第024話 プレイヤー

「貴方様は冒険者ですね。しかし迷宮都市ヴァグラムうち所属ではない。移籍申請であれば有難いのですが、旅の途中でおられたとしても少し我々の話を聞いてはもらえますまいか?」


 いやさすがに風格というか、厳つくはあれども落ち着いた空気を身に纏っておられるおっちゃん、というよりも紳士的なナイスミドルなので、「なに見てんだよ、コッラァ!! オッラァ!?」という展開になる心配はさほどしていなかった。


 とはいえここまで丁寧に話しかけられるとも思っていなかったし、内容については想定外が過ぎる。


 年齢的に今の俺は若造でしかない。

 プレイヤーとしての能力をその身に宿しているとはいえ先刻『戦士:Lv1』に職変更ジョブチェンジしたばかりなので、今はそこまで突出した戦闘能力を持っているわけでもないはずだ。


 だからこんな見るからに熟練ベテランの冒険者が、ここまで辞を低くして俺に話しかけてくる理由がピンとこない。


 それよりもおっちゃん、かなり重要そうな訓練の最中だと思うのですが、集中してなくていいんですか。

 あとで冒険者ギルドの偉い人に怒られたりはしませんか。


 だが俺の内心の心配をよそに、おっちゃんは軽く会釈した姿勢のまま微動だにしない。

 その態度は俺の自意識過剰でなければ、明確な『格上』に対するもののようにしか見えない。


 というかおっちゃん――ガイウス・キュヒラーさんはなんだって俺が自分と同じ、いや格上の『冒険者』だと確信している感じなのだろう。

 今の俺が身につけているのは種族衣装のようなもので、戦闘用の鎧防具に身を包んでいるわけではない。

 職変更ジョブ・チェンジをするまでもなく、街に入った時点から拳に嵌めていた『真・狼牙』もいまは装備欄からも実際の拳からも外れている。


 たしかに元の俺とは比べ物にならないくらい若くて引き締まった身体をしているとはいえ、目が合った瞬間で『冒険者』――魔物モンスターと戦うことのできるいわば超人だと見抜ける要素などどこにもないと思うのだが。


 最初に警戒したとおり、この世界の冒険者たちは相手の強さをある程度推し量ることが可能な能力を持っているのかもしれない。

 だとしても今の俺は、リィンが保護対象と看做したレベル1でしかないのだが……


「あ、はい。話を聞くのはかまいません。というか……」


 こっちが言葉を発するまで頭を下げたまま微動だにしそうになかったから了承の意と、移籍とかではなく冒険者登録希望だと伝えようとしたのだが――


「ありがとうございます! ではこちらへお願いできますか」


 ――ガイウスさんのめちゃくちゃ嬉しそうな表情と大きな声で遮られてしまった。


 いやこれ自意識過剰とかの心配はないな。

 ガイウスのおっちゃんが、なぜかは知らんが俺を確実に『格上』の存在として扱っていることは間違いない。


 元の俺より年上の、いかにも管理職然としているガイウスさんの今の態度はあれだ。

 厳しめの体育会系の後輩が、先輩に対する時のそれだ。

 いやそれすらも通り越して、弟子入りを志願している徒弟が師匠に対して取るもののようですらある。


 な ん で だ ?


 さすがに真面目に訓練中の冒険者や住民の前で関係のない話をするのは憚られるのか、別の場所へと移動するようだ。

 さっきまでのクロのように俺を先導して冒険者ギルドの建物――想像していたものよりもずっと綺麗で豪華だ――を奥へと進んでいく。


 了承した以上ついていくしかないので素直に後を追う。

 クロもついてきているが、「ペットは御遠慮願います」とか言われたらどうしよう。

 

 やはりというか当然、避難訓練中の住民の皆さんからは奇異な目で見られたが、ギルド防衛の任を振られている冒険者のみなさんはガイウスさんの俺に対する態度をわりと平然と受け入れているように見える。


