6-2
「とりあえずだな、泊まっている部屋のなかでを石の柱を出すのは禁止していいか」
「わかった」ライルハントはあっさりと言った。「いけないことだったみたいだな。ごめんなさい」
「ごめんなさい」
「ああ、イヴはいいよ」
「シュミレ、僕は何も知らなかった。さっきだって、石を出すのもいけないとは爺さんに教えてもらってなかった。よかったら、他にも教えてほしい」
「……ライルハントが何を知らないのかなんて、あたしも知らないよ」シュミレはため息をついた。「わからないことがあったら教えてほしい」
「ごめんなさい。僕もわからないんだ。自分がどこまで知らないのか」
「……そうだよなあ。あたしもそうだったよ昔は」
「そうなのか?」
「ああ。お陰でスイには迷惑をかけてきたよ。あたしの足の速さを買ってくれていたのもあるんだろうが、根負けせず教え続けてくれてよかったぜ」シュミレはそう言ってから、ぐっと伸びをする。「まあ、昔のことを考えるとあたしよりライルハントのほうがまともなのかもな」
「どうして」
「あたしは、やめろって言われて素直に従えるようになるまで時間がかかった。でもお前はちゃんと学ぶし、ごめんなさいって言えるだろ」
「それは爺さんにそうするべきだと言われたからだ。注意をされたら素直に受け入れろ、間違ったことをしたならごめんなさいと言え、と」
「いい子だな、本当に。あたしは悪い子だったし、あたしの育った場所はスロード王国だったから。……あたしのこと、お前にどこまで話してあったっけ?」
「スロード王国の、王様の、子供だったんだろう? 国が滅びて、シュミレは独りで盗賊を始めた」
「ああ。……スロード王家は今思うと傲慢だったよ。世界は王族を中心に回っているのだから、王族でない者のことなんてどうでもいいんだと物心ついたときから言われていたよ。だからあたしもおてんばでいられたし、本当にスイには迷惑をかけた」
「スイとシュミレは、そもそもどうして出会ったんだ?」
「うん? 言ってなかったっけ」シュミレは自分のベッドに横たわる。柔らかいまっとれすのおかげで、疲れがとれていく気がする。「昔、牢屋に入れられたことがあるんだよ。まだ盗賊なんて始めたての頃にな」
「牢屋ってなんだ?」
「悪いやつを入れるところ。で、ちょうど隣の牢屋にスイも入っていたみたいでな? あたしが腹が減って寝れねえなあって思っていたら、なんかそおーっとスイが出ていくわけよ。ピッキング、牢屋の鍵をこじ開ける技術を使ったんだ。あたしは、おいおいどうせならあたしも助けろよって思ったから、あたしも助けろって叫んだんだ」
「それで、助けてもらえたのか?」
「たぶん、力を振り絞って叫んだから、熱意が伝わったんだろうな。わかったわかったって感じで開けてくれて、ふたり一緒に出たんだ。それが出会い」
「なるほど。いい話だな」
「だろ? スイって優しいんだよ」無邪気に笑うシュミレ。「それからは、まあなんか考えがあってのことなんだろうけれど、しばらく一緒にいるって言ってくれて。その間に盗賊としての常識や、庶民の常識ってやつを叩き込まれたぜ――懐かしいなあ」
「それからサンナーラに出会って、今のようになったのか」
「そう。もう二年くらい前の話だ」
「二年前か。僕が爺さんを亡くした一年後くらいだな」
「へえ、じゃあ三年くらい独りぼっちだったわけか。大変だったな」
「鳥達やミサンガがいたから寂しくなかったぞ。食べ物もいっぱいあった」
それからシュミレは改めて、ライルハントの杖でできることについて確認する。石柱が生み出せるのだから当然水や氷や火の柱を作ることもできるし、石より大きな岩を撃ち込むこともできるらしい。水の出る強さや岩の出る勢いについても調整ができるのだとか。
「なるほどな。まあ、宿や店のなかでは杖から何かを出すのはやめてくれよな」
「そうか。わかった」
