第019話 黒白

 え、なんで? と聞きたくなるのをなんとか堪えた。


 リィンは迷宮都市ここを目指していたはずなのに、到着したにもかかわらず都市内には入らないという。

 だがこれもまた、「エルフ」が今の世界でどういう立ち位置にあるのかに関わってのことなのだろう。

 そのわけも含めて、まずは俺が俺なりに調べるというのがリィンとの約束だ。

 できればリィンが迷宮都市ヴァグラムを訪れた理由も含めて。

 

「そっか。でもおなかすかない?」


エルフを連れて街へ入るどころか酒場なんかに行ったりしたら、マサオミは初日から超が付く有名人になっちゃうよ」


 なるほど。


 苦笑いのような表情でいうリィンの言葉に妙な納得をしてしまった。

 俺が思っているよりも、エルフという種族のこの世界における扱いは相当によろしくないらしいな。

 街にも入れないレベルだとは、正直予想を上回っている。


 だがリィンの言い方からすれば、言葉どおり「入らない」のであって、法的な制限で「入れない」というわけではなさそうか。

 要らん耳目を集めてしまうことや、今回の場合であればそれに俺を巻き込むことをいとって、リィンは自ら「街には入らない」という選択をしているのだろう。


 リィンが俺に「しばらくは迷宮都市いる」という言い方をしたのはこういう理由だったのだ。


 まあしょうがない。

 ここでああだこうだ言ったところで、リィンは己を曲げたりしないだろう。

 というかそうすることが今この時点においてリィンにとっての「普通」だというのであれば、俺が無理強いすることでもない。


 俺はどうあれもう一度リィンに逢いに行くつもりだから、ここは素直に一度別れておいた方がよろしかろう。

 リィンにも言ってはいないが、フレンド登録によってある程度の位置と状態把握はいつでも可能になっているわけだしな。


 それに次に会う時までに、俺が冒険者としての地位を固めておけばいいだけの話だ。

 法律で禁じられているのでもない限り、力を持ち、その力の有効性を証明した者がすることに表立って文句を言う者などほとんど存在しない。


 俺の冒険者としての最初の目標を、「リィンエルフと街で食事をしても誰もなにも言えない」立場の確立とするのも悪くない。

 まあリィンがそれでも嫌がったら無理強いするつもりもないが。


「でも夜とか平気?」


「エルフの秘密魔道具があるから平気」


 そうらしい。


 猫型ロボットが劇場版で出していた簡易宿泊施設みたいなものを持っているのだろうか。

 ちょっと興味ある。


「……あの、マサオミ」


「ん?」


 これ以上引っ張ってもあれだし、名残惜しいけどいったん街へ入ろうとした俺に、意を決したかのようにリィンが声をかけてきた。


「あの……私が斃した魔物モンスターをマサオミのところへ持っていったら……『分解』をお願いすることはできるか、な?」


 なにかと思ったら、真剣な表情でそんなことを聞いてくる。

 

 ――お安い御用ですがそんなことくらい。


 いや『分解』が過去の勇者様や今の俺のような「プレイヤー」ポジションの存在にしか不可能な奇跡なのだとしたら、それを俺ができると知っているリィンは膨大な利益を得ることが可能だという見方もできるのか。


 俺の協力さえ取り付けてしまえれば。


 俺にとってはリィンが狩った魔物モンスター異層保持空間ストレージに放り込んで『分解』するだけだからほぼノーコストとはいえ、言ってみれば世界で俺にしかできない魔物モンスターの加工技術の行使をお願いしていることになるのか。


 神妙な表情になってしまうのも、ある程度は仕方がないことなのかもしれない。


 しかし『分解』の結果は俺にしかわからないのだから、必ず抽出できる『魔石』はともかく、希に出現する『魔物武器』をチョロまかしたりされる心配とかはしないのだろうか。

 

 『分解』についてリィンがどこまで知っているかにもよるのだろうが、『魔石』や『魔物武器』の存在を普通に知っている以上、『真・狼牙』のような『レアあたり』の存在も知っていそうなものだけどな。


