7-2
「スイ」サンナーラが困惑しながら言う。「知ってるの? この勧誘員」
「……知ってる。勧誘員なんかじゃないよ、こいつは」スイは緊張した面持ちで答える。「こいつは盗賊『L&G』の片割れ。私がガニックといたとき、関わったことがある」
「その通り。覚えていてくれて光栄です」男は白い歯を見せて笑う。「ラヴアンドギルティ……今宵はギルティとして参じました。通してください」
「駄目。私はジュアさん達を守ってお金を貰いたいんだ。ジュアさんを殺させない」
「そういえば、聞いたことがあるぜ。男女ふたり組の盗賊、『L&G』」とシュミレ。「片方が夫婦の片割れを殺して、残されたほうの寂しさに付け入るかのようにもう片方が寄り添って、散々貢がせて財産を搾りつくしてから忽然と去るってんだろ?」
「……ねえ、あんた」サンナーラは男を睨む。「アスマロクって、行ったことある?」
「ええ、つい最近に。そのときもラヴは相棒に任せましたね。それが?」
「みんな。このクソ男、殺すよ」
次の瞬間、杖の力で男は氷に閉じ込められ、やがて氷像そのものになった。
放っておくだけで凍死することは確実だったが、サンナーラが全力のハイキックを見舞ったことにより――その頭部は粉々に砕け散った。ラヴとして寡婦を唆すための芸術的に整った造形も、もはやパズルのピースでしかなくなった。
シュミレとサンナーラの手で胴体もばらばらにし、ライルハントが窓の外から放り捨てた。
「捨てたゴミは後で埋めるとして」スイは言う。「私、ジュアさん達が見た窓の外の何者かって、『L&G』に他ならないと思うんだよね」
「ああそっか、標的の寝る時間とか色々と確認してからじゃないと犯行に及べないよね」
「ということは、ひとまずこれで一件落着なんじゃないの?」
「でもスイ、コンビなのに殺すの片方だけでいいのかよ?」
「いやあ、たぶん、ひとりじゃあまったく違うスタイルの盗賊になるんじゃないかなあ。分担をしているからこそノーリスクでいられる犯行なわけだし」
「なら、うちらで解決しましたって早く報告しに行かなきゃ」サンナーラは眠気まなこを擦る。「とっとと安心させて、うちらもさっさと寝よう」
寝室を出る。長々とした廊下を歩く。途中で、華やかな衣装室を横切る。巷で見ないような可愛らしいドレスもあったため、サンナーラはちょっと入って盗んでしまいたくもなったが、さすがにこのときばかりは我慢した。翌日ばれてしまったら面倒なことになるからだ――もしかしたら、お金をもらえないかもしれない。サンナーラは、自分の欲とみんなで進めている作戦では、後者を優先する程度には協調性のある人間だ。
しかし。
このときばかりは、自分の欲を優先していたほうが、あるいは得るものは多かったかもしれない――及んでも絶対にばれない犯行だったのにみすみす逃してしまったのだとサンナーラが気づいたのは、廊下から階段を降りきったとき。
階段から直で入ることのできる大広間に――夫婦の遺体が転がっているのを見たときだった。
気品のあるカーペットは大量の血液で汚れていた。ジュアの手には椅子が握り込まれていて、どのように抵抗をしたのかを明確に示していた。紳士の首は刎ねられ、玄関に無造作に転がされている。
「何……これ?」
「誰かがやったのか? あたし達が二階にいるうちに?」
「え、これ、お金どうなるんだろう……?」
「イヴ。きっと危ないから、僕の肩に乗っていてくれ」
ぴたりと閉まっていた客間のドアが、不意に開いた。
真っ黒な服を着て血色のレイピアを持つ、脚の長い男が現れた。