 そんな強そうですかね? 今の俺。


 覚醒した超野菜の人みたいに、膨大な闘気を噴き上げているというわけではないと思うのだが。

 俺の目にだけ視えている拡張現実A.R風表示枠のように、この世界の冒険者――戦う力を持っている人たちには俺がそんな風に見えていたらどうしよう。


 二階に上がって人の目が減った時点で、好奇心を抑えきれずに聞いてみることを決意する。


「あの、えっと……」


「ああ、歩きながらで申し訳ありません、私はガイウス・キュヒラーと申します。貴方と同じ『格闘士』として冒険者をやっております。等級はCクラスとなります」


 だがまたしてもガイウスさんの言葉によって俺の質問は遮られてしまった。

 俺がどう呼べばいいか困っているのだと判断し、自分が名を名乗っていない非礼を働いていたことに思い至ったらしい。


 すみません、実はもう知ってます。

 

 とはいえ俺も気にしていなかったけど、確かにお互い名乗ってもいないのは非常識ではあるな。

 本当の非常事態であればともかく重要ではあろうがあくまでも訓練中でしかないのだし、俺に話しかけたということは訓練よりも優先度が高いと少なくともガイウスさんは判断したのだろうし。


 しかしガイウスさんの感じからすると、Cクラスとは恥ずべき等級というわけではないようだ。

 というよりもどこから誇らしげなガイウスさんの様子からして、誇るに足る等級と判断しておいた方がよさそうか。


 いわゆる普通の冒険者が到達できる最高位が『Cクラス』であり、それ以上は特殊能力などの突出したなにかを身につけた者にしか至れない域なのかもしれないという想像は、意外と的を射ていたのかもしれないな。


「ご丁寧にありがとうございます。私の名は真岐まき 匡臣まさおみと申します」


 いやそうじゃないだろ!

 年上の人に丁寧に対応されるものだから、俺も思わず仕事モードで答えてしまった。


 そうじゃなくてサラっと、俺と同じ『格闘士』って言ったぞこの人。


 なんでわかるんだ?

 いや違う、それもおかしい。


 今の俺は職変更ジョブ・チェンジをしたことによって『剣士:Lv1』であって、『格闘士:Lv48』ではないのだ。

 つまりガイウスさんは確信をもって、だがしかし間違えている。


 俺のように明確に相手の情報がる《・》わけではないということだ。


「えっと……どうしてわかるんですか? 俺が冒険者で、ガイウスさんと同じ『格闘士』だって」


 もうこうなったら直球で聞く方がはやい。

 そう問いかけると、わりと急ぎ足だったガイウスさんは妙なことを言われたという顔をして足を止めて振り向いてくれた。


「それは私も『格闘士』の端くれですから……素人にもわかり易いは抑えておられても、身のこなしを見ればマサオミ殿が私よりも圧倒的な格上ということくらいは理解できますよ」


 本気で格上だと思われていた!


 というかちょっと物悲しそうな表情なのは、ガイウスさんほど鍛錬を重ねても達人――この場合俺から見れば、素人と同じように見なされていると思ったゆえの悲哀っぽい。


 いやそうじゃないですよ!


 俺にはガイウスさんを一目見て「ふむ、なかなか鍛えこまれた格闘士職だな」とかいかにも達人っぽくわかったりできませんから。

 なんとなくかなり強そうっていう、ふわっとした感想しか持ってないです。

 俺の視覚に宿っているらしい「しらべる」相当の能力が進化すれば、そういうことも分かるようになるのかもしれないけれども。

 

 というか体重移動がどうのとか、ただ立っているだけでも体幹の安定や何事にも即応できるような絶妙な具合がどうとかガイウスさんは仰っているが、全くもってそんなことをしている自覚などない。


 俺は本当にただ突っ立っているだけだし、なにも気にせず歩いていただけだ。

 当然俺は格闘術の達人などではないし、そんな意識をして立ったり歩いたりしちゃいません。


 つまり異世界用俺の身体が、主人の意思を無視している。

 レベルと各種スキルの上昇に伴い、俺自身の意思に関わりなく無意識的にそれに応じた身のこなしと佇まいが発揮されているということだ。

 

 しかしこれ、戦士のレベルを上げたら上げたで、同職者からは一目も二目も置かれるようになるってことか。

 レベルとスキル制で身体ばっかり達人になっても、中の人の意識は全然そうじゃないから、当たり前のようにつわもの扱いされるのに慣れないな。


 いやそういうことだと仮定しても、今の俺は『戦士:Lv1』に過ぎないから『格闘士』として評価されるっていうのはどういう理屈なのだろう。


 あ。


 ジョブを変えてもいくつかの戦闘スキルは共有するパターンか!


