第018話 魔石
「やっぱりマサオミ
視線を去ってゆくディマスさんの馬車の方へ向けたまま、隣に立つリィンが呆れたようなニュアンスで呟いた。
「こっちとしても『やっぱり』なんだけど……知ってるんだ?」
念じただけで掌の上に瞬時に『魔石』が現れるって、これだけでも向こうならマジシャンとして食っていけそうだな。
しかし『も』ときましたか。
リィンが
つまりはリィンが『魔物武器』や『魔石』を見ても驚かないのは当然ということだ。
いや俺もついさっき知ったところなのだが。
あるいはリィンが戦闘態勢の際に展開していた『魔導器』たちも、
ちなみに真髄のもう一方とは言うまでもなく、倒すことによって『
世界の内側の中の者にとっては単なる脅威、
一方でさっきのディマスさんの反応からすれば、今の時代には『魔石』も『魔物武器』も少なくとも一般市場に流通しているような代物ではなさそうだ。
勇者様が現役だった時代に産出されたモノのいくつかはまだ現存しているだろうし、現在でも俺のように
つまりは金策には優れていると言えるのだろうが、扱いを間違えると
今この時点での『プレイヤー』が俺だけとは限らないし、本当に俺が最強かどうかもまだまだ分からない。
この世界の在り方が『ゲーム』だというのであれば、プレイヤーを殺せる存在もまた用意されていて然るべきなのだから。
どちらにせよそっち方面の動きは俺からではなくディマスさんにまかせ、俺としては「ちょっと腕の立つ冒険者が現れた」程度で当面は行くのが無難だろう。
少なくともディマスさんのいう三ヶ月程度の間については。
俺の戦闘能力からして「目立ちたくないんだがなあ……」はさすがに不可能でも、適度に目立ちはしても「冒険者に期待の大型新人現る!」程度に収めることはそう難しくはない。
いきなりフルスロットルで「勇者の再臨!」みたいなことにならなければいいのだ。
「ん」
視線を俺の方へ向け、見上げるようにしながら俺の問いを肯定するリィンが可愛い。
向こうの世界でも当然のように女性慣れなどしていない俺だが、
内容など取るに足りないどころか話というにもおこがましい程度のものに過ぎなかったが、クロをネタにして美少女と歓談するのが楽しくないわけがないのだ。
いや本来の俺であったなら、楽しさよりもいたたまれなさの方を強く感じていたシチュエーションだったかもしれない。
自分に自信のない
歳を喰ってからはなお一層その傾向が強まっていたように思う。
別に今の異世界用俺が、ちょっと笑ってしまうくらいに男前になっているから素直に楽しめたというわけではない。
美少女エルフであり、おそらくは戦闘能力も相当なモノであろうリィンと気後れせずに話すことができたのは、ひとえに俺自身が彼女をも上回る『力』を持っていると実感できた後だったからな気がする。
たとえそれが降って湧いたような、貰い物の力に過ぎないとしても。
根拠に基づく自信と、それに対して向けられる相手からの肯定感を感じられる、あるいは信じられるからこそ、楽しく話すことができた気がするのだ。
なるほどなあ。
女性に限らず他者と楽しくあるためには、少なくとも自分で信じられる程度の自信と相手からの肯定が大事なんだな。
それが戦闘能力であれ、
なんか自分で稼いだお金を使って、接客を伴う飲食店で楽しめる人たちの理屈が理解できたような気がする。
金のためにちやほやされていることなど百も承知でも、その金を稼ぎ、そうされるために使っている自分に対する一定の安心感のようなものがあるのかもしれないな。
個人的には同じ金を使うのであれば、もっと直接的なものの方がいいと思っていた方だったからなあ、向こうでは。
しょせん俺の本質は下賤の者である。
アホなことを考えていたのが顔に出ていたのかもしれない、見上げるリィンの視線が怪訝気なものに変化している。
やばい。
実際リィンが何歳なのかはいまだ不明だが、俺から見たら十代半ばの美少女でしかない。
