第030話 マスター継承

『管理【№39】迷宮管制管理意識体ダンジョン・キーパー・壱式籠護女かごめ『ネイ』の素体Re:封印SEALED完了――システム再起動リブート。システム全機能正常オール・グリーン


 間違いなくつい先刻さっきまでと同じでありながら、感情を一切感じさせず機械的に響く音声。

 

 宗教画の如き崇高さを感じさせながら、同時にクッソエロくもあった未だ本当の名前さえ知らないエルフ美女の全裸映像は消え去り、今は再び最初と同じモノリスが表示されている。


 ――いやそんな感じだったのは最初だけで、覚醒してからはかなり俗っぽかったよな。わざとかもしれないけれど。


 それに正確に言えばモノリスも完全に最初と同じというわけではない。

 表示されている文字等は同じだが、その魔導光の色が真紅から純白へと変化している。


 全裸エルフを表示するまでの過程で言っていた、『機能開放レベル2』とやらになっているということなのだろうか。

 そうなることでどれだけの機能が増えているものか、もともとの『籠護女かごめ』の機能を理解できていない俺に判断する基準はないわけだが。


『素体による主人マスター変更承認。よって管理【№39】迷宮管制管理意識体ダンジョン・キーパー・壱式籠護女かごめ『ネイ』はその全機能の権限を新主人マスターへ移譲します』


 ――なんか妙なことを言い出したぞ?

 

主人名マスター・ネームの登録をお願いいたします』


 どうやら『籠護女かごめ』というシステム――少なくともこの迷宮都市ヴァグラムを統括しているらしい【№39】に関しては、先代勇者様から俺へと主人マスター設定が更新されたということらしい。


 それに伴い今までは先代の指示通りに遂行されていたのであろう全機能が一旦停止、俺の判断、指示に従うようになったというわけか。


 なかなかにとんでもない。


 まあこういう展開もありといえばありか。

 一冒険者としてで暮らすにせよ、不正行為チート能力を駆使してで動くにせよ、この迷宮都市ヴァグラムを支配しているシステムを掌握できていて悪いことはなにもない。


 黒幕? による罠だのなんだのを警戒したところで、今の俺の力からして正体不明の降って湧いたようなものなのだ。

 慎重ぶったところで根本的にどうしようもない。


 ゲーム脳ここに極まれりだと我ながら思わなくもないが、「そういうモノ」だとして話を先に進めなければ、なにも始まらないのである。


 よってここはこのまま乗っかっておくしかないだろう。

 

「俺の名は真岐まき 匡臣まさおみ


 素直に名を名乗る。


真岐まき 匡臣まさおみ様。主人マスター情報――完了。マサオミ様、ご命令を』


 名前がW式西洋なのかE式東洋なのかを普通に判断しているのが地味に凄いな。

 とはいえ拍子抜けするくらいに簡単に主人マスターの更新は完了したようである。


「俺の『表示枠』と同期することは可能?」


 とりあえず『籠護女かごめシステム』とやらはかなりの時代錯誤遺物オーパーツ超越技術オーバー・テクノロジーの塊っぽいので、俺の便利機能と連結リンクすることが可能かどうかを確認しておく。

 先代勇者様の手によるものっぽいので、勇者――つまりは「プレイヤー」の能力と紐づけることは大前提のような気もするし。


『上位システム管理権限者の認可が必要となります』


 プレイヤーがそういった能力を持っていることも当たり前のように把握済み、と。

 そしてやはり同期することは可能なようである。


 で、「上位システム管理権限者」ですか。

 主人マスターからの指示ではあっても、上位には上位で俺から別途指示をしなければ勝手に同期リンクはできないというわけね。


「クロ」


「にゃ!」


『認可を確認。同期リンクします』


 そうだろうと思ってクロを呼んだら瞬時で処理しやがりましたよ。


 貴様「にゃ」だの「なー」だの可愛らしい小動物ムーヴを堅持していやがりますけど、人語理解できてるんじゃねえか!


