6-3
ところ変わって、サクランド王国。豊かな自然に囲まれ、鳥たちが平穏を唄う幸せな国。真っ白な建物が並ぶその場所の中央には、純黒のサクラ城が聳え立っている。
家屋や商店と同化しそうなほどの真っ白な服を着た人々は、みなその城に向かって歩みを進める。鐘の音が誰の耳にも聞こえるように、静寂を保ちながら。
みな、その心中は同じだった――偉大なるサクラ神よ。この世の誰より気高く貴いエーデン・サクランド王よ。
城門に架かる桟橋が降りる。真っ黒な服を着た男性と老婆が、大扉を開く。老婆の傍に、誰にとっても見覚えのない背の低い少年が、黒衣を身にまとい立っていた。怯えるような、焦っているような、そんな表情が印象的だった。
さておき、城内に入ると、民衆は迷うことなく、導かれるまでもなく講堂に向かった。大きな城の半分を占めるその広い広い部屋には、民衆のための席が十全に用意されていた。いつものように、病に伏している者や今朝亡くなったばかりの者を除くとすべての民衆が揃ったところで、最奥の壇上に、数人がかりで玉座が運び込まれた。
玉座には、誰も座っていない。
民衆の視線が玉座に集まったそのとき――天井は吹き抜けになっている――上階の通路から、何者かが飛び降りた。
悲鳴にも似た声が上がる。
何者かは地面に足を着く前に空中で静止した。そして、地面を蹴ってもいないのに飛び上がった――空中にて逆様に立ち、
「わっはっは!」
と高笑いをこだまさせた。集まる尊敬の視線に破顔しながら、尊大に腕を組み、ゆっくりと、羽の落ちるような速度で玉座に舞い降りる。
「待たせてしまったな。吾輩が偉大なるサクランド国王にして奇跡の神、エーデン・サクランドである!」
歓声が上がる。尊敬のあまり深々と礼をする者や、喜びのあまり泣き崩れる者もいた。自然に落ち着いた頃、サクランド国王は口を開いた。
「みなの衆、週に一度の集会によくぞ参った! さすがは賢きサクラ教信者だ! 吾輩はみなの神となり王となることができて実に嬉しい! ……さて、本日はみなに報告がある。なんと、サクランド王国と同盟関係にあるキングコーラス王国にて建設していたサクラ教会礼拝堂がついに完成したのだ!」
国王のその言葉に、信者達はとても嬉しそうな顔をした。素晴らしいサクラ教の礼拝をするための専用施設が、ついにサクランド王国の外にも作られたのだ。民家を使うのとはわけが違う、認知度の向上にも直結する施策だ。
「すでにキングコーラス王国の信者達が続々と訪れており、感謝の声も上がっている。これは正しい行いだ。であるからして、ワングラシア大陸全土の各国への建設計画に移行することとなった! 全土への建設が終わり次第、ツヴロカ大陸、サンジパング大陸への建設をすることとなるだろう! むろん、それには莫大な予算がかかることだろう。そろそろ限界なのではないかと考えている者もおるかもしれぬ。だが、安心せよ。財源は当然、手広く確保してある! ゆえに何がどうなろうと、サクランド王国は税を取らぬ! そして、月に一度の給付金についても、決して欠かさぬと誓おう! 吾輩についてくる者は――三唱せよ!」
「神様万歳!」
「サクラ教万歳!」
「サクランド王国万歳!」
賑やかな講堂を、入口に立つ黒衣の三人組が眺めていた。老婆と、幼い少年と、背の高い青年。先ほどの、城門にいた三人だ。
老婆――マリアは少年に語り掛ける。
「どうだい。あれが神様さ。ユプラ神なんてのは過去の、落ちぶれて終わった神もどきさ」
「それでもアダムはユプラ神に作られて、守られてきた。イヴと会うために。イヴに会いたい」
「そうだったかもしれないが、お前はもうアダムではないだろう」青年――アレンは、少年の頭を撫でながら言った。「お前にはスカムという、神様直々に賜ったありがたい名前があるではないか。もう拘ることはない」
「……うう、うえ」
「おっと、熱狂こそすれ神聖な時間さ」マリアは少年の口を塞いだ。「無闇に騒いだら、氷漬けにしてやるさ」
「もしもそんなことをしたら、我々が許さんがな」とアレン。「スカム少年はサクランド王国で幸せにするのだ。ユプラ神のことなど、どうでもよくなるほどに」
「……真面目なやつ。わかってるさ、精々、氷の刃で痛めつけるくらいさ。それよりアレン、ルスルのやつが最近サボってるらしいじゃないさ。どうしたんだろうさね」
「ああ、聞いていないのか? 最近、神様の元に炎の魔力が戻ってきているらしい。つまりルスルが死んだから、貸与していたものが戻ってきたんだな」
「なんだって? あの『害悪盗』が、とんだヘマをしたものさね。次の炎担当はどいつさ」
「さあな」アレンは肩を竦めた。「神のみぞ知るというものだろう」
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