第026話 超越技術
まあリィンの――エルフのこの世界での扱いについてここでいくら考え込んでいても、正しい答えなど出るはずもない。
今の俺がこっちの世界の書物も自在に読むことができるのであれば、落ち着いてから『時間停止』を発動して王家だの教皇庁だのの書庫、それも禁書区域に所蔵されているであろう『歴史書』を読めば大体のことはわかるだろう。
向こうのどこぞの国々のように、現代の人が信じている正史にとって都合が悪いからとすべて焚書していないことを祈るばかりだな。
とはいえ探せばどこかにはあるはずだ。
それに隠されているということは、それは正しくはあれども隠している者たちにとって都合の悪い代物だということだからちょうどいい。
今一般的に信じられている歴史と、今の為政者たちが隠している歴史。
その双方を知った上でリィンに逢いに行けば、リィンはリィンが――エルフが信じている逸史を語ってくれるだろう。
それに書物だけで知るのではなく、冒険者としてこの街で暮らすことによって実感――自分の肌で今では人が統べているこの世界を感じることも重要だろうしな。
間違った歴史を信じている人が邪悪だとは限らない。
なぜならば歴史など、為政者たちの手にかかれば簡単に歪められるからだ。
そこに徹底した教育が加われば、誰もがそれこそが事実だと信じて疑いもしなくなる。
それが自分たちにとって都合がいいものであればなおのことだ。
そのことを俺はよく知っている。
誰もが表立っては声を大にして言わないが、向こうではありふれた現実だったからな。
一番忘れてはいけないのはそれが「彼我双方とも」に、というあたりまえのことだ。
それを忘れるとすぐに己が信じている説、資料、文献のみが正しくて、それ以外はみな悪意に塗れた捏造だと妄信する視野狭窄に陥ってしまう。
自分が一番賢くてそれ以外の他者がみんな愚かだと思うことは、最も賢さからは遠い行為だと今では嫌というほど思い知っている。
――いかん、明後日の方向に思考が走ってしまっているな。
ともあれマスター・ハラルドはかなり正確に俺の戦闘能力を測れている。
おそらく長年の鍛錬によってレベル1における格闘スキルが青字天井にまで至っているのであろうマスター・ハラルドからすれば、確かに俺の格闘スキルは僅かとはいえ劣っている。
専門職である『格闘士』とあくまでも格闘スキルは
その差を捉えての「技術でいえば僅かに勝る」であり、H.Pや各種ステータスというプレイヤーとN.P.Cの差を――地力の差を勘案しての「総合的な強さでいうならば自分より上」という結論を導き出している。
達人ってすごい。
さっき軽く会釈して部屋から出て行ったガイウスさんも含めて、己の専門分野であればある程度正確に相手の力量を推し量ることがもできるのだ。
これはこの世界において一定以上の強者に対して、強さを隠すことは不可能と見た方がよさそうだな。
正確ではないにせよ、ここまで見抜かれるのであれば「強くないフリ」などはまったく通用するまい。
問題は強さの
数えられるのは5まででそれ以上は「たくさん」としか捉えられない感じで、レベル2以上はどれもSSS
どんな強者でもレベル1という物差ししか持たないこの世界では、
そうでなければ、公的な立場――冒険者としての俺が選んだ『戦士』の
強さを隠すことは諦めるにしても、仲間としても振舞えないくらい突出してしまうのも面白くないというか、ゲーム的に言えば飽きを速める。
せっかく
『俺無双』は我が魂の
「それでも……」
「ま、あくまでも人としてはの話だからな」
「S
――焼け石に水ですか。
小声でマスター・ハラルドとヒルシュフルト監察官が話しておられる内容は、常人であればとても聞こえないような囁きではある。
やたら身体能力に優れている俺の耳はばっちり捉えてしまっているが。
そうなんだよな、一番の問題はこの世界における達人
そればかりか、人は誰も縛られたか弱き仔羊……もとい。
誰もH.Pを持っていないという事実もかなりキッツい。
S
『影狼王』
ある程度はこの世界の人が弱いということを予測してはいたが、冒険者ギルドの中枢メンバーを実際に見た結果、それは想定以上だったというしかない。
つい先刻俺が乱獲していた
人知れず高レベル
これはディマスさんに渡した
つまるところ、人の生存圏を本当の意味で保証しているのは迷宮都市の城壁だけだというわけだ。
王都であろうが帝都であろうが、
そりゃこの場にいる人たちがみな、深刻極まりなくなるわけだ。
今はそんな手も足も出ない
原因が俺であれそうでないのであれ、少なくともこの場にいる実力者三人は、
