。


 ――いや待てよ?


 開発運営創造主プレイヤーの二軸で考えてしまっていたが、そうとは限らないかもしれないのか。


 創り出された世界に用意されていたあらゆる結末に納得がいかなくて、開発運営神々に喧嘩を吹っ掛けた第三軸悪魔


 その介入こそが今の俺に与えられている、この世界の機巧からくりをすら崩壊させ得る二つの不正行為チート能力である可能性もある。

 だいたい悪魔の親玉っていうのは、もともと神々の一柱だったりするしな。


 ……まあこれも今考えても詮無いことか。


 クロが話してくれれば話ははやいのかもしれないが。

 『時間停止』発動中限定で人語を話すことを許可するので、その辺説明してくれませんかね?


 いやにゃあ? じゃなくて。

 クロ、確実に人語を理解はできているでしょ。


 クロがどっちの使徒なのかだけでも教えてくれんモノかな。

 先代勇者様の時と、同一猫物どういつにゃんぶつなのかどうかも含めて。


 無理? どうしても?


 半ば本気で抱き上げてその綺麗な黒い瞳をのぞき込んでみるが、びろーんと伸びたまま不思議そうにしているだけである。


 まあかわいいから良しとします。


 冗談はさておき、とりあえず今はあと数分で再び動き始めるこの世界のでのことが最優先だ。

 についてはまた、『時間停止』で暇になった時にでも考えればいい。


 もうすぐ動き出す、俺の目の前に神妙な表情で座っているターニャさん、マスター・ハラルド、ヤン老師の三人に、仕込みは上々であったことを説明することに集中するとしよう。

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