そんなリィンに今俺が考えていたような下世話な内容を見抜かれた上で蔑まれるのはさすがにキツい。
いやご褒美になる人もいるのかもしれないが。
あ、そうだ。
『魔石』はまだいくつもあるし、その価値は置くとしても俺が知っている
リィンもエルフであろうが実際は何歳なのであろうが女の子なのだし、綺麗な宝石というものには心惹かれるものなのではなかろうか。
ちなみに『魔石』の大きさは一定ではないが、まるで加工されているかのようにつるつるとした楕円球形。
全体的にほぼ透明だが、中に数えきれないくらいの小さな光が宿っていて、緩やかに明滅を繰り返している。
――この光が石に蓄えられた『魔力』ということなのかな……
どうあれ俺のような宝石になどとんと興味がない者が見ても、素直に綺麗だと思える。
天然石としてこんなものがあっちの世界で出土したら、どんな値段が付けられるのかに興味を持ってしまうところに我ながら救えなさを感じもするが。
「リィン
ディマスさんにはあげたというわけではないが、こういう聞き方をした方が「うん」と言いやすいかと思ったのだが……
「……えっと、そういう話じゃなくてね?」
わりと複雑そうな表情をされてしまった。
確かにいかにも女の子が興味を持ちそうで、その上間違いなく高額なモノを会ったばかりの女の子にあげようか? というのはなんというかアレか。
あっちでなら確実に下心があると看做されて引かれる愚行ではあるか。
いや俺にそういう下心の
しかしまあこれだけ綺麗な
まあ下心などといっても「可愛いなあ」くらいのもので、生臭いそれとはちょっと違う気もするが。
とはいえあからさまな愚行のわりには、俺がいる? と聞いた瞬間のリィンの表情は驚きも含まれてはいたものの、「いいの?」という感情を隠しきれていなかったようにも見えた。
だからこそ明確な拒絶ではない反応を返してしまったのかもしれない。
「私……欲しそうな顔、してた?」
「……わりと」
これまでの会話でもわかっていたことだが、リィンは勘がいい。
俺がリィンのそういう反応に気付いていることをすぐに察して、わざと作ったのであろう複雑そうな表情が崩れて羞恥のそれへと変化させている。
問うてくる声には「やっちまった」という後悔の念が滲んでいるかのように聞こえる。
誤魔化してもバレるので素直に答えると、両手で自分の顔を覆って下を向いてしまった。
どうやらリィンにとって、「欲しそうにしてしまった自分」を俺に察せられてしまったことは相当に恥ずかしいことのようだ。
女の子なら綺麗な宝石に心惹かれてしまうのは仕方がないことなのではなかろうかと思うんだけど。
「よければどうぞ」
「……そんな気軽にもらっていいものじゃないよ」
リィンが真っ赤になってしまったということはつまり欲しかったということなのだろうから、重ねて勧めてみるが色よい返事を返してくれない。
欲しがっていることがバレてしまってもなお、拒まねばならないモノなのだろうか。
いや『魔石』にはそれだけの価値があって、そう簡単に「じゃあもらうね!」とはならないのはある意味当然ともいえるのかもしれないが。
だけどリィンはさっきの戦闘で俺と一緒に戦うつもりでいてくれたのだし、強がりではなく倒すだけであればできたというのも事実だろう。
であれば俺が獲物を横取りしてしまったという見方もできるわけだし、少なくとも最初の十三体の『影狼』と、最後の『影狼王』から得たものについては山分けでもそうおかしな話ではない気もするんだが。
あ。
「もしかして結婚指輪みたいな意味が在ったりする!?」
「だからそういう話でもなくて!!!」
よかった。
いやよくない。
男性から女性に『魔石』を渡すという行為にあっちでいう指輪を渡すような特別な意味が伴うのであれば、デリカシーの無さここに極まれりという感じでヤバイと思ったのだ。
