第025話 冒険者ギルド

 ガイウスさんに続いて入った部屋は、思っていたよりもずっと広くて豪奢な空間だった。


 ギルド・マスターあたりの執務室かと思っていたが、この広さからすればおそらくは「会議室」兼「応接室」といったところだろう。

 机や椅子、調度品の素人目にも高級品っぽい感じからして、役員専用ってあたりかな。

 まあこの状況でわざわざ部外者を連れてくる部屋なのだ、それなりの地位にいる人間がいるはずで、それに応じた「格」を持っているのは当然ともいえる。


 部外者を招き入れる可能性のある場所、そこをおざなりにする組織などありえない。


 あったとすればそれはそんな余裕すらないほど困窮しているか、あるいはそういう駆け引きめいた「格」などを必要としない、圧倒的な強者かつ実際的プラグマティックな組織くらいか。


 そういう意味ではこの部屋だけを見ても、『冒険者ギルド』という組織がどれだけ力を持っているのかをある程度は窺い知ることができる。

 ディマスさんの話では『迷宮保持国家連盟ホルダーズ・クラブ』に所属する国家群の中では下位に甘んじている国力でしかないエメリア王国の迷宮都市でも、いってしまえばたかが会議室にここまで贅を凝らすことができるのだ。


 どうあれこの世界の経済は『迷宮ダンジョン』を中心に回っているというのは間違いないらしい。


 いかに俗物的ではあるとはいえ、経済力というのは人の社会においては厳然たる『力』のひとつである。

 ある程度社会が成熟していれば、金こそがその象徴と言っても過言ではなくなる。

 本来はあらゆる形で存在する力を兌換し、共通化させるための手段だった金そのものが力となるのはその仕組み上、元の世界むこうであろうが異世界こちらであろうが避け得ないことなのかもしれない。

 

 中央にでんと設えられた巨大な円卓にはすでに三人が着席している。


 一人は初老のものすごく強そうなおじいちゃん。

 俺の予想ではたぶんこの人がギルド・マスター。


 『ハラルド・ゲオルグ・クラム 格闘士』


 また『格闘士』ですよ。

 自分も最初のジョブに選んでおいてなんだが、迷宮都市ヴァグラムここの冒険者ギルドに対して脳筋疑惑を抱かざるを得ない。


 いや組織のトップにまでなっているのだから相当の知性や判断力、カリスマも兼ね備えてはいるのではあろうが、筋骨隆々のおじいちゃんとくればどうしても脳筋のイメージが強いんだよな、個人的に。


 もう一人はかなりお年を召された御爺様。

 白美髯を蓄えたいかにも賢者といった佇まいであり、迷宮都市ヴァグラム一の魔法使いといったあたりか。


『ヤン・レナルト・ファン・ウィンクラー 黒魔導士』


 黒魔!


 半強制的にサポに白を選ばされ、灰魔導士になっていないことを祈る。

 というかサポートジョブが存在すれば黒魔導士/白魔導士とか表示されるはずだから、少なくとも今まで俺が出会ったこの世界の中の人N.P.Cにサポジョブ持ちはいないということか。


 残念。


 いや俺のように視界に拡張現実A.R表示枠が浮かぶわけではないだろうから、あったとしてもどうやって設定すればいいのかという問題もある。

 そもそもレベルという概念が存在しない以上、取得クエも発生しないのか。


 転職の神殿とかがどこかにあればいいのだが。

 まだサポジョブを諦めるには早いだろう。まだだ、まだ慌てる時間じゃない。


 しかし実際に『魔法使い』をこの目で見ると、俺もはやく育てたくなるな……

 さっきのガイウスさんじゃないけれど、落ち着いたら一度「魔法」を実際に使っているところを見せて欲しいものである。


 脳筋ハラルドさんとこの知性派ヤン老師の組み合わせは、いい具合にバランスを取れているように見える。

 脳筋と知性派の組み合わせは鉄板だからな。


 なんか見た目的にも若い頃の二人ならかなり絵になりそうな感じでもある。

 年上知性派魔法使いと、やんちゃな後輩脳筋格闘士か……悪くないな。


 最後の一人はおそらくは二十代半ばの女性。

 艶のある金髪を肩あたりで切りそろえた、澄んだ蒼氷色アイス・ブルーの瞳がえらく綺麗な美女である。

 中の人が日本人である俺から見てそう見えるというだけなので、実際は十代後半あたりである可能性もある。

 

