第023話 イベント発生

『現時刻より緊急退避訓練を行います。住民のみなさまは緊急時マニュアルに基づいて即時退避行動を開始してくださるようお願いいたします』


 嫌でも人の警戒心を最大にする警報が鳴り響いた直後。


想定状況シチュエーションは大型のSクラス魔物モンスターに壁内へ侵入されたものとなります。対魔物領域テリトリー戦力『封印騎士団シール・ナイツ』及びBクラス以上の冒険者すべて、すなわち当迷宮都市ヴァグラムの総戦力が討伐のため都市内に展開します。繰り返します――』

 

 魔法の技術なのかなんなのかはわからないが、一見してスピーカーのようなものはどこにも見かけられないにもかかわらず、耳に心地よい女性の声が雑音なく街中へと響き渡る。


 よかった、どうやら俺のせいというわけではなさそうだ。


 しかしプレイヤーが街に着いたことによる最初のイベントが起動している可能性はあるわけか。

 あくまでもゲームとして捉えようとする俺の頭もどうかと思うが、もしもそうなのであればある意味においては「俺のせい」であるともいえる。


 放送が聞こえたことは間違いないのだが、なんか妙な感じだな。


 ――コイツ、脳内に直接……!?


 という状況ではないが、どこから響いているのかは特定できないアタリ、いかにも魔法の技術っぽい。

 いくらゲーム的な住みやすそうな街だとはいえ、あくまでも中世である以上スピーカーとかが完備されていてもなんか興覚めだし、まあ細かいところにはこだわるまい。


 しかし『Sクラス』ね。

 しかも『大型』ときた。


 どうやらこの世界の等級ランクは、ゲーマーというよりも異世界ファンタジー好きには慣れ親しんだS、A、B、C、D、E、Fアタリで表現されるアレらしい。

 SSやSSSとかもあるのかもしれないが。


 冒険者と魔物モンスター等級クラスは紐づいているとみてまず間違いないだろうが、Sクラス魔物モンスターとはSクラス冒険者が単独ソロで伍せる相手を指すのか、Sクラスパーティーでなんとか倒せる相手を指すのかでその強さは随分変わる。


 今まで俺が得た情報から判断すれば、人が単独ソロ魔物モンスターと対峙するというのは神話や御伽噺、つまりは勇者様限定のような感じだったので、パーティーとの対比とみておいた方が無難だろう。

 そこに『大型』もつくとなれば連結レイドパーティー前提といったあたりか。


 つまりこの訓練とやらは、迷宮都市ヴァグラムにとってかなり致命的な状況を想定されているということになる。


 だがいかに訓練だと明言されているとはいえ、意外なことにけっこうな数の人出であるにも拘らず混乱は発生していない。

 それどころか住民たちはみな無駄口をたたくこともなく、緊急放送? が耳に入った瞬間から整然と退避行動を開始している。


 そんな状況(ヾノ・∀・`)ナイナイ

 というような、半笑いめいた弛緩した空気が一切感じられないのだ。


 正直凄い。


 先進国だの近代都市だのとうそぶいたところで、向こうの都市部で急に似たような放送が流れでもした日には、整然迅速に退避行動を始めるどころか混乱して要らん犠牲者が出かねない状況に陥るだろう。

 数日前から「緊急退避訓練がありますよ」という、緊急とはいったい? と問いたくなるような告知を徹底していたとしてもそれはさほど変わるまい。


 それどころかお怒りを表明する方が結構な数で発生することは想像に難くない。

 他人事みたいに言っているが、俺とても出勤途中に今みたいな放送が流れて来た日には、舌打ちと「事前に通達しとけよ!」くらいの嫌言いやごとくらいは思わず口にしてしまうだろう。


 それがこの迷宮都市ヴァグラムでは誰一人として不満を漏らすことすらもなく、みな真剣に指示に従って即座に退避行動を開始している。

 俺のようにこの都市で暮らしているわけではない者も多いだろうにも関わらずだ。


 周囲の人たちがみな手近な建物に入るのではなく、同じ方向へ早足で移動を開始していたのでついていくと、えらく立派な建物が視界に入ってきた。

 なるほど、まず間違いなくあれがこの迷宮都市ヴァグラムにおける『冒険者ギルド』なのだろう。

 

