11-3
かくしてアダムとイヴは出会うことができた。これでこの城には用がないため、さっさと出て行ってライルハントとも別れて……という風には、しかし、まだならなかった。
「なあスイ、あたし達はなんだ?」
「そんなの決まってるじゃない。ねえ? サンナーラ」
「うん、そんなの――ぬすっと少女隊に決まってる」
ということで。
サクラ城内のお宝を盗み出しに行くツアーが始まった。ライルハントとアダムとイヴも、護衛として引き連れて。
「スイとシュミレとサンナーラには世話になった」とライルハント。「いくらでも付き合うぞ」
「イヴは別にアダムといられるならなんでもいい」
「アダムは別にイヴといられるならなんでもいい」
ひとまず見張り台から杖で飛んでみる。改めて見てみると、スイ達が今まで見てきた城のなかではあまり大きいほうではなかった。それは建国からあまり経っていないこともあるが、サクランド国王の欲の小ささも反映されたものである。
親の代から受け継がれた野望を全うすることだけを考えていたエーデル・サクランド。
手段がそれだっただけであり、王になりたいわけでは、別になかったのだ。
ゆっくりと下降してみると、ふと、窓がひとつ開いているのを見つける。どのような部屋に入るのかは不安だが、アダムとイヴとライルハントがいるのだから兵士の待機場所だろうと問題はないだろう。スイはその窓から侵入することに決めた。
入ってみると、そこは宿の一室のような部屋だった。タンスと、本棚と、作業机と、人がひとり眠れる大きさのベッド。窓の外を眺めると、木々や草原が広がっていて、目の保養によさそうな印象がある。
「兵士の部屋かな」と、サンナーラが言う。「地味な部屋」
「うん……あれ」スイは本棚に並ぶ羊皮紙の本を手に取って、そこに書いてある文字が、孤島の遺跡やあの古い本にあった文字であることに気がつく。失われた文字。「これ、だいぶ昔の本なのかな」
「どれどれ? ……スイにしか読めないやつだ。何が書いてあるの?」
「ええっと……え? これって!」スイはいったん本棚にその本を戻して、同じような装丁の別の本を取り出して開く。興奮気味に、何度か似た作業を繰り返した。「これも、これも、これも……すごい」
「すごい本なの?」
「うん。これ、たぶんだけど、読み通せば魔法が使えるようになる……そっか、魔法について書いてある文書を独占してたんだっけ……すごい」
「え、なんかすごいね? どうするのそれ」
「持ち帰るに決まってる」スイは次々とリュックに詰め込む。「魔法が自由に使えるようになる本なんて……これほど価値のあるものはそうそうないよ。多いなあ、サンナーラも入れて」
「うん」
スイとサンナーラが本を詰め込んでいるとき、シュミレは作業机の引き出しを漁っていた。キングコーラス王家との書簡や、なんらかの計画メモ、すごく古びた巻物など、歴史的資料としては値打ちがつきそうなものが多かったので、シュミレは片っ端からリュックに入れた。そして一番下の一番大きな引き出しに鍵がかかったので、針金を挿しこんでこじ開けた。
そこには、何やら日記らしきものが何冊もあった。表紙にはエーデル・サクランドの名前と、閲覧禁止の札が貼ってあった。シュミレはぱらぱらと捲り、中身に目を通した。一冊を読み終えると、引き出しに戻し、別の日記を手に取った。
「シュミレ」ライルハントが不思議そうに見つめてくる。「何か面白いものがあったのか?」
「いやあ……面白いとはあんまり言えねえかなあ。はっきり言って、あの国王の悩みが書いてあるだけだ」
「ふむ。あの王はなんだか陽気で、堂々としているように見えたぞ」
「二面性ってやつか、あるいは虚勢か……国王ってのも悩みの多い仕事だったらしい。あたしの親父も悩んでたのかなあ……それとも、悩まなかったから国民から恨みを買うような政治をしちまったのかな。ちょっとくらい日記を覗いておけばよかったぜ」シュミレはそう言って、日記を仕舞い、引き出しを閉じた。「これからどうなるんだろうな。サクランド王国」
「何事も栄枯盛衰だとユプラ神は言っていた」とアダム。「永遠はない」