 俺がそんなことはしないと確信できるほど、リィンから信頼されている自信はさすがにないのだが。


「――報酬は?」


 リィンが「ものすごく都合のいいことをお願いしている」かのような様子なので、あえてそういう言い方で了承の意を伝える。


「『魔石』以外はすべてマサオミに渡す、でどうかな?」


 ものすごく嬉しそうな表情を浮かべながらリィンが即答する。


 なるほど、心配していないとか信用しているとかではなく、ハナから『魔石』以外の全てを俺の取り分として提供するおつもりだったらしい。


 俺の感覚からすれば相当に不平等な取引に思えるが、魔物モンスターをいくら狩っても『分解』の能力を持たない者にとっては『亡骸』が手に入るだけなのだ。


 それを知っているリィンにしてみれば、充分に利がある取引なのかもしれない。

 少なくとも『亡骸』については、単独ソロ魔物モンスターを狩れるリィンにしてみれば、必要になった時に狩ればいいというだけなわけだしな。


 しかしリィンにとって『魔石』とは、それ以外のすべてを報酬として支払っても入手するだけの価値があるシロモノというわけだ。

 

「やっぱり『魔石』欲しいんだ?」


「うぅ……」


 さっき俺があげようか? と言った時の反応は、けして抒情的リリカルな理由だけではなかったということらしい。

 恥を忍んで俺にお願いしてでも、『魔石』を欲する実際的な理由があるのだリィンには。

 

 なんとなくその理由を今は話したくなさそうな感じなので、からかう様な言い方をしてみる。


 恥ずかしそうな表情は浮かべるものの、「じゃあいいです」とならないアタリ、リィンは本気だ。

 となるとちょっとした交渉をしてみるのも面白いかもしれないな。


「だけど魔物モンスターだったら俺だっていつでも狩れるから、そんなに魅力的な報酬でもないかなぁ……」


 わかり易く意地悪そうな表情でそう告げると、リィンは今まで見たことの無い種類の表情で言葉に詰まっている。

 オノマトペを付けるのであれば「ぐぬぬ」あたりであろうが、実際に俺が無数の魔物モンスターをすでに狩っていることを知っているだけに効果的な反論――俺にとって魅力的な代案を提示することができずにいる。


 意外と表情豊かに頭を悩ませていたが、どうにも俺がうんと言いそうな代案を思いつくことはできないみたいで、次第にしゅんとしはじめた。


 いかん。


「……マサオミから条件出してくれないか、な? 私もさっきのマサオミと同じで、私にできることならなんでもするつもりだから……」


 慌てて俺が「冗談だよ」という前に、リィンがとんでもないことを口走る。


 ……。


 それは可愛い女の子が一番出して切ってはいけない条件カードだと思います。

 いやこういう状況では「お約束」ともいえるし、それを意識した俺の意地悪でもあったわけだけれども。


 まあしかし徹底してリィンには自分に「女性としての魅力がある」という認識が欠落しているんだな。

 慣れてなんていないだろうからそれはつたなくはなろうが、男性である俺を色仕掛けとまではいかなくとも、可愛い女の子の泣き落としあたりでなんとかしてやろうという発想がまるで出て来ない御様子。


 もしも仕掛けられていたら、たとえつたなくともそっち方面の戦闘力は皆無に等しい俺なので、とても効果的な手段であると言わざるを得ないのだが。

 よって冗談でも「今なんでもするって言ったよね?」などと言える胆力など俺には無い。


「……冗談だよ。さっきのリィンの条件で問題ないでス」


「……そっか」


 よってヘタレた回答をするしかない俺だが、リィンが僅かに赤面しながらちょっとほっとしたような表情を浮かべている。


 ……自信なんかないし、自分からそういうことを「報酬」にするつもりなどさらさらないけれど、俺から「そういうこと」を要求してくるかもしれないとは思ってはいたわけか。


 『もったいないことをしたかもしれん』という内なる声には聞こえないふりをする。


「あ、そうだ。でもここら一帯には今魔物モンスターほとんどいないと思う」


「え?」


 リィンが迷宮都市ここ周辺の魔物領域テリトリー湧出ポップする魔物モンスター程度であれば狩れる実力を持っていたとしても、今それらは完全に枯れている。

 

 なぜならば不正行為チート能力『時間停止』を発動している間に、俺が調子に乗ってここら周辺一帯の魔物モンスターを狩り尽くしたからである。

 いやディマスさんの馬車が無事に迷宮都市ここにつけるようにという思惑があったのも確かだが、冷静に考えると結構やらかしている気がする。


 魔物領域テリトリー再湧出リポップ周期サイクルがどれくらいなのかにもよるが、それまでこの世界の人でも手が及ぶであろう範囲の魔物モンスターは、一体たりとも存在していないのだ。