 確かに近距離にいるのであれば、魔物モンスターに抗することが可能な戦力が集っている場所へ退避するのが最も理に適っている。

 その選択が現実的ではない位置にいる住人たちは手近な建物に逃げ込んでいるわけだ。

 家にいる者はそのまま待機といったあたりか。


 もしかしたらどんな建物でも、基本的に地下退避室シェルターあたりは完備されているのかもしれないな。


 つまり誰もがみな、自らが突然脅威に晒されることに対して酷く慣れている。


 どれだけ裕福でわりと近代的な暮らしをしているように見えても、いや実際にそういう暮らしをしていたのだとしても、こっちの住人たちはみな他人に言われるまでもなく嫌というほど知悉しているのだ。


 魔物モンスターという存在が、どれほど理不尽で恐ろしいのかを。


 この世界において人は世界の支配者などではなく、より強い存在――魔物モンスターが存在している。

 人の知恵も、知識も、技術も――魔法や武技を駆使してもなお倒せない絶対的な上位者。

 その気まぐれ次第で人の街などあっさりと滅ぼされてしまうという事実を、嫌というほど理解させられている。


 人の都合や規律ルールなど、魔物モンスターどもにとってはなんの価値もない。

 あっちで一部の人々が「地球を救う」とか「すべての生物の命は平等」などと半ば本気でのたまえていたのは、人が少なくともあの惑星においては絶対の支配者だったからなのだ。


 だからこそこっちの世界の人々はその脅威から自分たちを、自分たちの暮らしを護ってくれている都市側からの防衛に関する指示に対しては、冗談でもなんでもなく無条件に、従順に従うのだ。

 たとえそれが、ただの訓練に過ぎないのだとしても。


 従わなければ厳罰があるのは当然だろう。

 常識知らずとして周囲から非難に晒されることにもなるだろう。

 

 だがそうじゃない。

 罰があるから、白い目で見られるのが嫌だから従っているのではない。


 専門家の指示に従わなければ人などあっさりと死ぬのだという事実を、実感として誰もがみな共有しているのだ。

 この世界では最も安全だと言っても過言ではないはずの、迷宮都市ここで暮らせていてさえなお。


 魔物モンスターには規律ルールと同じく、人の社会の身分などなんの意味も持たない。

 富める者もそうではない者も、強い者も弱い者も、みな平等に捕食対象エサでしかない。


 だからこそ貧富の差や老若男女に関わらず、みなが真剣なのだ。

 死にたくないという、生物として極シンプルな理由によって。


 上から目線で尊いことを本気で考えられるというのは、弱肉強食の世界で頂点に立った種だけに許されるとんでもない贅沢なのかもしれない。

 

 リィンエルフとのこともあるけど、これは思っていたよりも「人が弱い」世界なのかもしれないな、ここは。

 いや確かにレベル1に過ぎない今の俺が冒険者上位陣と伍せる強さなのだとすれば、『格闘士』をレベル48まで上げた際に狩った魔物モンスターが地上に溢れている世界では当然のことか。


 人々の真剣さから考えても、魔物モンスターに滅ぼされた迷宮都市というのは伝説や御伽噺ではなく、現代を生きている人たちの記憶の手が届く範囲でもありふれているのかもしれない。


 どれだけ時代錯誤遺物オーパーツとしか見えない外壁で護られているとしても、竜種ドラゴアニールなどの魔物モンスターは飛べるわけだし、脅威度の高い魔物モンスターには侵入を許してしまっても仕方がないとは言えるのか。


 そう考えれば地下迷宮ダンジョン湧出ポップしている魔物モンスターが飛ぶ可能性は低いだろうから、いよいよ迷宮都市の外壁が『檻』である可能性が高くなってくるな。

 

 とにかく人が商品として魔物モンスターを狩るのと同じように、魔物モンスターも人を捕食対象エサとして狩るのだ。


 どうやらこの世界における魔物モンスターという存在は、人からちょっかいをかけない限りは己の生息場所で生きているだけの、孤高の強者というわけではないらしい。


 人という種にとっての、明確な脅威――敵なのだ。


 大きく開かれた退避用空間への緊急扉から人々が入っていくのと入れ替わるように本来の扉が開き、数十人のまず間違いなく冒険者たちが5~6人のパーティー単位で建物から出てくる。