「だからサクランド王国が別の国に変化したって悪いことじゃない」とイヴ。「どんなこともユプラ神の想定内。絶望することはない」
「はっ。だから憂うなんて愚かだってか」シュミレは笑う。「宗教的だねえ。あたし、そういうのは嫌いだぜ。気休めでしかねえもん」
「そういう人がいることも、ユプラ神は知っている」
「あっそ」
私室を出て、玉座の間に入る。兵士に会ってしまったのでアダムとイヴに消してもらう。感嘆すると同時に、スイは疑問に思う。
「ねえ、その力、いつ芽生えたの?」
「アダムとイヴが出会ったとき」
「イヴとアダムが出会ったとき」
「そっか。前から使えたんだったら使ってくれたらよかったのに、なんて思っちゃった」
「アダムとイヴが一緒にいるときじゃないと使えないよ」
「イヴとアダムが一緒にいないときはこれは使えないの」
「どうしてそんな制限があるの? ひとりのときだって、災害や事故が起こる可能性は変わらないでしょう?」
「アダムはイヴを愛しているから、イヴが寿命で死んでしまったあと、すべてに絶望して世界を消してしまわないように」
「イヴはアダムを愛しているから、アダムが寿命で死んでしまったあと、すべてに絶望して世界を消してしまわぬように」
「ああ。たしかに、世界の基盤を創って未来に繋げないといけないからね」
国王の仕事机を漁る。純金のハンコがあったので回収する。絨毯も高級そうだが、洗ってから売るというのは少々面倒だし、魔導書をリュックに詰めた関係であまり大きいものは盗んでいけそうになかった。
二階は、玉座の間と国王の私室、大臣の私室、それから講堂の上部通路しかなかった。サンナーラは、城ならばお姫様のためのドレス部屋があるだろうと思って探してみたが、そもそもサクランド王国にはまだ姫や女王はいなかった。
一階には兵士がたくさんいて、スイ達を見るや否や突撃をしてきたが、ライルハントがバリアを作ったことで見えない壁に戸惑わせることに成功した。それを見たスイは、リュックから魔導書を取り出し、
「神の力は私達が奪いました」と言い切った。
「神の……サクラ神の力を?」
「ええ。ライルハントさん、火を」
ライルハントは、言われるがまま、杖の先に火を灯した。どよめきが広がる。
「私達に逆らうと、ひどいことになります」スイは余裕の笑みを見せる。「命が惜しければ、金庫か宝物庫に案内しなさい」
スイ達は金庫に案内された。額を確認してみると、リスクを承知で脅してみたにしては、あまり期待通りの金額ではなかった――大金の範囲ではあったが、国庫のお金となるともうちょっとあってもいいはずだった。どういうことなのか問い詰めてみると、
「サクラ教は、礼拝堂の建設などを含むワングラシア大陸全土における様々な布教活動に熱を入れています。出た利益もほとんど予算に費やされるため、貯蓄はあまり増えない構造となっているのです。つい最近も、礼拝堂の建設費として前払いで大工の集団に大きな額を贈っていたと聞きました」
とのことだった。
「ふぅん。まあ、盗賊とかも雇っているようだしね」
「そんな話は聞いたことがございませんが」
「冗談だよ」
ひとまず入れられるだけ全員のリュックに詰めこんで、堂々とサクラ城を出る。民衆の視線が集まるなかで、ライルハントと共に飛び立つと、驚嘆の声が響き渡った。
目指すは、孤島。
「ミサンガ。このふたりはアダムとイヴだ。ミサンガはこのふたりを食べてはいけない」
ライルハントがそう言うと、ミサンガはアダムとイヴをゆっくり見てから、頷き、鳴いた。
「よし。いい子だ」ライルハントはミサンガの頭を撫で、「僕はまた島から出ていくけれど、遠くないうちに戻ってくる。いい子にしていてくれ」
ミサンガは少し寂しそうだが、従順に頷いた。
「ライルハントさん。スイさん。シュミレさん。サンナーラさん」アダムはイヴと手を繋いで、一緒に深々とお辞儀をする。「ありがとうございました」
「どういたしまして」とスイ。
「シュミレ」とイヴは言う。「シュミレと一緒に寝るの、あったかかった」
「そうか。あたしもイヴを抱きしめてると暖かかったよ。ありがとう」
シュミレとイヴは固い握手を交わした。それから、ぬすっと少女隊とライルハントは島を飛び立った。
