2-2
宿そのものはサンナーラのチョイスだった――サンナーラはスイと共に宿の外に出て、
「ああ、やっぱり可愛いなあ!」
とご満悦だった。サンナーラは煌びやかなデザインを可愛らしいと感じるタイプの女性で、身にまとう服にも煌びやかな宝石や刺繍がたくさんついていた。そのうえで、指輪やネックレスなどもひっかけている。それらが街灯りを反射してまばゆいばかりだ。さらに肩掛けのバッグも光沢のあるピンク色をしていて、闇に潜んで罪を犯す盗賊の服装とは思えない様相だ――思われる必要は、どこにもないのだが。
「それで」サンナーラはライルハントがいたときとは打って変わってにこやかな顔をして、スイのほうを向いた。「酒場っていうのは?」
「えっと、地図だとこうだね」
「ああ、わかりやすいね。じゃあ行こうか」
「大丈夫かな、あの三人を残して」
「大丈夫でしょ。シュミレは荒っぽいけど悪い子じゃないし、馬鹿でもないから」
「まあそうだね」
路地裏の裏のさらに裏、と言って言い尽くせないほど入り組んだ先の奥まったところに、その酒場はあった。地下への階段の傍に階段が建ててあり、夜にだけ光る染料で、
さかば なくしもの
と書いてあった。
降りるといたってオーソドックスなムードと酒の匂いがする空間が広がっていた。カウンターで酒と小さな肉を食べていたひとりの男が、スイとサンナーラを見て、
「あ、『金銭出盗』のスイと……なんだっけ、名前は忘れたけど、『アンチB.D』だよな?」
「えっと、『根摘み取り』のガニックさん?」スイが言った。「生きてたんだ。意外」
「は、死にはしねえよ。死ぬようなところは狙わねえから。確実に根こそぎ奪える場合しかやらないのが俺だって、忘れたか?」
「聞くたびに思うけど、それ、カッコ悪くない? 自分と言えば、みたいな風に言うことじゃあなくない?」
「盗賊なんて全員カッコ悪いクソだっつうの」
「あはは、言えてる」
スイはガニックと同じものを頼んで、その隣に座った。サンナーラは少し離れたところに座り、まったく違うものを頼んだ。
「それで、風の噂に聞いたけど、どうだった」
「何が」
「島の遺跡の宝。お前ら……ぬすっと少女隊だっけ? が行ったって聞いた」
「ああ……それがさっぱり。お金に換えられるものはなかったよ」
厳密に言えば不思議な杖については大金に換えられるポテンシャルがあったが、しかし奪うことができなさそうならばないようなものである。さらに厳密に言うならば、イヴのような少女を金に換えてしまう伝手はスイにはあるのだが、ぬすっと少女隊のなかに、幼気な少女を売り払うような手段を是とする者はいなかった。窃盗や略奪をするからといって、なんでもするというわけではないのだ。
「そうかい。まあ宝の噂なんてたいていは嘘の話か過去の話だよなあ」
「そうそう。耳に届くころには盗まれてるんだよね。噂って色んな人の耳を通ってるわけだから、自分より前に誰も確かめなかったなんてそんなわけがない。あ、そういえば」
「なんだ?」
「『鳥物鳥』のルーカス・サーカスが先に島に着いていたんだけど」
「おう、あいつか」
「熊のエサになったよ」
「え? マジかよ。うっしゃ」
「嬉しいんだ?」
「あいつから金借りてたんだけど、死んだらチャラだろ」ガニックは嬉しそうに酒に口をつけた。「盗賊に金を貸すなんて捨てると思え、って知らなかったのかねえあいつ。きちんと返すようなやつはそもそも盗賊なんかやらねえし、返す約束した期限まで自分が無事とは限らねえんだから」
「尊敬するよ私、そんなに開き直れるの」
「は、守銭奴ならぬ守銭泥棒だったお前が言うじゃねえか。全盛期に比べたらだいぶ丸くなったんじゃねえの。酒も飲みにこれねえ『P.Shambles』のお守りの影響か?」
そのとき、スイの前に酒と肉が運ばれてきた。
スイはそれを一口飲んでから、ガニックにぶっかけた。ガニックは目を白黒させていたが、給仕とサンナーラは意に介していなかった。
「なんだよ」
「別に。むかついたから。全部に」
