第027話 魔王ルートの誘惑

 重苦しい空気が支配する中、誰もがこの状況における最善手など指示できるはずもないまま時間だけが経過してゆく。


 完全に理解してもらうことは不可能だとは思うのだが、現在表向きには退避訓練として絶賛発動中であるらしい正式任務ミッションの討伐対象が、実は俺である可能性が高いことを告げた方がいいのかもしれない。


 いわば無駄なことにこの迷宮都市ヴァグラムのほぼ全戦力を投入し続けているわけだし、退避状態の維持を余儀なくされている住民たちにしても経済的損失は結構なモノだろう。

 本当に命が掛かっている場面ではそんなことを言っている場合ではないのはもっともだが、今回はそうではないわけだし。


 最悪損害賠償なんかが発生したとしても冒険者としての働きで免除してもらえるかもしれないし、俺個人の「才能に溢れた新人冒険者」としてのデビューと成長も経験してみたいという欲望のためだけに黙ったままでいるのは精神衛生上もよろしくない。


 というかきちんと理解してもらえない限り、都市内に人の皮を被ったバケモノが潜んでいる状況と看做され、迷宮都市ヴァグラムの日常が戻ってくることはなさそうでもある。


 ゲーム的に言うのであれば、イベントはきちんと完了させないと次が発生しないものだしな。

 サブクエストなどであれば複数同時進行とかが普通だけども。

 職取得クエとかね。


 それにさっきのやり取りで、どちらにせよ今の俺が特別視されることから逃れられないことは嫌というほど理解もできたことだしな。


 客観視すれば現状の最高戦力を以ってこの世界の人と敵対することを俺が決めた場合、迷宮都市規模の全戦力を投入してそれでも状況は絶望的だと判断されるのということなのだ、今の状況は。

 異世界仕様の俺が、比喩でもなんでもなく人の皮を被ったバケモノである自覚はしっかり持っておいた方がよさそうである。


 だが俺が口を開くよりも早く、


『照合完了。走査スキャン対象者に該当する冒険者、もしくは封印騎士シールズの登録情報は全データベース上に存在しません』


 超過駆動オーバードライヴ状態であったモノリスに走っていた真紅の魔導光が一切消え、静かな声で俺にとってはわかりきっていた答えを『籠護女かごめ様』が静かな声で告げた。


 そりゃそうだ。


 今ここにいる異世界用俺は、不正行為チート能力である『時間停止』を発動していた24時間を除いたこの世界本来の時間からすれば、顕れてからまだたったの一日すら経過していないのだ。


 それ以前に冒険者として登録もしていないし、その出世先である『封印騎士シールズ』になれているはずもない。

 というか本来はその冒険者登録するためにこそ、冒険者ギルドここを探していたのだ。


 ゆえにどれだけ膨大なデータベースを構築していたとしても今の俺に該当する情報がそこに存在するわけがない。

 もしあったとしたらそれは超越技術オーバー・テクノロジーの塊としか見えない『籠護女かごめ様』の能力を以てしても見抜くことのできないほどの「そっくりさん」だということになる。


 そもそも今の俺の容姿はこの世界に来る際のキャラクター・メイキングで俺が生み出した、非実在イケメンなのだ。

 「似ている」という程度であればいるのかもしれないが、『籠護女かごめ様』の照合を誤認させることなどできそうもない。

 もし名前も含めて完全に合致するデータなんかが在ったりしたら、それは他人の空似などではなく俺本人ということになってしまう。


 つまりありえない。

 

「え?」


「そんなバカな……」


「なん、だと?」


 だが三者三様ではあるが、共通して驚愕というよりも呆けたような表情を見せているヒルシュフルト監察官、マスター・ハラルド、ヤン老師。


 というか反応の際に選択した台詞がテンプレ過ぎませんかね。

 いや本当に衝撃を受けた場合、ほとんど人がそういう反応を返すからこそテンプレ化するとみるべきなのか。


 しかしこれは、ただ単にかなりの実力者と判断されている俺のデータ登録がされていないというだけの反応ではなさそうだ。

 これは「ありえないことが起こった時」の反応だぜ。


 あるいは順序が逆で、魔物モンスターと戦える能力を持って生まれた人間が自ら申請、登録するのではないのかもしれない。

 迷宮都市を制御している超越技術オーバー・テクノロジーの塊、『籠護女かごめ様』が掌握している全人類のデータベースから、そういう人間――ジョブを持って生まれた人を抽出しているのかもしれない。