『ターニャ・エル・ヒルシュフルト・エメリア 騎士』


 よーし、初期ジョブにはなかったが『騎士ナイト』があることはたった今確認された。

 俺も絶対に戦士を育てて上位職たる騎士に職変更ジョブチェンジしてやる。

 メイン盾として崩壊しそうな戦闘にカカっと駆けつけて、これで勝つるとみんなに思わせるのだ。


 冗談はさておき、純白の地に黄金の意匠が入った、いかにも高価そうな全身鎧フルプレートに身を包んでおられる。

 よってその肢体のスタイルはわからないが、どう見てもクッソ重そうな全身鎧を涼しい顔で身につけておられるところから見ても、相当鍛えられているはずだ。


 ただ雰囲気といい、身につけている装備といい、一人だけ明らかに他の冒険者たちとは違う。

 冒険者ギルドというこの場の中で、あからさまに浮いている。

 ヤン老師もわりとそんな感じだが、この人ほどではない。


 おそらくは冒険者ギルド所属の冒険者ではなく、国家所属のジョブだけではなく身分的にも『騎士様』である可能性が高い。


 まさに女騎士くっころ


 いや妄言はさておき、監察官という身分は冒険者ギルドとこの迷宮都市ヴァグラム総督府エクサルコスとの連絡パイプ役といったあたりだろうか。

 平民の極みである俺から見ても、綺麗な外人さんというだけではない高貴さが溢れているように感じる。

 女騎士殿ターニャさんが美人だからという理由ではないはずだ。

 正直タイプは全く違うが、美しいという点であれば勝手ながら女騎士殿を上回っていると個人的に思っているリィンにはそんな感想を持ってないからな。


 高貴さというのは血ではなく、育ちによって宿るモノだということかもしれないが。


 いろいろ述べたところで、要は名前でネタバレしているのだが。

 エメリアってこの人、この国の王族ですやん。


 いやまあ公的な身分はどうあれ、この状況でこの部屋に集っているということは三人が三人共に迷宮都市ヴァグラムにおいてはトップクラスの決定権と戦闘力を保持している存在であろうことはまず間違いないだろう。


 王女様? は例外かもしれないが、わざわざ王家のと筋でありながら監察官などをしており、今身につけている装備や『騎士』という上位ジョブであることから見ても「戦える存在」であることは疑いえない。