 いきなり普通に話しだしたりしないだろうな。


 俺は他人の趣味嗜好をどうこう言うほど狭量ではないつもりだが、俺個人としては人化はもちろん、人語を話されたりするのもどちらかといえば大反対である。


 というかこのやり取りで俺のプレイヤーとしての機能の一部、おそらくはゲーム・インターフェースに近い部分はやはり従魔であるクロが統括しているのが確定したな。


 ま、まあいい。

 可愛い猫の態のままでいてくれれば文句は言うまい。


「それと『命令』だけど、『籠護女かごめ』としての機能は基本的に今まで通りでかまわない。この街を守りつつ、人の守護者としてあってくれ。特殊事例と判断した場合にはその情報を俺と共有。必要な処置の実行前に確認することの徹底を頼む」


『承知致しました』


 ご命令をといわれていたので、とりあえず今まで通りの挙動をしつつ、必要なことは報告してくれるようにしておけばいい。


 冒険者ギルド、というよりも迷宮都市の根幹をなしているであろう『籠護女かごめシステム』がいきなり機能不全に陥ったら、それこそ現在絶賛進行中の大型Sクラス魔物モンスターによる壁内侵入以上の騒ぎになりかねないからな。 


「あと『モノリス』は味気ないし、なんかメタ的にも拙い気がするから先刻さっきの映像に切り替えることはできるか?」


 あと俺の視界に増えた『モノリス』の表示枠もなんかアレなので、映像データを持っているのであれば変えてくれるように依頼しておく。


全身画像ロング・ショットでしょうか?』


「…………肩上画像アップ・ショットでいい。」


『承知致しました』


 先刻のエルフ美女を素体としているだけで、システムとしての『籠護女かごめ』の人格A.Iは完全に別なのだろう。

 素体の全裸がどう晒されようが知ったことではないのだろうけど、それを指示した側としては全身画像ロング・ショットはもとより胸上画像バスト・ショットもご法度である。

 

 助けに行って解放した際にジト目で「すけべ」呼ばわりを喰らう愚は避けたい。


 しかしそうなってくるとなんのための「素体」なのかという話にもなってくるが、そっちの考察は今している場合でもないな。


「あの……勇者、様?」


 一連のやり取りを黙ってみていたターニャさんが、ひと段落付いたと判断したらしくおずおずといった感じで声をかけてきた。


「ああ、ヒルシュフルト監察官。マサオミでいいですよ。俺も貴女のをお聞きしても?」


 先刻さっきも思ったけれど王族であるターニャさんがこんな感じなので、人の世界に伝わっている勇者様像というのはそう悪いものではなさそうだ。


 知らないふりを続けるのもアレなので、こっちは知っていますよということを振っておく。

 『籠護女かごめ』から主人マスター認定されるような存在となれば、ターニャさんの正体を知っていてもそう不自然ではないだろう。


「……はい。私はターニャ・エル・ヒルシュフルト……エメリアと申します、マサオミ様」


 そんな存在に対して隠し通せるとも、またその必要性も感じていないだろうターニャさんはわりと素直に名乗ってくれた。

 まあ俺の問い方からして「知っていますよ」といっているようなものだし、ここでごまかして心証を悪くする必要などないもんな。


 当面今まで通りに振舞えと『籠護女かごめ』に命じているのも聞いてくれていたことだし、ご老人二人が心配なさっていたような無体をやらかしたわけでもない。

 味方とまでは認定されてはいなくとも、せめて敵ではないとくらいには思っていて欲しいところである。


「ターニャ王女殿下とお呼びしても?」


「できましたら人前では……」


 ああ、そりゃそうか。


 少なくともこの場所では「王女」ではなく「ヒルシュフルト監察官」として振舞っているのに、いきなり「王女殿下」呼びをされるのはできれば避けたいということくらいは予測できて然るべきだった。

 見た目ばかり好青年になっても、中の人が変わったわけではないので「そういうとこだぞ」といわれる部分はどうにもならんな。


「なるほど。じゃあターニャさん?」


「…………はい、それでかまいません」


 なんだ今の間は。


 間だけではなく、なんか何事にも動じなそうなクール・ビューティー系っぽいターニャさんが動揺しておられるが、なんか変なこと言ったかな?