「……誰だ? ここにいるのは、ふたりのユプラ教信者だって聞いてたがよ」
何も答えず、階段の傍に寄り集まる五人を見て、男は嘆息する。レイピアをゆっくりと持ち上げて、スイ達に向ける。刃の届かないような距離感で、男は訊く。
「なあ、ひょっこりガールズ。ひょっこりボーイもいるな、まあいいや。ユプラ教信者か?」
「……いいえ」スイは言った。「ユプラ教のことは、よくわかりません」
「おお、偉いな。『はい』か『いいえ』で答えられる問いに、すぐに『はい』か『いいえ』で答えられるやつ、あんまりいないぞ? はっきりしてるやつは美しい、はっきりしないやつに美学なんて語る資格はない――そして美学を語るやつにはロクなやつがいねえ。私もそうだが、美学なんてのは語らないし匂わせないもんなんだ」
「お前」シュミレはなんだかうざったく感じて、つい発言してしまう。「何者だ?」
「名乗ってから訊くのが礼儀だ。ありふれたミスは確実に潰していったほうが、生きていくうえでやりやすいよ。どれだけ素晴らしい才能を持つ人間でも、ありふれたミスでその才能を活かすチャンスを潰してしまうことだってあるのだから」
「……あたしはシュミレ。独身だぜ」
「そうかい。私はジードリアス。妻帯者だ。どこからきたかってのは言えねえけど、普段は卵から産まれてきたガキのお守りなんていうつまんねえことをやらされてる。無関係なやつを殺しすぎて左遷されちまったんだ。君達も気をつけろよ、言われた以上のことをやっちまった時点で責任は命令者じゃなくて自分自身にあるもんなんだ」
「その子供の名前は!」ライルハントの肩の上で、イヴが叫んだ。「名前は、何」
「アダム。ん? 今は違うんだっけ……新しい名前まだ聞かされてねえんだよな。どうあれ卵生ボーイって呼ぶからいいんだけど」
「……アダム! アダムがいるの? イヴはアダムに出会うために生まれた! 会わせて!」
「……へえ?」
ジードリアスの目つきが変わったことにいち早く気がついたスイは、ライルハントにバリアを張らせた。戸惑いながらライルハントがバリアを生み出すと、スイの予想通り、ジードリアスは笑いながら近づいてきた。
「もしかしたら……イヴが死んだって言えば、卵生ボーイも諦めて、サクランド王国の大人としての道を歩むのかねえ? そしたら私の待遇もちっとはよくなるか、そうでなくてもお守りが多少は楽になるか……得、しそうだなあ」
「ライルハントさん! この人、イヴを殺すつもり!」
「許さない!」
ライルハントは杖をジードリアスに向け、ルスルにしたように、その内臓から植物を生やして殺そうとした。
その瞬間、ジードリアスは――レイピアで勢いよく、素振りをした。
「そんなことをしても無駄だ! すぐに、お前の身体の内側から植物が生えてきて、喉も両目も塞ぐ!」
「……言いことを教えてやるよ、ひょっこりガールズ。すぐやるすぐやるって言っておいて先延ばしにしまくるやつには関わらないほうがいい。そういう人種は大事なことだろうとずっとその調子だから」
「……ライルハント?」シュミレはライルハントのほうを見る。「本当に、杖の力を使ったのか?」
「使ったに決まってる!」ライルハントは叫んだ。「なのに……どうして、どうして何も起きない!」
スイは考える。――どうして植物が生えない? あのレイピアの素振りが関係ある? ……いや、それよりもまず。考えてみたらおかしい。あの窓からしか入れないようにバリアを張ってあったのに、どこから入ってきた?
