ドリーム・カラー
コンクリート製の集合住宅は風雨によって朽ち、その亡骸をハイウェイの沿線に痛々しく晒している。そこを通過していく型落ちの四輪車も、それに乗る俺も。時代の流れに何とか食らい付いている点で、似たようなものだ。
十数年前、あの集合住宅は付近の工場労働者たちの居住スペースになっており、彼らの幸福を担保する為に無数の人工生命が従事した。飼い主の命令に忠実なデミ・ペットが流行り、その後は人間だ。便利な小間使いから、辛い夜の相手まで。俺たちは男女問わず生産され、ヒトの望みを解決していった。そうすることが命題だったからだ。
人工生命は寿命が短い。本来なら使い捨ての便利な道具であり、主に尽くすための存在だ。だが、俺が活動していた頃には既に人工生命のニーズは下火になりつつあった。支えるべき存在は既にいない。俺は仕方なく臓器をサイバネ置換し、自らの寿命を伸ばした。
何のために? 自らの命題のためだ。俺は仮初の生を長く生きることを選んだ。空虚な生を充実させるために、役割をこなさねばならないからだ。
夜明け前の空は曇天で、未だ太陽が差すことはない。ヘッドライトが照らす道の先を目で追いながら、俺は助手席で眠る少年の寝息を確認し、静かに息を吐いた。
あの悲劇から眠れていなかったのだろう。彼の望みはどこか現実離れした抽象的なものばかりで、何かへの逃避を感じさせる。共にいる事で彼が安心するなら、なるべく傍にいたほうがいいのかもしれない。
『容疑者は逃走し、警察車両を……』
古いカーラジオから漏れるニュース音声を切り、俺はアクセルを踏む。
できる限り遠くに行きたかったのは、俺も同じなのかもしれない。社会のルールに照らせば、俺は無数の前科を持つ犯罪者で、今は一家殺しの生き残りを匿う誘拐犯だ。彼の願いを叶えれば、すぐに離れなければならない。
数十分後。助手席を一瞥すれば、少年は苦しそうに顔を顰めて眠っている。悪夢を見ているようだ。
俺は車を停め、集中力を高めた。思考を同調させ、悪夢を覗き見る。思考を読む能力の発展系だ。同調している間は自らも気を失うが、少しくらい眠るのも悪くないだろう。目を瞑り、夢の深淵へ落ちていく。
* * *
『10歳おめでとう、ラウド! これ、誕生日プレゼントだ!』
『ケーキも買ったのよ? 先にご飯食べて、それから用意するわね!』
少年(どうやらラウドという名前らしい)は歓喜の声を上げ、プレゼントの箱を受け取る。俺はその視界と同調し、追体験しているのだ。俺の口から聞いたことのない少年の声が漏れ、生前の両親の笑顔を直視する。
包装紙を破れば、現れたのは拳銃を模した玩具である。フィクションのヒーローが武器にするような、カラフルでヒロイックな光線銃だ。ラウドはサプライズの驚きに歓喜しながら、父親に抱きついた。
『好きだろ、そのヒーロー? 今度3人で遠くに遊びに行く時に持っていこう。晴れた日に、外で戦うぞ!』
そう言って、父親は大きな掌でラウドの頭を撫でる。
恐らく、これが家族団欒というものなのだろう。富みもせず、貧しくもない一般家庭の様子だ。高望みしなければ手に入る普遍的な幸せだ。それがすぐに壊れてしまうことを、俺たちは知っている。
バースデー・ケーキの蝋燭に火が灯され、室内灯が消される。
闇の中の団欒が、惨劇に変わっていく。母親の悲鳴。荒い息。動揺と怒号。飛び散る血。恐怖、恐怖、恐怖。心当たりのない、理不尽な死。視界を覆う、謂れのない悪意。
ラウドは言葉を失い、暗闇で息を潜めていた。持っていた光線銃は役に立たず、銀に光るナイフの切先が、静かに彼の肌を……。
* * *
目を覚ました俺は、涙を流していた。自我があるとは言え、人造生命が感情を表出することは滅多にない。これは思考同調が為せる、ある種の生理現象だ。
同じようにラウドも目を覚まし、泣いていた。俺は昨夜のように彼の頭を撫で、静かに声を掛ける。
「もう大丈夫だ、ラウド。ヒーローが、ここにいるから」
『名前、なんで……?』
「全部お見通しなんだよ。お前の願いも、不安も、全部わかる。怖かったよな……」
別れるまでは、ヒーローを演じ尽くしてやる。空虚な俺の内面を満たす物は決まった。彼の不安に寄り添って、家族と行けなかった遠くの景色を見せてやるんだ。
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