2-3



「――って、三人でお風呂に入っていたらイヴが言ってたんだけどさ」

「三人でお風呂に入っていたの!?」サンナーラはとても驚きながら、シュミレとライルハントを交互に見た。「え、大丈夫? シュミレ、何もされなかった? 本当に大丈夫?」

「何もされなかったけど? 問題なかったよ」

「それはさておき……さておきにくいけれど、さておき」スイがふたりの間に割り込んで言う。「私達は、西南の廃城に宝物があるらしいって話を聞いてきたよ」

「また宝の噂か。でもそうか、城か……イヴ、どうだ? アダムのいる城って滅びてるか?」

「わからない」とイヴが言った。「アダムがどこかのお城にいることしかわからない」

「ふぅん。まあいいか、とりあえず宝がありそうなら行くしかないよな、あたし達」

「そうだね」

 それから五人は明日の予定の話をした。予定や計画を建てて共有し、それから各々のベッドに横たわった。スイは浴場で身体を洗って温まりながら、共有した計画について反芻し、フロントで温かいものを飲んで眠った。ぐっすりと眠れた。



 翌朝。港町に、近くの山から降りてきたひとりの商人が、がらがらと台車を引いて歩いていた。台車には木箱が載せられていて、そこに食用のキノコがたくさん入っていた。目指すべくは町の中央のレストラン。商人はそこの料理長と契約し、定期的にキノコを卸すことで日銭を稼いでいた。今日は少し早めにきすぎてしまったが、余裕があるに越したことはないだろう。そんなことを考えながら住宅街を進んでいると、向かい側から、長く白いワンピースを着た女性が歩いてきた。女性は娘か年の離れた妹のような対格差の少女と手を繋いでいた。

「こんにちは。美味しそうなキノコですね」

 とにこやかに声をかけられて、商人は、自分が行商人だと思われているのだと察した。急いでいるわけではないが、徒に期待を持たせるのも悪い。すでに取引先が決まっている、と伝えようと口を開いたが、発声する前に、

「この子もキノコがすごく好きなんですよ。ね?」

 と二の句を継がれてしまった。少女は商人と目が合うと、引っ込み思案なのか、さっと女性の後ろに隠れてしまった。長いドレスの後ろで、覗き込んでも足くらいしか見えないし、初対面の婦人の足元を覗き込むほど、商人は不埒な男ではなかった。

「あらら、照れちゃった。この子は毎日キノコを食べるくらいキノコフリークで。だけどそうだなあ、うちが毎日食べさせているキノコよりも、商人さんの売っているキノコのほうがいいものなのは見ているだけでわかります。すっごく美味しそう」

「ああ、ありがとうございます。自分の山で管理しているキノコなので、褒めてもらえて、自分のことのように嬉しいです」

 心から、照れ臭くも幸せな気持ちで、商人は言った。そしてすぐに、いやいや褒められてもあげられるわけじゃないんだ、と思い直した。

「ですが、ごめんなさい。このキノコは――」

 言いかけたとき、突然、視界がとても悪くなった。真っ白な、靄のような――煙のようなものが周囲を包んでいた。目の前にいた女性も、驚いて悲鳴を上げているようだった。

 どこかから誰かに何かをされたのか、それとも事故か、と混乱している商人を、さらに混乱させることが起こった。突然、横から強い衝撃が襲ってきたのだ。突き飛ばされたのか蹴り飛ばされたのか判別できないまま、体勢を大きく崩し、転んでしまった。がらがらがらと何かを引きずる音がした気がした。

 煙が晴れると、

「だ、大丈夫ですか! どうしたんですか!」

 と、商人の顔を覗き込む女性がいた。

「あ、ああ、大丈夫です」

「お怪我ありませんか」

「少し擦りむいたかな、それにしても……」

「頭、打っていませんか。名前は言えますか?」

「ジュン・ボンです。大丈夫ですよ、それより、あの、起こしていただけますか」

「あ、はい。……ううー、重いですね」

 女性はどうやら非力すぎるようで、商人は、これは自分で起き上がったほうが早いと判断した。どうにか自力で立ち上がった商人は、しかしすぐに地べたに手をつく羽目になった――あまりのことに膝から崩れ落ちてしまった。

 キノコを載せた台車が、どこにもなかったからだ。



 シュミレはキノコの台車を押しながら、全速力で駆け抜けた。シュミレが商人から台車を奪うところを目撃した正義の住民から追いかけられているが、その距離はみるみるうちに離れていった。ぬすっと少女隊では一番の俊足で、一般的な大人の男性よりも運動神経のいいシュミレに追いつける者はそうそういなかった。目印にしていた旗を見て、シュミレは台車と共に路地裏へ入った。

 そこにはスイとライルハントが、杖にまたがって待機していた。スイと手を繋ぎ、念のためライルハントに台車を持ってもらった。そして、誰が追いつくより先に、追いつけないような高度まで、浮上した。

「ああ、なんてこと!」

 空を飛ぶ様を見たワンピースの女性は、三人を指さして叫んだ。周囲の町民の視線が空に注がれる。商人が、どろぼう、と叫ぶ。目撃者はみな、商人は空を飛んでいる謎の集団に品物を奪われたのだ、と理解する。顔は見えないが、また空を飛ぶ者がいたらとっちめてやろう、と考える。