「……まさか!」気がついて、叫ぶ。「ライルハントさん! 大きな岩を、ぶち抜くくらい勢いよく、天井に発射して!」
「どうして!」
「あの男に杖の力は効かない! だからイヴを確実に守るためには空から逃げるしかない!」
ライルハントが豪速の巨大岩球を打ち上げると、木造の屋敷はめしりめしりと悲鳴を上げた。一階を貫き、二階の屋根を吹き飛ばしてなお、岩球は帰ってこない。
「勘がいいなあ」ジードリアスはスイ達に向けて駆けだす。「褒美に正確なことを教えてやる。私は魔法が効かないんじゃなくて……魔法を斬れる!」
「サンナーラ!」スイは言う。「足止め!」
イヴを負ぶったライルハントが杖に跨ると同時に、レイピアでバリアが割られた。
間もなく煙が起こった。サンナーラの煙玉だ。あっという間に視界不良に陥ったジードリアスは、しかしその状態からもサンナーラの投げたナイフはレイピアで弾き飛ばした。その間にライルハントは、ただ真っ直ぐ、天井の穴に向けて飛び上がった。
「スイ!」ライルハントは言った。「近くの町で会おう!」
ライルハントとイヴは空の向こうへ姿を眩ました。ジードリアスは大きく舌打ちをしてから、
「おっと、いけないいけない。ストレスを感じていると表明する行為になんの価値も無いのに――近くの町に行けばいいのか」
「……ふう」スイは安堵の息を漏らす。「よかった。教えた通り、本当とは逆のことを言いながら逃げてくれて」
「え? スイ?」
そんなこと教えていたのか、と思って声を出したシュミレを見て、スイはすぐに両手を覆う。
「あ、しまった! 思ったことを口に出しちゃった、安心のあまりに! 逆のことを言ったなんてばれてはいけないのに……!」
流石のシュミレとサンナーラもそれで察して、
「ちょっとスイ、そんなのってないでしょ! せっかくあいつも言う通りにしてくれたのに、全部台無しじゃない!」
「そうだそうだ、スイ! スイのお馬鹿!」
むろんこの場合、そんな風に教えてあるということが嘘である。ぬすっと少女隊として一緒に過ごしてきた三人だからこそ、言わずとも息を合わせることができるのだ。
とはいえ、即席の芝居の効果を信じ切るほど、スイは愚かではなかった。というか、疑わしい、出まかせだと思われる前提でやっている。が、それが嘘で出まかせであるという証拠をジードリアスは持たない。だからずっと、近くの町にいる可能性とそうではない可能性を考える羽目になる。
――その迷いが、ライルハントさんを生き永らえさせてくれたら。
スイとしては、究極的にはライルハントがどこかで死のうと生きようとどうだってよかったのだが……逃がすまでが作戦であるから、逃げ先を宣言するなどという馬鹿みたいな行動でぶち壊しにされてしまっては、参謀担当として不愉快だった。
「やっちゃったものはしょうがない!」スイは叫ぶ。「切り替えて、逃げる!」
「おいおい、待て」一目散に逃げるぬすっと少女隊に、ジードリアスは言う。「逃げるな。魔法を知っているやつも、消したほうがいいんだよ」
レイピアを前に突き出しながら、ジードリアスは駆け出した。
そして、すぐに――踵を返した。
「ぐっ……!」
屋敷全体が大きく揺れる。ジードリアスは大きな苦痛に呻く。ライルハントが打ち上げた巨大岩球。上方向の進撃がようやく停まり、重力に従って勢いよく落下したのだ。すんでのところで察知したため、潰されて死ぬことはなかったが、二階への階段は塞がってしまった。いくらなんでも大きすぎて、よじ登ることも難しそうに見えた。
後ろで何が起こっているのか知らないぬすっと少女隊は、無我夢中で逃げ続ける。二階に駆け上がり、寝室の窓から飛び出した。スイとシュミレは無事にすぐ傍の木の枝に飛び移れたが、サンナーラは眠気からか着地に失敗する――シュミレが咄嗟に伸ばした手には掴まれたため、大事には至らなかった。
