(24)
正直に言って、意外だった。クリスタルがこんな風に他者のことを考えられる人間だった、という事実がだ。
――魅了魔法を使って逆ハーを狙っていた人間と同一人物とは思えない……!
理不尽なイジメを受けた結果、それでも好きに生きて行く――自由に振舞う。それがクリスタルが導き出した人生訓のようなものなのだろう。……だからと言って、他者の尊厳を無視するような魅了魔法に手を染めるのはどうかと思うが。
キラリと夕日を受けてなにかが光る。それは、クリスタルがつけていたシンプルなイヤリングだった。たしか、以前はつけていなかった。もしかしたらこれは以前ウィンターフィールド先生が言っていた、魅了魔法を制限するアイテムなのかもしれない、と思った。イヤリングからはかすかに魔力が感じられたから。
それを大人しく付けている理由まではわからない。今日は朝っぱらから先生に会う予定があったから、一時的につけているだけかもしれない。もしかしたら、逆ハーを狙うのをやめようと、そう思えるような心境の変化があったから、つけているのかもしれない。
あるいは、わたしの推測はまったくの的外れの可能性もある。
けれども、クリスタルが口にした言葉は、嘘偽りのない彼女の本心だと思いたかった。
そんな風に考えるわたしに対して、隣に立つローズマリアは心からクリスタルのことを信じているようだった。
「クリスタルさんは他者の痛みが理解できる、優しい心の持ち主なのですね」
言う人が言えば嫌味に聞こえそうなセリフも、ローズマリアが口にすれば爽やかに胸を打つ。それはどうやら、クリスタルも例外ではないらしく、しかし照れが勝っているのか振り返ったのは一瞬だけで、あとはそっぽを向いてしまう。
「ふん! そりゃ、あたしだって他人がどう考えているかくらいわかるわよ。……ってゆーか、お優しいお心をお持ちなのはアンタのほうじゃないの? あたしはさ……アンタみたいには振る舞えない」
「そうでしょうか? クリスタルさんからそう見えているのでしたら……それはきっと両親の教育のお陰ですわ。わたくしは嫌われ者の闇属性持ちですけれど、両親はわたくしが悪さをしても、決して見捨てず根気よく付き合ってくれましたから」
「悪さ? へー、意外」
ローズマリアから語られた言葉を聞いて、わたしは改めてここは『ディアりっ!』の世界ではないのだなと久々に思った。
『ディアりっ!』ではローズマリアの両親については深く語られない。ただ作中で、ローズマリアがあんな風にねじ曲がった性格になった原因は、その育った環境も一因である……というような文章があったはずだ。
けれども、この『ディアりっ!』と似て非なる世界のローズマリアの両親は、立派な好人物らしかった。
「わたくしは聖人ではありませんもの。昔は自分の属性に嫌気が差して、情けないことに悪いこともしました。けれども両親はずっとわたくしに寄り添ってくれていましたの。叱ることもあれば、褒めることもありました。だからある日、わたくしは今のままではいけないと気づけたのです」
「立派なご両親だね……それに、ちゃんと自分で気づけるローズマリアも」
「ふふ。それはきっと両親のお陰ですわ。属性だけでわたくしを判断する人間もいれば、そうでない人間もいる……。両親はわたくしを愛してくれていて、その愛をもってどんな世界にも理解者はいるのだと教えてくれました。だからわたくし、どんなことがあっても、立ち止まっても、決してへこたれないようにしようと思えましたの。……そんな両親の教えは正しかったのだと、確信できることもありました」
ローズマリアはわたしを見て微笑んだ。夕日を受けてキラキラと輝くローズマリアのプラチナブロンドが美しくて、わたしはしばし見とれた。
「エマ、クリスタルさん。貴女たちと出会えたことで、わたくしは両親の教えが本当のことだったと、やっと心から受け入れることができましたのよ」
ローズマリアの言葉にわたしはうれしさと同時に気恥ずかしい気持ちを抱いた。なぜなら、わたしはローズマリアのような立派な人物ではなかったから。ローズマリアの友人を自称し、彼女もそういう風に扱ってくれる。けれども、わたしはわたし自身を評価できない……。だから、それが照れに繋がった。
けれども。公明正大なローズマリアが友人でいてくれているという事実には……もっと自信を持ったほうがいいのかもとわたしは思わせられた。
わたしはわたしを信用できない。けれども友人であるローズマリアのことは、信用も信頼もできる――。
ずっと、ローズマリアの隣にいたいと思った。闇属性だとか、成り上がり者だとか、そんなことは関係ない。闇属性持ちだからと、いっしょにいて、変な目で見られても構わない。
――おばあちゃんになっても、ローズマリアと友達でいられたら……それって、素敵なことなんじゃないかな。
そう思うと同時に、思い出してしまうのは彼女と同じ闇属性持ちだったアリスさん。彼女には慕ってくれる妹のような存在だっただろう、ウィンターフィールド先生がいた。けれども……痛みを分かち合える友達は、いたのだろうか。もし、そんな人間がひとりでもいれば、彼女は……。
「共に、アリスさんを救いましょう」
きっと、ローズマリアも同じことを考えたに違いなかった。
そしてクリスタルも否応なくアリスさんを想起したのだろう。それでもやっぱりどこか視線を合わせるのは気恥ずかしいらしく、窓を見たまま「あたしのところにこられたら困るからね」とツンツンした態度は崩さない。
わたしはローズマリアを見た。彼女もこちらを見て、視線で頷くのがわかった。
「狙われたわたしたちのためでもあるけれど……でも、ウィンターフィールド先生やアリスさんの無念、晴らせるなら晴らしてあげたい」
それは偽らざる本心だった。
わたしたちは再度アリスさんの魂を救うという気持ちを固めたのち、超特急で「浄霊術」を覚えるべく空き教室へと向かうのだった。
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