第035話 交渉

「あれは――あの『竜殺しドラゴン・スレイヤー』は一体何者です? 『籠護女かごめ』様直属の守護者ガーディアンかなにかなのですか?」


 若手の冒険者たちの後ろから自身も伝令に出ていたガイウスさんも入室してこられ、落ち着いた声で皆が知りたいであろうことを簡潔にまとめて問うてくる。


 ところでガイウスさん、質問はマスター・ハラルドにしておきながらなんで俺を見ているんですか?

 そんな曰く言い難い目で見られましても、俺は「え? なんですか?」という表情しか返しませんよ。


 いや、いくらなんでもこれは俺の穿ち過ぎか。


 さすがに今の時点かつノーヒントで、俺と『竜殺しドラゴン・スレイヤー』を繋げて考えられる者などいるはずもない。

 これは自ら死地に立つことを俺に依頼しておきながら、自分でもなんだかわからないうちに解決してしまったことで、ガイウスさんもどういう顔をしていいのかわからないというあたりだろう、きっと。


 油断はできないけどな。

 どんな組織にも、勘と頭の双方が妙に冴え渡っている人はいるものだから。

 

 それに完全にノーヒントというわけでもない。

 

 ガイウスさんがいわば「使える格闘士」だと判断して冒険者ギルド中枢の三人に面通しをした俺は、迎撃戦力として配されるわけでもなくこの部屋にずっといたままだ。

 実質、俺がでっち上げた大型Sクラス魔物モンスター討伐の正式任務達成ミッション・クリアにかけた時間は10分に満たないとはいえ、この部屋へ通されてからであればそれなりの時間が経過している。


 常ならばともかく、この非常事態にトップ三人が突然現れただけの俺にかかりっきりというのは、妙といえばこれほど妙なこともあるまい。

 その間に個室の用意とか、食事の用意とか意味不明の指示も飛んでいるし、ガイウスさんから見た俺がこの部屋から一歩も外に出ていなかったとはいえ、相当に胡散臭いと言えばそれは確かにそのとおりである。


 その状況下で『籠護女かごめ』様から迷宮ダンジョン前広場を包囲せよという指示が飛び、ドンピシャでその場で赤竜レッド・ドラゴン出現からの即討伐、めでたしめでたしとくれば、俺という存在の胡散臭さは際立っているだろう。


 最悪の状況が思いもよらず解決されたことによる高揚に流されない人物であれば、どれほど荒唐無稽に思えてもその引き金トリガーになったようにも見える存在に注意を払うのは、とくにおかしなことではない。


 さすがに俺と『竜殺しドラゴン・スレイヤー』が同一人物だとまでは思わなくても、繋がっているかもしれないと疑う程度であれば飛躍した考えというわけでもないのだ。


 それはガイウスさんだけに限った話ではないかもしれないし、用心するにしくはないだろう。


「……まだ詳しくは言えんのだ」


 そのガイウスさんの問いに、絞り出すようにして答えたのはマスター・ハラルドだ。


 ガイウスさんがこの冒険者ギルドにおいて古参であることは確かだろう。


 それに同世代、しかも格闘士同士同ジョブとなれば、公の場オフィシャルではギルド・マスターとCクラス冒険者という立場の違いこそあれど、私生活プライベートではガイウスさんとマスター・ハラルドは友人である可能性もある。


 そうでなくても古参の熟練ベテラン冒険者というものは、現場の取りまとめ役としてギルド・マスターとしては頼りにしている存在だろうことは想像に難くない。


 だからこそいまだ驚愕に感情の大部分を支配されながらも、適当なことを言うわけにもいかないマスター・ハラルドとしてはそう答えるしかないというのも理解できる。


 実際まだ俺が具体的なことをなにも説明していないので、「言えない」という意味は守秘義務的なものと、知らないからという二重の意味を持っているわけだしな。


「あ、はい、そうですよね! すみませんでした! しかし広場には討伐された赤竜レッド・ドラゴンがそのままになっていますので、できるだけはやめに指示していただくようにお願いします! 失礼致しました!」


 だが若手の冒険者たちはあっさりとマスター・ハラルドの言葉を「守秘義務的」なものとして捉え、自分たち現場には言えることと言えないことがあるのだろうと素直に納得している。


