Ⅵ スイとシュミレ、キングコーラス王国、サクラ教万歳
6-1
世界三大陸のひとつ、数字の7のような形をしているワングラシア大陸。その南東部分をウタ地方と呼ぶ。ぬすっと少女隊が上陸した孤島、港町、シンガロング城、アスマロク、キングコーラス王国、ライルハントの出生地であるラベル村、ミセスハッピーサイドの出身地であるギラの町、そしてサクランド王国が含まれている。スロード王国やトニックシティについては同大陸ではあるが別の地方に存在する(あるいは、していた)。
そのなかでもキングコーラス王国は特に歴史の長い国家だ。最盛期はウタ地方の半分を領地として占めており、シンガロング王家と手を取り合ってウタ地方を治めていた。十年以上前にシンガロング王家が滅亡してからは保護こそすれ積極的な支配はしないスタイルで治安を維持していたが、サクランド王国の勃興以降はまた手を取り合っての治政となっている。
そんなキングコーラス王国の城下町に洞穴から帰ってきたぬすっと少女隊は、翌日には港町でしたような窃盗に及ぶ予定だったのだが、スイの体調不良を理由にお流れとなってしまった。万が一捕まってしまった場合、そしてスイが関係者と知られてしまった場合を思うと、リスクをとることはできなかった。アスマロクの質屋での収入はまだたくさんあったため、そう急ぐ必要のない状況であることは幸いだった。
「それじゃあ、買い出しをしてくるから」ベッドに横たわるスイへ、サンナーラが声をかける。「薬飲んで寝ててね。お大事に」
「うん……ありがとう。頼んだもの、よろしくね」
サンナーラは客室を出て、シュミレと廊下で合流する。ライルハントとイヴには留守番を任せる形になった。サンナーラはスイから聞き取った買い物リストをシュミレに見せて、巡る順番を確認した。
「華やかなもんだな」宿を出て、高い建物の建ち並ぶ街並みを見ながら、シュミレは言う。「キングコーラス王国、初めてくるぜ」
「建物は華やかでいいけれど……誰も彼も地味な服。レースもリボンもなければ刺繍もない。嫌な世間になったなあってつくづく思うよ」
「いっそ、次はギラの町でも目指してみるか?」
「悪くないけれど、それはライルハントがいなくなってからがいい」
「あっそう。まあサンナーラはそのほうが楽しめるか」
「というか、うちが言いたいのは……数年前からそうしたファッションはあったけれど、こんなには流行ってなかったって話なんだよね」
サンナーラはキングコーラス王国に行ったことがあった。ぬすっと少女隊加入前のソロ時代、とにかく世界のファッションを見て盗むための旅をしていた頃に訪れたことはあったのだ。しかし、その当時のキングコーラス城下町の人々は、もっと多種多様で思い思いのお洒落を楽しんでいたと記憶している。
「キングコーラスだけじゃないよ、他の町だって。大流行って本当に嫌。世界がつまらなくなるもの」
「そうなんだな。あたしはよく知らないけど。スイと出会うまで自分のことで手一杯だったし、着られればいいとか思ってたから」
「そっか。うちは余裕があろうとなかろうと自分の好きな服を優先してたよ。お金がなくたって大好きな服を売るなんて考えられなかった。そうでもない服のまま食べ物を確保して生き延びるより、綺麗で今一番着たい服を買って着て飢え死にしたほうが幸せだもん」
「お前よくそれでここまで生きてこれたな」
盗賊が不自由ってあたしの勘違いだったのかな、とシュミレは思った。
食品店に入り、スイに指定された保存食を買い込んだ。アスマロクからキングコーラス王国までは割合近かったため、キノコを盗んでからは補充をしていなかったのだ。そんななか、ライルハントとイヴの加入により普段より早い食糧の減少を確認したため、急遽買い出しをすることになったのである。
あれやこれやと買ううちに、面倒だからかっぱらってしまいたいと盗賊らしく何度も思ったが、シュミレは我慢した――いっぽうでサンナーラはさらっと他の客の買い物籠から飴を失敬していた。
「おい、大丈夫か?」会計を済ませてから、店の外でシュミレは言う。「バレなかったよな」