 まあいいや。


「じゃあさっそくだけどターニャさん、この迷宮都市でターニャさんの正体を把握している人は何人いますか?」


「先ほどこの部屋におられたお二人、マスター・ハラルドとヤン老師。それにヴァグラム総督府の長であるカッシェ・クム・キュステラ様と、聖教会ヴァグラム区教担当大神官であられるセシリア・トラステヴェレ様の四人です」


 簡潔に即答してくれた。


 意外と少ない。

 いいぞ、この際その人数は少なければ少ないほど助かる。


 最悪でもターニャさんを含めて五人を俺のにできればいいわけだ。


「今冒険者ギルドここにいるのは先刻さっきのお二人か。お手数おかけしますが呼んできていただいても?」


「それはもちろん。ですが理由をお聞きしてもよろしいですか?」


「あのお二人とは現状の情報を共有しておくべきだと思うからです。問題ないよな?」


 最後のは『籠護女かごめ』への確認である。


『マサオミ様がそう判断なさったのであれば』


 文脈からそうと判断して、瞬時に返事を返してくれる。


 地味に高性能である。

 あっさり応答してくれているけど、こんな感じに「自然な会話」を成立させるのはかなり大変だと思うのだが。


 ホント魔法ってすごい。


「ということでお願いします」


 当の『籠護女かごめ様』から最上級秘匿状況だの、絶対の守秘義務だのを言い渡されて退室しておられたが、その辺の確認も取っておけば安心だろう。


 黙ったまま一つ頷き、ターニャさんは早速行動に移ってくれた。


「退避訓練はどうなっている?」


『現在も解除しておりません。全戦力による索敵継続中です』


 部屋に一人残された状況になったので、一応念のために確認をしておく。


「捕捉した『脅威』はで間違いない?」


『――間違いありません。正体不明魔物モンスター討伐の正式任務ミッション及び偽装退避訓練を解除してよろしいでしょうか?』


 職変更ジョブ・チェンジで『戦士:Lv1』から『格闘士:Lv48』へ切り替えると、『籠護女かごめ』がそれを確認して己が補足した脅威が間違いなく俺であると保証してくれた。


 万一俺とは違う、大型S級魔物モンスターに匹敵する存在が壁内に侵入していたりしたら大ゴトになるからな。


「いやそれはちょっと待って。住民はともかく、冒険者たちは大型S級魔物モンスターが壁内に侵入したと認識しているってことでいいんだよな?」


 だが即時解除の許可を取ってくる『籠護女かごめ』に対して保留を指示し、いくつか確認を行う。


『申し訳ありません』


「いや、対応としちゃ間違ってないし、これは俺の迂闊さのせいだな。とはいえ冒険者たちが信頼している『籠護女かごめ様』が間違いましたってのもよくないだろうし、とはいえ本当の意味での俺の存在を冒険者たち全員に晒すのも今のタイミングでは避けたい」


 となると冒険者たちには問題なく大型S級魔物モンスターが討伐されたという事実を示しておく必要が生まれるし、それを住民たちに見られるのは極力避けたい。


 となればわりと俺好みの手段が一つ思いつく。


 そうすれば俺の不正行為チート能力と合わせて随分俺が動きやすくなるだろうし、これを好機チャンスとして実行しておくべきだろう。


「お待たせしました」


 そのタイミングでターニャさんがマスター・ハラルドとヤン老師を伴って部屋に戻ってきた。

 この短時間では何の説明もできなかっただろうし、とにかく急いでくださいとだけ言って連れてきてくれたって感じかな。


 マスター・ハラルドとヤン老師の俺に対する不信感は完全に払拭されているはずもないが、それよりも今の二人からは戸惑いの方が強く感じられる。


 まあそりゃそうか。

 あからさまにターニャさんの俺に対する態度が丁寧になっているしね。


「慌ただしくてすみません、ターニャとマスター・ハラルド、ヤン老師には今の状況を可能な限り正確にお伝えします。ですがその前に少し協力して欲しいことがあるのです」


 貴方たちが心配したようなことはなにもやっていませんぜ、というドヤ顔を晒しながらそう告げると、期待したものとは違うリアクションが三者共から帰ってきた。


 なんで御老体の二方は驚いたような、どこか不満そうな表情で、ターニャさんはちょっとうれしそうなんですかね?


 まあいいか。

 敵対心丸出しというわけでもないし、疑問点は後で聞けばいい。


 今はこの状況を収めるためにするべきことを急ぐべきだろう。


 大型Sランク魔物モンスターによる壁内侵入の迎撃という正式任務ミッションを可能な限り自然に終わらせ、俺の正体をできるだけ晒さず、逆に一冒険者としての俺が動きやすくできる一手。




「この迷宮都市ヴァグラムに、非実在竜殺しドラゴン・スレイヤーを生み出します」

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