4-3



 宿に戻ったサンナーラはスイにお金の余りを渡して――ほとんど残っていなかったため渋い顔をされてしまった――明日の朝は自分だけ早く起きるということを伝えた。

「何かあるの? そんな朝っぱらから」

「ちょっと野暮用。そうだ、これからここで色々と道具を作っててもいい?」

「いいけど……ここで盗みはしないんでしょ? まさか決闘でも申し込まれたわけ?」

「まあ、そんなところかなあ」

「……殺されたりしないでね、サンナーラがいないと作戦の幅も狭まるから」

「あはは、大丈夫大丈夫。うちを誰だと思ってるの」

 そうして翌朝、サンナーラは空が白み始めた頃に目覚めて、汚れてもいい服にするべきか迷ったが、気合いを入れるために趣味に合った服へ着替えた。増やした道具をカバンに詰めて質屋に向かった――正確を期すならば、盗品質屋の入り口に向かった。

「サンナーラさん」

 と。

 背後から声をかけられた。振り向くまでもなく、マオだった。

「きたの? 危ないかもよ」

「わたしの問題ですし、それに酒場が開くまでどこかで過ごしていて幼馴染と会ってしまうと気まずいので。受け取るのは早いほうがいいと思ったんです」

「そう。ひとまず、離れたところから見ていてね」

 マオは素直に、サンナーラの腕が三倍あっても届かないくらいの距離まで離れた。

「さて……あいつかな」

 まだ開店時間より前だったが、不審な男がひとり、店の前に立っていた。カバンひとつなら入りそうな袋を持っている、痩せぎすの男。手足が長い。聞いていた特徴の通りだ。

 サンナーラはカバンからナイフを取り出して、男に向かって投げた。すんでのところで気づかれて、避けられてしまった。脚を狙っていたので、別に一発で仕留めるつもりはなかった。矢継ぎ早に、長い布で縛りに襲い掛かった。これも避けられたが、壁に突き刺さったナイフを回収することには成功した。

「な、なんだよてめえ。急に」とひったくり犯は言った。

「昨日盗んだカバンを返しなさい」

「お前のカバンじゃなかっただろ。別の、なんだか弱そうな女だったはずだ」

「その子と友達になったんだよ! いいから返せ!」

 ナイフを右手で持ち切りかかるサンナーラに、ひったくり犯もナイフを取り出して対抗する。金属がぶつかり合う音。しかしそれは目くらましで、サンナーラの本命はカバンに突っ込んだ左手だった。

「うわ」

 サンナーラが左手から投げ落とした煙玉は、白い煙を出してひったくり犯の視界を奪った。その間にサンナーラは背後に回って両腕を拘束し、首元にナイフを突きつける。

「死にたくなかったらカバンを渡しな」

「……お前、わかったぞ。煙玉使う女なんてそういねえ」ひったくり犯は咳込みながらにやついた。「その身のこなしもプロのそれだよな。お前、盗賊だろ」

「はあ?」

「そのけったいなファッションも。お前は『アンチB.D』だな! 盗賊仲間から聞いたことがあるぜ」

「……だからなんだって言うの?」

「だからなんだ? おいおい、棚に上げるなよ。お前も俺と同じ穴の狢じゃねえか! 他人のものを奪って自由に使って幸せになる盗賊だろ! 自分もやってることなのに、なんで邪魔してくるんだよ! ダブルスタンダードってやつか、ええ?」

「盗賊ってのは、ほしいもののためになんでもやるものでしょ。うちはそのカバンの持ち主の笑顔がほしいの。何かおかしいわけ」

「おかしいね! 何が笑顔だよ、俺達はそんないいことを言っていい人間じゃあないだろうが! 思いあがるなよ! ていうかよ、盗賊同士ってのはお互いの仕事を尊重するもんだぜ! 助け合いで情報網を得てみんなで幸せになる仕組みがあるだろ! だからこそ俺はお前のことをわかるんだろ! 乱すなよそういうのを、個人の感情で! 俺の邪魔をするな!」

「知るか馬鹿。うちを男と一緒にするな」

 サンナーラはナイフを手から離す。落ちていくナイフにひったくり犯が目を奪われている、その隙にその両手からカバンをもぎ取った。

「あーっ! てめえ! この泥棒!」

「うるさい!」

 サンナーラはひったくり犯の鳩尾に蹴りを喰らわせ、蹲っているところに睡眠薬を飲ませた。薬草を混ぜてすりつぶして作った、サンナーラ謹製のものである。道端で倒れさせるのはともすれば事件性を見出されてしまうため避けたかったが、もうそれはしょうがない、と割り切っての判断だ。

 あっという間に昏睡状態になったのを見届けてから、マオに声をかける。

「終わったよ、マオ。……あれ?」

 何も言わないマオを不思議に思いながら、サンナーラは一歩、マオに向かって進む。

 その瞬間、マオの身体が驚いたように跳ねる。目がおろおろと泳いでいる。

「……マオ?」

「サ……サンナーラ、さん」マオは怯えた声で言う。「盗賊……なんです、か?」

「……聞こえたか、やっぱり」サンナーラは深いため息をついた。「そうだよ。みんなには秘密ね」

「ひ、秘密にします。します。だから、……あの、早く返してください」

「はい」

 サンナーラがマオにカバンを渡すと、マオは焦ったような、奪い返すような手つきで両腕に抱える。おずおずと荷物を確認して、安堵の息を吐く。

「あの……えっと、……ありがとう、ございました。ご迷惑をおかけしました」

「ご迷惑だなんて。もう、うちら、友達でしょう?」

 マオは頷かなかった。

 冷や汗をかきながら、身を守るように縮こまりながら、後退りをしていた。

 あからさまなまでに、サンナーラを警戒していた。

 怖がるような、疎むような、そんな瞳をしていた。

「……マオ」

「は、はい」

「さよなら。強くなってね。ごめんね」



 サンナーラが部屋に戻ってきたとき、スイは目を覚ますために水分補給をしているところだった。サンナーラの姿を認めて、おかえり、とスイは言った。

「ただいま、スイ」

「終わったの?」

「うん。終わったよ。ねえ、急いでる?」

「いや、別に。シュミレ達が起きてきたら準備しようと思ってる」

「そっか」

 サンナーラはそう言うと、もたれかかるように、スイに抱き着いた。スイはすごくびっくりしたが、体重のかけ方に疲弊のようなものを感じたので、受け入れることにした。

 背中に手を回して、抱き返す。

 外の風を浴びてきたサンナーラと、先ほどまでベッドにいたスイの体温は、まるで違った。

「サンナーラ。どうしたの?」

「どうしようもなかったの」

「そっか。そんなこともあるよ、いっぱい」

 だから私達は一緒にいるんでしょう。スイはそう言おうとして、やめた。なんだか綺麗すぎて自分の口に合わないと感じたのに加えて、そもそも、言うまでもないことだから。



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