第029話 白黒

 目の前には空中に浮かんだ全裸のエルフ美女。

 

 うん、改めて言葉に落とし込むとなかなかに狂気を孕んでいる。

 とはいえなんの誇張もない事実なのでどうしようもない。


 やたらメリハリのきいたスタイルといい、派手めなかんばせといい、いかにもダーク・エルフっぽいけれど、俺が最初に出逢ったエルフであるリィンと違って肌は純白である。


 やっぱ逆だよなあ……ちょっと肉感的な艶っぽい唇とか、いかにもダーク・エルフなんだよなあ……名前も「ネイ」らしいし。


 救いかどうか微妙なところだが、敢えて言うなら実体ではなく明らかに映像だということくらいか。

 全裸を晒してしまっているという事実はなにも変わらないが、少なくとも風邪をひく心配だけはあるまい。


 しかし映像だということは明確にわかりながらも、俺の目にはキチンと立体に見えていることが結構すごい。

 あっちでもすでにこういう技術はあるのかもしれないが、なかなか実際に目にする機会はないからな。


 魔法万歳。

 ゲームをベースとした世界においては、大概のことは魔法で説明がつくのは素晴らしい。


 まあかのアーサー・C・クラーク御大も極まった科学というものは魔法とたいして変わらんと仰っているので、ゲーム世界の便利魔法もさほどおかしいというわけでもないハズだ。


 『原理は単純を、構造は複雑を極め、人は最も人らしく』


 これはもうヤダこの国JAPANが生んだ鬼才、士郎正宗大先生が生み出されたお言葉。


 人の空想、夢、理想が生み出した、冒険者暮らしに最も適したゲームの世界やそこの存在する都市や街っていうのはそういうモノな気がする。


 後はなんでも作ってくれるドワーフがいてくれたら完璧だ。

 この感じだとたぶんどこかにはいてくれそうである。


 しかしこれ、ゲームのイベント・シーンだとしたらうまくアングルとか光の演出とかで絶妙に見えなくしているパターンだな。

 全裸であることは明示しながらも、プレイヤーにはけして見せてくれないというやつである。


 深夜系微エロアニメやWEB系微エロ漫画の如く、円盤B.Dやコミックスを買ったら謎の光やスカイ・フィッシュ、海苔がなくなっているというわけにもいかないしな、ゲームというやつは。

 エロゲであればともかく。


 だが今の俺はイベント・シーンを俯瞰で見ているプレイヤーではなく、ゲームの中のキャラそのものなので普通に丸見えである。

 思わずガン見してしまうが、ここまで綺麗だとエロよりも神々しさというか高尚な宗教画のような佇まいで、下世話な感情はあまり湧いてこないな。


 むこうでの俺と違って若く健康な体になっている今でもそうなので、一定の水準を超えた美しさというものは人を人たらしめている情感に訴えかける方が強くて、動物的な本能を一時的に麻痺させてしまうモノなのかもしれない。


 自分たちが頼っていた『籠護女かごめ様』のが、自分たちが蔑んでいたエルフであることをどうやら初めて知ったために相当動揺しているとはいえ、年頃の女性であるターニャさんがすぐ隣にいるのだ。


 いかにも下卑た表情を浮かべることになるどころか、部分的身体的変化を起こさなかったのは僥倖というべきなのかもしれない。


 アホなことを考えているうちに、服は纏っていないが後光のような光を纏ったエルフ美女――おそらく名前は「ネイ」の意識が覚醒しようとしている感じだ。


 閉じられていた瞼が僅かに動き、ゆっくりと開き始めている。


 その色はリィンと同じ澄んだ碧瞳グリーン・アイズ

 だがリィンの瞳にはあった、金色こんじきの三重円は確認できない。


 眠たげに開かれた瞳と、これもまた僅かに開かれた濡れた唇が圧倒的に色っぽい。

 まるで後光ハイロゥのような光効果エフェクトによってその肉感的な躰のラインが強調され、先刻さっきまでよりももっと宗教画めいていながら、今度はエロ方面の破壊力も半端ない。


 なるほど、どれだけ神々しい美であったとしても、それに伴うエロさが閾値を越えれば本能の方が勝るというわけか。


 まあしょせん俺の人としての感受性程度が、雄としての本能に勝てるわけなど無かったな。


 とはいえどれだけエロかろうが、それに俺が反応してしまおうが、今目の前で覚醒しようとしているエルフ美女がこの上なく神々しいことに変わりはない。


 魔物モンスターから人を護る最後の砦ともいえる迷宮都市ヴァグラム、その機能の一切を取り仕切っていた『籠護女かごめ様』の中の人が目覚めるのだ、神のお告げにも似たありがたい言葉をかけてくれるのかもしれない。


