第二章 迷宮都市

第021話 迷宮都市ヴァグラム

 あまりも衝撃が大きすぎたため、半ば茫然としたままわりと緊張するかもしれないと危惧していた迷宮都市ヴァグラムの城門をあっさり潜れてしまった。


 まだ心拍数が通常運転には戻っていない。


 女の子にはいくつもの貌があるんだよ、なんて台詞セリフは向こう側の創作物で結構目にした記憶はあるが、実際に体験すると破壊力が半端ないな。


 ただ俺の中でこの世界におけるエルフについて調べた上でもう一度リィンと会うという優先順位プライオリティが、相当上がったのは間違いない。

 

 とはいえ今は冒険者登録と宿の確保を優先するべきだろう。

 まずはそれをしておかないと、俺の安定した異世界ライフが始まらないからな。

 慣れない分野に関してこれ以上深く考えることからの現実逃避とも言う。


 まあ冒険者に拘らなくとも、今の俺に与えられている力を以ってすればいきなり周辺諸国を荒らしまわる突然現れた魔王ムーヴも充分に可能かもしれないが。

 とはいえここまでゲームのオープニングっぽく状況を整えられたからには、一人の「名もなき冒険者」としてこのヴァ〇・ディール――違う。この世界へ関わる一歩目を踏み出したくなるのは仕方のないことではなかろうか。


 残念ながらさすがにクリス〇ルのテーマが流れ出すことはなかったが。


 便利極まりないフレンド・リストによればリィンは迷宮都市ヴァグラム近郊の森の中にいるみたいだし、これ以上離れていく様子もないからまあ大丈夫だろう。


 しかしディマスさんから聞かされていたとおりとはいえ、日中に開放されている城門の出入り管理は相当に緩い。


 さすがにディマスさんのように馬車を牽いている行商人などは脇に止められて、かなりしっかりした門楼バービカンの中で確認や登録をされているようだし、重武装の冒険者らしきパーティーたちは門兵に身分証のようなものを確認されている。


 その一方で軽装の旅人や住民とみられる人たちは、基本的にノーチェックで出入りすることを許されているのだ。

 一見したところ門にゲームなどではよくある特殊センサー等の超越技術オーバー・テクノロジーが使われているようにも見えないが、人の出入りに対してチェックが甘くなるにはそれなりの理由があるはずだ。

 馬車に積まれた大量の武器や、重武装の異邦人が中で暴れるとさすがに厄介だが、軽装や旅装の者が暴れる程度であれば簡単に制圧できるという自信がおそらくはあるのだ。


 門兵は正規兵らしく、身分証を確認されていた冒険者たちが素直に応じていたところから考えても、ディマスさんの話にあったとおり冒険者上がりの強者たちとみて間違いない。

 装備も見るからに立派である。

 魔物モンスターであればともかく、迷宮ダンジョンで戦う力に恵まれた冒険者や他国の間諜スパイ程度が暴れたところで、彼らが相当数存在するであろう都市内では脅威になりえないということだ。

 

 なによりも人である以上、この世界において強大な力を持つ『迷宮保有国家連盟ホルダーズ・クラブ』に属するエメリア王国において、事によっては王都よりも重要視されているのがこの迷宮都市ヴァグラムであることを誰でも知っている。

 そこで騒ぎを起こすような愚か者など滅多にはいないことが、これまでの実績によって証明されているのだろう。


 国の都合など知ったことではない盗賊団程度では、冒険者と冒険者上がりの正規兵が護る迷宮都市をどうこうすることなどハナから不可能なのだろうし。


 よって俺程度の軽装、それもありふれた旅装の者であれば、都市に入ることにいちいち目くじらを立てたりしないということらしい。


 とはいえ異層保持空間ストレージという能力の存在が一般的なものであるとすれば、重要都市の出入り管理がこうも緩くはならないはずだ。


 一応はチェックしている馬車などとは比べ物にならないほど大量、というよりも実質制限なしにあらゆる物資を街に持ち込むことを可能とするのが異層保持空間ストレージという能力である。

 この世界の武器や防具の性能が人そのものよりも低いためテロ的な脅威を心配する必要がないとしても、薬物などの禁忌物資の持ち込みや関税を逃れての密輸などやりたい放題ができてしまえる。


