Ⅺ アレン、エーデン・サクランド、アダムとイヴ

11-1



「我は神様より炎の魔法を賜ってから、まだ二日しか経っていないから――まだ二十ほどしか技を考えることができていない。だからお前をきちんと殺すことができるか、実のところ不安ではあるのだが――身を粉にすると誓ったのだ、やるしかあるまいよ」

 三階の廊下でライルハントの前に立ちふさがるアレンは、そう言うと両手に持っていた炎を投げつけた。ライルハントはすぐにバリアを張ってガードした。

「その程度では通じないか。でなければジードリアスにも敵わなかっただろうからな……本気で行くぞ! 『龍炎双宴』!」

 アレンはまた炎を両手にまとって、前方に突き出す。炎はライルハントに向かって、手から離れることなく伸びる――双子の龍のように、太く長くしなりながらバリアを包み込む。炎の龍はぐるぐると巻きつくように動きながら、その身をバリアに擦り続ける。

 やがて暴力的な熱が蓄積したバリアは、ひび割れ、砕けてしまう。ライルハントの身を襲い、焼く――しかしライルハントは、それと同時に杖の先を上に向け、大量の水を噴き上げる。水は重力に従いライルハントの身体をざばざばと撫で続ける――ライルハントにまとわりついた火は、その皮膚を焼く前に消化される。蒸発する音が鳴り続けるなか、アレンはこの時間に意味がないことを察して龍を引っ込める。

「意外とやるようだな。これでも、考えてモノにするのに三秒はかかった技なのに」

 ライルハントはアレンに剣先を当てるために、妖精の剣を突き出しながら突進する。

 しかしアレンは余裕の表情で、

「『拒み火』」

 自分の前に大きな炎の手を生成した。ライルハントは踏みとどまり、距離を取り直した。手は空を握り締めるように手を閉じ、散る。あのまま突撃していたら、剣を当てることができたと同時にあの手の餌食になることは間違いなかった。

「……危なかった」

 ライルハントは念のため、次の攻撃に備えてバリアを張った。それを見たアレンは、慎重だな、と笑う。

「守りの姿勢か。では、こちらは攻勢で押し切るとしよう……『炎幕』!」

 アレンは、またライルハントに向けて火球を放った。

 それも。

 廊下の幅いっぱいに敷き詰めるように――右壁から左壁まで、床から天井まで、炎の弾幕を放つ。次から次へと、絶え間なく火の玉を投下する。

「う……うおおおおお!」

 あまりの光景に焦ったライルハントは、バリアの内側にどんどんと作っていく。しかし、それにも限度がある。内側になるにつれバリアは小さくなっていき、気づけばライルハントがしゃがまないといけないくらいの大きさのものになってしまった。

 そしてそれは、一枚目のバリアが壊れたとき、失敗だと悟る。

 しゃがんだままの状態では、植物の魔法を使っても上手く使えるかわからない。そもそも炎の弾幕のせいで、アレンがどの方向にいるのかもわからなくなってきていた。

 アレンは休みなく火の玉を打ち続ける。そうしていると、散った火花や逸れた火の玉はライルハントによって生きたまま植物に縛り上げられていた兵士達に着火していき、阿鼻叫喚の様相を呈していた。

「あ……アレン様! よしてください!」自分の身にまとわりつく蔓が燃え上がり、命の危険を感じた兵士が言う。「このままでは、俺達も死んでしまう!」

「我々の命は神様のためにある」アレンは手を止めず、目も合わせずに言った。「我々が対しているのは神様にとって不都合な存在なのだから、命を賭して戦う。当然のことだ」

「そんな……は、がああああああ!」

 植物が燃え尽き、火達磨になりながら廊下を転がり、別の兵士を捕らえる植物に延焼して、やがて死にゆく。

「……囲まれた!」

 弾幕として押し寄せた火の玉のなかには、バリアと天井の隙間をすり抜けたものもあった。それらが、バリアの後方を取り囲み、ライルハントはもう後退することもできない状態になってしまった。

 このままでは、さらに後ろのほうにも火が回る――!