 リィンが俺に『分解』してもらおうと張り切って探してもいない。

 それどころか迷宮都市ここを拠点としている冒険者たちが日常的に狩場としていたかもしれない、弱めの魔物領域テリトリーの個体も何も考えずに狩り尽くしてしまっている。


 いわば熟練ベテランプレイヤーによる、初心者狩場荒らしそのまんまの状況である。


 いやそれだけに止まらず、大森林のほとんど及びその中央に聳え立つ巨大な山一つに湧出ポップしていた魔物モンスターはすべて狩ってしまった。

 

 確かにリィンは俺が狩った山のような魔物モンスターをその目で見ているが、まさかそれらすべてがたった今、ほぼあの瞬間に狩ったものだと理解することなどできるはずもない。


 え? というしかないといったところだろうが、リィン自身の感覚でも近辺に脅威が存在しないことを確認できているのだろう、そう言われてみれば確かにという表情を浮かべている。


「あー、悪い。詳しくは言えないけど俺のせいなんだ。だから冗談抜きで、リィンが緊急に『魔石』が必要だっていうのならホントに提供する。どうしても無償ただでもらうのがアレだっていうなら、報酬は後払いでもいいから」


 やらかした自覚があるのでわりと真剣にそう言ったら、一瞬びっくりしたような表情を浮かべた後、リィンはふきだした。


「緊急に必要って……マサオミと会うまで、『魔石』なんて現代では幻みたいなシロモノだったんだよ? あっさりくれるっていうのもアレだけど、私が欲しがる理由も聞かないでよくそんなお人好しなこと……」


 いやだって、聞いても応えてくれそうになかったじゃないですか。

 どうせはぐらかされたら食い下がる胆力なんて俺にはないんだし。


「じゃあホントに一つ、貰ってもいい?」


 遺憾の意を表明する表情になった俺に、この時ばかりはなぜかお姉さんのような雰囲気を纏って困ったように笑いながらリィンが俺に『魔石』をねだる。


 いや美少女にそんな風にされて、嫌と言える男ってあんまりいないと思うんですケド。


「うん……はい」


 半ば以上自動的にわりと大きめの『魔石』を取り出し、「ホントにくれるのね」などと呆れ顔で言っているリィンにそれを手渡す。


「私が魔石を欲しがったのは、こうしたかったから」


 そう言って急に真面目な表情になり、手渡した『魔石』を自分のエルフらしい長い左耳にそっと充てるリィン。


 その瞬間。


 魔石の中に浮かんでいた光が次々に消失し始め、それに合わせて魔力に包まれたリィンの肌の色が漆黒から純白へと変じてゆく。


 ――え? は?


 澄んだ高音を発して親指大の『魔石』が砕け散った時点で、リィンは初めて会ったときに俺が脳内に描いた「こっちの方がしっくりくるな」と思ったとおりの、透き通るような純白の肌をしたエルフの少女と化していた。


 いや、少女というにはその身に纏う雰囲気がなんというか――


 瞳は白い魔力と金の三重円に輝き、全身を魔力のエフェクトに覆われながら酒に酔ったような艶っぽい表情と声でリィンが俺に抱き着いてくる。


 いろんな理由が複合されて硬直してしまっている俺は動けない。


「――!!!」


 背伸びした姿勢で俺の頭をそのか細い両の腕でかき抱き、そのまま濡れたような唇を俺の頬に押し付ける。

 

 ――ほっぺにちゅー!!!


「そしてこれがそのお礼」


 目を白黒させることしかできない俺の耳元にその唇を寄せ、ぞくぞくするような大人っぽい声で囁くリィン。


「きちんと『魔石』の価値も調べて、こんな程度のために私にくれていいモノなのかどうかも判断してね? 今マサオミがくれた結構な大きさの『魔石』でもせいぜい数分程度。一晩持たせようと思ったら、『魔石』の百や二百じゃきかないよ?」


 そう言ってふわりと俺から離れ、ひらひらと手を振りながら森の方へと去ってゆくリィン。

 それを俺は本気で茫然としたまま、リィンの唇に触れられた頬に手を当てたまま見送ることしかできなかった。


 ――ていうかあれ誰!? 白リィン? 普通黒い方があんな感じに色っぽくなるもんなんじゃないの!!?


 『魔石』の魔力を吸収? して白くなったリィンは、出会ってから今まで会話していたリィンとは肌の色以外容姿的には一切変わらぬままに、いかにも長い刻を経てきた長命種――まさにエルフのお姉さんのような強烈な色気、妖艶さをその身に纏っていた。




 女性になれてなどいない俺が、本気で硬直してしまうくらいに。

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