「……あっそう。興醒めだ、つまんねえやつ。奢ってやろうと思ったのによ――俺は帰るぜ。せいぜい、『害悪盗』に気をつけて夜道を歩くことだな」
ガニックは支払いを済ませて階段を登る。スイはバーテンダーに酒のお代わりを頼み、テーブルと椅子を濡らしたことを詫びた。それから、肉の皿を持って、サンナーラの隣に座った。サンナーラは魚をつまみながらちびちびと飲んでいた。
「おかえり。よくやったね。うち、スイの気持ちわかるよ」
「それはどうも。ガニック、昔から本当に無神経なんだあいつ」
「無神経じゃない男なんて、出会ったことがないけどね」
スイは給仕が持ってきた酒を飲みながら、ガニックの言葉を思い出した。『害悪盗』。大悪党の言い間違いでないなら、それは聞いたことのある名前だった。ふらりと訪れた村や町を単身で荒らし回り奪っては、消えない爪痕を残して去っていく……という噂が少し前から盗賊の間で囁かれている。畑の作物をすべて奪ったうえで塩を撒いて去っていった、という目撃談は誰から聞いたものだったか。
馴れ合わない盗賊としても有名であるため(だからこそ悪評が回されまくっているきらいもある)、スイのいるこの酒場にはこないだろうが――少なくとも、近寄ってきてはいるのだろう。ガニックが腹癒せで嘘をついているという線は薄い。スイから見ても、ガニックは無神経さや無責任さ、盗賊であるからしょうがないという言い訳で開き直る幼稚さを持つ男ではあるが、スイは今まで、いくら喧嘩しても虚偽の情報を流された経験がなかった。
性格が悪いうえに正直。ガニックという男は、そういう人間だった。
「『害悪盗』……なんだっけ、本名」
「さあ。忘れた。たぶん、会ったことはないよ」
「そっか。まあ、私も見たことはないからなあ」
「もういいよ、別の話しない? 次にどこ行くかとか」
「私はもう少しこの町にいたいなあ。何か盗んでおきたいから」
「そっか。そしたらうちも協力するね。単独より成功率上がるでしょ」
「うん、よろしく。シュミレにも手伝ってもらうとして……ライルハントどうしようか」
「宿でじっとさせてれば? あ、杖は借りれるかな」
「まあその辺りは宿に戻ってから相談しないことにはわからないなあ」スイは話しながら肉を食べ尽くしてしまったため、追加を注文した。「この町から出たらどうしようね? どこか目標地点が欲しいけれど」
「なんか、宝の噂とか?」
「宝の噂でしたら、昨日のお客様から話していただいたものがございますが、お聞きになりますか」
バーテンダーが突然そう話しかけてきた。一応、とスイはそれに耳を傾けた。バーテンダーが語ったのは、ここから西南にある滅びた城に宝物が眠っている、という話。そして、その宝物は、人ならざる者によって守護されているそうだ。
「人ならざる者? 熊とかですか?」
「いいえ。お客様もなんだか判らなかったようですから、広く認知されている生物とは考え難いでしょう。いかがですか」
「いかが、と言われても……ちなみに、どのような宝物なんですか」
「その城に暮らしていた王族の衣服や冠、錫杖、盾、宝石、貴重な国書など……と仰っていました」
「そうですか。いいですね。サンナーラ、どうする?」
「行く価値はありそうだね」
バーテンダーは気さくだったが、そのお客様がどのような盗賊だったのか、という点については答えなかった――盗賊を相手にする商売として、当然の守秘である。
それからサンナーラとスイは、他の盗賊が入ってこないかと待ちながら呑み続けてみたが、一向にくる気配がなかったため、勘定をすることにした。宿で待つシュミレ達のことを考えながら。
「風呂、誰から入る?」
「風呂ってなんだ?」
「汚いな!」
シュミレはライルハントに向けて言い放った。ライルハントはきょとんとした顔をするばかりだった。
「ええ、まさか、身体を洗ったことがないのかよ?」
「それはあるぞ、湖で」
「湖って……え、洗浄剤とか知ってるか?」
「戦場罪?」
