第028話 王族の重責
『――特異状況確認』
だが我ながらかなり乗り気になっており、三人の反応次第では本当に『魔王ルート』を選んでしまいかねない可能性が高くなってきていた俺の思考を冷やすように、『
モノリスの表面に
『
どちらからも動けないままに硬直している俺たちを無視するように、『
正直なところ、俺としては救われているともいえる。
俺なんて人間はこの世界にはいませんよ宣言の後、そのまま放置されていればさすがに血なまぐさい展開になった可能性も充分に考えられるものな。
だが俺よりもこれまで『
『最上級秘匿状況確認』
だがお構いなしに『
『
この言葉と同時にずっと固唾をのんでモノリスの方を凝視していたのであろう、マスター・ハラルド、ヤン老師、そして
いやそんなバケモノを見るような目で見られましても。
確かに『
とはいえ『
俺にではなく、守護するべき対象であるはずの貴方たちに、なぜ出て行けというばかりか、「このことは黙ってろよ?」と仰っている心当たりなど一つもない。
我ながら焦りすぎて無表情というか素の表情になっている自覚はあるが、とはいえじゃあどういう顔をするのが正解なのかも当然わからない。
御三方の目にはさぞや不気味な無表情に映っていることではあろうが、愛想笑いを浮かべ損ねて邪悪極まりない笑顔になってしまっていたよりはいくらかマシだと思っていただきたい。
救いは御三方にとっても『
そうでなければ、本気で無駄と知りつつ襲い掛かってきていてもおかしくないくらいの空気に支配されている。
だがマスター・ハラルドとヤン老師は、その曰く言い難い表情のまま残る一人――ターニャさんの方に視線を移動させる。
つまりさすが王族だけあって、ターニャさんの
『
マスター・ハラルドとヤン老師のターニャさんに向ける視線は、驚愕というよりも心配する色の方がずっと強い。
ターニャさんがまず間違いなく王族であることはもちろんだろうが、この状況で強いおじいちゃん二人にこんな視線を向けられるというのは、一人の人としても慕われているのだろうことが伺える。
まあ孫娘みたいな年頃だろうし、そんな女性が王家に生まれたというだけで自分たち以上の責任を負わされていることを側で実際に見ていればそうなるのも自然か。
自分の立場に相応しくあろうと頑張っている若者というのは、基本的に地位とその実力を釣り合わせることをなんとか成立させた者――つまりはその苦労を知っている歳を重ねた実力者たちに可愛がられるものなのである。
極稀に「頑張る無能」という不幸な例が語られることもあるが、大体においては努力の方向が間違っている、つまり上の責任なことがほとんどである。
だが今の状況ではその実力故に今ここで軽率な行動を取ることの無謀さを痛感できるからこそ、マスター・ハラルドとヤン老師二人が感じている無力感は相当なモノだろう。
「大丈夫です。タ……ヒルシュフルト監察官に危害を加えないことを約束します。いえ、そちらから敵対行動を取らない限り、この迷宮都市に一切の被害を生じさせないと約束します」
やばい、今のところ名乗られてもいない名前をこっちから呼んだ日にはより空気が凍り付く。
暴発されても困るので、気休めにしかならないであろう言葉でも一応は明言しておく。
決壊寸前の状況では、たとえ気休めであってもないよりはまだマシなはずだ。
今のこのお二方の感じだと俺との敵対が不可避であると判断した瞬間、勝てぬと知りつつも即断即決で各々の最大技をぶっ放してきそうな勢いだ。
ホント自重しないとどれだけゲームっぽくあろうともあくまで現実である以上、俺はロールプレイのつもりだったとしても巻き込まれた人が死にかねない、というかあっさり死ぬのだ。
悪意を以て俺と敵対する相手を殺すことになるかもしれないのはこういう世界である以上、必要に応じて覚悟を決めておく必要はあるだろう。
だが自身の悪ふざけで人を死なせておいて楽しく生きていけるほど、俺は図太くはない。
自身が愉しむためにこそ、後ろめたくなるような状況は可能な限り避けるべきなのだ。
俺の言葉を信じるというより、信じるしかないと言ったところだろう。
蒼褪めながらも気丈に二人に対して「大丈夫」とでもいうように頷いて見せるターニャさん。
問いたいことも言いたいことも山ほどあるのだろうが、基本的に
渋々ながらもマスター・ハラルドとヤン老師はここに俺を連れてきてくれたガイウスさんと同じように速やかに退室し、しっかりとした大扉が閉ざされる。
仕えるべき主筋であるターニャさんが覚悟を決めたからには、その意志を無視することなど臣下たる身にはできないというあたりだろう。
俺と敵対することの危険性はもちろん、一応は
にも拘らず二人は部屋を出る直前に、あからさまな殺意を明確に俺に向かって放って出て行った。
