5-2
そういうわけで出発して辿り着き、壊すでもなく石板の文字を読み解いて排除に成功した一同――ぬすっと少女隊とライルハントとイヴ、そしてミセスハッピーサイド。合わせて八人は、真っ暗な洞穴に踏み入る。
ライルハントが杖先に火を灯して照らすと、エナ達から驚嘆の声が上がる。リンボの発案で杖の炎を松明に移して照明を増やしたとき、そういう手があったか、とスイは感心した。八人という大所帯では、たしかに光は多いほうがよかった。
「それにしても……あの石板に、あの文字があるってことは、この洞穴もユプラ教と関係しているのかな」
「ユプラ教?」とエナ。「あれはユプラ教の文字なんですか?」
「え? まあ、ユプラ神の教えの本……この本に使われているから。少なくともこの文字を使う人々がユプラ教に深く関わっていたのは事実だと思う」
「でも、わたし、わかりませんでした。ギラの町はユプラ信仰の町なのですが、そのような文字はなかったと思います」
「そうなの? じゃあ、時代によるのかな」
古書の変色具合からして相当昔の文字なのだろう。考古学者でなければ読めない程度には昔のもの。他で見るときがどれも壁に掘られたものという点も、掘られなかったものは残らなかったというだけの話なのかもしれない。スイはイヴを見つめて、そう考えるとこの子がよりいっそう謎めいて見える、と思った。
「みんな、分かれ道だぞ」
杖を掲げて先導する位置にしたライルハントが、振り向いて言った。二手に分かれている道の、どちらが宝物にありつけるルートなのかは突き進んでみないとわからない。ここは、どうするべきだろうか?
「ひひ、困りましたね。まるで二手に分かれろとでも言いたげです。しかしここで、正直に分かれて進んだとして……一発で宝物のありかに辿り着いたら、もう片方を進んだチームが外れと気がつくまでの間、待っていないといけない。それに、宝のない道に罠もないとは、性格の悪いわたくしには、思えない。その罠がもしも、八人だったらどうにかなるものの、それ以下の人数ではどうにもならない代物だったら? 人手は多いほうが問題発生時に解決できる可能性も増えるというものです。ここは、みんなで行きましょう」
とリンボは言い、
「でもリンボちゃん。もしもどちらにも宝があったら? そしたらやっぱり二手に分かれたほうがさっさと手に入れられるし、効率で言うなら二手に分かれるべきなんじゃないかな。というか、分かれ道があるなら普通はどっちもそれぞれの部屋に続いているでしょ。部屋があるなら何か置いているでしょ。部屋もなく途絶えるなんて、趣味で掘っていたら飽きちゃったみたいなこと、普通はありえなくない? ここまで相当深い洞穴だったんだから思いつきじゃなくて理由があって掘ったものなんでしょ。罠にしたって、どっちの道の入り口にも大した違いがないんじゃあ、当時ここを使っていた人が左右を間違えたとき大変でしょ? ないよ、罠なんて」
とエナは言った。
アリアはふたりの弁をうんうんと頷きながら聞いて、
「俺にはわからない! ここはふたりに任せるとするよ!」
と、爽やかに言い放った。
スイはなんとなく、ミセスハッピーサイドのバランスが理解できる気がした――トリオとしての役割分担、というか。
「ぬすっと少女隊の皆様は、どうお考えで?」とリンボはこちらに水を向けてきた。「シュミレさんはどう思いますか」
「あたしらの参謀担当はスイだよ」
「参謀担当って。さておき、じゃあ私の意見を言うけれど……エナの意見もリンボの意見も理解できる。この洞穴をどういう場所だと思うかが違うだけだから。リンボは宝を守る入れ物だと思っていて、エナは宝を守る場所だと思っている。どちらの想像が正しいかなんてわからない。だからせめて、リスクの少ない、利のなるべく多いほうを採ったほうがいい。……私は、二手に分かれるべきだと思う」
「どうしてそのほうが、リスクが少なくて、利が多いんですか?」
「だって、単純な話。もしも、どちらかが命にかかわる罠のルートだったら。それこそ、避けようもない、逃れられない死の罠だったら。みんなでそのルートに突っ込んじゃったら、みんな死んじゃうでしょ? でも片方のルートに行ったほうが死ぬだけだったら、もう片方のルートのグループは宝を得ることができる。全員死ぬよりは、何かを得られる結末だよ」
「……なるほどなるほど。流石ですね。ひひ」リンボはそう言って笑った。「知り合いの詩を損得で考えることができるなんて――スイさんの考え方、わたくし、大好きです」