「それはまあ、ベテランだし」サンナーラはころころと飴玉を転がしながら話す。「本当、癖になっちゃってるから危ういよね。気をつけなきゃ。……舐める?」
「舐める」
ふたりで飴玉を味わいながら、衣料品店を探す。買い物リストには靴下や下着の代えもあり、これは使い続けるうちにすり減るなどしたものである。消耗品だからなるべく安いものを、ということだったので安い店を探すために城下町を散策していると、ふたりは異様なほどの人だかりに出会った。
男性が比較的多い印象だったが、女性も結構いる。立ち止まってみると、やがて歌声と演奏のようなものが聞こえてきた。
「へえ、誰かが人ごみのなかで歌ってるのか。上手いし声が大きくていいな」
「その誰かが歌っているから人ごみができているのかなあ」
「おや、知らないのかい」すぐ前にいた、髪の長い男性が振り向く。リュックからまだ新しい情報誌を取り出すと、サンナーラに差し出した。「端を折ってあるページを読むとわかるよ。何部も持っているからもらっていいよ。僕は聴くのに忙しいからね」
シュミレが受け取り、人ごみから少し離れたところで該当ページを捲る。
シンガーグループ『Sweetie Cutie Cherry』 二周年記念大陸縦断ツアーから帰還
本国・キングコーラス城下町第四ストリートでパフォーマンス予定
目に飛び込む見出しのすぐ傍に、メンバー三人の似顔絵らしきものが大きく印刷されている。それが忠実なものであるならば、シュミレやサンナーラから見てもかなりの美少女揃いなグループだった。
そのとき、城下町に熱狂がこだました。メンバーの名前を叫ぶ声と、それにありがとうと応える声がふたりの耳に届いた。どうやら一曲ぶんが終わったらしい。
「なるほどね。美しくて歌が上手いから、色んな人に好かれているわけか」
「ねえ、見て」サンナーラは誌面を指差す。「彼女達と同じ服を着たがるファンも一年前から続出しており、昨今の流行ファッションの浸透にも一役買っているとも言われている、ですって」
「へえ。影響力と言うのかね、すげえな」
「好きな人の格好を何もアレンジせずに真似するなんて、自分の美的感覚にはなんの芯もありませんと言っているようなものだけれどね」
辛辣なことを言いながら、サンナーラは他のページにも目を向ける。次世代のブランゼルか、という文句で、知名度が上昇傾向にある指輪の工房がいくつか紹介されていた。作品のスケッチに目を通し終え、サンナーラはため息をついた。自分好みのデザインを作ってくれそうな工房がなかったからだった。
安価な衣料品店を見つけて、さっさと見繕って、気晴らしに美味しそうなレストランでも探そうと歩いていると、ふたりはまた人だかりを見つけた。その中心はシンガーグループではなく、建物だった。
ラジカルなほどシンプルな外観の建物だった。真っ黒な半球のようにも見えたが、真っ白な塗装でマークが描かれていた。大きな扉は開け放たれており、その入り口の傍に真っ黒な服を着た人間が立っていて、建物に入る真っ白な服の人々に何かを渡していた。
「あのマークってサクランド王国のだよな」
「じゃあ……サクラ教の教会かな?」
サクラ教とはサクランド国王を神として崇拝する宗派のことである。数年前、サクランド王国の建国と共に王が神を自称したとき、比喩でなく大陸中を騒がせるニュースとなった。そのような王とどのような関係を築けばいいのかわからず困る、と情報誌の取材に対しとある国の大臣――取材相手の希望で国名の公表は控えられた――は漏らしたという。
とにかく色々な人を驚かせた話なので、シュミレも当然覚えていた。
「サクラ教も各地で信者を増やしているという噂だったけど……ついにこんなでかい教会が建つとはな」
「前まではあんなにわかりやすい教会じゃなかったよねえ。というか教会建てるっていうならもっと繊細で美しいものにすればいいのに」
「あの、そこのふたり」
シュミレとサンナーラの間に、恰幅のいい女性が割り入ってくる。真っ白な服を着ていて、胸に抱く本には、サクラ教会のマークが刺繍されていた。
「もしかして、サクラ教の者ではない……サクラ教を好ましく思っておいででないのですか?」
