第017話 フレンド登録

 『迷宮保持国家連盟ホルダーズ・クラブ』所属国家エメリア王国領、『迷宮ダンジョン都市』ヴァグラム。


 俺にとっては『はじまりの街』であり、行商人であるディノスさんとエルフのリィンが目的地としていた場所。


 だがその第一印象は『城塞都市オピドゥム』と言われた方がよほどしっくりくる代物だった。


 なぜならば中世のこの世界には時代錯誤遺物オーパーツとしか思えない、向こうの世界を知っている俺であってもどうやって建造されたかすら想像もできない巨大な城壁が、決して小さくはない都市ヴァグラムの周辺をぐるりと覆っているからだ。


 相当な時を経ているであろうにも拘らず古びたイメージを抱かせない巨大な城壁は、まさにゲームの世界ではよくある「時代設定」と「建築物等」の技術乖離そのものである。

 しれっと超越技術オーバー・テクノロジーが混在していてこそのゲーム世界なのだ。


 これは街中に関してもゲーム世界らしい、中世でありながらも清潔で便利な素敵空間を期待できそうか。

 本当にそうだったら、俺にとっての冒険者暮らしは思っていたものよりもずっと快適なものになるだろう。


 なんかこうなってくると元より存在していたどこかの異世界に転生、転移したというよりも、俺の妄想や知識、趣味嗜好や憧れを基礎ベースとして創り上げられた新創世界のようにも思えてくるな。


 俺よりも先に『勇者様』がいた以上、けしてそういうわけではないのだろうけれども。


 しかしなるほど、迷宮ダンジョン都市ね。


 間違いなく今この街で暮らしている人々にとっては魔物モンスターから自分たちの暮らしを護ってくれる頼りになる城塞なのではあろうが、さて本来はからの敵を阻む為のものであったのかどうかは少々疑わしいところだな。


 もしかするとこの都市が抱えているという『迷宮ダンジョン』から、地上に強力な魔物モンスターが溢れないようにするために築かれたであった可能性も捨てきれない。


 今のこの世界では迷宮ダンジョン魔物モンスターよりも、地上の魔物領域テリトリーに生息する魔物モンスターの方がより凶悪だと認識されているらしいからピンとこない考え方かもしれない。


 だがプレイヤーとしての視点で捉えれば、地上に湧出ポップする魔物モンスターなどよりも、迷宮ダンジョンの奥深くに湧出ポップする個体や、最下層に固定されている階層主級ボスクラス魔物モンスターが強い方がよほどしっくりくる。


 ゲームであればプレイヤーがその場所を訪れるまでなぜかじっとしていてくれるものだが、現実化している以上、万が一に備えて安全弁を用意するのは当然な気もするのだ。


 まあさすがに穿ち過ぎた考えだとは思っているけれど。


 ちなみに俺たちが到着したのは迷宮都市ヴァグラムの城壁に12ある大門のひとつ、北を0時とした時計盤でいえば4時の位置に当たる場所の近辺だ。


「じゃ、じゃあマサオミ。慌ただしくてほんとに申し訳ねえが、俺はこのまま故郷くにへ取って返す」


 引きつった表情を浮かべつつ自分で選択した馬車に満載された魔物モンスターの亡骸の山を最終確認し、それらに防腐魔法が掛かっているという大布を被せながらディマスさんが宣言する。


 まだ迷宮都市ヴァグラムの門を潜ってすらおらず、それどころか門番にも認識されていないような離れた位置である。


 ディマスさん一人分であれば水も食料もまだ充分にあるらしく、迷宮都市ヴァグラムで一休みどころか、食料と水の補充すらもせずにそのまま出発するつもりなのだ。


 一頭引きの馬は速くない代わりに耐久性に優れ、夜休ませればまだ充分に持つとのこと。

 すまん、馬。頑張ってくれ。


 もう少しゆっくりすればいいと個人的には思わなくもないが、魔物高額商品をこれだけ仕入れた状態では「ゆっくりしている場合じゃねえ!」状態なのだろう。

 ディマスさんの行商人プロとしての判断に、素人の俺が口を出すべきではないのだろうから黙ってはいる。


「はい、お気をつけて。それと、おまけというかコイツらが売り物になるかどうかの確認もできたらお願いできますか? ああ、代金は今は結構です。もしも売れたらそれを折半ってところでどうです?」