 今の状況が訓練ではなく実戦だというのであれば前線に出ているべき人材たちだろうから、やはり訓練だと信じてもいいのだろうか。


 いやそうとも限らないのか。


 この国のお姫様がいる状況で緊急事態が発生しているのだとしたら、最後まで最高戦力が側について護ろうとする判断になって然るべきか。


 どうもその方が可能性が高そうだな……


「マスター・ハラルド。それにヤン老師とヒルシュフルト監察官殿。この緊急事態にお時間を取らせてしまい申し訳ございません」


 そう言ってガイウスさんが丁寧に頭を下げておられる。


 王女様は公的には王族を名乗らず、ヒルシュフルト家の人間として振舞っているらしい。

 理由はまだわからんが。


 まあそれはどうあれ、この場にいる三人がこの冒険者ギルドにおける最高責任者三人であることはほぼ確定したとみていいだろう。

 ギルド・マスター、老師、監察官とくればまず間違いない。

 老師がちょっと微妙な気もするがまあよかろう。

 さっき感じた雰囲気の違いからして、王女様付きのじいや的ポジションなのかもしれないしな。


 そのはずなのだが、おそらくはもっとも上座に当たる席がなぜか空席なのが少し気になるな。

 王女様がいてなお空席というのはちょっと想像がつかない。


 こっちでも『上座』の概念は一緒だと思うのだが。

 たとえ円卓であっても上座、下座はどうしたって生まれるモノではあるし。


 マスター・ハラルドは向かって右側、ヤン老師とヒルシュフルト監察官こと王女殿は左側に座し、最奥中央の席が空いている。

 詰めて座っているのならばまだ理解もできるのだが、あからさまに一人分プラスアルファともいえる空間をあえて空けているようにしか見えないんだよな。


 というかその空間には椅子も置かれていないように見えるがなぜなのだろう。

 この世界では王が不在の場では、本来王が座すべき席は空けておくという儀礼が存在するとかだろうか。


「ああ構わんよ。用件は後ろの彼を見ればだいたい分かった」


 最初に口を開いたのはマスター・ハラルド。

 ガイウスさんの謝罪に対して、俺をちらりと一瞥した後にそんなことを言っておられる。


 うわー。


 一定以上の『格闘士』には、同ジョブの格闘スキルのレベルがある程度とはいえ推測可能みたいだな。

 これはこの世界におけるつわものたちの前では、「実力を隠しての冒険者暮らし」というやつは諦めるしかないようである。


 しかしこうも買い被られては尻の座りが悪いというか、口のあたりがもにょもにょするな。


「そこまでか」


 あからさまに不機嫌そうな表情だったヤン老師が、マスター・ハラルドのその言に素直に驚愕の言葉を発している。

 言葉にこそしてはいないが、ヤン老師の隣に座っているヒルシュフルト監察官も驚愕の表情を浮かべ、俺の方へわりと無遠慮な値踏みするような目を向けてきている。


 なるほど同ジョブ――というよりも同じ戦闘スキル持ちでなければ、疑似鑑定スキルのようなものは発動しないとみえる。

 魔法使いであるヤン老師の戦闘スキルと言えば短剣スキルくらいだろうし、騎士ナイトのヒルシュフルト監察官からみればまだ1でしかない俺の剣スキルなど雑魚でしかないというわけだ。


 それでも「そこまでか」という台詞になるということは、マスター・ハラルドのように己の目で見ての判断ではなくとも、この状況下でそれなりの実力者ガイウスさんがわざわざここへ連れてきた間が弱いはずはない、という判断程度はできているということだ。


 というよりも、この三人の切羽詰まったこの空気ときたら。


 あかん、これはも間違いなく今の状況は「退避訓練」ではない。

 少なくとも冒険者ギルド中枢部は、現状をガチで都市壊滅級の緊急事態だと捉えている。


「ヤン老師は魔法使いゆえ無理ないことだが……あの若さですでにあの域に至っているというのはとんでもない天才だとしか言えん。わしがあの域に至れたのは冒険者として現役最盛期の頃だっただろうよ。ガイウスがこの状況下でもここへ連れてきたのがよくわかる。それだけに惜しい……」


 見てわからんか? というような表情を露骨に浮かべ、言葉ではフォローを入れつつマスター・ハラルドが鼻を鳴らす。


 ヤン老師やヒルシュフルト監察官に対しては十分以上に敬意を払っている様子のマスター・ハラルドではあるが、同じ拳を武器として戦う者の強者を軽く見られることに遺憾の意を表明してくださっているらしい。


 俺としては走って逃げだしたくなるくらい持ち上げられる言葉に、眼前に立つガイウスさんは満足そうに一つ会釈している。


「まさかお前よりも上なのか?」


「間違いないな。技術でいうならばもしかしたら儂の方がほんの僅かとはいえ勝るかもしれん。だが正面から殴り合って、儂が最後に立っている絵は描けん。とんでもなく強いぞ、彼は」


 ヤン老師はマスター・ハラルドが基本的には年長者を立て、畑は違ってはいても強者に対しては敬意を払う男だということを日頃の付き合いから知悉しているのだろう。

 というか思わず出た素の口調からして、日常ではかなり親しそうでもある。


 その彼が先のような態度を敢えて取ったのは、自分たちの言動が強者に対する礼を失していたのだと思い至って、ヤン老師のみならずヒルシュフルト監察官まで俺に向かって頭を下げてくれている。


 強者が認めた強者は尊ぶべき存在ということらしい。


 常に人という種が魔物モンスターの脅威に晒されているこの世界においては、それはなによりも重視されるべき不文律なのかもしれない。


 このあたりは強者故の矜持というか、年齢や立場に縛られたりしない潔さがなんというかえらくカッコよく感じる。

 それなりに偉い人がそうすべき場面で素直に頭を下げられるって、結構ないんだよなあ……う、嫌な記憶が。


 しかしこういう感じからすると、「強者」であるはずのリィン――エルフをこの世界の人たちが蔑んでいることと、やはりうまく結びつかないんだが……


 いやそれもそうだが、それ以上にアレか。


 そういう扱いを強者である自覚を持っているはずのリィンが、まるであたりまえのことだと受け入れているように見えるのがなんか妙なんだな、俺の中で。

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