即座に否定されて一瞬安心したが、出会ってから今までで一番の過剰反応を見せたリィンの様子から察するに、もしかしたらそれに近い意味も
今の人の社会では喪われてしまっているが、それこそ勇者様が現役だった時代のエルフたちの社会では、『魔石』を贈ることが求婚や求愛の証だったというようなことが。
確かにそういう儀式めいたものの象徴とされるのに、ふさわしいだけの神秘的な美しさをしているからな『魔石』って。
もしも俺の想像通りであれば、「思わず欲しそうにしてしまったこと」と「それが俺にバレたこと」に対して、リィンが盛大に赤面した理由としてはかなり説得力がある気がする。
ただ綺麗なモノを思わず欲しいと思ってしまっただけで、あそこまで動揺するとも思えないし。
やっぱりやらかしたのかもしれない。
だがこの話題をこれ以上深堀するのも危険だ。
うっわ、異世界用の俺の身体に引っ張られているのか、俺まで頬が熱くなってきた。
フォローまでは無理としても、華麗にスルーする程度はできねば年の功とは何なのだという話である。
いや一切経験を積めていないジャンルなので、俺にはそもそも荷が重いのか。
こんな時どういう顔をすればいいのかまったくわからん。
笑えばいいのか。
教えてくれシ〇ジさん。
救いと言えば本気でつくり込んだ異世界用俺の容姿が、リィンと並んでテレていてもどうにか見るに堪え得るレベルのものでよかったことくらいか。
元の俺だったら我ながら目も当てられない。
「そんなにそんなことをしてもらっても……私にできることなんて、なにもないんだよ?」
俺の方もゆでだこのようになってしまったことで余裕を取り戻したのか、囁くような声でリィンがそんなことを言う。
悪い目と表情を
「え? いや、けっしてそういう
本当か俺。
本当に欠片も疚しい気持ちないどないか?
本当にないなら、どうして動揺する必要がある?
俺ときたらわりと至近距離で見上げられる、少し潤んだ大きな瞳に本気で狼狽モードに入ってしまって愚にもつかない言い訳めいたことを口走る始末である。
肉体年齢に精神が引っ張られるという説はどうやら本当だなこれは。
こういうのが似合う年頃には全く縁がなく、そういう方面では至極
こういう感覚を体験するためには、大前提として傍から見て「様になっている」ことが必要だったのかもしれないな。
いかん、こうなると彼我の戦力差は広がる一方だ。
こういう場合どちらかがより慌てふためていていれば、もう一方は無理しながらでもなんとか体勢を立て直せてしまうものなのだ。
でも「できること」か。
それは俺がリィンに「できること」を言っているのか、リィンが俺に「できること」を言っているのか。
どちらにせよそれは「ない」と明言されているといういわば情けない
「まずはマサオミが調べてみて。その上でもう一度逢いに来てくれたら、約束どおり私の知っていることはなんでも答えるから」
勘のいいリィンが、俺がなにかを問おうとしたことを察した上で釘をさしてきた。
俺自身でも具体的に何を問いたかったのかがカタチを成す前に、
――まあそうだよな、約束どおり俺なりに調べて、もう一度リィンに逢いに行けばいいだけ……だよな。
慌てる必要はない。
まだ慌てる時間じゃない。
「そうさせてもらうよ。さて、いつまでもこんなところにいてもしょうがないし、そろそろ街へ入ろうよ」
ディマスさんの馬車はもう遠く豆粒みたいになっているし、まずはそうすることが無難だろう。
まずは当面の宿を決めて、軍資金もあるし軽く食事をするのもいいかもしれない。
それくらいは奢らせてもらう所存である。
俺が店に入って挙動不審にならなくて済むためのガイド代ともいう。
「……私は街へは入らないよ」
だがリィンから帰ってきた返事は、想定外なものだった。
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