 もしもそうだった場合、ヒルシュフルト監察官が俺の情報がどこかにはあることを疑っていなかったことにも得心が行く。


 となるとこれはかなり拙い状況だ。


 そういうことなのであれば、迷宮都市ヴァグラムにおける実力者であるマスター・ハラルドにその実力を認められるほどの『冒険者』が、『籠護女かごめ様』のデータベース上に存在しないということの方があり得ない。

 あってはいけない。


 人である以上は。


 それは情報としての話だけではなく、現実においても居るはずのない、居てはいけない存在だということになる。

 にも拘らず彼らの目の前に、実際に俺は存在している。


 つまり実体を持ち、マスター・ハラルドが自分よりも強いと判断するだけの力を持ち、そうでありながらそいつという結論に辿り着くしかない。


 そして今はその条件に合致し、容易に紐づけることが可能な状況に置かれているのだ。


 大型Sクラス魔物モンスターが当然都市内に侵入しているにもかかわらず一切の被害を出すことなく、そのまま手練れベテランの冒険者や『封印騎士団シール・ナイツ』による迎撃インターセプトどころか、『籠護女かごめ様』による索敵サーチからも逃れている状況。


 超越技術オーバー・テクノロジーによる索敵サーチだけではなく、人の目視による確認でも発見できない状況。

 ということは、そのSクラス魔物モンスターが「人に擬態している」のかもしれないという可能性に辿り着くのは、そう突拍子もない思考展開とは言えないだろう。


 つまり俺だ。

 まったく別の角度から、ある意味においては正解に辿り着けてしまうのだ。


 問題は俺が大型Sクラス魔物モンスターが擬態した人に仇なす存在などではなく、それだけの魔物モンスターだと誤認されるほどの戦闘力を備えたの人だということなのだが……


 とはいえさすがにそれをだと強弁するのは我ながら無理があるし、エルフリィンでもあるまいし異世界転移、転生をすぐさま理解してもらうのはかなり難易度が高そうだ。

 よしんばなんとか信じてもらえたとしても、俺の常軌を逸した戦闘能力の説明になるかどうかは甚だ疑わしい。

 人の歴史で『勇者様』がどんな風に伝えられているのかもまだ不明だしな。


 こう考えると最初に俺が出逢えたのがリィンだったのは、本当に運がよかったんだな。

 ゲームのオープニングとして、そう仕込まれていただけなのかもしれないとはいえ。


 あー、この俺に背中を向けたままの三人の感じ、どうやら俺の推論と同じ考えに辿り着いてしまっているっぽいなー。


 背景に縦線と汗が幻視できる。


 体勢こそ俺に背を向けたままだが、素人目にもわかるくらいに無駄な力が入って強張って僅かに震えている。

 『籠護女かごめ様』のモノリスの方へ向けたままの三人が、どんな表情で俺の方を振り返るのかを考えるとわりとマジで怖い。


 いやそれを言うならマスター・ハラルド、ヤン老師、ヒルシュフルト監察官の方がずっと怖いか。

 このまま振り返らずにいられるのなら、そうしたい気分なのかもしれない。

 俺ならこの答えに辿り着いてしまったら、間違いなくそうなっている。


 のこのこと自分たちが冒険者ギルド中枢部まで連れ込んだ「頼りになるかもしれなかった助っ人」が、絶対に倒すことが不可能な魔物モンスターが人に擬態した姿かもしれないなど、考えたくもないだろう。