まったくぴんときていないライルハント。洗浄剤を肌や髪に塗り込んで湯で洗い、汗を流す……といった習慣をまるで知らないまま育ってきた少年である。孤島という文明からあまり近くない環境にいたことを考えるとむしろ自然であり、シュミレもそこは納得できなくもないのだが、しかし自分達としばらく行動を共にする者が、あまりにも不潔というのは知ってしまうと気にならざるをえなかった。元々、生まれたてのイヴについては誰かが風呂に入れて教えてやらないといけないのではないかと考えてはいたが――ライルハントも、となると頭を抱えた。
そして抱えた結果、シュミレがふたりと一緒に浴場を借り、洗浄剤の使い方などを教えることになった。サンナーラはもちろん、スイもこの役は買って出ないであろうことはシュミレにも容易に想像できた。だから自分がやるしかない、腹を括ろう――洗浄剤に口をつけようとするライルハントを止めたとき、この判断で正解なんだろう、と思った。
ライルハントが洗浄剤を飲み込んで死んだところでぬすっと少女隊には損失はない、というより杖を自由に使えるようになりそうでむしろ得なのかもしれなかったが、ついつい気にかけてしまうのがシュミレの弱さだった。
「洗浄剤はこうやって、湯と混ぜて泡立てて、全身にくまなく塗るんだ。イヴはやってやるけど、ライルハントは自分でやれよ」
「そうか。わかった」
ライルハントの腕は長い。シュミレが代わりに背中を洗う必要は、どうやらなさそうだった。
この宿の浴場は他の客と鉢合わせないように使用中の札をかけておくルールになっていた。それゆえ、この空間にはシュミレとライルハントとイヴしかいなかった。
だから、
「そういえば、シュミレ。どうしてお前達は誰かから盗んで暮らしているんだ?」
とライルハントが訊いたところで、不都合はなかった。シュミレはイヴの身体を洗いながら答える。
「んー、その辺りはあたしとサンナーラとスイで違うからなあ。サンナーラなんか、可愛いものを集めたいからとか言ってるし」
「サンナーラ……ああ、僕が話しかけてはいけない人だよな」
「ああ、そうだな」
「どうしてなんだろうな?」
「まあ、ライルハントのことが特別嫌なんじゃねえよ。サンナーラは男に悪い思い出が多いらしくてさ、だからあんまり不必要に関わりたくないんだ。わかってやってくれ」
「そうか。爺さんの言う通り、世界には色んな人間がいるんだな」
「そう、色んな人間がいる。ライルハントの爺さんもいいこと言うじゃんか」
「爺さんを褒められると嬉しい」ライルハントははにかんだ。「僕は小さな頃から爺さんに色んなことを教えてもらったから。洗浄剤については、知らなかったけれど」
「ふぅん。両親は?」
「爺さんが言うには、僕の両親は僕を育てられないから、爺さんに預けたらしい。十何年か前はラベル村というところに住んでいたらしいけれど、詳しくは知らない」
「ラベル村? ああ知ってる知ってる、数年前に滅ぼされたんだよな」
「そうなのか? じゃあ、僕の両親は死んだのか」
「さあ、逃げ延びたのかもよ」シュミレはイヴの身体の泡を流しながら笑う。「ま、もしも死んだってんなら、あたしとお揃いだな」
シュミレとライルハントとイヴは、三人で湯に浸かった。疲れ切った身体に湯が沁みて、シュミレは気の緩んだ声を上げた。ライルハントもイヴも心地よさそうだった――イヴが乳児よりもずっと成長した状態で出てきてよかった、とシュミレは思った。乳児の世話をしていた時期があり、今でもその苦楽を鮮明に思い出すことができる。
「そういえば、イヴが言ってるアダムってのは、どこにいるんだろうな」イヴを抱きしめながらシュミレは言った。「情報が全然ないから、ライルハント、大変だな」
「アダムはお城にいる」イヴは言った。「イヴはわかる。アダムに会うために生まれてきたから。アダムも、もう生まれてる。どこかのお城で」
2-3へ続く
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