 やはりこの世界において、プレイヤーの能力は規格外と言っても過言ではない代物なのは間違いないようだ。


 俺の視界に映っている門兵も冒険者も、やはりリィンと同じようにレベルもなければH,Pもない。

 みなバー表示されているのでM.Pこそ持っているが、その総量がどの程度のものかと言えばおそらくたかが知れていると思われる。


 冒険者から正規兵へ上り詰めた門兵たちはもとより、それなりの装備で己が身を鎧っている冒険者たちも、この世界においては結構な強者のはずなのだ。

 だがそれとても俺から見ればレベル固定のN.P.Cが、その範疇で武技や魔法、スキルの熟練度をあげた程度――つまりは誤差でしかない。


 まあ中にはその固定レベル自体が相当高い個体もいるのかもしれないが。


 物語シナリオの根幹にかかわる重要N.P.Cなんかはだいたいそうだし、中には世界に守護されている者だっているだろう。

 いわゆるメインイベント絡みのN.P.Cであれば、そのイベントが発生するまではどうしたって殺せないし、死なない。

 神や運命に守護されていると言っても決して過言ではない存在。


 だが不正行為チート能力とは、そういう存在ですら殺してしまえる力だ。

 その結果、その後のシナリオ進行が不可能になって終劇エンディングに辿り着けなくなるという弊害もあるが、現実化したこの世界であればどうとでもなりそうな気もする。


 そもそも終劇エンディングに辿り着かないことが、俺にとって悪いことであるとも限らないわけだしな。


 つまりは俺がその気にさえなれば、今この一瞬で迷宮都市ヴァグラムを生者の存在しない『廃都』にしてしまえるというのは大げさではない事実である。

 『時間停止』を発動した後、片っ端からみなごろしにすれば簡単に事は済む。


 いや今の俺のレベルであれば、単騎ソロで正面から叩き伏せることすら可能かもしれない。


 これでは『名もなき冒険者の旅立ち』というよりも『正体を隠した魔王降臨』といった方が、この世界の人たちにとっては正確なのかもしれないな。


 創り込まれた世界箱庭だけを用意して、なにをするにも完全な自由をプレイヤーに提供する今どきのゲームとしてみるのであれば、あるいは正しいカタチと言えなくもないのか。

 本来でならコツコツ強化した力を以って「そうすることも可能」となるべきなのではあろうが、俺の持つ不正行為チート能力を駆使すればオープニング直後からでも可能というわけである。


 いや、そんなことをするつもりはさらさらない。


 ないのだが「やろうと思えばできる」というのはなかなかに蠱惑的ではある。

 『時間遡行』でやり直そうと思えばやり直せるあたりも含めて。


 まあ魔王ムーヴ――世界を壊して愉しむなんてのは、やれることをやり尽くしたゲームにいて、最後の最後にやるようなことだろう。

 完成した都市シムシ〇ィをあえて己が手で崩壊させるような快感というのはわからなくもないのだが、少なくとも現時点での俺はそこまで強烈な魅力を感じない。


 セーブデータなどないこの世界となればなおのことである。

 

 ちなみに従魔のクロさんはチュートリアル機能も内蔵しておられるのか、街に入ってからは常に俺の前数メートルを先行し、追いつくとまた「ててて」と先へと進まれる。

 じっとしていると数メートル先で止まって振り返ってくるのが可愛らしい。


 おそらくこのままついていけば、冒険者ギルドへ辿り着くのだろう。


 このあたりの至れり尽くせりぶりはまさにゲームの序盤だな。

 どこの神様だか邪神様だか知らないが、俺をこの世界へ招いた存在は随分と向こうの世界のゲームを研究しておられる御様子だ。

 いやそれこそ黒幕は向こうの世界の存在なのかもしれないが、それは今考えても詮無いことか。


 それにゲーム的というのであれば城壁を目にしたときに期待したとおり、街並みがもうまさにそんな感じである。

 

 他国の行商人ディマスさんが目的地とするだけあって栄えており、人出は多い。

 壁面付近となれば門周りを除いてその都市内では一番の僻地であり、地価も含めた多くの要素が最低レベルになるのが定石セオリーと言っていいだろう。


 だが門から離れた位置もかなり清潔だし、道行く人々の身なりも貧民スラムっぽさをなどはまったく感じない。


 ゲームであれば「そういうもの」と割り切って終いだが、現実となればそうではない。

 経済規模がそれなりに大きい都市であっても路地裏も含めて清潔で、道行く人々の全てが小奇麗なところなど、向こうの世界ですらほぼ存在しない。


 きちんと清掃がされている――整ったインフラとそれを整備メンテナンスする管理運用が成されているということであり、その上で常に道端にごみが散乱していないということは、この街に住む住民のモラルはそれなりに高いとみていいだろう。