 自分たちの置かれている状況が、すでに詰んでいる盤面だと認めるのはかなりきつい。

 対戦遊戯ゲームですらそうなのだ、己の命ばかりかこの迷宮都市の命運、事によってはこの世界の人類の趨勢まで含まれかねないとなればなおのことだろう。


 しかもそのを自分たちが最重要防衛対象の目の前まで引き込んだと来た日には……


 俺なら泣く。


 まんまと敵の掌の上で踊らされたとしか思えないものな。


 勘違いされたまま――いやあるいは正しいの判断なのかもしれないが――三人三様に絶望的な表情や決死の覚悟で襲い掛かって来られるのであれば「違うんです、聞いてください!」と脊椎反射的に叫んでしまうことはまず間違いない。


 だが「そんなはずないよな?」といったような引きつった笑顔で振り返られたりしたら、ダメだダメだと頭では理解していながら、「おや、意外にばれるのがはやかったですね(暗黒微笑)」などと、ものすごく良い笑顔で魔王ムーヴをしてみたい衝動に逆らえるかどうかは甚だ心許ない。


 正直そういう展開も嫌いじゃないんだよな。


 圧倒的な戦闘能力を持ってはいても思考や知恵においては人に劣ると見下していたはずの魔物モンスターが、人と同等、あるいはそれ以上の存在であったことが明確になる際の圧倒的な絶望感。

 魔物モンスターというよりは魔獣、魔人のたぐい、いわゆる上位存在がシレっと人のふりをしてその中枢に紛れ込んで飄々としている感じは相当に魅力的である。


 その役を自分ができるというのであれば、それはそれでこの世界の愉しみ方としてアリかもしれない。


 それこそそういう行動を取った直後に不正行為チート能力『時間停止』を発動して、一切の痕跡を残すことなく目の前から忽然と消え失せるっていうのも美味しいっちゃ美味しいよな。

 この場合であれば、どうやら王族であるらしい姫騎士ターニャ様を攫っていくというあたりが定番か。


 まだこの世界における常識というものをほとんど理解できていない状況だが、なあに序盤に姿を現すラスボスの如く、どこか謎めいていて分かった風なことを思わせぶりに呟いておけばなんとでもなるだろう。

 大事なのはどうとでも取れる言い方を徹底することで、後の己の行動で辻褄を合わせられるようにしておけばいい。


 なあに斃される際になぜか話し始めるラスボスの背景が、「いやお前、そういうことなら序盤のあの極悪ムーヴはなんだったん? キャラぶれてません?」となることなど茶飯だ。

 なんならそういう展開の方が、真のラスボスとか裏のラスボスに挑むに際して主人公たちの心強い味方になるフラグだとさえいえる。


 なんなら現在人から迫害されているらしいエルフをはじめとした亜人デミ・ヒューム獣人セリアン・スロープたちを「魔族」として束ね、人の世界に宣戦布告する魔王ポジションも成立するかもしれない。


 まあそれがリィンを含むエルフや亜人デミ・ヒューム獣人セリアン・スロープたちに受け入れられるかどうかなどわからないし、一度やったらまず取り返しがつかないので本当にやるつもりはないのだが。

 それに攫うこと自体は簡単だけど、『時間停止』が解けた後に姫騎士ターニャ様を持て余すのは確定的に明らかだしな。


 マルチルートのゲームであっても、俺は最初は王道ルートを選択するタイプなのだ。

 人によって何が王道なのかなど十人十色、百人百様、千差万別なのは当然だ。

ちなみに俺の場合は「僕にその手を汚せと言うのか」と問われれば、「思い通りに行かないのが世の中なんて割り切りたくないから」と答えたくなるタイプなのだ。


 VIVA LA栄光あれ Cカオスルート


 いやそんなルート分岐でさえ、俺のもう一つの不正行為チート能力である『時間遡行』を発動しさえすれば、あまりよろしくない展開に突入した場合にそれを確認した後にやり直すことも可能かもしれないのか。

 

 仮面でも被っておけばよかったかな……


 いやそうなれば流石に怪しすぎてここへは呼ばれていないだろうし、ガイウスさんが豪のモノであったとしても常識的に考えてこの場では仮面を外す必要があるだろうから意味がないか。




 展開次第によっては、この後にこそ必要になるかもしれないが。

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