 今にも御者台に駆け上がって即出発してしまいそうなディマスさんに、最初に接敵エンカウントした魔物モンスターである『牙狼』を分解した際に稀に手に入るドロップ武器である『狼牙』と、おそらくは魔物モンスターから入手可能な中で実は最も価値があるのではなかろうかと疑っている『魔石』を一つずつ手渡す。


 ぎょっとした表情をするディマスさんに、代金は売れた際でいいことを伝えてまず安心してもらう。


 すでに今は俺の異層保持空間ストレージに格納されている金貨30枚以外、商品仕入れに使える資金がないことはすでに承知しているのだ。

 ディマスさんと馬には帰路にも最低限の路銀は必要となるだろうし、俺の方は当面金貨30枚もあればまず困ることもないだろうから、今の時点でこれ以上の資金は特に必要ない。


「こいつぁ……」


「特殊な手段で魔物モンスターから入手可能なモノです。お願いできますか?」


 素人目にも精巧な作りの格闘用武器狼牙と、おそらくこの世界に現存しているであろうどのような宝石にも類さない『魔石』に、ディマスさんの表情は硬直している。


 ああなるほど。

 商人という仕事柄、見たことも聞いたこともない『商品』に対する反応が大きくなるのはある意味当然なのか。


 魔物モンスターが高額商品であり、今ディマスさんの馬車に満載されているモノたちの大半も「見たこともない」という点では共通しているのだろうが、聞いたことくらいはあったのだろうし、あくまでも既存商品として流通している『魔物モンスター』の一種ということで受け入れやすいのだ。


 だが実際にも知識においても初見の品には、商人としての魂が反応するらしい。


 もったいぶるつもりもないので、一般には知られていないが魔物モンスターから入手可能なモノであることを明確にしておく。


 つまり俺との繋がりさえあれば、暫定名称『魔物武器』も『魔石』も継続的に供給可能な『商品』になり得るというわけである。


「わかった。武器商人と宝石商人で信用できるやつにまずは見せてみる」


「助かります」


 あるいは魔物モンスターの亡骸よりも莫大な利益を生み出す可能性を持った『魔物武器』と『魔石』を慎重に懐へしまい込み、意外に軽快に御者台へとディマスさんが収まる。


 俺にはとてもじゃないができない芸当だな。

 そもそも馬車で長距離移動なんてした日には、もともとよろしくなかった腰に致命傷を負ってしまう可能性が高い。


 ――俺も昔は冒険者だったんだが、腰に振動を受けてしまってな。


「じゃ、出発するわ。首尾を報告できるのはさっきも言ったように三ヶ月くらい先になると思うが、本当にいいんだな?」


 ディマスさんは何度も「俺がこのまま持ち逃げする可能性は考えねえのか?」と確認してくれていたが、俺だって無期待献身で魔物モンスターを献上しているわけでもないし、ディマスさんを無条件に信じ切っているというわけでもない。


 いや俺がディマスさんをいい人だと思ってはいるのは確かなのだが。


 だがディマスさんにしてみれば、どうも商人としてまだ会ったばかりの相手から「いい人認定」されることは、なんというか尻の座りがよろしくないらしい。


 まあわからなくもない感情ではある。


 おかげでこちらから言わなくても証文関連はこれ以上ないほどにきっちりと仕上げてくれているが、これを使って売上金の権利を主張せねばならないことにはまずならないと踏んでいる。


 それはディマスさんがいい人だからではなく、商人である以上これを契機にこれから生み出されるであろう莫大な利益を捨てるなどという、バカな判断はしないだろうと思うからだ。

 だからこそディマスさんも危険を承知で俺の提案に乗ったのだろうし。


 それに正直、ディマスさんが目先の利益というよりも既得権益を持った巨人たちに挑むことにビビって逃げたとしても、今の俺にとってディマスさんに渡した程度の魔物モンスターであれば「ありゃ」の一言で済ませてしまえる。