 彼らにしてみれば上層部がなにを隠していたとしても、結果こそがすべてだ。


 詳しくは言えない「秘密兵器」を使ってでも自分たちを、この迷宮都市ヴァグラムを救ってくれたというのであれば、そこに文句を言う筋合いなどなに一つないというところだろう。

 自分たちも護られたのだという自覚があるからこそ、その力について「隠していることがあるとはけしからん」と宣うのがどれだけ恥知らずなことなのか、戦う力を持った者の矜持として理解できているのだ。


 それにずっと俺と共にいたトップ三人が現場自分たちからの報告を受けて驚愕しているのを見れば、赤竜レッド・ドラゴン討伐が彼らにとっても想定外だったということは明らかなはずだ。

 実際ターニャさんたちは別に演技をしているというわけでもなく、ことによっては現場に出ていた冒険者たちよりびっくりしているのも事実なのだ。


 であれば隠されていたのではなく、上層部ですら今まで知らなかった『籠護女かごめ』様のお力で護られたということで納得すればいい。

「めでたしめでたし」でなにが悪いのかといったところだろう。


 それは基本的にガイウスさんも同じらしく、マスター・ハラルドの言葉を受けて素直に一礼し、若手と共に部屋の外へと出て行かれた。


「…………」


 再び三人プラス俺のみとなった室内は沈黙が支配している。


 だがこの沈黙はただ重苦しいばかりではなく、この際余計なことを言わずに首謀者が事の真相を語る――語っていい部分だけでも説明してくれることを期待してのものだろう。


 というか今の状況を把握して以降、ヤン老師の様子がかなり変わっている。

 悪い方へというわけではなく、俺に向ける視線がなんというか期待に満ち満ちているといった感じに変じているのだ。


 その理由如何いかんによっては、悪い方へ変わったと言えるのかもしれないな。


「というわけです」


 黙っていても埒が明かないので、俺が口火を切るしかない。


「俺は俺の戦闘力をはじめとしたこの力を、迷宮都市ヴァグラムの守護者『竜殺しドラゴン・スレイヤー』として今後提供するつもりです。そのかわり一冒険者としての真岐まき 匡臣まさおみを受け入れてはもらえませんか? できれば大事にはせずに」


 どうやってかを理解することはできなくても、間違いなくこの落着は俺が意図したとおりのものだということは三人とも充分に分かっているだろう。


 俺が細かく語らないということは聞くなということだということも、責任者という立ち位置にいる者たちならすぐに察するはずだ。


 だから俺は端的に、俺が提供できるものと要求することを並べて告げる。


 要は今のこの世界ではだれにもできないことをやってのける力を以ってこの迷宮都市ヴァグラムを護る代わりに、正体を隠した一冒険者として俺をこの街で暮らさせてくれませんかという交渉だ。


 普通に考えれば破格の条件といってもいいはずだ。

 それが与太話ではないことをは今の一件で充分に実証できただろうし。

 

 どうやったかは不明のままでも今この都市の中央、迷宮ダンジョン前広場に横たわっている赤竜レッド・ドラゴンの存在はハッタリや詐術でどうにかなるものではない。

 つまり俺がこの世界にとっての絶望を砕く力を持っているという事実は変わらないのだ。

 

「…………敵ではないと?」


 そこまでを理解した上でも、それでも引っかかるのはやはりそこになりますよね。


 マスター・ハラルドが危惧するのもよくわかる。

 とんでもない力を持った存在であるからこそ、その保証がなければそれはいつ脅威に転じてもおかしくはないということなのだから。


「そのつもりですが、そこは信じてもらうしかありませんね」


 だがマスター・ハラルドの言わんとすることもよくわかる一方で、この盤面においてはそれを考えてもしょうがないことだともいえるのだ。


 その危惧が真っ当に機能するのは「味方にすれば有用だが、敵に回せば厄介」という範疇においての話であり、彼我の戦力差が論外な域に至れば意味を成さない。

 

「……そうですな。マサオミ殿がその気であれば、すでにこの迷宮都市ヴァグラムは廃墟になっておるはずですからな」


 そのことをヤン老師は正確に理解しておられる。


 言葉をどう取り繕おうが、己の提案に拒否を示した相手を児戯とばかりに殲滅できる存在に対して「味方である保証を出せ」などというのは狂人の戯言と変わらないのだ。


 そうと理解しつつも、嬉しそうにそれを口にできるヤン老師の今の精神状態はちょっと怖いけれども。


「そんなことはしませんよ。万が一ここが俺にとっては悪徳の街であったとしても、その時は離れればいいだけですから。この力を以って罰を与えようなどと、思いあがっているつもりはありません」


