Ⅴ シュミレ、トレジャーハンター、子は親の心くらいわかるもの
5-1
不思議な杖を使えば全員で空を飛ぶことができる。疲れず、転ばずに目的地に向かうことができる――だというのに、どうしてぬすっと少女隊はその方法を採ろうとしないのか。その答えと言うべき大きな横穴が、そこにはあった。
明らかに人工的に彫られた洞穴。人の背よりも高くそびえ立ち、洞穴よりも広々と構える石碑によって入り口が塞がれていることや、背の高い木々に囲まれていることも、人を寄せつけないための作為なのかもしれなかった。少なくとも、空を飛んで移動していたならば、絶対に見つけることができない。今回は位置を知ったうえで赴いたとはいえ、そうした出会いの可能性があるからこそ、ぬすっと少女隊は陸路を採っているのだった。
さておき、石碑に彫られている文字は、ユプラ教の古書と同じものだった。スイは一文字ずつ黙読し、シュミレ達に伝える。
これを よめるもの このした ほること
「この、下? どの下だよ」とシュミレは言う。
「……これ、縦書きで、しかも石碑の中央とかじゃない変な位置に彫られてるね」とサンナーラが言う。「もしかして、この文章の下ということ? 短いスコップならあるけど使う?」
「サンナーラ、ありがとう。掘ってみようか。えっと、ライルハントさんに頼んでもいい?」
「うん? ああ、いいぞ」
ライルハントは、指定の地面をさくさくと掘り起こし始める。日の高く昇る真昼間で、少し涼しい風が心地よい気候だった。サンナーラの背中でイヴがすやすやと眠っていた。
「何か出てきた」
「本当? 見せて」スイはライルハントの掘った小さな穴を覗く。そこには、四角く短い突起物があった。「これ、もしかして……えい」
スイが突起物に体重をかけると、それはあっさりと地中に引っ込み――すぐに、目の前の巨大な石碑も動き始めた。
「ええ……すごい!」
ゆっくりと、地鳴りを起こしながら、石碑は沈んでいった。これでもう、誰でも洞穴に入ることができるようになった。
「さあ、行こうか」スイは言う。「シュミレ、サンナーラ、ライルハントさん、イヴ、リンボ、エナ、アリア」
そもそもぬすっと少女隊がその洞穴の場所を知ることになったきっかけは、廃城のときと同じく宝の噂によるものだった。
アスマロクを経てキングコーラス王国に着いたはいいものの、どうやらアダムはここにはいなさそうだったため、さあ城下町で盗みでもしようかと地理の情報収集がてら町をぶらついていたとき――
「ああーっ! あなた達、『金銭出盗』と『アンチB.D』と『P.Shambles』ですよね? 似顔絵の通りだーっ!」
と、見知らぬ少女に指を差されてしまった。
「は、……はあ?」
「そーんなとぼけた顔をしたって無駄ですよー! わたし、あなた達に憧れてるんですから! 女性三人で旅をするとうぞ――」
すんでのところで口を塞ぐことに成功したスイは、すぐに少女を路地裏に引き込み、ライルハントの杖の力を駆使して拘束した。それからシュミレが腕と足を壁について少女の逃げ場をなくし、鋭く睨みつけながら、
「てめえどこのどいつだ。どういうつもりだよあんな往来で。ああ? あたしらをどこぞに突き出して金でも貰う気か? そう簡単に行くと思ってんじゃねえぞ!」
と、怒鳴りつけた。
「ま、待って待って、落ち着いてくださいよー、『P.Shambles』さん!」
「ああ? なんかお前がこっちにお願いできる状況だと思ってんのかよ」
「……ねえ、この子、その呼び方しか知らないってことは」サンナーラは言う。「盗賊サイドの人間なんじゃないの?」
「いや、そうとは限らないかな」と、スイ。「どこかの臆病な盗賊を捕まえて、逃がしてあげる代わりに知ってる盗賊の情報を吐いて似顔絵も書けって迫ったのかもしれない」
「なあ、スイ」ライルハントが言う。「そもそも、『P.Shambles』ってなんだ? 『金銭出盗』とか『アンチB.D』とかも」