「そりゃどうも」どうもというか、どうでもいいというか。
「じゃあ、リンボちゃんも納得したみたいだし、二手に分かれる方向で!」
「まあそれでもなるべく戦力が偏らないほうがいいよね。次はグループ分けについて議論しよう」
喧々囂々の末、スイ・シュミレ・サンナーラ・アリアのチームと、ライルハント・エナ・リンボ・イヴのチームになった。イヴはライルハントの肩の上で静かにしているため後者は実質的に三人組のようなものだが、不思議な杖というアドバンテージはそれを補って余りあるものだろうと判断された。新しく火を点けなおした松明をスイが持ち、杖はライルハントがそのまま持ち続ける。互いに小さな声でひとことふたことを交わしてから、スイはスイ組として出立した。ライルハント組も後れを取らず狭い道に進む。
「あの、ライルハントさん」エナは言う。「よろしくお願いします」
「よろしく」
「洞穴にくる前に、ライルハントさんはぬすっと少女隊のメンバーではなく、目的のためについてきているだけと紹介されていましたけれど、目的ってなんですか?」
「僕はイヴを守るためにいる。イヴはアダムという者に会いたいらしいから、その道中を助けているんだ」
「イヴはアダムに会うために生まれてきたから」イヴは言う。「アダムはどこかのお城にいるの」
「へえ……ライルハントさんはイヴさんとどういう関係ですか?」
「僕がいつも暮らしている島で、僕を育ててくれた爺さんから守るように言われていたものからイヴが出てきたんだ。だから僕はイヴを守るんだ」
「島に住んでいるなんて素敵ですね。面白そう。生まれたときから島なんですか?」
「いや。ラベル村というところで生まれて、爺さんに預けられたそうだ。シュミレいわく、その村は滅んでいるそうだ」
「ラベル村? 聞いたことあります……リンボちゃんもあるよね?」
「わたくしもありますよ。ひひ。なんせラベル村は、ギラの町と同じく、ユプラ信仰の根づいた村ですからね。……元々は大きな町でユプラ神を崇めて暮らしていた人々が、数百年の間に分散したと言われています。ラベル村もギラの町も、散った先でできた集落が元だとか」
「そうなのか。じゃあ、他にもそのような町村があるのか」
「ですねえ。減少の一途をたどっていますが。ひひ」
「でもギラの町は安心なんだよね。安心安全セキュリティがあるから」
「へえ。僕の島にもミサンガという熊がいるから、安心安全だぞ」
「ええ、すごいですね! でもギラの町もすごいんですよ! そうだ、ライルハントさん、イヴさんとアダムさんが会えたら、ギラの町にきませんか? 歓迎しますよ!」
「いや、いい」ライルハントはきっぱりと言った。「というか、僕には決められない。イヴがどうしたいか、に最後まで従う」
「ええー……そんな」
「ライルハントさん、そう冷たくしないであげてくださいよ」リンボはほくそ笑む。「エナ、純粋そうでいて異性に興味津々ですから、久しぶりに男の人と話せて嬉しくて、もっと仲よくなりたいって思ってるんですよ。ひひひ」
「ちょっと、リンボちゃん! やめてよー!」
「たとえば、旅に出る前なんて……ひっひっひ」
「リンボちゃん!」
エナが口を抑えようとするが、リンボはひょいひょいと飄々と躱すばかりだった。そんなふたりを見ながら、やはり大陸には色々な人間がいるんだなあ、爺さんの言う通りだ、とライルハントは思った。
「ねえ、アリア」スイ組が道を行く途中、サンナーラが声をかけた。「アリア達が着ている服ってどこで買っているものなの?」
「どこって、ギラの町だよ? どうして?」
「いや、あんまり見ないというか、はっきり言ってうちの好みな感じがするんだよね。エナの着てるアウターとか、デザインのセンスが好き」
「そういえば、キングコーラス城下町で初めて町の外のファッションを見たけれど、傾向は随分ギラの町とは違ったなあ。民族衣装というやつなのかな、こういうの」
「そうかもね。でもギラの町に持ち込んだりしないでね。うち、あなた達の格好のほうがずっと好きだから。ギラの町に服を買いに行きたいくらい」
「それは地元愛に溢れる俺からすると嬉しいね。俺もサンナーラのドレス、すごく可愛らしいと思う。俺には似合わないだろうけれど」
「ありがとう。でもそんなことないし、そんなことどうでもいいんだよ。着たい服を着ればいいの。似合うかどうかなんて些細なこと。流行っているかどうかのほうがもっとしょうもないけれど。アリアはアリアの好きな格好をすればいいんだよ」