 まあ当然と言えば当然か。


 内側から見ても時代錯誤遺物オーパーツとしか見えない強固な壁に護られたこの街で暮らせているという時点で、その者たちはこの世界における選良エリートであることは当然だ。

 各種サービスに関わる労働者たちであっても、「迷宮都市で働く」ということそのものがこの世界におけるステータスになっていてもなにも不思議はない。


 国には迷宮ダンジョン都市以外にも町や村はいくらでもあり、大部分の人間はそこで生きることが当たり前なのだろうから。


 そして「選ばれし者たち」が暮らす街というものは、住人たちのモラルが高いことと同時に規律ルールが厳格であり、それを遵守させるに足るだけの監視力、強制力を保有しているモノなのだ。

 だからこそ選良エリートたちが好んで住みたがる街だともいえる。

 その組織の規律ルールに従って選良エリートたり得ている者たちが、わざわざ己の地位を保証するそれを自ら破る必要などないのだから。


 少なくとも、表向きには。


 これは出入りの緩さに反して、街中で浮浪者のたぐいだと看做されたら速攻で官憲ポリスメンがすっ飛んでくるとみていた方がよさそうだ。

 力を持つ者には優しく、持たざる者には厳しいというのは、なにも都市生活に限ったことでもないのだろうけども。


 相変わらず視界の端に地図は表示され続けているが、どこがなになのかを俺が知るはずもないので素直に従魔クロについていくことにする。


 追いついたら案の定壁から離れ、中心部へ向かって歩きはじめるクロである。

 迷宮都市における冒険者ギルドとくれば言われるまでもなく重要施設なのであろうし、中枢部分にあるのが自然だとさえいえるのか。


 この世界にそぐわない技術がつぎ込まれているであろう城壁が俺の想像通り外敵から住民を護るためのものではなく、迷宮ダンジョン魔物モンスターを外に出さないための檻なのだとしたら、まさにど真ん中、中心部が迷宮ダンジョンへの入り口であっても不思議ではない。


 定石セオリー通り、中心へ近づけば近づくほど建物は立派になり、人の数も多くなってゆく。

 ただ人の身なりは壁付近とそう変わることもなく、この街に暮らす者の大多数は似たような経済力、暮らしを享受できていると判断してもよさそうか。

 そのあたりはあっちの都会と似たような感じで、ごく一部の超富裕層は中心近くのそういった区画に集中して存在しているのだろうな。


 しかしこの街の感じだと、金を稼ぐ手段さえ確立できればかなり快適に暮らせそうである。

 流民が冒険者登録をしただけで不動産を購入できるのかどうかはまだ不明だが、建物は綺麗でしっかりしているし、道行く人々の服装はいかにも「想像された中世っぽさ」を持ちながらも清潔で遊び心に溢れている。

 実用一辺倒の実際的プラグマティックなものではなく、流行はやりやブランドがあるような感じ。

 日常的にある程度着飾ることが、この街で暮らす人々の間では当然となっているのだ。


 この感じなら食事や娯楽もかなり期待できそうだ。


 まさに行ったこともない俺が言うのだからおそらくは正しいと思うのだが、想像上の欧州ヨーロッパあたり、中世の風情を残した南国系高級リゾート地の雰囲気とでもいおうか。


 初夏っぽい今の季節にもすごくあっている。


 思えば抜けるような異世界の青い空と見事なコントラストを醸し出す純白の外壁が、いかにもそれっぽいのだ。

 圧倒的な現実感を伴いながらも非現実感を強く感じさせるあたりを、俺の感覚が「高級リゾート地」っぽいと捉えているのかもしれないな。


 魔物モンスターを狩って得る金でこの街で贅沢に暮らせるとなれば、特に大きなイベントなど発生しなくても数年は飽きることなく楽しめそうである。

 その相方をリィンが務めてくれたら最高なんだがな。


 そんなことを考えながら、まさにおのぼりさんよろしくきょろきょろしつつ歩いていたためか、それとも小動物クロに先導されている少年はやはり奇異なのか。


 のこのこ歩いている俺に対して、やけに周囲から視線が集中している。

 気がする。


 いかん。

要らん目立ち方をするのは極力避けるべきだろうし、極力平静を装ってさっさとクロを追って進むことにする。




 そのわりには変わらず視線を集めるな。

 周囲の人たちと比べてみても、今俺がしている格好がそう奇異なモノには思えないのだが。


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