第013話 オルタナティヴ・アソシエーション ①

 とにかく今俺たちが――つまりは行商人であるディマスさんが目指している『迷宮ダンジョン都市ヴァグラム』は、そんな『迷宮保持国家ホルダー』の中では比較的弱小である『エメリア王国』が持つ唯一の迷宮ダンジョン都市である。


 だがたった一つだけとはいえ、それでも『迷宮保有国家ホルダー』であるエメリア王国が、ディマスさんが属する隣国『ヴァリス都市連盟』とは比べるべくもない「持つ側」の国であることは間違いない。


 「持たざる側」であるヴァリス都市連盟でも当然高い需要を持つ魔物モンスターを仕入れるためにこそ、ディマスさんは行商人として馬車を引き、国境を越えてまで迷宮ダンジョン都市ヴァグラムを目指していたのだ。

 

 それでもこの大きな馬車いっぱいに『魔物商品』を仕入れることなど、とてもではないが不可能らしい。


 せいぜい迷宮ダンジョンの第一、第二階層やごく狭い――つまりは弱い魔物領域テリトリー湧出ポップする、最弱級の魔物モンスターである『牙鼠』や『角兎』を十体前後。

 それだけ仕入れればディマスさんの買い付け資金はほぼ底をつき、空いたスペースにはできるだけ利益率の良い通常商品を仕入れられるだけ仕入れて帰途に着くのが関の山。


 『影狼王』はもちろん、『影狼』であっても地上の魔物領域テリトリー湧出ポップした魔物モンスターである以上、13体すべて買い取ることなどとてもできないというディマスさんの言葉は、そういう前提に基づいていたのだ。


 そもそも魔物領域テリトリー湧出ポップした魔物モンスターの適正価格というものが、行商人であるディマスさんであってもわからない。

 それこそ国や冒険者ギルドに太いパイプを持つような大商人でもなければ、相当な高値がつくということを知っていても、ではその値はいくらが妥当なのかなど計る術すらないのが実情なのだ。


 と同時に冒険者の方でも、自分が狩って得た魔物モンスターを個人で特定の商人へ流す者など皆無に等しいらしい。


 理由としてはまず第一に、冒険者ギルドが迷宮都市で贅沢な暮らしをするには困らない程度の価格での買い取りを冒険者に対して保証していることが上げられる。

 しかもそれは常時買い取りであり、通常商人のように需給に左右されない。


 「在庫が溢れているから、今日は『影狼』は買い取れねえなあ」ということは起こらないということだ。


 当然需給バランスによってある程度の価格の変動はあるとはいえ、狩った魔物モンスターを冒険者ギルドへ持ち込みさえすれば、比較的安定した価格でいくらでも買い取ってもらえる状況がすでに完成しているというわけである。


 それに正式に禁じられているわけではないとはいえ、自分が属する巨大組織の頭越しに重要商品をやり取りすることが歓迎されないことくらい、誰にだって理解できる。

 かてて加えて戦う能力には長けていても、海千山千の商人と駆け引きできる冒険者など皆無に等しい。

 トラブルがあった際に自分で解決できる自信などあるはずもない以上、冒険者ギルドというそこを信用できなければそもそも冒険者などやっていられないという相手に売るのが一番安全、安定となるのは当然だ。


 なによりも『冒険者』には等級クラスというものが存在する。


 それは『冒険者ギルド』が発行する依頼クエスト任務ミッションをこなすことや魔物モンスターの納品数を数値化し、それらが一定を超えるたびに昇格する仕組みシステムになっている。


 もちろん等級クラスにはただ単純に高等級クラスの冒険者にがつくというだけにとどまらず、当然実際的プラグマティックな意味がある。


 等級クラスによって受注可能な依頼クエスト任務ミッションは明確に区別されているし、高等級クラスのものになればなるほどその報酬が跳ね上がるのはいわば当然の事だ。


 それだけではなく、同じ依頼クエスト任務ミッションであっても、高等級クラスの冒険者に支払われる報酬の方が多く設定されている。


 これは別に依頼クエスト任務ミッションを冒険者ギルドに持ち込む、個人や国家の懐が痛むわけではない。


 要は冒険者ギルドが「中抜き」する分を、高等級クラスになればなるほど少なくしているということに過ぎない。

 冒険者ギルドにしてみれば利益は減るがなくなるわけではなく、高等級クラス冒険者が受けてくれた方がその解決速度も成功率も上がり、金ではあがなえない『顧客の信用』を得ることができる。


 つまり中長期的に判断した場合、冒険者ギルドは損をするどころか得難い利益を得ていることになる。

 高等級クラスの冒険者とは、冒険者ギルドにとって金の卵を産み続ける大事な鶏と言ってもまるで過言ではないのだ。


 よってありとあらゆる面で優遇されるのは当然の事となる。


 報酬はもとより武装の調達、維持の補助にはじまり、所属する冒険者ギルドが存在する迷宮ダンジョン都市における多くの免税や微罪の免罪。

 酒や食事、宿など、娼館すらも含んだサービス施設利用に際しての特権や、怪我を負った際に『教会』で受ける治療や保証もまた、一般人とは比べるべくもないほどに最優先されている。

 

 それだけではなく、冒険者の力――魔物モンスターと戦えるほどの戦闘能力――はある程度のランダム性を持ってはいてもまず確実に遺伝によって引き継がれることがこの数百年で実証されているため、冒険者が子供をつくればその養育費が所属国家と冒険者ギルドから支給されることになっている。