「ああ、教えてなかったっけ。盗賊同士のあだ名みたいなものでね、ほら盗賊同士で別の盗賊の話をするとき、そのまま本名を挙げながら話していたら、どこかから盗み聞きされたときに名前を出された盗賊が可哀想でしょ? だから、盗賊にだけ誰の話題か解るような呼び名を作ったの。自分で決めたり、他の人に決めてもらったりして」
「なるほど。爺さんが言っていたな、そういうのは暗号って言うんだって」
「その通り。だからライル……あなたも、私達の名前は、今は呼ばないようにしてね。問題はこの子が盗賊の仲間だから知っているのか、盗賊から無理矢理聞き出したのかって話だから」
「おい、てめえは一体どっちだ? はっきり答えろ」
「えっと、とりあえずシュミレ一回落ち着いて? うち、この子からちゃんと話を聞くべきだと思うな」とサンナーラ。
「……じゃあ任せるけどよ。もし人を呼ぼうとしてみろ、鼻血じゃすまねえぞ」
シュミレとサンナーラで位置を交換する。依然として拘束されたままの少女の目の前に、サンナーラが立つ。低身長の少女に合わせて、少しかがんで話しかける。
「ごめんね、『P.Shambles』は暴力担当だからしょうがないの。『アンチB.D』は対話担当だから安心してね」
「は、はい」
「肩の力を抜いてね。まず、名前を教えてくれるかな? 本名ね。うち、嘘臭い名前ってすぐ看破できる特技があるから無駄だよ」
もちろん、サンナーラにそんな特技はない。ぬすっと少女隊の対話担当として、物事を円滑に進めるための嘘をつく役割も担っているのが彼女である。
「わたしは……エナといいます」
「エナちゃんか。エナちゃんは盗賊の子なの? だからうちらのことを知っているの?」
「いいえ、わたしは、盗賊ではありません」と、エナは言った。「トレジャーハンター、です。友達と一緒に、三人組で、トレジャーハンターをしています。チーム名はミセスハッピーサイドと言って、三人とも好きな『幸せなサイド夫人』という小説からとりました」
「そうなんだ。で、うちらのことは誰から聞いたのかな」
「三人組のひとり、リンボの兄が盗賊で、よく話をしてくれていて。リンボからの又聞きで知りました。似顔絵は、リンボの兄が描いたものだそうです」
「そっか。似顔絵、渡してくれる?」
「あの、腕が使えないので、ズボンのポケットから取ってください。左です」
「はいはい……まあまあ上手いね。ほら見て、スイ」
「ああ……たしかに……って、このタッチ……まさか」スイは見覚えのある画風に眉をひそめた。「ねえ。ガニックって馬鹿、知らない?」
「え? リンボの兄と同じ名前ですね」
「あいつ何やってんの!」
スイは怒りのあまり似顔絵を引き裂いた。シュミレもサンナーラも、そこまで感情的なスイは久しぶりに見たので、びっくりした。
それからミセスハッピーサイドの残りふたりを監視下で呼んでもらい、イヴを含めた八人で、路地裏にまた集合した。長い話になりそうだったが、だからといってカフェやレストランでゆっくりできる話でもなかった。
「で、あなた達はどこの誰なわけ?」
「じゃあ、わたくしから。……初めまして。ひっひっひ」背が低く前髪の長い、陰気な雰囲気の女性が口を開く。「兄からお話は伺ってます、わたくしはリンボです。ひひ、嬉しいです、会えて」
「俺はアリア。ミセスハッピーサイドで背も歳も一番上」短髪と筋肉質を兼ね揃えながらも美しい眉目と睫毛を持つ女性は、そう名乗った。「ガニックさんから君達の話は聞いてるし、リスペクトしている。害意はまったくないんだ」
「そしてわたしがエナです。三人ともギラの町出身なんです」
「ギラの町……そういえばガニックのやつ、そこ出身って言っていたっけ」とスイ。「そうだ、ガニックからどれだけ訊いてる? えっと、リンボ」
「兄からは、昔は『金銭出盗』、あなたの話をよく聞いていました。コンビを組んでいたことがあったんですよね?」
「ああ、まあ、昔の話だね」
「ですね、今はぬすっと少女隊なんですからねえ。ひひ。コンビ解消後のあなたのこと、気にかけている様子でしたよ。で、トリオを組んだって情報を仕入れたときはちょっと安心してました」