手を出せば殺す、という意思表示。
これは彼我の戦力差も理解できない弱い犬が、ただむやみやたらに吠え掛かっているというわけではない。
勝てぬことなど百も承知。
それでも殺しにかかるからな、という絶対の意思を示したのだ。
こういうのは怖い。
強い弱いじゃなく、絶対に赦されないことをするというのはそれなりに覚悟が必要だ。
そういう意味ではかなりの抑止力となる脅しである。
こちらがハナから敵対するつもりか、そういう態度を許せない程度の度量しか持っていないのでない限り、余計なことはしなくなる。
誤解、杞憂であった場合には、あの二人は平気で己の頭を地面に擦り付けてでも俺に謝罪をするつもりでもあるのだろう。
そうするべきところで、平気で命をかけてくる相手というのは怖いと同時に素直にすごいなと思わせられる。
もちろん俺は穏便に事を済ませたいし、一冒険者としてこの街で暮らしていきたいので余計なことなどいたしませんとも。
つい先刻まで「魔王ムーヴも悪くないかな」などと思っていた自分を棚に上げて心の底からお二人に約束する所存である。
他人から本物の殺意を向けられた経験なんて、普通はそうそうあるものではないと思う。
そりゃビビるなって方が無理な話である。
というかこんな状況で、まだほとんどまともに口をきいてもいないターニャさんと二人きりにされるのはかなり落ち着かない状況なのだが。
いやそれは俺よりもターニャさんの方がキッツいか。
初対面の男性と二人きりにされるとかいう
王族というのも大変だなあと、まさに他人事ながら同情してしまう。
こんな人が世界を支配しているわけでもない厳しい世界となれば、享受できるメリットよりも、甘受するしかないデメリットの方がはるかに多そうだ。
いやそれは人が世界をしていても変わらないのか。
その中での最強国家の最高権力者でもない限り、責任者が負わされる重責はそうではない者の想像を絶するものだろう。
その責を放棄して甘い汁だけを吸いたい者は、どのような階層にその身を置いていても『犯罪者』になるしかないのだから。
それがその世界や組織で、公式な罪とされているかどうかは別として。
そんなことを考えながらお互い黙り込んでいると、ターニャさんの視線が俺の足元に向いていることに気付いた。
ああ、
クロお前、いつも美味しいところ持っていくよなあ……
リィンの時と同じく、またしてもクロを餌に話しかけようかと思ったタイミングで再び『
いかにも
すべての光を吸い込むが如き漆黒だったその色を徐々に薄くし、白を経て透明になってゆく。
立体の各辺を僅かに残し、ほぼ完全に透明な枠となると同時、映像が乱れる
これは俺にとってはわりとありがちなお約束の演出だと言えるが、まず間違いなく初めて目にするターニャさんにとってはこれからなにが起こるのかまるで予測もつかないだろう。
逆を言えば俺にはある程度予測がつく。
これまでにもヒントはいくつも並べ立てられていたからな。
ここまで思わせぶりな、文言が羅列されれば、
『
勇者互換と看做されがちな俺に反応するということは、この『
まさに
となれば今まで映像表していたモノリスを、その素体の表示に切り替えると言ったあたりが一般的か。
案の定、透明なディラッドスクリーンのようになったモノリスのあった位置に、人の姿が映し出されようとしている。
予想外だったのはその映像だ。
声や名前から予測されたとおり、その姿は女性。
年齢は不明だが、人間の基準でいうならば20代半ばを超えていることはなさそうだ。
だけどなんで全裸やねん!
いかにもSF的な、それこそリィンが身につけていたようなボディー・ペインティングのようなものでもせめて身につけておいてくれよ。
げへへ役得、というにはターニャさんと二人きりにされているこの状況ではさすがにキツイ。
「まさか……エルフ、なの?……」
だが目を閉じたままのその姿を見たターニャさんの愕然とした呟きは、おそらく個体名「ネイ」である素体が全裸であることなど、思考からはじき出されてしまっていることが伺える。
助かった。
どうやら王族であるターニャさんでも知らないということは、今のこの世界において最も頼りになる迷宮都市を制御しているシステムであろう『
確かに一糸纏わぬ姿で眼前に浮いているような「ネイ」の耳はエルフの特徴である長さをしている。
だがリィンとは違いその肢体は豊満で、なによりもいかにも本来のエルフらしい――魔石の魔力を吸収した際のリィンの如く純白なのだ。
いやだからなんでピ□テースとかそれこそ元祖ネ〇っぽい見た目のこの「ネイ」が純白で、いかにも森エルフっぽいリィンが褐色なんだって話ですよ。
普通、逆だろ逆!
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