 そのように町民達の注目を集めたのち、三人は海の向こうへ飛行した。

「え、何?」女性は手を繋いでいる少女に顔を寄せた。「あ、そっか。おしっこ行きたいか。じゃあ行こうか」

 徐々に集まってきていた野次馬の合間を縫って、女性はすぐ傍の服屋に入り、少女と共に試着室に入った。

 客の少ないこともあって、遠くのカウンターに店員がいるのみの店内。そのさらに人目のない場所に辿り着いた女性――サンナーラは、そこでようやく、一息ついた。

「イヴ、ちゃんとやってくれてありがとう。スイの作戦通りに進んでよかった」

 少女――イヴの頭を撫でてから、サンナーラはぐっと伸びをして、頭のスイッチを切り替えた。あとは夕方になるまで、適当に散策していればいい。ある程度のお金は渡されているから、買い物ならばできる。泥棒は、しないほうがいいだろう。今回のサンナーラはイヴのお守りとちょっとした買い出しも任されているから、下手なことをして捕まると都合が悪いのだ。

 


 作戦のあらましはこうだった。まず、盗むものは食糧。朝になるとキノコの台車を押した商人が町に入ってくることは前回訪れた際に知っているから、そのキノコを狙う。イヴとライルハントを有効活用する。

 サンナーラとイヴが母娘か何かを装って近づく(肌や髪や目の色で違うことはわかるだろうが、誰もわざわざ深入りなんてしないし、盗賊の一味とは思うはずがない)。サンナーラの長いスカートでイヴの手元を隠す。サンナーラが雑談をしている間、イヴはサンナーラの作った煙玉に着火する。

 煙が噴き出して視界を塞いだら、その隙にシュミレが襲撃と強奪を行う。シュミレが全速力で逃げるので、サンナーラは無駄なやり取りをするなどで状況把握の邪魔をする。シュミレが路地裏で待機するスイ&ライルハントと合流したら、杖を使って海上に飛ぶ。しばらくしたらUターンをして町の近くの陸地に降り立つ。夕陽を合図に、町のすぐ傍まで移動するため、サンナーラとイヴもそれまでに町を出る。そして町の外の草原で合流する。

 自分の役割をほぼ終えたサンナーラとイヴは町を散策する。まず試着室を出て、何かいい服はないかと調べたが、サンナーラのセンスに適うものはなかった。昨今は世界的に「引き算のデザイン」とでも言うべきシンプルな意匠が庶民の間で流行っているのだが、装飾過多を好むサンナーラとしては、甚だ残念な現状でしかなかった。イヴの下着や靴下を買って穿かせ、子供用のリュックサックを渡した。それから思い直して、可愛い子供服も買ってあげた。サンナーラ目線での可愛いデザインだが、色彩のセンスは悪くないため、イヴの肌や髪によく映える格好になった。

 ついでに、髪型も括りなおしてみた。イヴはアダム以外のことでは感情の起伏に乏しく、着せ替え人形のようにされるがままだったが、サンナーラはとても満足げだった。

「あーあ。なんでキラキラした服って子供服ばかりなんだろ。王族とかだったらその限りじゃないんだけれど、王族が着るようなランクの服を勝手に買ったりしたら流石にスイから叱られるからなあ。いいなあ、イヴ」

 などとぼやくサンナーラを、イヴは不思議そうに見つめていた。

 ぐるっとひと回りしたら宿に戻ろう、そしてこんな地味なワンピースは脱ごう、と思いながら惰性で歩いていたとき、サンナーラはふと、平和ではない光景を目に停めた。それは全焼したと見られる何かの建物だった。建物の傍に泣いている女の人がいたので、暇つぶしに事情を聞いてみることにした。

「夫が強盗に殺されて、夫の運営していた質屋も燃やされてしまったんです」

 と、女の人は切り出した。その質屋には地上階だけでなく地下にもカウンターがあり、地下カウンターの向こうにある品物置き場のものがすべて持ち去られているのだという。代わりのように、店主の男性の遺体が置いてあったそうだ。地上階の質屋の品物はそのまま、質屋の受付スタッフもろとも黒焦げにされたのだとか。

 サンナーラはそのような悲惨な話を聞いて慰めながら、この質屋が昨日スイの利用した盗品質屋を隠している店だったのだと察した。そこにそのような質屋があると知っているのは盗賊くらいのものだから、つまり手練れの盗賊の仕業である。なるほど、ほうぼうの盗賊が持ち寄った品物が集まっているところを襲えば、大量の値打ち品を持ち帰ることができるわけだ――頭がいいな、とサンナーラは思った。しかし、それは自己中心的な行いでもある。他の盗賊にバレれば、折角の換金場所を壊滅させた迷惑な者として嫌われてしまうことだろう……そこまで考えて、思い至る。

 すでに嫌われている盗賊ならば、そんなことは気にしない。

 加えて、地上階への不必要な放火。

 消えない爪痕を残す盗賊――『害悪盗』。

 関わり合いになりたくないな、とサンナーラは思った。

 それから買い出しの残りを済ませて、イヴとレストランに入った。残念ながら、名物のキノコスープは今日はやっていないようだった。港町なのに珍しいから、味わってみたかったのだけれど。

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