Ⅱ 港町、五人組、盗賊なんて全員カッコ悪いクソ
2-1
「山のない島、なくしもの」とスイが言うと、質屋の受付の女性は、「一羽さまですね。裏でお待ちください」と朗らかに返して、カウンター裏ののれんをくぐった。小さな建物の裏側に回り込んで、そこにあるドアを五回ほどノックすると、体格のいい男性がドアを開けてくれた。招かれるまま、スイは地下へ続く階段を降った。数えきれないほどこなした流れだから、恐怖も緊張もなかった。
降り切った先には広々とした空間が広がっていた。カウンターの向こうには大きな倉庫に続く扉があって、あの先にどれだけの宝物があるのだろう、とスイは楽しい想像をしながら椅子に座った。カウンター側の、男性と向かい合うように。
「これ、どうでしょう」
スイは片手に持っていた皮の袋をカウンターに置いた。落としたわけでもないのに重々しい音が鳴る。男性が袋を受け取り、中身を皿の上に積んでいく。金貨や宝石、滅びた王国の褒章、貴金属でできた指輪、そして、何かの入った小さな袋。
「この袋は開けてもいいかい」
「かまいませんよ。なかには種が入っています」
「種? ……たしかに」
「大陸の最南端にある、もう誰もいなくなってしまった農村に、図鑑に載っていない花がありました。その花の種です。信じられなければ、ご自分の庭に埋めて育ててみてください。娘さんも喜ぶかもしれませんね」
「……いや、その必要はありません。この種は見たことがない。いっとう貴重なものでしょう。盗品の質屋というのは、種ひとつだって鑑定できるものなのです」
それは、そうした質屋として生存するための必須条件だった。間違えて高いものを安く買い取ってしまい、そのことが発覚してすぐに盗賊同士のネットワークで情報共有を行われ、一晩にして全財産を根こそぎ盗まれてしまった……そんな事例は枚挙にいとまがない。盗賊という、非常識で不道徳の人間を相手に取引するということは、そうした危険と隣り合わせであるということなのである。
重い守秘義務を順守し、誠実な取引をしなければならない。そしてそのリターンは、そこらの一般人を相手にするよりも莫大なものだ――買い取った品物を、さらなる極秘ルートでより高く売りさばくことができたなら、当分遊び歩くことができるだろう。短期間だけでも大きな家を建てられるほどの財を成すことが可能な、とてもうまい話であることはたしかだった。
「そうですね、この内容でしたら、これほどでどうでしょう」
「けっこうくれるね」ほうぼうの町を泊まり歩くとすれば、当分暮らしていけそうな額だった。ここで納得してもいい値段ではあったが、どうしようか? スイは少し考えて、値上げ交渉を始めた。「けれど、もうちょっとくれてもいいと思います。ほら、この指輪とか。トニックシティの名工ブランゼルの作品なんですよ。注文を受けて生産されたものなので、世界に同じものはございません」
「それくらいはわかります、裏に銘も彫ってありますから。しかしブランゼルの指輪というのはすでに少なくない富裕層の手に渡っていますし、そのシェアは大陸全域に渡っています。まあ値打ちはありますが、頼めば買えるものですし、ありふれた品物の範疇です」
「しかしそのブランゼルですが、どうやら先日、亡くなられたようですよ」
「な、なんと! 嘘じゃあないでしょうね」
「こちら、証拠の情報誌です。今週号は本日の刊行でしたから、まだご確認されていませんでしたか?」
その旨が書いてあるページをもぎってカウンターに置くと、男性は食い入るように印刷された文字を読む。スイの言う通りのことが書いてあった――名工ブランゼル、転落死。それはつまり、ブランゼルの作品は今後一切生み出されないということだった。そうなると、ブランゼルの指輪を求める層のなかで中古品の需要が爆発的に増すであろうことは簡単に予想できた。
「わかりました。もう少しあげて……これほどでどうでしょう」
「ありがとうございます。感謝します」
スイはにっこりと笑った。
それから、盗賊のための地下酒場が最近できたというニュースを教えてもらい、地図を書いてもらった。そしてたんまりとお金を受け取って、外を覗くと、もうすっかり夜になっていた。それはスイにとって好都合なことだった。誰も通りかかっていないタイミングでそっと外に出た。
ギラギラとしたピンク色の宿に入り、食堂に向かう。サンナーラ達を探す。ハート形のテーブルが途方もないほど続く広い部屋の、端っことも真ん中とも言えない、説明しづらい地点に見つけて、スイは手を振る。
サンナーラと、シュミレと、ライルハントが手を振る――遅れて、イヴも手を振る。
少し前の時間。スイ達がライルハントの不思議な杖を使って海上を飛んでいるとき、スイは改めてライルハントのこれからについて訊いてみた。海岸の港町、コロントロフィに降ろすつもりだけれど、そこから先はどうするのかと。ライルハントそのものはどうなろうとよかったが、イヴは少女である、野垂れ死にでもしたら可哀想に思えた。
ライルハントは、
「そこから先は、イヴの意思と、スイ達に任せるつもりだぞ」
と言った。
「はあ?」シュミレが言った。「おいおい、あたし達はライルハントを町で降ろしたらもう何もしねえぞ? 何、ついていくつもりでいるんだよ」
「でも、僕は大陸の文化はほとんど知らない。爺さんは、大陸では何かを食べたければ金がないといけないと言っていた。僕は金がない」
「え、ライルハントさん? 私達から、たかろうとしてるんですか?」
「なんでもする。この杖があれば役に立てるかもしれない」
そう言われると、スイはメリットを考えてしまう。火を放ち、バリアを出し、空を飛べる杖。逃亡手段にも使えるし、泥棒道具にも使えるのではないのだろうか?
「その杖、他にどんなことができるんだよ?」とシュミレが訊く。
「あとは、水や氷や風、石や木を生み出したり、傷を治したりもできるぞ」
「え、すごい。けど、……サンナーラ、どう思うよ?」
「同じ部屋に泊まらないなら、うちらの行きたい場所についてくるなら、うちと極力喋らないなら、どうでもいいよ」
というわけで、同行が決定したのだった。その際、一応伏せてあった本来は盗賊の三人組であるという情報を公開した。島の遺跡に行きたかったのも、宝があると聞いていたからだという点についてシュミレが明かすと、ライルハントは、
「ふぅん、そうだったのか。残念だったな、イヴも杖もあげられない」
と言って、それだけだった。
それから五人で宿に入り、ふたつの部屋を借りた。スイとサンナーラ、シュミレとイヴとライルハントの二組に分かれた。
シュミレとライルハントが同室であることについては、ひとつの部屋にベッドがふたつずつまでしかないという事情と、男女を分けるためとはいえ三部屋も借りるのは流石に痛い出費だから、という理由があった。
スイとサンナーラは異性との同室に抵抗があったが、シュミレはあっさり承諾した。性別については別に気にはしないし、幼いイヴを抱きしめて眠るのは温かそうだから、と。
それからスイは貯めていた盗品の換金に出向いた。はっきり言って、そうしなければ二部屋の宿泊費も払えない懐事情だった。宿というものが前払いでなくてよかったと、心から思った。
その間、サンナーラが一番に浴場で身体を洗い、腹を空かせた他の三人と共に食堂に入った。そうして美味しいものを食べながら、スイを待っていた。
2-2へ続く
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