10-2



「盗賊は私の大切な人を奪った! 憎くて、恨めしくて、しょうがない! 今すぐ殺してやる!」

 ジードリアスはレイピアの切っ先を真っ直ぐに伸ばした。その先にはライルハントの瞳があった。ライルハントは真似をするように、右手の杖をジードリアスに向けた。

 杖の先から、火球が飛び出した。人ひとりを包み込むほどの大玉だったが、レイピアに突かれ、四散してしまった。

 ならばと大きな岩球を撃ったが、これは一刀両断された。

「諦めろ。私の前では魔法など無意味だ!」

 ジードリアスには目に見えない魔法の路が見える。魔法として生み出されたばかりの自然物が怏々として備え持つ不完全な部分を突いて台無しにしてしまう技術もある――これはエーデン・サクランドと親戚関係にあることと無関係ではない。魔法を会得せずとも理解のできる環境にて暮らしていたからこそ、備わった眼力である。

 生み出されてからしばらく経った岩球などには歯が立たないが、そうでないのであれば楽々に破砕できた――そんなことは知らないライルハントは、後退りながら魔法を撃つばかりだった。

 植物の魔法を使うと、すんでのところで避けられた。ライルハントは慌ててバリアを張った――すぐに壊されたため、後ろに跳ねながら再度バリアを作る。また壊されたが、その隙を狙って妖精の剣を当てる。

 ジードリアスは、それだけで廊下の端まで飛んで行った。二度目の経験だが、未だにどうして自分が吹き飛ばされているのか、まるで理解ができていなかった。

 しかし、そんなことはどうでもよかった――些細なことを考えている暇があったら、さっさと目の前の男を斬殺したかった。

 背中を打ちつけたものの、まったく気にならないといった様子で、ジードリアスはまたずんずんと向かってくる。ライルハントも下がってばかりはいられないので、前方へ駆け出し、杖の先から大量の水を噴かせた。とにかく気を散らせたかった。

 ジードリアスは迫りくる鉄砲水をレイピアで切り払いながらライルハントに突撃した。妖精の剣で迎撃しようとしたところで、野生の勘が働き、後ろに飛びのいた。もしも剣を振るおうとしていたら、その前に、ライルハントの胸は鋭いレイピアに貫かれていただろう。ジードリアスはそれを望んでいたため、大きな舌打ちをした。

「観念しろ、盗賊の仲間! 死に絶えろ!」

「僕は死なない!」ライルハントは杖でジードリアスの頭を思いっきり撲った。鈍い音がした。

 ジードリアスの視界に火花が散った。されど、それもまたどうでもいいことだった。気に留めず、気配を頼りにライルハントの首根っこを掴んだ。

 首にレイピアが向けられる。よく研がれた鋭い剣先が、すらりと細長く美しい刀身が添えられる。勢いよく貫くために腕を引いた瞬間、ライルハントが意図的にぶらつかせていた左手の剣が、ジードリアスの脚に当たる。

 ジードリアスは、ライルハントを掴んだまま吹っ飛ぶ――妖精の力は、対象に触れている物体も巻き込まれるのだと、ライルハントはこのとき悟った。自分の身体を何かに抑えつけられて、風のような速度で運ばれている感覚があるからだ。しかし、レイピアが刺さらないように首を逸らす程度の動きはできるようだった。

 壁との衝突を感じながら、ひとつ、思いつく。

「どうやらその剣に何かがあるようだな」

 同じく壁にぶつかったジードリアスもまた、ひとつ理解する。

 ライルハントは危機を感じ、自分の身体を刃先で叩いた。すると反対側、登り階段の傍の壁にぶつかるまで吹き飛んだ。死にそうな息苦しさと痛みが身体を襲うが、それによってジードリアスと十分な距離を取ることができた。ライルハントは剣と杖を握り締めて、こちらに向かってくるジードリアスを睨む。