 バリアはもう、三枚目のものが壊されてしまい、四枚目、一番内側にあったものが火の玉の猛威に晒されることになっていた。内側ゆえに小さく、天井との隙間も多いため、背後の火も余計に燃え上がっていく。

「これはサクラ神の罰の焔だ!」

 アレンはそこで、特大の火球を繰り出した。

 四枚目のバリアが、いよいよ――



「もー! なんでこんなに追われなきゃいけないの! ただ脱獄しただけでしょ!」

 一階の廊下で、サンナーラはスイと走りながら叫ぶ。シュミレはぬすっと少女隊のなかでも足が速いため、少し先を行っている。サンナーラとスイの少し後ろでは、槍を持った兵士が数人、かけていた。

「待て! 脱獄犯どもめ!」

「ちょっと、流石に追いつかれそう! サンナーラ、煙玉は!」

「在庫切れだよー!」

「じゃあ何かほかに足止めできそうなものカバンにないの? なんでもいいよ!」

「えーっと……あれでもないこれでもない……あ、このネックレス、いつの間に壊れて……もう最悪、気に入ってたのに」

「サンナーラそれ! それ撒いて!」

「え、……そっか!」

 サンナーラは後ろを振り向くと、兵士達の足元に、小さなピンクパールをたくさん転がした――兵士のひとりが転び、傍のひとりが立ち止まって、そのふたりの後ろの勢いが削がれた。

「よし! ちょっとはマシ!」

「ピンクパールのネックレス、気に入ってたのになあ。カバンのなかで駄目になってたなんて」

「悲しむのは後! 他には何かないの?」

「投げていいものもうないよー! スイは何もないの、なんか硬そうなのとか!」

「そんなの……あ、これ!」

 スイはリュックから望遠鏡を取り出して、先頭の兵士の足元に置いた。ピンクパールのことを見たばかりなので、兵士はしっかりとジャンプして避けた。

 そして、サンナーラの跳び膝蹴りをジャンプからの落下の勢いをプラスされた状態で顔面に喰らい、鼻血を噴いて尻もちをついた。

「ふん! うちの高貴な膝が汚れたわ!」

「高貴な膝って何?」

「おい! 大きなドアだ!」シュミレは叫んだ!「どうする?」

「入ろう! シュミレ、開けて!」

「ええ、どうすんの兵士の待機所とかだったらー!」

「そのときはそのとき!」

 シュミレは大きな扉を両手で開いて内側から抑え、スイとサンナーラが入ったら力いっぱい閉めた。シュミレとサンナーラで兵士に扉を開けられないよう抑えている間に、スイが扉の鍵を締めた。

「で、ここはどこだ?」

 そこは、真っ白でだだっ広い空間だった。椅子と長い机がたくさんあり、それらは奥にある豪華な演壇らしき場所のほうを向いていた。天井を見ると吹き抜けになっていて、上にある通路は二階に通じていそうだった。

「サクラ教の拠点だし……ここで集会とかしていたのかな」とサンナーラは言う。

「……あの吹き抜け、まずい」スイが天井を睨む。「あの兵士達があそこから入ってくるかも」

「あ、そうだね。でも、締めに行くには高くない? 肩車しても柵があるから無理だよ」

「ライルハントの杖があれば、飛んで行けるのに……ていうかあいつ、ちゃんと逃げられたのかな」

「逃げることができた前提で進めるしかないよ」とスイ。「とりあえず、どうにかサクランド王国から出て、またライルハントとイヴと合流して、練り直して――」

 そのとき。

 三人が見上げていた、サクラ城の講堂の天井が――ふいに、崩落した。

「やばい!」

 咄嗟に机の下に隠れる。すさまじい衝撃と衝突音が響いた。それが止んだとき、机の下から顔を出した三人は、びっくりした。

「火事……?」

 目と鼻の先で、瓦礫がごうごうと燃えていた。即座に距離を取って遠くから見てみると、どうやら天井の崩落は、天井全体ではなく一本の線を引くような部分的なものだったようだ。十数人の焼死体のどれもが鎧を着こんでおり、サクランド王国の兵士であることは間違いなさそうだ。息を呑んで観察していると、瓦礫のなかから、ひとりの男が起き上がるのを見た。

 無残に乱れ、血液で染め上げられた金髪。その身には、兵士の鎧をまとっている。

「何をした! 神聖なるサクラ城に、このような不届きを!」

 男は、天を仰いで叫んだ。骨が折れているのか、少々よろついてはいるが、まだ戦えないというほどではなさそうだった――のだけれど。

 すぐに、飛んできた大きな岩球に潰され、何も言わなくなった。

「ああ!」岩球の飛来してきた方向を見て、シュミレは叫んだ。「ライルハント!」

 崩落した天井の隙間から、杖に跨ったライルハントが、ゆっくりと降りてきていた。

「ライルハントさん、なんで逃げてないの?」着地したライルハントにスイが駆け寄る。「あれ、イヴはどこに?」

「イヴは、誰もいないところに置いてきた。巻き込まれたら、危ないだろう」

「それって、誰かがやってきたら危ないんじゃないか?」とシュミレ。「どんなやつが出てくるかわかんないじゃないか、この城」

「では、揃ったことだし一度迎えに行こう」



11-2へ続く

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