まずい、とサンナーラは焦る。信者からしたら快い評ではなかっただろうし、過激な者だったなら酷い目に遭わされるかもしれない。
いっぽうでシュミレは何も考えず、「まあそうだな。妙な宗教が流行ってるんだなあって感じだ」と言った。
「シュミレ、馬鹿、そんな正直に言っちゃあ」
「ですよねえ!」
女性は、なんだかスカッとしたような表情でシュミレの両手を握った。シュミレとしても意外な反応だったため、きょとんとしたままサンナーラの顔をうかがった。サンナーラも、きょとんとしていた。
「ああ、この城下町でそう思う人がいるなんて! 感動しました。奢るので一緒に食事をしてください、私の話を聞いてください!」
女性に誘われるまま少し遠くの食事処に連れていかれる。珍しいことに、食事をする集団ごとに個室で食べる形式の店だった。こちらのことなどお構いなしに勝手に注文をして、それから女性は語り始める。
「私、こんな格好をしておりますけれども、本当の本当は、サクラ教なんかに入信したくなかったのでございますよ」
「じゃあ、なんで」
「断り切れなかったんです!」わっと泣き出す女性。「そもそも押しに弱いんです、あの日、気持ちいい陽射しを浴びながらひとりでショッピングをしていたのに、三人がかりで囲んで、すごい色々と喋ってきて、帰してくれなくて!」
「そのまま、ずるずると? 何それ、酷い話」サンナーラは言った。「そもそも、信者って数だけ増えればいいってわけでもないでしょ」
「そうですよね、そうですよね! 聞けば、ここ最近サクラ教からしつこい勧誘を受けたという人も多いみたいで……わけがわかりません。しまいには、勧誘から逃れるために城下町から離れた場所に引っ越した夫婦だっていると聞きました。ねえ、そんなのってあんまりだと思いませんか」
「うち、そういうの嫌いです。本当に辛い思いをされていますね」
「ありがとうございます。……キングコーラス王国の大半がサクラ教の信者で、誰が無理矢理続けさせられているのか、誰が心から熱狂しているのかがわからないから、愚痴を言うのも怖くて。すっとしました。あの、お名前は」
「あたしはシュミレ。こっちはサンナーラ。残念だけど、キングコーラス王国に住む気はねえから、そのうちどっか行くよ」
「そうですか、残念でなりません。……ですが、こうして出会えたことに心から感謝すると共に、私の人生にも素敵な偶然は起こるのだと思い直すきっかけになりました。ありがとうございます」
シュミレはサンナーラと一緒に高級そうな料理に舌鼓を打った。スイに申し訳がない気がして、肉料理を少し持ち帰らせてもらった。
ふたりは宿に戻り、各々の泊まる部屋に入った。スイがちょうど起き始めたところのようだったので、サンナーラは頼まれたものを見せてから、肉料理を食べさせた。
「柔らかいお肉。ありがとう」
「どういたしまして。薬、効いた?」
「うん。マシになった」
「そっか。うち、ちょっと寝るから、まあ自由にしていて」
シュミレはライルハントとイヴの待つ部屋のドアを開けて、
「あ、ああー! お前ら何やってんだよ!」
と叫んだ。
ライルハントはあっけらかんとした顔で、
「イヴがつまらなさそうだったから、魔法で遊んでいたんだ。石の柱にとっかかりがいっぱいあって、捕まってよじ登ることができる。木ではないから枝で怪我をすることもないんだ。楽しいよな、イヴ」
「つまらなくはない」
「降りろ降りろ! あのなあ、借りてる部屋の真ん中に変な柱を生やしてるんじゃねえよ! 傷でもつけてねえだろうな! とにかく柱を消せ!」
ライルハントが杖で石の柱を消す。すると、柱を伸ばすときにぶつかったのか、天井に不自然な窪みが生まれていた。シュミレは大きなため息をついて、スイを呼んだ。
スイは窪みを見て、少し考えてから、「明日の朝早くに逃げよう」と言った。
「あとシュミレ。あなたは悪くないけれど、どうせ一緒の部屋に寝てるならライルハントさんにいっぱい常識を教えてね」
とも。
6-2へ続く
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