第022話 職変更

 あ、そうだ。

 街に入ったら試そうと思っていたことを、すっかり忘れてしまっていた。


 ゲームでいうならばイベントでもない限り、魔物モンスターをはじめとした敵性存在と接敵エンカウントしない『非戦闘圏』である都市内に入れば基本的には安全なはずである。

 少なくとも『壁外』よりは間違いなくそうだろう。


 応用が起こった時は知らん。

 臨機応変で対応するしかない。


 それでもできるだけ安全な状況で試すべきだろうと判断して、街に入るまで後回しにしていた必ず確認しておくべき事項があったのだ。

 こればかりは冒険者ギルドへ到着する前に試しておいた方がいい。


 うっかり忘れたまま到着しなくてよかった。


 するりと手近な路地裏に入って周囲に人がいないかを確認する。

 俺の目視による確認だけではなく、変わらず視界に映るA.R地図でも近距離に青い光点――友好N.P.Cの存在は確認できない。

 隠密ステルス能力を持った間諜スパイが俺に張り付いているのでもない限り、短時間であれば誰かの視線に映ることはないだろう。

 

 俺の妙な行動に反応して、先行していたクロが俺の足元に戻ってきた。

 さすが従魔、主の側を意味なく離れることはないわけか。


 俺が集中している間に誰かが近づいてきたら知らせてくれ、任せたぞクロ。

 にゃーんと鳴いて知らせてくれ。


 それで今からなにをするのかと言えば、『職変更ジョブ・チェンジ』の実験である。


 俺がこよなく愛していたM.M.O_RPGであれば当然採用されているシステムであり、俺がこの世界への入り口として通過した『キャラクター・クリエイト』においても初期ジョブは今の『格闘士』を含めて6種類存在していた。


 だからおそらくは可能なはずだ。

 万が一できなければ、勝手ながらクソゲー認定させていただく所存である。

 現実でも転職できるのに、こんなゲームめいた世界でありながら職変更ジョブ・チェンジ不可能など認めない。


 いや冗談はさておき、ここまでゲーム的な世界を構築しているのであればまず間違いなくできると踏んではいる。


 とはいえアクション系M.Oなどではジョブとキャラが紐づいていて、違うジョブで楽しみたければその数だけ別キャラクターを創造クリエイトしなければならないパターンもあったな、そういえば。

 その場合はプレイヤー・アカウントひとつにつきキャラクター・スロットが複数あり、性別をそれぞれ用意するのでもなければ全職を創造することが可能なことが定石セオリーだ。


 この状況でそのシステムが採用されていた場合、「俺」がジョブの数だけ爆誕するという流れになるわけだが、それはそれで面白そうではある。

 どれかを選択している間は他のジョブのキャラはこの世界に存在しないことになるわけだが、そのあたりは異層保持空間ストレージの応用でなんとでもなりそうだしな。

 サポート・キャラとして召喚可能とかだったら、「俺たち」でパーティーを組むなんていうことも可能になるかもしれないのか。


 ……うっかり女性キャラとか創造クリエイトしたらいろいろと危険そうだな。


 とはいえ俺は同一P.Cプレイヤー・キャラクター職変更ジョブ・チェンジ可能の方が好みなことは間違いない。

 ここまではかなり俺好みな設定となっているから、こうなったら最後までそうあることを願いたい所存である。

 

 サポート・ジョブとかたまらんほど好きなんだよ。

 その効果的な組み合わせを模索してゆく試行錯誤も含めて。


 パーティー単位で狩場にジャストフィットした構築ビルドを目指すときなど、結果である最高効率での狩りレベリングそのものよりも、その構築過程こそが一番楽しかったりするくらいなのだ。


 それをこの現実化した状況でやれるかもしれないと思うと、今からオラわくわくしてきたぞってなもんである。


 それにゲームであっても一つのジョブを極めるためには、相当なやり込み――かける時間が必要となることは言うまでもない。

 クソゲーであればそれは苦痛でしかないのだろうが、ハマったゲームにおいて「まだまだやれることが山ほどある」というのは、重度のゲーオタ、それもやり込み派にとっては御褒美であると同時にとても重要な要素となる。


 ハマっていたゲームが「終わってしまう」のは侘しいものなんだよな。

 だからこそスタンドアローン系よりも、ネット系ゲームを好んでしまうのだ。

 