朝早くからキングコーラス王国を出た五人は、昼頃に真っ白な塔と巡り会った。何かありはしないかと上ってみることにした。
「随分、綺麗な塔だね」とサンナーラ。「最近建造されたんだろうね」
「なあ、このマーク、見覚えがないか?」ライルハントは入口の扉の円形レリーフを指さす。
「サクランド王国の国章じゃない?」スイは言った。「そういえば地理的には、そろそろサクランド王国も近いね。間に他の国はもうないはず」
「じゃあいずれ入国することになるのかねえ……よっと。開いたぜ」ピッキングに勤しんでいたシュミレが言う。「新しいタイプの錠だったから手間取っちまった」
「ありがとう」
塔に入ってみると、内部は拍子抜けするほどすっからかんだった。扉と同じレリーフが床いっぱいに刻まれているためでこぼことしていたが、特筆すべきことはそれくらいで、後は換気窓がいくらかあるのに加えて、素っ気ない螺旋階段が天辺まで繋がっているだけだった。床を調べてみても地下階段などの気配はなかったため、大人しく階段を登った。丁寧にも手すりが備え付けられており、恐怖すら感じない仕様になっていた。
「螺旋階段、長いし、杖で飛ぼうか」
スイの提案に乗り、五人は疲れることなく螺旋階段の最上段付近まで昇ることができた。底から見上げているときはわからなかったが、階段は天井の向こうの最上階に繋がっているようだった。
最上階に到着したとき、スイは、げ、と露骨に嫌がった声を出した。
「なんでいるの、ガニック」
「おう、スイじゃん」
見晴らしのいい最上階に、ガニックは立っていた。
この塔はどうやら灯台のような役割の塔らしく、ほうぼうを見渡せる望遠鏡がいくつか配置されている。ガニックはそのひとつの傍にいて、スイを手招きした。
「どうせだから見てみろよ。無料だ」
「嫌だよ、怪しい」仏頂面でスイは言う。「それより、最近、あなたの妹に会ったよ」
「リンボか? そりゃ災難だったな、あいつは俺ほどじゃないが性格が最悪だからな」
「うん。若い子達にああだこうだと勝手に私達の話を吹き込むあなたよりはマシだったよ」
「ははは、そんなことしたっけ?」ガニックは薄ら笑いを浮かべる。「まあどうでもいいだろう。そうだな、次にリンボと会うことがあったら言っておいてくれよ。俺はしばらくギラの町には戻らねえって」
「覚えていたらね。……一応、理由は聞いたほうがいい?」
「だって俺、ギラの町出身だって、今の雇い主に秘密にしてんだもん」
「や――雇い主?」スイは驚く。「誰かに雇われているの?」
「最近は、な。定期的な報酬でこき使われてるんだ、盗賊として。金目のものを盗んで、それを引き取り係に渡す仕事。成果があんまりねえときも変わらず金をくれるってんだから、いい話だと思ってな。同業の盗賊も多いぜ」
「そう。例えば?」
「そうだな、話によると『鳥物鳥』のやつも――うん、あれ、ちょっと待て」そこでガニックは、今さらのように、あることに気がついた。「お前らの後ろにいるその男、誰だ? 新入りか?」
「ああ、僕は――」
「そうそう、新入り」遮ってスイは言う。「ちょっと用があって、しばらく協力関係になってる」
「はあん。お前はさておき『アンチB.D』がいるのにかよ――まあ、何か事情があるんだったら深堀りはしねえさ」ガニックはそう言うと、スイに近寄ってぽんと肩を叩き、それから階段を降って姿を消した。
去り際に、
「そうだ、悪いことは言わねえからサクランド王国で何かを盗もうとするのはやめておけよ。氷漬けにされるぞ」
と言い残して。
ガニックの傍の望遠鏡を覗いてみると、どうやらサクランド王国のほうで固定されているようだった。他の望遠鏡は自由に回せるためキングコーラス王国や遠くの別大陸なども見渡せた。望遠鏡をひとつだけ盗んで、ぬすっと少女隊は塔を出た。
6-3へ続く
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