 まあだいたいそういった『神託』めいた言葉は、次のイベントやクエストへと繋がるわけだが、そういうのも嫌いじゃない。


 さあ来い。

俺はもちろん、今は驚愕の方が勝っているターニャさんが我に返って今の状況を冷静に掌握することができないほど、いかにもなありがたいお言葉をかけるがいい。


 まだ夢から醒めていないようだった瞳が、焦点を結ぶ。

 それと同時に意識も完全に覚醒したらしく、色っぽく半開きになっていた厚めの唇が閉じられた。


 まだ感情の燈らない無に限りなく近い表情で、まずはターニャさんを、続いて俺の存在を確認している。

 そのまま何か言いたげに口を二、三度動かすが、そのわずかに厚めで妙に色っぽい唇から言葉はまだなにも発されていない。


 俺に視線を固定したまま数秒が経過した後、じっと俺を見つめていた視線を自分自身を確認するように上げた両手に落とし、次いで己の身体全体へと移行させる。


『ぅわっ!』


 ――ぅわっ?


 ……あれ、おかしいな。


 神々しいお姿で、超然とした様子で神託をくだされたり、次のグランド・クエストの開始を告げてくれるのかと想像していたのだが。


 そんな想像とはずいぶん違う、というかその純白の頬を朱に染めつつ、己の両手で出来るだけ己の裸体を隠して小さくなってしまわれた。


 そのまま半目ジト目で俺を睨んでいるかのような碧瞳グリーン・アイズには、うっすらと涙さえ浮かんでいる。


 いや確かにターニャさんは女性なので、己の全裸を見られてその視線を向ける相手が俺になるというのは至極当然というか、真っ当ではあることには同意しよう。


 だが自分からそんな姿で顕れておいて、たまたまその場に男の俺がいたからとて非難の対象とされるのは如何なものか。

 眼福であることを全面的に認めた上でなお、遺憾の意を表明させていただく所存である。


 つまり今の状況、綺麗な女の子がただ自分の全裸をに見られて、照れ怒りしているだけにしか見えんのだが。


 あの展開からのコレはさすがにちょっと予想できていなかった。

 超越技術オーバー・テクノロジーとか時代錯誤遺物オーパーツの粋をつかってまで、いまのこのシーンを演出する意図というか、必要性がどこにあるのかまるで理解できない。


 ターニャさんも『籠護女かごめ様』の中の人のリアクションで我に返ったらしく、非難半分、気の毒半分といった複雑な表情を俺に向けておられる。


 ああよかった、ターニャさんがわりと良識のある大人の女性で。

 状況や理由がどうあれ、女性の裸を見た男が全面的に悪だと看做す、悪即斬の潔癖乙女だったらかなりキッツい状況に置かれていただろう。


 きまずそうな俺の空気を読んで、正体不明の存在に対する警戒感を僅かとはいえ緩めてくれているのも幸運だと思うべきかもしれない。


 しかしなんでなにも言わないんだ。


 このままここで見つめ合っていてもなにも進展しないし、どうやら本来のモノよりは相当高性能になっているらしい俺の脳に、隠しているとはいえその裸体が鮮明に記憶されていくだけだと思うのだが。


 だがその沈黙は、想定の斜め上すぎる言葉で破られた。




『ぬるぽ』




 …………えぇー…………




「……………………ガッ?」





『勇者様!』


 い や な 確 認 方 法 だ な !


 いえ違います。

 同じところから来た中の人ではありますガッ。


 そして勇者様古い!

 間違いなく俺よりも古い世代の、しかし同種である。


 俺と同じ世代の同種オタクであれば、知識として知ってはいてもこれを確認のための合言葉にしたりはしない。

 そもそもse〇leゼ〇レリスペクトっていう時点である程度予測はついていたが。


 ――いやまあ確かにこの手のシステムを自分で構築できる機会があったら、se〇leゼ〇レっぽくしたくなる気持ちはわからなくもないのだが。


 勇者様ではなく、勇者様と俺をこの世界に招いた黒幕こそが古いのだとしたら、この世界がその黒幕によって創造された可能性も否定しきれなくなってくる。

 少なくとも世界のコトワリを捻じ曲げて、まるでゲームのようにしてしまえるだけの力を持っていることは疑いえない。


 この世界が超絶進化したV.R_M.M.Oゲームである可能性さえあるわけだ。


 いや今はそうじゃない、そういう分析と予測は後回しにするべきだ。


「……………いえ違います。俺は『勇者様』じゃないです」


『え、うそ。私にだって意味の分からないこの合言葉に正確に答えられるのなんて、この世界では自分くらいだって言ってたじゃないですか! 確かにやたら若返ってますけど、どうしたんですか? 『聖女様』からうちの『女王様』に乗り換えて、共に永遠を生きることにでもしたんですか?』


 急にえらいフランクな感じだな、『籠護女かごめ様』の中の人よ!