もはやどうしようもない真実を伝えて住民たちに壊滅的な混乱を招くよりも、隠蔽の責任は後で負う覚悟の上で『訓練』ということにして、可能な限り円滑に事態に対応できることを選択したというあたりだろう。
「こちらからお呼びしておきながら、みっともないところをお見せしてしまい申し訳ない」
自己紹介でもした方がいいのかなと思っていると、
座していた自分の席から立ち上がり、騎士らしい見事な敬礼と共に謝罪もしてくれている。
実力はどうあれ、この場で俺に最初に声をかけることを他の二人が当然としているところから見て、公的な身分としては『監察官』が、というよりは王族が一番上だということはまあ順当なところだろう。
――ただの『女騎士』どころか、ホンモノの『姫騎士』なんだもんなー。
この場にいる者たちにとって、今の危機的状況から一番守らねばならないのがこのヒルシュフルト監察官――ことターニャ王女となるのは当然のことだ。
王女様を連れて逃げろとか言い出されたらかなり面倒だぞ、コレ。
「貴君がどこの所属なのかは我々からは問いません。緊急事態につき挨拶も後程にさせていただく非礼もどうかお許しください。ですが今この迷宮都市ヴァグラムは未曽有の危機に晒されております。よって
先刻のガイウスさんと同じように、俺の言葉を待たずに話を先に進めている。
年齢が若かろうがなんだろうが、マスター・ハラルドが認めるほどの強さを持った存在が、冒険者ギルドや『
しかも先刻のやり取りを経て、見た目に似合わず相当高位の冒険者だと看做されているな。
そうでなければ初対面の若造に対して、ここまで丁寧な物言いにはなるまい。
そして冒険者や
ヒルシュフルト監察官だけではなく、マスター・ハラルドもヤン老師もどこか申し訳なさそうな表情なのは、これが
実際は俺はどこにも所属していないから、断ろうと思えば断れるのかな。
いやそんな空気じゃないのはわかるけれども。
というかヒルシュフルト監察官には、俺がどこ所属の誰なのかを確定させる手段があるということになる。
ゲームではお約束ともいえる、
確かに
「
『登録№002547:ターニャ・エル・ヒルシュフルト・――:確認:起動』
アタリか。
籠目? 様とやらがそのシステムの名称らしい。
ヒルシュフルト監察官の声に合わせて、退避訓練の開始を告げていたのと同じ声がどこからともなくこの部屋に響いた。
やわらかい女性の声ながらどこか機械的にも響くそれは、あっちで俺がこよなく愛していたボーカ□イドの音声めいて聞こえる。
『管理№39
マスター・ハラルドと老師ヤンの中央、俺が上座だと認識していた空間に漆黒のモノリスが表示され、今はそこから声が聞こえてきている。
えーっとこれ、俺にだけ視えている
というか、まんま
黒曜の表面には赤光で『39』と表示され、ご丁寧に『SOUND ONLY』とまで再現されている。
ほぼそのままだが、さすがにマークは違うな。
あと『SEALED』の文字が本物とは違う。
SEALEDってどういう意味だったっけ?
ただ脈動のように定期的に表面を走る真紅の魔導光は、どこかで見たような記憶が……
それもつい最近。
…………あ。
リィンのボディー・スーツだ。
艶やかな黒の質感も、走る真紅の魔導光もまったく同じに見える。
「彼に対して迷宮都市ヴァグラム
ああなるほど、
感じからして中世
『承知致しました。要請対象者の
いかにも
もっとも世界中のデータを洗っても、俺は登録されていないけどな。
あわせて俺の照会が完了するまでの間に、現状の訓練という名の非常事態、その状況を報告してくれるらしい。
『都市に侵入した脅威、推定戦力大型S
今のところ被害が出ていないという情報は朗報であるはずだが、この場にいる全員が苦虫を噛み潰したような表情を浮かべている。
まあそりゃそうか。
わかり易い大型S
この絶望的な状況の中でも事実を知る責任者ポジションが本気で絶望していないアタリ、この世界の人の社会にはそういった戦力があることは確実とみていいだろう。
可能であればその戦力の現着まで時間を稼ぎ、最悪でも最後の一人が殺されるまで情報を更新し続けておけば最低限度の義務は果たすことができる。
そんな脅威を一度は捕捉しながらも
この際、今のところ被害がないという情報もよりその絶望を深くするだけだ。
今の状況は大型S級
暴力だけではなく人に匹敵する知恵を持った脅威が、自分たちの生活圏内に潜んで発見することができない状況。
これ以上の悪夢もそうそうないだろう。
この部屋に満ちる、息苦しくなりそうなほどの重苦しい空気もむべなるかなというものである。
でも大丈夫です。
それたぶん、俺のコトですから。
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