 その額たるや少々贅沢な暮らしをしても親子三人が食べていくには充分なものであり、極端な話、冒険者である方の親が認知さえしてしまえば母子家庭、父子家庭であっても裕福に暮らしていけるほどのモノだ。


 また貴族などが己の家の血に『魔物モンスターと戦える力』を取り込まんとして側室、または息子や娘の伴侶として迎えることも多い。

 もっともそうなるのは冒険者として名を上げ、国に『対魔物モンスター正規兵』として召し上げられた者が多く、その流れから『対魔物モンスター正規兵』は今では準貴族として扱われるようになってまでいる。


 ありていに言えば男女問わず、冒険者とはクソほどモテるのだ。

 そしてそれは当然の事として、冒険者の等級クラスに正しく比例する。


 贅沢な暮らしを満喫しつつ迷宮ダンジョン攻略に必要な武装、物資を揃えることにまるで困らず、行きつくところまで等級クラスが行きつけば、もはや貴族様に成りあがったとさえいえるが見えている。


 それはこの世界において、命をかけるのに充分な対価たり得る。


 つまり冒険者にとって最優先すべきはまずは生き残ることと、己の等級クラスを上げることになるのだ。

 その等級クラスを上げるためには、己が斃した魔物モンスターを冒険者ギルドに納品することが大きく影響する。


 となれば、その状況下で小銭を稼ぐために直接魔物モンスターを捌こうとする者など出るはずもない。

 もしもいたとしても、そうとわからないように上手に潰されてはいるのだろうけれど。

 いかな冒険者とはいえ完成した組織、しかも自分と同等の戦闘力を有した者の多くが属するそれに、個人で抗することなどできないのは当然の事だ。


 そしてよほどのバカでなければ、冒険者だけではなく冒険者ギルドを出し抜こうする商人たちも、そんなことにはすぐに気が付く。

 駆け出しのくらいであればやんわり警告されて済まされるので、もともとそんなにいないお調子者もだいたいはそこで懲りるのだ。


 懲りなかった者がどうなるかなど、聞くまでもあるまい。


 真っ当にやっていればこの世界で成り上がるための導線がきちんと整えられている現状、

好きこのんで危ない橋を渡りたがる者などまずいないというわけである。


 人の集合体――社会というものはそこにどんな要素魔法や超常能力を混ぜ込んだとしても、結局は搾取する側とされる側にその立ち位置を分けてしまう、呪われた仕組みシステムなのかもしれないな。


「はー、なるほど……勉強になりました」


「……マジで何にも知らねぇんだな、マサオミは」


 部分的にあっちこっち脱線しながらも、かなり詳しく説明してくれたディマスさんに対して本気で感謝の念を抱く。

 本気であきれたような顔をされるが、少し前までこの世界に存在すらしていなかった俺としてみれば知らなくても当然の事ばかりである。


 やり込んでいたゲーム世界だというならばいざ知らず、無茶言うなと言いたくもなる。

 知ってた方が怖いわ。


 いや、ゲーム世界だったとしても、そういう背景を理解できているとは言えないか。

 しかし改めて聞いてみると「なるほどそういうカラクリか」と得心が行く部分も多い。


 ディマスさんが説明してくれた「異世界の社会」がどうやって成り立っているのかというような話とはまた別に、もっと根源的な「この世界の仕組みシステム」そのものも知っていく必要はありそうだが、それはまた後日だな。


 ある程度であればリィンから学ぶこともできそうだが。


「ま、俺の拙い説明でもある程度理解できたってんなら、行商人に魔物モンスターを横流しすることが冒険者サマとしちゃってこともわかったろ?」


 そう言ってため息をつくディマスさん。


 なるほど、今の時点で俺から魔物モンスターを格安で仕入れるという目先の利益は完全に放棄しおられると見える。


 常識ものを知らない、それでもディマスさんはもちろんのこと、対魔物モンスターの戦闘では強者と看做されているエルフ――リィンでさえ瞠目するほど突出した対魔物モンスター戦闘能力を持った新人に、まずは信頼されることを最優先してくれているのだ。


 いい人である。

 ただそれだけでもなく、そうするだけの価値が俺にあるとみてくれていることも確かだろう。


 そうした方が得だと、ディマスさんなりの価値観で判断しているのだ。


「理解できたと思います。ざっくりとは、ですけど……」


「ま、食料代を払わなきゃどうしても尻の座りが悪いってんなら、迷宮都市ヴァグラムについてから旨い酒の一杯でも奢ってくれりゃそれでいいサ」


 そう言ってからからと笑う。


 たしかに俺が狩ったと自己申告している13体の『影狼』と、今もまだ目の前に倒れ伏している『影狼王』を冒険者ギルドに納品すれば、そんなことくらい安いものだろう。

 俺が今から冒険者ギルドに登録するようなド新人ルーキーだとしても、実際に納品される狩られた魔物モンスターの亡骸以上の説得力など他にはあるまい。

 

 ディマスさんが俺が斃したと認識している『影狼』13体と、ボス級である『影狼王』1体だけでも、俺が一般人から見れば大金持ちになることは確定路線なのだ。


 そればかりか馬鹿正直にすれば、迷宮都市ヴァグラムにとんでもない新人が彗星のように現れたという騒ぎになることからも逃れられまい。

 おそらくディマスさんはそうなることも込みで、期待の大型新人冒険者よしみを持つことに価値を見出しているのだろう。


 そのあたりのことを、そうなる前に粗々でも理解できたのは本当に大きい。




 そして理解した以上、可能な限り上手く、また俺にとって利があり面白くなるように立ち回ろうとするのもまた当然のことだろう。

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