 そして、杖の先からまた、岩を生み出した。

「何度やっても無駄なことを!」

 いつ岩がきてもいいようにレイピアを構えながら走る。岩はみるみるうちに体積を増していき、やがて廊下を塞ぐほどの岩壁となった。ジードリアスは、これは攻撃ではなくバリケードで、身を守っているうちに魔法で傷を治すつもりなのだろう、と解釈した。

 その予想は、しかし、外れた。岩壁は発射された。このままでは壁に潰されてしまうだろう。とはいえまだまだ生まれたての、ポイントさえ知っていれば切断できるほどの不完全な物体である。ジードリアスにとっては攻撃にもならないものだった。

「盗賊の仲間になるようなやつは、とんだ阿呆らしい! これ以上の恥を晒す前に、私が殺してやる!」

 ジードリアスはためらいなくレイピアを振るい、岩壁をあっと言う間に切り裂いた。それは扉のように両断された。

 そして次の瞬間――切り開かれた岩壁から出てきた杖が、ジードリアスに当てられた。

「……何」

 それは簡単なことだった。岩壁を作って杖の先をあてがい、自分の尻を剣で叩く。すると岩壁の後ろにぴったりくっついて、真っ直ぐ進むことができる。

 岩壁は必ず切り裂かれる。その直後に、間髪入れず杖をつきつけて、魔法を使えばいい。

 死角はとれずとも、腕の入る隙間もないほど近くから魔法を使えば、切られることはないのだ。

「僕は阿呆じゃない」

 魔法の植物が、ジードリアスの胃袋に植えられ、急激に成長し、食道を塞ぎ、口腔を塞ぎ、鼻腔を塞ぎ、眼球を押しのけ、そして。

 ルスル、『害悪盗』の末路を思わせるような、肉の花瓶が完成した。

「……さて、では階段を」

「なんだこれは!」

 と。

 まだ傷を治してもいないライルハントの前に、アレンが現れた。どかどかと階段を駆け上がってきたアレンは、植物や水や岩の破片などが散乱する惨状に戦いていた。

「お前がこれをやったのか……兵士達……ジードリアスまで」

「少し待ってほしい」ライルハントは後退りながら言う。「僕は傷を治したい」

「させるわけがないだろう」

 アレンは――燃え盛る炎を両手に持って、ライルハントを冷たく睨んだ。

「武器を置け、降伏しろ。さもなくば、お前を燃やす」



「ワタシの名前はね」兵士のひとりの脈を絞めながら女は言う。「ラディって言うの」

「どうせ、ラヴとレディースからでしょ?」

「正解。盗賊なんかに本当のことを教えたってロクなことがないでしょう」

「……そうだね。それは、ついさっきも痛感した」

 スイは、次にガニックと会ったら絶対にとっちめてやろうと心に決めた――あんなやつとは、もう絶縁だ。

 死亡を確認して、ラディは兵士を床に放り捨てた。これで三人目であり、遺体処理のためにやってきた兵士はそれで全員だった。

 牢獄に入った兵士が帰ってこないことを怪しまれて、追加の人員がくる前にさっさと出てしまいたかったが、囚人服のままでうろつくというのも危険なため、スイとラディが兵士の相手をしている間、サンナーラとシュミレはすぐ傍の宿直室に入って押収された荷物を取り返しに行っていた。

「スイ! あったよ」

 宿直室の扉が開き、既に自分の服を着ているサンナーラと、三人ぶんの荷物を持ったシュミレが出てきた。

「ありがとう。ラディ……この人の荷物は?」

 とスイが言うと、ラディは首を横に振った。

「アナタ達の荷物があったのは、雇用契約で釈放するかもしれなかったからでしょ。ワタシは死刑囚だから、きっと国のものになってる」

「ああ、そっか……じゃあ、何か貸すよ」

「それなら、これ」サンナーラは自分の荷物から、長く白いワンピースを投げ渡した。「うちこの服嫌いだから、処分がてら」

「……ありがとう」

「別に。うちの目の前で、そんなダサい服でうろつかれると腹立つから」

 その場でめいめい服を着替え始める。その最中、スイがラディに訊く。

「そういえば、死刑ってことは、やっぱりいつも通りの強盗殺人? ソロでやるのはきつかったってことなの?」

「まあ、そうなるのかなあ。はは」ラディは自嘲する。「サクランド王国に辿り着いてさ、旦那が不在らしい家で奥さんっぽい人を殺して金目の物を漁っていたら、ちょうどその旦那が帰ってきちゃった。そいつめっちゃ怒っててさ、逃げられたと思ったら兵士を呼ばれて、捕まっちゃったんだ」

