Ⅲ シンガロング城、魔法、害悪盗

3-1



「はい、頼まれていた寝袋とリュック。あとイヴの着替えとリュックも買っておいたから」

「ありがとう、サンナーラ。イヴも、手伝ってくれてありがとう」

 スイはサンナーラから寝袋とリュックを受け取り、イヴを抱きしめた。それから、寝袋をリュックに入れて、ライルハントに渡した。ライルハントは押していた台車をシュミレと交代し、リュックを背負った。

「ライルハントさん。そのリュックに入ってる寝袋は、イヴのためのものだから」

「そうか。じゃあ、寝る前にイヴに渡せばいいんだな」

「そう。あなたは自然のなかでそのまま寝るくらいできるでしょう」

「ああ。むしろ、昨日のベッドとやら、寝づらかったぞ」

「こいつ、布団を蹴飛ばして寝てたんだよ。イヴがあたしと寝ててよかったぜ」

 五人は草原を抜け、森を抜け、川に架かる橋を渡った。橋の傍に石柱が建っており、見やすい位置に『ここから先 シンガロング城』と彫ってあった。シンガロング城とは、これから向かう、つまりは宝が眠る廃城の名前だった。

 シンガロング領が栄えていた頃は多くの港町や村を抱えていた。ついさっきまで滞在していた港町やライルハントの生まれたラベル村もそのひとつであり、あの孤島も領土としてはシンガロング王家のものだったという。しかしその昔、一晩にして王族や従者らの命が奪われてからは、誰のものでもなくなってしまった。滅びた王国は、乗っ取られもしなかった。とにかく滅ぼすことが目的であり、他のことはどうだってよかったと言わんばかりに。

 それから十年以上の時間が経過しているため、通常であればとうに残った宝物など持ち去られているものなのだが――。

「宝を守る、人ならざる者、かあ。スイ、どんなのだと思う?」

 すっかり空が暗くなった頃、サンナーラはキノコを検分しながら言った。

「さあ。未知の生き物って話だから、私にはわからないけれど。でも、人ならざる者っていうのはただの感想であって、実際は恐ろしい恰好をした人間かもしれないね」

「ああ、化け物を装って人を遠ざけるっていう作戦でやってるということね。もしもそうだったらどうにかなりそう」

「アダムはいるかなあ」

「アダムって、イヴの捜してる子? というか、うちらが気にすることじゃなくない、それ。あいつを同行させるにあたって、あいつの目的に沿って動くようなことはしないって前提だったでしょ」

「そうなんだけど、そうは言っても、早々にアダムを見つけたほうが早く三人組に戻れるわけでしょ? ライルハントさん、目標を達成するまでずっと一緒なんだよ?」

「あ、たしかに。うわあ。じゃあ、とっとと見つけなきゃ」

「サンナーラとしては愉快じゃないかもしれないけれど、そういうことなんだよ。……さて、キノコ、大丈夫そうだね」

「うん。盗んだもので食あたり、なんてたまったものじゃないから」

 レストランに定期的に卸されているものなのだから、品質の保証はある程度あるのだが、そうした慎重さもまた盗賊として生き延びるために必要なものだった。岩に腰かけて談笑している三人に声をかけて、夕食を始める。

 普段はどこかから木の枝などを搔き集めて、火薬を消費して焚火を作っていたのだが、今回は違った。ライルハントの持つ杖の力でその場に木を生やして枝をへし折り、集めた枝にまた杖で火を点ければよかった。さらに杖で小さく細長い石棒を生み出し、ナイフでスライスしたキノコを貫いて、火に掲げればすぐに焼きキノコを味わうことができた。

 本当に便利な杖だ、と三人は思った。ライルハントが抜けるときに貰えないかなあ、とも。

「それにしても、この杖で木を生やすのは久しぶりだ」ライルハントはキノコを焼きながら言った。「爺さんには禁止されていたからな」

「禁止? どうして」とスイ。

「何も考えずに色んな所や色んなものから好き勝手な植物を生やしていたら叱られたんだ」

「ああ、そりゃあ怒られるでしょ」

 五人は盗んだキノコを食べながら、他にも色んな話をした。サンナーラが質屋の件を伝えると、スイはとても驚いていた。『害悪盗』の正体や目的について色々と憶測を交わした。証拠が少ないため生産性こそないが、食事の話題にはちょうどいい興味深さだった。

 腹を満たしたところで、また歩き始める。宝の噂を自分達だけが知っている、というのはまったくありえない話だから、眠りこけている間に他の盗賊が到達していたら間抜けもいいとこだ――という考えのもとに。眠気を訴えたイヴはライルハントの背中で寝かせておく。星空の下に、大きな建物らしきシルエットが見える。城郭のような部分がある。

 そのほうへ歩みを進めていると、不意に、

「あの。ごめんなさい」

 と、五人のうち誰のものでもない声を聞く。見ると、そこには、真っ黒な服を着た、髪の長い、中性的な顔立ちの子供が立っていた。どこか達観した雰囲気があり、ただの矮躯の大人である可能性も否定できなかった。

「あの、呼び止めてごめんなさい。あなた達は、シンガロング城に向かいますか。こんなことを訊いてごめんなさい」

 その声色もまた幼く、少し高い中性的なものだった。

「そうだけど、だからなんだよ」とシュミレは軽率に答えた。

「シンガロング城には、入ることができません。ごめんなさい、こんなことを言って。でも本当なんです。何者かのせいで、引き返すしかなくなってしまうのです。ごめんなさい」

「何者かって言うなら、お前のほうが何者なんだ? あたし達はそれが知りてえけどな」

「申し遅れました、ごめんなさい。名前はルスル・スルースルーです。シンガロング城に祖母の墓があるんです。シンガロング城は城内に墓場を設けています。だから、参りたいんです。でも入れないんです。あなた達の力をお借りできませんか」



3-2へ続く

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