 だから言葉だけとはいえキチンと否定しておく。

 少なくとも今はまだ嘘ではない。


 だが力というのは怖いものだ。


 できるだけ溺れることが無いようにするつもりとはいえ、実際身の丈に合わない巨大な力にのまれずに自分を律したまま生涯を全うできた人なんて、本当にいるのだろうかという気もする。


 どうせのまれるのであれば、せめて後悔だけはしないようにしたいものである。


「俺は当面、普通の……はちょっと無理っぽいんで、優れた冒険者としてこの迷宮都市ヴァグラムで当たり前に暮らしたいだけなんです。だからそのために必要な対価であれば支払います」


 だからこそ大それたことをいきなり大目標に掲げたりせず、ずっと憧れていた冒険者暮らしを楽しもう! というくらいのスタンスがちょうどいいと思うのだ。

 リィンの件とか、なんかグランド・クエスト開始の引き金トリガーみたいなものがちりばめられているとはいえども、そこはあえて。


「それが『竜殺しドラゴン・スレイヤー』としてこの迷宮都市ヴァグラムを守護することで賄えるならありがたいですね。俺としても利害が一致するので。冒険者として暮らしたければ、迷宮都市と冒険者ギルドがなければ無理ですから。赤竜レッド・ドラゴンはまあ、その対価の一部だと思ってくれればいいですよ」


 正義の為とか、世界の不平等をなくすためではなく、自分が楽しみたい暮らしを確保するためにこそ力を行使する。

 それは「楽しく生きて行くために働いて金を稼ぐ」という、いわば真っ当な思考展開と軸を同じくするものだと思うのだ。


 「好きなことだけでいいです」とはいかぬものなのだ現実は。

 たとえゲームのような世界が現実化しているようでさえ、なお。

 歌詞でもそう謳われている通りに。


「それは私たちにとって、あまりにも都合が良すぎませんか?」


 しかしターニャさんは困惑気味の表情である。


 いやまあそうか。


 この世界の内側で生きている人たちにとって、冒険者として生きることがそこまで魅力的だと理解してもらうのは難しいのかもしれない。


 それこそ今の俺のような力を持っているのであれば、それを使ってもっと別の楽しみ方もあるのではないかと思ってしまうのだろう。


 ゲーマーの夢を王族に理解してもらうのは難易度が高いか。

 いやコスプレイヤーのケがあるターニャさんなら理解してくれるかもしれないが。

 一緒に向こうの世界へ行って、ターニャさんのルックスでコスプレイヤーとしてデビューしたらかなり人気が出るんだろうな……


 いやアホなこと考えている場合じゃない。


「過ぎた不均衡が尻の座りを悪くするというのであれば、冒険者ギルド側として妥当な対価を用意してくれればそれを拒否したりはしません。ただそれが一人の「優れた冒険者」として、この街で生きて行くのに邪魔になるものであればご遠慮願いたいですね」


「ですが――」


 表面的にだけでも、お互いが納得しているというていにしておくことは大切だ。

 特に一方が国だとか王家だとか冒険者ギルドだとか、体面というものを気にする必要のある大組織であった場合はなおのことである。


 よって今俺はディマスさんからの金貨30枚で当面は困らないと判断してはいるが、くれるというものをあえて拒むつもりなどない。


 だがそれが先方は良かれと思ってやってくれているのだとしても、大々的に新人冒険者にすぎない「マサオミ」を特別なのだと喧伝するようなカタチなのであれば勘弁願いたいというハナシである。


 特別なギルド・カードを発行するとか、この街での支払いはすべて王家と冒険者ギルドが負担するとか、現行の等級クラスを凌駕した新等級クラスの創設とか、そういうやりすぎ、いきすぎ案件。


 王女様であるターニャさんとか、お金や実利では赤竜レッド・ドラゴンや俺がこれからすることの対価には見合わないと判断すれば、名誉やそれに類するものでそれを賄おうとかナチュラルに考えそうだからな。


 案の定、俺の言葉に納得できてないような感じだし。

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