 今の場合、上限こそ本職ともいえる各職よりも低いとはいえ、『戦士』はかなり多くの戦闘スキル持ちなパターンが多い。


 よく言えばオールマイティ、悪く言えば器用貧乏というやつだ。


 結局は戦士が一番得意とする剣スキルか斧スキルに合わせることとなり、よほどいい武器が偶然手に入るか、槍や格闘が特攻の魔物モンスター相手でなければわざわざ装備しないことがほとんどとなる。

 単独ソロであればともかく、パーティーを組むとなればその専門職にまかせることになるのは当然の流れだろう。


 こっそり俺のステータスを視界の端に呼び出すと、案の定『格闘』スキルは青天井カンストしている。

 そりゃ『格闘士:Lv48』でもカンストしていたくらいなのだから、『戦士:Lv1』でそうなるのは当然のことでしかない。


 なるほどねー。


「……今日を無事に越えられた暁には、ぜひ一度ご指導を賜りたいものです」


 考え込んでしまった俺の前で物悲しそうな表情を消し、大人な笑顔でそう言ってくれるガイウスさんである。


 いやそれくらいは全然かまいませんが、つまり普通はガイウスさんくらいのお歳まで『格闘士』として鍛え上げても、レベル1の格闘スキルカンストまでも届かないってことなのだな。

 それが当たり前の世界だとすれば、格闘スキルを極めているように見える冒険者ジョブがまさか『戦士』だとは思わないのも納得がいくか。


 忘れずに『格闘士:Lv48』から『戦士:Lv1』に変更しておいてよかった。


 普通の冒険者――おそらくはCクラス筆頭くらいの実力であろうガイウスさんが、相手の格闘スキルの熟練度をある程度とはいえ見抜くことができるのだ。

 レベルもある程度見抜ける存在がいると考えた方が自然だろうし、『戦士:Lv1』――つまり『格闘士:Lv1』よりも数段低い上限値でしかない格闘スキルでもこの世界の『格闘士』として達人扱いなのである。


 Lv48に至った存在などがひょっこり冒険者ギルドに現れたりしたら、えらい騒ぎになることはまず間違いあるまい。

 それこそ迷宮都市に大型Sクラス魔物モンスターが侵入したかのような。


 ……………………。


 ……どっかで聞いたことがあるような状況シチュエーションだなー、ソレって。


 それにサラっと聞き流してしまったが、ガイウスさんがわりと物騒なことを口にされていたような気が……


 なんだったっけ? 確か「今日を無事に越えられたら」とかどうとか……

 アレ? どれだけ深刻な状況設定シチュエーションだとはいえ、あくまでこれは訓練だったはずですよね。


 いやそれは間違いないはずだ。


 もしも本当にそんな強大な魔物モンスターがこの迷宮都市ヴァグラムに侵入していたのだとしたら、俺の超絶便利な警戒機能付きA.R地図さんが真っ先に黄金の光点でその存在を警告してくれるはずだからだ。


 今この瞬間にも、そんな表示はなされていない。

 つまりそんな大型Sクラス魔物モンスターがこの迷宮都市内に侵入してなどいないことだけは確定的に明らかだ。


「マサオミ殿、こちらです」


 嫌な汗をかきつつそんな考え事をしながらガイウスさんについて行っていると、最上階のひときわ立派な扉の前に到着していた。

 まず間違いなくこの冒険者ギルドで最も権限を持った人、ギルドマスターとかそういう職責の方の部屋だろうと思われる。


 今の状況がもしも訓練ではないのなら、腕が立ちそうな部外者を見つけた場合、最高責任者に合わせようという判断は理解できるものだ。

 少しでも戦力は積み増したいところだろうしな。


 丁寧なノックの後、「どうぞ」の声と共にガイウスさんが開いた扉を潜りながら、今の俺の心配が杞憂であることを祈るしかない。


 これが訓練などではなく、本当に誰かが『大型Sクラス魔物モンスター』相当の脅威を捉えていたのだとしたら――


 ――それは何も考えずに迷宮都市に足を踏み入れた、どこかのLv48である可能性があるのだ。




 これは冗談じゃなく、やってしまったのかもしれない。

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