 とにかくあらゆるジョブを極める楽しさは操作感がまるで違ってくるアクション系ともなればなおのことで、ステータス的には極まったP.Cを、磨き上げられたプレイヤースキルで華麗に操作することほど楽しいものはない。


 それが今はアクション系どころか、現実化した状況で実際に各種能力スキル、魔法、武技を行使できるようになっているのだ。

 ゲームではメインで使うことなど無かった今の『格闘士』であってさえ、狩りの最中に笑いをおさえきれないほどに楽しい――というよりも圧倒的な快感を得ることができた。


 これでまだ後衛職――魔法使い系が控えていると思うと本気で愉しみである。


 よっしゃ、俺の意識に従って視界に浮かび上がった表示枠は『職変更ジョブ・チェンジ』についてのものだ。

 やっぱりできる、いいぞ。


 種族衣装とでもいうべき今身につけている装備は全ジョブ共通だろうし、変更しても『真・狼牙』が装備から外れて異層保持空間ストレージに収納される程度だろう。


 というか今気づいたが、街に入ってから拳鍔ブラス・ナックルの一種である『真・狼牙』は俺の拳に嵌められてはいない。


 『圏内』では装備していてもこうなるんだな。

 『圏外』へ出た瞬間に出現するのか、それとも接敵エンカウントして戦闘態勢に移行した際に出現するのか。

 どちらにしても演出としては嫌いじゃないな。

 

 ちなみに今俺の視界に並んでいる初期ジョブ


 ・戦士

 ・『格闘士』

 ・弓士 

 ・黒魔導士

 ・白魔導士

 ・赤魔導士

 

 の六種。

 

 当然と言えば当然だが、この世界に来る際に今の俺を生み出したキャラクター・クリエイトの時からなにひとつ変わっていない。

 増えていたらさすがにびっくりしただろうけど、さすがにそんなことはなかった。


 現在のジョブである『格闘士』が濃い黒と太字で表示されており『』で囲まれている。

他のジョブは黒いが太字にはないっていないし、『』もない。

 現状では選択不可能なジョブがあった場合灰色表示グレイアウトされたりするのだろうが、今のところ六種以外は何も表示されていない状態だ。

 

 まあ見えていたらそれを目指すモチベーションになる一方、最初からなれるジョブがすべてわかっているのは興覚めともいえる。

 二次ジョブあたりは灰色で見せておいて、上位ジョブや最終ジョブを隠しておいてくれるアタリが理想的だが、要らんところで贅沢を言っていても仕方がないか。


 表示枠が確保しているスペースは初期ジョブ六種だけには大きすぎるので、なんとなく二次ジョブや上位ジョブ、最終ジョブの数を読むこともできなくはないな。

 まあ表示枠が一枚と決まっているわけでもないから、こっちが引くくらい多くのジョブが存在しているのかもしれないが。


 しかしそうなると補助職サポジョブ設定が現実的ではなくなっても来るから、ある程度の数でバランスよくあってくれるとありがたい……などと思ってしまうのはゲーム脳もここに極まれりという感じだな。


 圧倒的な力を与えられていることも大きいが、我ながら異世界転生に伴う悲壮感がまったくなくてなんか笑えてくる。

 俺ってこんな非常事態に対する順応性高かったかな?