「……さあ、どうしようか」ジードリアスは深呼吸をして落ち着いてから、ぶつぶつと呟く。言葉にすることで、考えやすくなる。「あの女達を追うことに時間をかけるべきだろうか? いや、それよりも先に、あの魔法の杖を奪わないといけない。そうじゃないと追う相手が、消す対象は増えるいっぽうだ。イヴもこちらの管理下に置いたほうがいい。なんらかの間違いでアダムと出会ってしまったらユプラ神の望み通りになってしまうから、確実に隔離したほうがいい。だから、魔法の杖の男とイヴを捜そう。その場合、人数は多いほうがいい」
サクランド王国に戻り、現状を報告しよう。
ジードリアスはそう結論づけて、玄関から屋敷を出た。
「これから、どうしようか」息を切らしながら、スイが言った。
屋敷の傍でうだうだとしている理由もないため、ぬすっと少女隊は木から降りた後もしばらく遁走していた。見つかりにくそうな林に入って、ようやく一安心といったところだった。
「ねえ、うち思ったんだけど」サンナーラが挙手する。「あいつ……ライルハントのこと、放っておかない?」
「え?」
「だって、そもそもアダムを捜しながら旅をしていたのは早く見つけてライルハントと離れるためでしょ? せっかく今、こうして離れられたんだし、もういいからまた自由に動かない? あの杖は惜しいけれど、どうせ奪うのは難しいんだからさ。わざわざ迎えに行くことないと思うんだけれど、うち」
「それは……たしかに」スイは頷く。「ふたりも増えて、食糧がどんどん減っていったし。宿泊費だってかさんだ。……いなくなったら元に戻るだけだから、何も不都合はないね。じゃあ――」
「あたしはライルハントを迎えに行くよ」シュミレが、スイの言葉を遮った。「お前らが行かないなら、独りで行く」
「え、シュミレ?」サンナーラは驚いた表情でシュミレを見る。「なんで? 放っておけばいいでしょ? ジードリアスとかいうのはイヴを狙っているし、あの杖に関わっているうちらのことも殺そうとしてたよ?」
「それに、言動から察するに、アダムはサクランド王国にいることになる」スイもシュミレの説得を試みる。「ガニックの言葉を信じるなら、サクランド王国にはジードリアスみたいな危険な人間や、ルスルみたいに不思議な力……魔法だっけ? を使う人間がきっとまだまだいるはずだし、そもそもサクラ教の中心となる国となんか関わらないほうがずっといい。最悪の場合、ライルハントとイヴのために私達の今後の自由がなくなってしまうかもしれない。何が賢い選択か、くらい、シュミレにも理解できるはずだけれど」
「解ってるよ。それでも、あたしはライルハントを迎えに行きたいんだ」
「どうして!」
「ごめん。情が移った」シュミレは言った。「……あたし、どうやら、ライルハントと話しすぎたし、イヴの面倒を見すぎたみたいだな。お前らが行きたくねえなら、寂しいけれど、あたし独りで――」
「……行かせるわけないでしょ」
「じゃあ、力づくで行かせてもらうぜ」
「そうじゃない!」スイは叫んだ。「あなたが行くなら、一緒に行く! 独りでそんな危険なことさせるわけないって言ってんの!」
「え、でも。……なんで?」
「シュミレの言葉を借りるなら」サンナーラは肩を竦める。「うちもスイも、とっくにシュミレに情が移ってるってだけの話だよ」
「サンナーラ、スイ。……ありがとう!」
三人は抱き合って、それから林のなかで寝袋を着て、ぐっすりと眠った。
大事なことこそ、一度寝てから始めたほうがいい。
空を飛び続けるライルハントとイヴは、いつの間にか海の上にきてしまった。これではスイ達との合流ができなくなる、と慌てて陸地に向かう。ウタ地方の北西の端にある町の灯りを目にして、
「ひとまず、ここにいよう。ここだったら、きっと誰も僕達を踏みつけたりしないだろうから。」
と言い、ゆっくりと降り立った。
ユプラ信仰と妖精の町――ギラに、到着した。
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