「ライルハント、これからどうするんだよ」とシュミレが訊いた。
「ギラの町に行く」ライルハントは答えた。「エナに、僕が生きていることを教えてやらないといけない」
「なるほどなあ。スイ、あたしらはどうする?」
「とりあえず、ライルハントさんと一緒にギラの町かな。で、それから……ツヴロカ大陸を目指します」
「へえ。まあ、ワングラシア大陸もそろそろ飽きたもんな」
「でもその前に、魔導書を読み込んでおきたい。魔法が使えるようになるまで」と、スイは言う。「だから、どこか長居のできるところにいたいな」
「……ねえ、だったらさ。アスマロクに滞在しない?」とサンナーラが言った。「注文してあるものが、あと数日で完成するはずだから」
「そうなんだ。いいよ」
話しているうちに、ワングラシア大陸が見えてくる。地平線の向こうに、ウタ地方の外にある城や町の影が見える。ライルハントと出会う前に経てきた道程と、ライルハントと共に経てきた道程を思い出して、少しだけ、しみじみとする。
ギラの町に着くと、エナはライルハントを見るや否や抱きしめた。困惑するライルハントに、エナはあれからずっとあなたを待っていたんですよ、とリンボが教えた。
「本当に、よかった」エナは涙ぐみながら言う。「ライルハントさんが生きていて、よかった」
「僕はちゃんと、死なないと言ったぞ?」ライルハントは困ったように笑いながら、エナの頭を撫でる。「あの剣のおかげで生きて帰れたし、アダムをイヴと会わせることができた。ありがとう、エナ」
「いいんです。生きてさえいてくれたら」
そんなふたりの横で、スイはリンボに、
「あなたがライルハントに話してくれたこと、私達も聞いたよ。合ってたみたい」
と言い、シュミレが私室の引き出しから持ち出した古い巻物を渡した。
陸地が見えてからギラの町に着くまでの間にさらっと目を通したところ、それはサクランド王の先祖がこれまでやってきたことの沿革だった。そして、リンボの語った陰謀論が正解であることがわかった。さらに、それ以上の行いについてもきちんと書いてあった――そのことを教えると、リンボはすごく嬉しそうに抱えた。
「ありがとうございます! 嬉しいですよ、ひひひ」
「それはよかった。その代わりにお願いがあるんだけれど」
「はい」
「ガニック、そのうちギラの町に帰ってくると思う。そのときは」
「そのときは?」
「三発くらいぶん殴ってくれない?」
「わかりました。微力ながら……ひひひ」
そこで理由も聞かずに楽しそうにするあたり、ガニックと変わらない性格の悪さだなあと思いながら、スイはエナと楽しそうに話すライルハントを見て、ふと思う。
シュミレとサンナーラを呼んで、ひそひそと相談する。
ねえ、アスマロクまで歩いて行かない?
あたしはいいけど、サンナーラは?
まあそれでも間に合うから、うちはいいけど、どうして?
ライルハントさんとエナをそっとしておいてあげたくて。それに、早く三人組に戻れるならそのほうがいいから。
あはは。結局、ライルハントと仲よくなったのってシュミレだけだね。あ、そこのところシュミレはどうなの?
別れるなら早いほうがいいさ。寂しくなるから。……じゃあ、あたしが挨拶してくる。
「ライルハント」
シュミレに名前を呼ばれて、ライルハントは振り向く。「ああ。もう飛ぶのか?」
「いや。あたしらは歩いて行くことにしたんだ」
「そうか」
「だから、また偶然会うまではお別れだな」シュミレはそう言って、手を差し出す。「悪くなかったぜ。またな」
「……ああ。生きてまた会おう」ライルハントは、大きな手で握り締める。「元気でな」
ギラの町を出ていく三人の背中に、ライルハントとエナとリンボは手を振る。エナはライルハントが少し寂し気な表情をしているのに気がついて、でもなんと言うべきかがよくわからず、必死で考えて、
「あの。そろそろ夕方ですから、お夕飯食べていきませんか?」
と誘った。
「……いいのか?」
「はい。ライルハントさん、頑張ってきたんですよね。わたし、頑張って作るので、食べてください」
「ありがとう。では――」
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