 というか俺を勇者様だと誤認しているのはいいとして、興奮したためか隠すの忘れてるぞ。


 隠せ。

 というか映像出力に干渉でもなんでもして、なんか服着て。


 落ち着かないから。


 あと俺が勇者様である大前提で、重要ワードぽんぽん放り込んでくるのもやめて。

 

『でも私は勇者様パーティーが帰還されるまで外在魔力アウター・マギカが消失この世界を護るために『籠護女かごめシステム』のコアとなったんだから、勇者様の帰還以外で覚醒することなんてありえないんだけど…………ぅわ!』


 ぶつくさ独り言を言っていたと思ったら、またでた、ぅわ。


『……あれから三百年以上も経過して経ってる……ってことは貴方は本当に勇者様じゃないんだ……』


 ……なるほど。


 勇者様はプレイヤーとしてどれだけ強くても、人としての『寿命』のくびきからは解放されていなかったというわけか。


 どうやってかはわからないが、『籠護女かごめ』のシステムによって今が何年なのかを確認することができたのだろう。

 あるいは『籠護女かごめ』が勇者様によって生み出された技術であるならば、今の俺と同じように拡張現実A.Rのような『表示枠』も駆使可能なのかもしれない。


 というか今目の前に表示されている、俺だけではなくターニャ様にも見えている映像から考えてもそうである方が自然だな。


 とにかく『勇者様』はこの世界で歳を重ねておられたようだし、三百年が経過して生きているはずがないと近しい存在にも認識されていたというわけだ。


『でも猫ちゃんもいるということは……貴方、二代目勇者様?』


「……なんかそんな感じだな」


 『従魔クロ』のことも知っている。

 つまり勇者様も俺と同じく「猫」を従魔としていたというわけだ。


 でもあれだけの種類から選べたにも拘らず、同じ猫を選ぶなんてことはあり得るのだろうか。

 いや猫好きは猫がいてくれたら一択だろうし、そう不思議なことでもないのか。


「え……貴方様は勇者様の再臨なのですか?」


「いやまあ、似た存在というか……」


 完全においてけぼりにされていたターニャ様が、今度は俺に驚愕の視線を向けている。

 どんなふうに人の世界に300年以上前の勇者様が伝わっているのかは知らないが、この感じだとエルフとは違ってそう悪い感じではなさそうかな。


『あ、いけない』


 どう説明したものかと思案していると、再び全裸が声を発する。

 何事かと視線を向ければ、純白だったその肌がリィンと同じように褐色に染まっていっている。


 リィンが魔石の魔力を吸収した時のように黒から白ではなく、逆に白から黒へ。


ってことは、外在魔力アウター・マギカの封印は成功してるんだ……このまま私が覚醒したままだと『籠護女かごめ』が止まってマズいよね』


「俺たちにもわかるように説明してもらえないか? えっと……名前は「ネイ」でいいのかな?」


 思っていた「すべてを知っている超越者」の雰囲気とは程遠いが、さすがリィンと同じくエルフだけあって、この世界の表面では知り得ないいろんなことは知っていそうだ。


 少なくとも『勇者様』についてはリィンよりもかなり詳しそうである。

 

 さてリィンは俺がここ迷宮都市ヴァグラムで、『籠護女かごめ様』とこんな風に接触するであろうことを予測できていたのか、そうではないのか……


『それは私たち『籠護女かごめ』の核になったエルフたち共通のコードネームだよ、二代目? 勇者様。エルフの言葉で「誰でもない者」って意味』


 なるほど?

 しかしそういうことならどう呼べばいいかを教えてくれたらありがたいのだが。


『今はまだ説明できるだけの余裕がないから、まずは私を。そしたらいくらでも説明するし、名前も教えるよ。お望みなら二代目様のハーレム・メンバーの一人になってあげる』


 だがそういって魅力的なウィンクを一つ残し、その姿は失われてゆく。

 もとの「モノリス」へと戻ってゆく。


『私は迷宮ダンジョンヴァグラムの第100階層、そのの最奥にいるから。二代目? 勇者様の力で階層主ボスを倒して、はやめに助けに来てよね?』




 普通ならわりととんでもない難度のクエストを、初手から発動させ過ぎじゃないか?


 まあ不正行為チート能力持ちの俺であれば、今からすぐ行くことも可能だけれど。

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