 誰もが使い込まれた己の装備相棒で身を鎧い、覚悟を決めた真剣な表情で迅速に退避してくる住人とは逆の方向へ突っ走ってゆく。

 おそらくは想定されている魔物モンスターの侵入地点へ向かっているのだ。


 先の放送を聞いていなければ、誰もが「すわなにごと」となることが間違いないほどの真剣さをみながその身に纏っている。


 これが訓練だと知ってはいてもなお、とても訓練などには見えないほどだ。

 素人目にみても明確なつわものたちが、己が死を覚悟してもなお戦う力を持った者としての責務を果たさんとしているようにしか見えない。


 これはどうやら冒険者登録の申し込みは、この訓練が落ち着くまで待つしかないな。


 今そんなことを口にしようものなら、今後受付嬢――嬢かどうかは知らんが――から「空気の読めない新人ルーキー」というレッテルを、生涯剥がれないレベルで貼り付けられそうだ。

 別に急いているわけでもなし、素直に避難する住民たちと一緒にそれ用に確保されているであろう広い空間に入っておくことにする。

 場所はわかったことだし、なんなら明日出直してもなんの問題もないわけだしな。


 先刻の放送によれば討伐部隊は『Bクラス以上の冒険者』ということだったので、入り口付近を固めている完全武装した冒険者たちはCクラス以下ということになる。


 だが誰もみな屈強で、熟練ベテランの冒険者にしか見えない。

 年齢は若手から壮年まで結構ばらけてはいるのだが。


 レベルやH.Pを持った人はやはり誰もいないが、生まれながらに与えられた肉体と能力を極限まで鍛え上げているという、まさに熟練ベテランの空気をみなが纏っている。

 Cクラスというのがどの程度の強さなのかはまだ分からないが、あるいはSクラス魔物モンスターの討伐に差し向けられるようなBクラス以上の冒険者たちは極限まで鍛え上げられていることを大前提に、プラスアルファとでもいうべき『能力スキル』を持った人たちなのかもしれない。


 そういう視点で見てみると、確かに魔法職っぽい人はこの場にはいないな。

 この世界では魔法使い系は希少職レアジョブとなっているのかもしれない。


 とはいえこの場に残っている彼らとて、迷宮ダンジョンでは魔物モンスターを狩ることを日常としているのだ。

 油断はせず、さりとて必要以上の緊張はせずに、多くの人々にとっての非日常を日常としている者たち。


 文字通り危険を冒す者。


 だがそんな彼らでさえ、「足手まとい」と判断されるだけの魔物モンスターの侵入を想定した訓練というわけだ。


 よかった訓練で。

 冷静に現実として考えた場合、結構深刻というか詰んでいるような状況だよなコレ。


 Sクラスの冒険者やパーティーがそうぽこぽこいるとは思えないし、『封印騎士団シール・ナイツ』とやらの実力にしても冒険者から成りあがったからとて、『成長レベル・アップ』も『H.P』もないままでは劇的に向上するわけでもないだろう。

 聖別された聖剣や加護の鎧という『強化装備』で身を鎧っているのかもしれないが。


 そんなことを考えながらわりと無遠慮に冒険者たちを見ていたせいか、中でも一番強そうな頭目リーダーの風格を持った壮年のおっちゃんと目が合った。

 

 べつに悪いことをしていた意識はなかったのだが、本人に断りもなくすでに名前やジョブを知っているというのが結構後ろめたくて思わず頭を下げてしまう。

 しょうがないじゃないか、見たら俺の視界には表示されてしまうんだから。


 年齢や性別、各種詳細情報が表示されていないのがせめてもの救いか。

 どっちにとってなのかはわからないが。


 だがそのリーダっぽいおっちゃん冒険者殿は、その場の仕切りを部下らしい女性冒険者にまかせてこちらの方へ歩きはじめた。

 視線は完全に俺をロックオンしているので、たまたまこちらの方へ移動してきただけという線はなさそうだ。


 理由はわからない。

 悪くもないのにあわてて頭を下げたから怪しいと思われたのだろうか。

 



 俺なんかやっちゃいました? などと聞いたら殴られるかもしれない。

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