 いや向こうではあっても仕事のトラブル程度で、運よく災害や犯罪などという本当の非常事態に晒される経験はなかったな、そういえば。


 とりあえず一番上の戦士を選択したら、「戦士に変更しますか? 是/否」の確認が出たので意識でイエスと回答する。

 するとこちらが拍子抜けするくらいあっさりと『戦士:Lv1』に変更された。


 H.P、M.Pはもちろん、各種ステータスも『格闘士:Lv48』とは比べ物にならないほど一気に低下している。

 あとやはり『格闘士』専用武器である『真・狼牙』は装備から自動的に外れ、異層保持空間ストレージの装備品欄に装備Eマークが外れた状態で格納されている。


 しかし今の俺をこの世界の『冒険者』としてみた場合、無手の『戦士:Lv1』であっても平均よりは上の戦闘力を持っている可能性が高い。

 同じLv1の『格闘士』でも、魔物領域テリトリー湧出ポップの格上魔物モンスター、『牙狼:Lv3』を瞬殺できていたというのがその根拠だ。


 念のため『格闘士』へ戻してみるが、同じ流れを辿ってあっさりと戻すことも可能だった。

 レベルをはじめとした各ステータス値は職変更ジョブチェンジ前と一切変わっていないのでなんの問題もない。

 これなら緊急事態になった際、即座に『格闘士』に戻せばいいだけだ。


 しかし自身のこととはいえ各種ステータスの数値を特に意識もせず完全に記憶できていたわけだが、頭脳の基礎性能も相当強化されているのかもしれない。

 あくまで俺という存在が始まりだったとしても、超高性能な個体に宿って暮らしていたら、本来とは似ても似つかない人格が形成されそうでちょっと怖い。

 まあ記憶が継続さえしていれば、それを「成長あるいは堕落した俺」と認識することに齟齬は出ないだろうからまあいいか。


 まあなんだって冒険者ギルドに着く前に職変更ジョブ・チェンジを試したかと言えば、それが可能かどうかを確認しておくことがもちろん第一である。

 では第二はなにかと言えば、冒険者登録をする際にはどのジョブであれ『Lv1』で行っておくべきだと思ったからなのだ。


 俺の魔眼――違う。


 視界に映るA.R処理のようないかにもゲームっぽい能力を持った者はまずいないにしても、リィンのようにぼんやりとでも相手の強さを把握できる者ならばいるかもしれないと思ったのだ。

 いや冒険者ギルドという組織の特性、機能から考えればまずいるとみておいた方がいい。


 そんなところへのこのこと『牙狼王』という中ボスどころか竜種ドラゴアニールすら単独ソロで狩ることが可能な『格闘士:Lv48』が、「冒険者登録お願いします」と来た日には騒ぎになるなという方が無理だろう。

 

 いかに「プレイヤー優遇」があるとはいえ、さすがにレベル1の状態であれば「突出した才能を持った新人現る!」程度で収まってくれるはずだ。

 そうであってくれ。

 それでも無理だったらもうあきらめる。


 ちなみに冒険者ギルドに登録した後、公的な身分――迷宮ダンジョン都市ヴァグラム冒険者ギルド所属の一『新人冒険者ルーキー』としての活動は基本的にそのジョブに固定して行っていく予定なので、撃たれ弱い後衛よりは前衛、それも汎用性が高いものにしておく方が無難だろう。


 よって俺の異世界における冒険者生活は、一番無難な『戦士』として開始することに決めた。

 

 この世界ではどうなのかは当然まだわからないが、戦士と言えば平均的な前衛かつ装備可能な武器、防具がかなり多いというのが個人的な見解である。

 他のジョブでは使える力の全てを使って高速成長レベルアップを行いつつ、登録された冒険者『マサオミ』としては周りに歩調を合わせながら強くなっていくのであれば最も適していると言える。


 パーティーを組むとしても、前衛が崩れさえしなければなんとかなるのは当然だし、人間でありながら魔物モンスターと同じH.Pを持つ俺には最も向いているのは間違いない。


 二次職や上位職に『騎士ナイト』があるのであれば、何としても取得したい所存である。

 俺もこの世界で黄金の鉄の塊で出来ている騎士ナイトとなって、革装備のジョブたちに差をつけてやるのだ。


 ……実際、俺が来たら勝てるかつると言われるほどのメイン盾になれそうなのが魅力的だよなー


 アホなことを考えているのが筒抜けなのか、足元に佇むクロが半目で俺を見上げている。

 いやこんな状況になったら、ゲーム好きは考えちゃうんだよ、アホなこととは理解しつつも。


 どうあれこれで出来る用心はすべてしたと言っていいはずだ。

 俺が原因で要らぬ騒ぎを冒険者ギルド、ひいてははじまりの街である迷宮都市ヴァグラムに引き起こさなければまずは上出来だろう。


 冒険者登録を希望している新人の戦士職が剣も佩いていないというのはちょっとアレかもしれないが、まあそこはなんとかごまかしも効くだろう


 そう思って意気揚々と再びクロの後を追い始めた俺の心を読んだわけではないのだろうが――


 俺が路地裏から出たその瞬間。


巨大な迷宮都市ヴァグラム全体に響き渡る大音量で明らかな警報が発され、続いて緊急放送が流され始めた。




 ……え? 俺なんかやっちゃいましたか?

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