「ふぅん。それじゃ、そろそろやり方を変えるべきなんじゃない?」

「うん。……というか、生き方を変えたいな。真面目に幸せになれるように、そろそろ頑張らないといけない気がする。金持ってる、いい男でも見つけて結婚するのが一番てっとり早いかもね」

 あいつよりカッコいい男なんて、そうそう出会えないだろうけれど。

 ラディは亡くなった相方の顔を思い出しながら、照れ臭そうに笑った。

「……そう。できるかわかんないけど、まあ精々頑張りな」

 脱ぎ散らした囚人服を物陰に隠して、スイ達は階段を登る。

 サクラ城の地下から一階への移動に成功する。

 男性牢獄と女性牢獄の間に立っていた警備兵に槍を向けられるが、サンナーラが煙玉で視界を不良にしている間にラディが背後に回り、あっと言う間に絞め殺してしまう。

 狭い道から、少し開けたところに出る。出口を捜すために足を踏み出したところで、

「おや、早いじゃないのさ」

 向かいの通路から、マリアがやってきた。

 サンナーラはまた煙玉を投げた。マリアが手を翳すと、凄まじく冷たい空気が噴き出した。そして、煙玉は不発に終わってしまった。

「まさか……魔法?」スイは言った。

「そうさそうさ。凍てつく冷気の牢獄長、マリアとはワシのことさ!」

「煙玉の火薬が、冷気で湿気ったってこと?」サンナーラは困惑する。「どうしよう!」

「大人しく凍ればいいのさ」マリアはスイ達に手を向けた。「どうしようさね。ひとりずつでもいいさ、いっぺんにでもいいさ。ああ、ワシの人生の一番の楽しみさ」

 スイはガニックの言葉を思い出す――氷漬け。そうなったが最後、『L&G』の男がそうなったように、きっとばらばらに砕かれてしまうだろう。シュミレもサンナーラも同じことを考えて、どう切り抜けるべきかと考えを巡らせていた。

 そしてラディは、

「殺すならワタシからにしな!」と叫び、マリアに向かって走った。「うっかり死刑囚を獲り逃さしちまわないようにね!」

「その望み、叶えるさ!」

 ラディは、あっという間に氷の像になった。『L&G』として妻を喪った男を誑かすために練り上げられ維持されてきたプロポーションも相まって、それはとても美しい作品に見えた。

「シュミレ!」サンナーラが叫ぶ。「行くよ!」

 それを合図に、サンナーラとシュミレは同時に走った。シュミレのほうが足が速いため、マリアはシュミレに手のひらを向けた。

 しかしその手のひらから冷気が発されるより先に――マリアは、意表を突かれた。

 サンナーラが、ラディの氷像を全力でぶん投げたのだ。

 砲弾のように飛来する氷像を、マリアはしばらく大口を開けながら見て、直撃の直前にさっと躱した。

 ラディの氷像は、硬い壁に衝突した。そしてその拍子に首が折れて、頭部と胴体が離れてしまった。

「ちぇっ。避けられた」

 悔しがるサンナーラに、マリアは叫んだ。

「信じられんさ! 凍死体を投げるなんて、非情すぎる――うわっさ!」

 あまりのことに気を取られていたマリアは、シュミレに足払いをかけられて、硬い床の上で転倒した。その拍子に腰をしたたかに打ちつけてしまい、苦痛に呻きながら横たわった。老齢ゆえに骨がもろく、腰も弱かった。

