第023話 イベント発生
『現時刻より緊急退避訓練を行います。住民のみなさまは緊急時マニュアルに基づいて即時退避行動を開始してくださるようお願いいたします』
嫌でも人の警戒心を最大にする警報が鳴り響いた直後。
『
魔法の技術なのかなんなのかはわからないが、一見してスピーカーのようなものはどこにも見かけられないにもかかわらず、耳に心地よい女性の声が雑音なく街中へと響き渡る。
よかった、どうやら俺のせいというわけではなさそうだ。
しかしプレイヤーが街に着いたことによる最初のイベントが起動している可能性はあるわけか。
あくまでもゲームとして捉えようとする俺の頭もどうかと思うが、もしもそうなのであればある意味においては「俺のせい」であるともいえる。
放送が聞こえたことは間違いないのだが、なんか妙な感じだな。
――コイツ、脳内に直接……!?
という状況ではないが、どこから響いているのかは特定できないアタリ、いかにも魔法の技術っぽい。
いくらゲーム的な住みやすそうな街だとはいえ、あくまでも中世
しかし『S
しかも『大型』ときた。
どうやらこの世界の
SSやSSSとかもあるのかもしれないが。
冒険者と
今まで俺が得た情報から判断すれば、人が
そこに『大型』もつくとなれば
つまりこの訓練とやらは、迷宮都市ヴァグラムにとってかなり致命的な状況を想定されているということになる。
だがいかに訓練だと明言されているとはいえ、意外なことにけっこうな数の人出であるにも拘らず混乱は発生していない。
それどころか住民たちはみな無駄口をたたくこともなく、緊急放送? が耳に入った瞬間から整然と退避行動を開始している。
そんな状況(ヾノ・∀・`)ナイナイ
というような、半笑いめいた弛緩した空気が一切感じられないのだ。
正直凄い。
先進国だの近代都市だのと
数日前から「緊急退避訓練がありますよ」という、緊急とはいったい? と問いたくなるような告知を徹底していたとしてもそれはさほど変わるまい。
それどころかお怒りを表明する方が結構な数で発生することは想像に難くない。
他人事みたいに言っているが、俺とても出勤途中に今みたいな放送が流れて来た日には、舌打ちと「事前に通達しとけよ!」くらいの
それがこの
俺のようにこの都市で暮らしているわけではない者も多いだろうにも関わらずだ。
周囲の人たちがみな手近な建物に入るのではなく、同じ方向へ早足で移動を開始していたのでついていくと、えらく立派な建物が視界に入ってきた。
なるほど、まず間違いなくあれがこの迷宮都市ヴァグラムにおける『冒険者ギルド』なのだろう。
確かに近距離にいるのであれば、
その選択が現実的ではない位置にいる住人たちは手近な建物に逃げ込んでいるわけだ。
家にいる者はそのまま待機といったあたりか。
もしかしたらどんな建物でも、基本的に
つまり誰もがみな、自らが突然脅威に晒されることに対して酷く慣れている。
どれだけ裕福でわりと近代的な暮らしをしているように見えても、いや実際にそういう暮らしをしていたのだとしても、こっちの住人たちはみな他人に言われるまでもなく嫌というほど知悉しているのだ。
この世界において人は世界の支配者などではなく、より強い存在――
人の知恵も、知識も、技術も――魔法や武技を駆使してもなお倒せない絶対的な上位者。
その気まぐれ次第で人の街などあっさりと滅ぼされてしまうという事実を、嫌というほど理解させられている。
人の都合や
あっちで一部の人々が「地球を救う」とか「すべての生物の命は平等」などと半ば本気で
だからこそこっちの世界の人々はその脅威から自分たちを、自分たちの暮らしを護ってくれている都市側からの防衛に関する指示に対しては、冗談でもなんでもなく無条件に、従順に従うのだ。
たとえそれが、ただの訓練に過ぎないのだとしても。
従わなければ厳罰があるのは当然だろう。
常識知らずとして周囲から非難に晒されることにもなるだろう。
だがそうじゃない。
罰があるから、白い目で見られるのが嫌だから従っているのではない。
専門家の指示に従わなければ人などあっさりと死ぬのだという事実を、実感として誰もがみな共有しているのだ。
この世界では最も安全だと言っても過言ではないはずの、
富める者もそうではない者も、強い者も弱い者も、みな平等に
だからこそ貧富の差や老若男女に関わらず、みなが真剣なのだ。
死にたくないという、生物として極シンプルな理由によって。
上から目線で尊いことを本気で考えられるというのは、弱肉強食の世界で頂点に立った種だけに許されるとんでもない贅沢なのかもしれない。
いや確かにレベル1に過ぎない今の俺が冒険者上位陣と伍せる強さなのだとすれば、『格闘士』をレベル48まで上げた際に狩った
人々の真剣さから考えても、
どれだけ
そう考えれば地下
とにかく人が商品として
どうやらこの世界における
人という種にとっての、明確な脅威――敵なのだ。
大きく開かれた退避用空間への緊急扉から人々が入っていくのと入れ替わるように本来の扉が開き、数十人のまず間違いなく冒険者たちが5~6人のパーティー単位で建物から出てくる。
誰もが使い込まれた己の
おそらくは想定されている
先の放送を聞いていなければ、誰もが「すわなにごと」となることが間違いないほどの真剣さをみながその身に纏っている。
これが訓練だと知ってはいてもなお、とても訓練などには見えないほどだ。
素人目にみても明確な
これはどうやら冒険者登録の申し込みは、この訓練が落ち着くまで待つしかないな。
今そんなことを口にしようものなら、今後受付嬢――嬢かどうかは知らんが――から「空気の読めない
別に急いているわけでもなし、素直に避難する住民たちと一緒にそれ用に確保されているであろう広い空間に入っておくことにする。
場所はわかったことだし、なんなら明日出直してもなんの問題もないわけだしな。
先刻の放送によれば討伐部隊は『B
だが誰もみな屈強で、
年齢は若手から壮年まで結構ばらけてはいるのだが。
レベルやH.Pを持った人はやはり誰もいないが、生まれながらに与えられた肉体と能力を極限まで鍛え上げているという、まさに
C
そういう視点で見てみると、確かに魔法職っぽい人はこの場にはいないな。
この世界では魔法使い系は
とはいえこの場に残っている彼らとて、
油断はせず、さりとて必要以上の緊張はせずに、多くの人々にとっての非日常を日常としている者たち。
文字通り危険を冒す者。
だがそんな彼らでさえ、「足手まとい」と判断されるだけの
よかった訓練で。
冷静に現実として考えた場合、結構深刻というか詰んでいるような状況だよなコレ。
S
聖別された聖剣や加護の鎧という『強化装備』で身を鎧っているのかもしれないが。
そんなことを考えながらわりと無遠慮に冒険者たちを見ていたせいか、中でも一番強そうな
べつに悪いことをしていた意識はなかったのだが、本人に断りもなくすでに名前や
しょうがないじゃないか、見たら俺の視界には表示されてしまうんだから。
年齢や性別、各種詳細情報が表示されていないのがせめてもの救いか。
どっちにとってなのかはわからないが。
だがそのリーダっぽいおっちゃん冒険者殿は、その場の仕切りを部下らしい女性冒険者にまかせてこちらの方へ歩きはじめた。
視線は完全に俺をロックオンしているので、たまたまこちらの方へ移動してきただけという線はなさそうだ。
理由はわからない。
悪くもないのにあわてて頭を下げたから怪しいと思われたのだろうか。
俺なんかやっちゃいました? などと聞いたら殴られるかもしれない。
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