「……優しい人だ、君は」
「あはは、嬉しいこと言うねえ」サンナーラは微笑む。「それにしても、筋肉、すごいね。どうしてこんなに鍛えたの?」
「そうだね、色々とあるんだけど……一番は、リンボのためかな」アリアは自分の拳を見つめながら言う。「リンボと初めて会ったとき、身内に盗賊がいるからって嫌がらせをされてたんだよ。そんなの可哀想だから、俺が守らないといけないって思って。筋肉や度胸を鍛えていたら、こうなっていたんだ。おかげでギラの町じゃ俺より強い人は男でもそうそういない」
「へえ、すごい。立派だね、そういう女の子憧れるなあ」
「ありがとう。甲斐あってリンボをいじめるやつはいなくなったからよかったけれど、そのせいでリンボがどんどん嫌なやつになったきらいもあるから、どうしようかと頭を抱えているよ」
「ああ、それわかるかも」とスイが言う。「守ってみたらちょっとやんちゃになっちゃう、ってこともあるよね」
「なんであたしを見ながら言うんだ? スイ」とシュミレは顔をしかめた。
「……そういえば」アリアもシュミレを見る。「君はシュミレさんだったかな」
「うん? ああ、そうだけど?」
「昔、君を見たことがあるんだ。たしか、もう十年以上前の話だったと思うのだけれど」
「そうなのか? 別人だと思うけど。十年以上前って、だいぶガキだろあたし。どこで見たんだ?」
「……たしか、スロード王国で見たんだ。亡くなった俺の両親は旅が好きな人で、昔はよく色々な国に行っていたからね。スロード王国で……現在の君のような顔立ちをしていた。記憶がおぼろげで、どういったシチュエーションだったかは思い出せない」
「じゃあ、あたしの姉だな」シュミレは言った。「十歳以上離れた、シミュレって姉がいたんだ」
「そしたらシュミレさんはスロード王国の出身なのかい?」
「ああ。王女だったよ」
「へえ、そうだったんだね。……王女? ……なんだって!」
アリアはクールな瞳と声に似合わない、大仰な身振りで驚いた。スイとサンナーラは、ああそれ言うんだ、と思うだけだった。
「スロード王国も亡国だからな、元王女だよ。政治がよくなかったみたいで、反乱を起こされて、狙ってたのか知らないけど、そのグダグダなタイミングで他国から侵攻された。根絶やしにされた。お前が会った姉もすぐ殺された。城ごと燃やされたし、咄嗟に秘密の地下室にしまい込まれた、あたしだけが残された」
「そ、そんな……それで、生活に困って、盗賊に?」
「まあ、大方そんなところだよ。あたしは芸術的な才能もなければまだガキだからな、稼ぐ手段なんて全然なかった。おてんば姫って感じで自由に運動しまくったり、王族権限で兵士長に稽古つけさせたりしたから、筋肉があったのが救いだな。やってるうちに色々あって、スイと出会って、サンナーラとも出会って、ぬすっと少女隊に落ち着いた」
「……それは、とても、とても、辛い、でしょう」
自分の人生からは到底想像できないような壮絶な経緯に、アリアは衝撃を隠せなかった。混乱さえしていて、どうにか、労いの言葉を絞り出すのが精いっぱいだった。しかしシュミレはそんなアリアの戸惑いを意に介さないかのように、
「別に? まあ似たようなやつがいたら親近感が沸くぐらいで、昔のことは基本的にどうでもいいんだ。今はスイとサンナーラがいてくれるからな、あたしはこいつらと一緒になんかやれてるだけで楽しいよ」
と言って、愛らしく笑った。
事実、シュミレはぬすっと少女隊でも唯一、強い欲のない盗賊と言える。スイは金目当て、サンナーラは宝石やお洒落の資金目当てであるのに対して、シュミレはひとまず、三人で生き延びることさえできるのならばそれでよかった。ある意味では、過去に王族であったことが豊かさへの羨望を生じさせない方向に影響を及ぼしているのかもしれなかった。そしてスイもサンナーラも、そんなシュミレだからこそ共にいられるのだと認識していた――三人ともが違うものを求めていたのならば、やがて各々が単独ゆえの自由を強く求めるようになり、きっと解散は避けられないだろうから。
「あ、見て」とスイは言う。「これって、……外れ?」
スイ組が行き着いたのは、なんの文字も彫られていない、ただの岩壁だった。宝どころか鉱石もありそうにない。罠もまたなかったが、外れと判断するには十分な材料がそろっていた。
5-3へ続く
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