 シュミレは間髪入れず跳び上がり、マリアのあばらに全体重を乗せた。踏みしめて、何度も蹴りながら跳んだ。

「あああああ!」

 マリアは息を思いっきり吐いて惨めな悲鳴を上げた。折れたあばらが呼吸器を圧迫して上手く息が吸えなくなった。

 決死の力で氷の魔法を使おうとしたが、

「せぇ……の!」

「かぁっ……!」

 いつの間にか近寄ってきていたスイとサンナーラによって、両肩を脱臼させられてしまった。指が痺れて、上手く冷気を操れなくなってしまった。

「シュミレ、それくらいにしておいて」スイはそう言いながらマリアに顔を近づける。「さて、もう魔法は使えなさそうだね。喋れる? 喋れなくても喋ってね――卵から産まれた男の子の場所。知ってるんでしょ?」

 マリアは答えなかった。目を瞑って何も言わないまま、大量の血を吐いた。そしてそれっきりだった。

 舌を噛んで、死ぬことを選んだのである。



 玉座の間で仕事をしていた国王エーデル・サクランドは、危機を感じた。現状で王の耳に伝わっている現状は、ぬすっと少女隊の投獄完了と、捕り逃したうちのひとりが魔法の杖を使えるらしいこと、そしてアダムの捜すイヴもまた捕り逃されているということだったが――自身に氷の魔法の力が戻ってきた感覚から、国王に焦燥感を与えた。

 それはつまり、マリアが亡くなったということである。

 マリアが亡くなったとなると、脱獄に成功された可能性が高い。脱獄したぬすっと少女隊はそのまま逃げるだろうか? きっとそうではない。イヴの件があるため、相手の狙いがアダムであることは想像に難くない。

 ユプラ神が生み出し、イヴと出会うという使命を受けたアダム。その名を変え、イヴと合わせないままユプラ教ではなくサクラ教の人間として育成してしまう――それはユプラ神にとって、ただアダムを殺されるよりも口惜しいことだろう。その計画が、ここで途絶えてしまうというのは望ましくない。

 とはいえ今更アダムを殺した場合、ぬすっと少女隊がどのような反応に出るかがわからない。向こうも魔法を使えるとなると、放火などで国をめちゃくちゃにされてしまうかもしれない――魔法でできることは木材や石材の提供程度であり、建て直すとなると時間がかかる。さらに、そうした事態を引き起こしてしまうと、奇跡を起こす神としての威厳が損なわれることにも繋がる。

 ひとまず確実な情報を集めるために、大臣を呼びつけ、状況把握に駆けまわってもらう。戻ってきた大臣が告げた情報は、国王にとっても意外なものだった。

「神様の仰った通り、牢獄長マリアは死亡……牢獄の兵達も四人死亡しております。そして見張り台から一階を繋ぐ廊下で、ジードリアス様が怪死を遂げておりました」

「ジードリアスが怪死、だと?」

「目、鼻、口から植物のようなものを生やして死に至っており……その犯人と見られる男は、手配されたライルハントという男の似顔絵と一致。ただいま、浄化部隊長のアレンとにらみ合いの状態となっております」

「そのまま兵に伝達せよ。ぬすっと達を捕縛し、四肢を縛り上げたうえで玉座の前に連れてくるがいい――吾輩が直々に成敗してみせよう」

「かしこまりました」

「それから」国王は言う。「アダム……もといスカムは今、どこにおる」

「城の裏の庭で読書をしております」と大臣。「サクランド王国の心地よい気候に親しみを持つために……」

「スカムは吾輩の私室に匿う。連れてこい」そこで国王は、その道中でぬすっと少女隊と鉢合わせてしまうリスクのことを考えた。「そうだ。貴様に魔法の力を貸そう。スカムを抱えたら魔法で飛べ。私室の窓を開けておくから、外から入るといい」



 城内の騒ぎなどてんで聞こえてこない、穏やかな庭。読書に飽きたアダムは、生い茂る草や美しい薄桃色の花を眺めていると、ふと、直感した。

 イヴが近くにきている、と。

「イヴに会いたい」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る