「何それ。ガニック、そんなに私のこといちいち気にしてたの? 怖い」
「ひっひっひ。まあでも、決して『金銭出盗』以外の呼び方をしなかった、わたくしに名前を漏らさなかったところは真面目ですよね。名前、なんて言うんですか」
「……スイ」
「スイ義姉さん」
「本当にやめて。殺すよ」
スイが心から嫌がっているのを見て、厭らしい笑みを浮かべるリンボ。その性格の悪さに、なるほどガニックの妹だ、とスイは嫌な気持ちになった。軽率に、不愉快なことを言って面白がる。そんなものが遺伝するなんて最悪だ、と思う。
「リンボちゃん、駄目だよそういう風に揶揄うの」とエナが窘めて、スイに頭を下げる。「ごめんなさい。リンボちゃん、頭はいいんですけど、他は何もかも悪い子なんです。……わたし達、わたしとアリアはリンボちゃんから色々と聞きました。女性三人組で活動している盗賊がいるんだって。それまで男の子しか旅をしちゃいけないと教えられていたので、女の子でもそんな風に生きられるんだ、って感動しました。だから、憧れなんです」
「盗賊の身内がいるから麻痺してるのかもしれないけどさ」サンナーラが肩を竦める。「駄目だよ、盗賊に憧れたりしたら。戻れないもん」
「はい。罪を犯すことの依存性については、『幸せなサイド夫人』でも語られていました。だからわたし達は、誰にも迷惑をかけないよう、昔の人が隠した宝物だけを持っていく、トレジャーハンターになることにしました。仕事にも誰にも縛られず自由に、宝探しの旅、トレジャーハンティングをしています」
まだ始めたばかりですけど、とはにかみながらも、エナはどこか誇らしげだった。
「宝探し……トレジャーハンティング、ねえ」シュミレは腕を組む。「宝なんてそうそうねえだろ」
「それがあるんですって。ガニックさんからいっぱいそういった話を聞いてるって、リンボちゃんが言ってて。昨日、実際に三人で話通りの洞窟があるって確認したばかりなんですよ」
「洞窟?」スイが反応する。「どんな話のどんな洞窟なのか教えてくれる?」
「最奥に、宝物があるんですって」リンボが答える。「色々な逸話があるのに、長らく行方知れずのままだったとある宝物。『とある宝物』、以上の情報はありませんが……それが、この城下町から出てしばらく歩いた先の森、さらにその奥に空いている洞穴に封印されている」
「本当に、そこに洞穴はあったんだ」アリアが継ぐ。「でも、でっかい石板が邪魔で、全然通れなかったんだよな。破壊とかできればいいんだが、俺にもそこまでの力はないからな」
「……あれ、これって。えっと、ちょっとこっちで話し合いたいことできたから待ってて」
スイはそう言って、サンナーラとシュミレを抱き寄せ、小声で切り出す。
ねえ。協力、してみない?
協力? あ、もしかして宝物目当てなわけ?
うん。石板をライルハントさんの杖の力でどうにかしてあげるんだよ。そしたら、この子達は私達を尊敬しているようだし、多めに山分けしてくれるかも。
でもよ、だったらあたしらで抜け駆けすればいいんじゃねえの? どうにかできるだろ。
それならたしかに分けるどころか全部もらえるかもしれない。けれど、その場合、この子達のなかで私達の顔と盗賊としての面を認識されているのがネックになる。もしも抜け駆けされたってバレて嫌われたら? 後ろ暗いところのないこの子達にとって、私達について触れ回ることになんのリスクもない。
ああ、なるほどなあ。じゃあ悪印象は避けるべきってわけだ。
「ねえ、エナ」話し合いを終えたスイは、改めてミセスハッピーサイドのほうを向く。不思議そうにこちらを眺めている、三人の女性。「私達なら、その石板を排除できると思う。だから、一緒にその洞穴に行ってもいいかな?」
「えっ! は、はい、喜んで!」
5-2へ続く
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