 俺にとっては巨大組織に挑む初期投資のリスクとしては充分に許容範囲内なのだ。

 成功した暁に得ることが可能なリターンを想定すれば、何回掛け捨てしてもかまわない程度の投資でしかない。

 大げさではなく命懸けになるディマスさんがこの賭けから降りると判断した際の、せめてもの報酬としては妥当どころか安いくらいだとさえ思っている。


「何度も言いましたけどそれは構いません。報告を聞ける日を楽しみにしています。基本的にその三ヶ月間は迷宮都市ヴァグラムここに滞在するようにしますし、もしも移動することになったらなんらかの手段でこちらから連絡をするようにします」


 要はこれもお互いが納得した商売ビジネスなので、妙な遠慮は必要ない。

 だから気にすることはないと、俺も繰り返してディマスさんに伝える。


 とにもかくにも右も左もわからない異世界なのだ、三ヶ月程度であれば腰を据えて冒険者暮らしというものを体験してみるのも悪くない。

 城壁の感じからすれば、『迷宮都市ヴァグラム』という場所の生活水準はあっちほどではないにせよ、ガチ中世のように過酷なモノではなさそうだしな。


 それに明言はしなかったが、すでに俺は「なんらかの手段」というやつを確立できている。


「なんらかの手段ね……まあマサオミならホントになんとかしそうだな。ま、こっちはできる限りのことをしてみせるよ。これだけのモンを預かっちまっているわけだしな」


 極短い付き合いにも拘らず、もはや俺にはなんでもありだと思っておられる様子のディマスさん言葉は、期せずして正鵠を射ている。


 呆れ顔でため息をついているディマスさんの頭上には、俺の視界では『F』のマークが浮かんでいるのだ。

 そして現在も視界の隅に浮かんでいる便利マップには信号三種の色青・赤・黄ではなく、ディマス・ラッカードと名前が表示されており、その文字は緑色になっている。

 

 別枠に一覧表も表示されており、その一番目には『リィン・エフィルディス』、二番目に『ディマス・ラッカード』と並んでいる状態だ。

 つまりリィンとディマスさんは俺から一方的にフレンド認定され、ある程度の居場所と状態を離れていても把握可能になっているとみてまず間違いない。


 さっきからリィンにじゃれつきながらも、従魔のクロさんは抜かりない仕事をしてくれているようだ。


 プレイヤー同士であればフレンド申請とその承認のプロセスを経る必要があるのが当然なのだが、システムにとって世界の内側の人N.P.Cに対しては、問答無用でフレンド設定してしまえるらしい。

 外すこともすぐにできたので、そういうことなのだろう。

 

 もう少し距離が離れてから確認してみないとなんとも言えないが、H.PやM.Pの表示はなくとも状況によってネーム・カラーが正常グリーンから異常イエロー危険レッドなどに変化してくれるのであればかなり使い勝手がいい。

 ログアウトなどできようはずもない世界の内側の人N.P.Cが灰色表示になった場合、死亡と看做してまず間違いないだろう。


 さっきまではディマスさん自身の才覚にまかせるしかないと思っていたが、遠く離れた場所でも危機的状況に陥った際にそれが察知できるのであれば、俺ならそこに介入することも可能だ。


 ディマスさんのネーム・カラーが異常イエローになった瞬間に、不正行為チート能力である『時間停止』を発動すれば間に合うし、うっかり見逃していて灰色反転していたとしても、そこから『時間遡行』と『時間停止』を合わせて使えばどうにでもなる。


 しかしとことんゲーム風だな、異世界用俺の各種能力は。


「無理はしないでくださいよ」


「それこそ無理言うな」


 おそらくは介入できるとはいえ、できるだけ安全第一でと伝えたら苦笑いで即答された。


 まあそれもそうか。

 無理を通して道理を引っ込めさせるくらいはしないと、俺とディマスさんが目論んでいることなど到底実現不可能なのだから。


 幸い本当にやばくなったら助けに行けそうなので、思うがままにやってみてください。

 迷宮ダンジョンを攻略しつつ、期待して報告を待つことにします。


 先の会話を最後に、馬を促してディマスさんは馬車を動かし始める。

 ゆっくりと遠くなっていく馬車を、リィンとクロと並んでしばらく手を振りながら見送った。

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