(23)

 ……アリスさんを救う。そんな真っ直ぐな言葉にすぐに反応できたのは、意外にもクリスタルだった。


「……わかった。あたしのところにきたらイヤだし……し、仕方ないから協力してあげる!」


 協力する理由は我が身可愛さゆえであったが、クリスタルの目にはどこか決意がみなぎっていた。そして照れも。「自分のところへきたらイヤだから」という理由は嘘ではないのだろうが、それ以上に語っていない理由もありそうだった。


 なんとなく、クリスタルに遅れを取りたくないという幼稚な対抗心が湧いてきて、気がつけばわたしも口を開いていた。


「わ、わたしも! ローズマリアがアリスさんを救いたいっていう作戦に……協力する。このままじゃわたしもローズマリアも危険だし……それに、アリスさんのことも……救えるなら、救いたい」


 幼稚な対抗心から出たわたしの言葉にも、ローズマリアは美しく微笑みかけてくれる。


 ローズマリアはアリスさんを救うと決めた。そして、わたしとクリスタルはそれに協力すると決めた。残るは――。


「ちょっと待ちなさい。スプリングフォードさん。……アリス姉さんを救うだなんて、そんなことが――」

「やってみなければわかりません。確かに今は解決できるという確証はありませんが……しかし、このままではいけないということは、ウィンターフィールド先生も肌で感じているのではありませんか?」

「……考えが、あると言ったわね。……まずは、それを聞かせてちょうだい」


 ウィンターフィールド先生は頭が痛いというような顔をする。


 しかし、わたしはローズマリアの意見に賛成だった。アリスさんはまだわたしたちをあきらめていない。となればこの先も生きていたいのであれば、わたしたちをあきらめさせるなり、アリスさんを撃退するなり、昇天させるなりしなければならないのは、自明の理であった。


「はい。闇属性の魔法と、光属性の魔法――二つの魔法を複合させた、『浄霊術』を行おうと思っています」

「『浄霊術』? なにそれ。お祓いみたいなことができんの?」

「文献の通りであれば、そうです。丁度、今この場には闇属性の魔法が扱えるわたくしと、光属性の魔法が扱えるエマがいます。もちろん、一年生のわたくしたちだけでは、解決できるとは思っていません。ですから、この場にいるウィンターフィールド先生と、クリスタルさんのお力もお借りしたい、と述べたのです」

「『浄霊術』……確かに、噂には聞いたことがあるけれど……」

「……学園側はその、『浄霊術』を試したりはしなかったんですか?」

「学園側は揉み消そうと躍起になっていたから……わざわざそんな、手間もお金もかかるようなことはしていないはずよ」


 たしかに闇属性と光属性の複合魔法であるらしい「浄霊術」とやらは、最低でも珍しい属性を持つ魔法使いふたりを用意しなければならないことになる。そしてスキャンダルの流出を避けるのであれば、口止め料とかも払わなければならなくなる。なるほど、学園側が今の今まで「浄霊術」を試していなかったのは、頷ける。


「……なら、『浄霊術』を試す価値は十分にありますよね」

「危険よ。長い期間、怨念だけで存在してきた……悪霊と化したアリス姉さんと対峙するだなんて――」


 先生は教師として、大人として真っ当なことを言った。けれども今は、そう悠長に構えていられないのも事実。それを先生がわからないわけがない。それでも止めなければならないのだろう。彼女は教師で、大人だから。


「ですから、ウィンターフィールド先生のお力もお借りしたいのです! 共にアリスさんの魂を救いましょう、先生!」


 先生は何度か逡巡しているようだった。彼女にとって、アリスさんは大好きだった従姉のお姉さん。救えるのならば、救いたい。そういう気持ちがあるのは、明らかだった。


 そこに、ローズマリアが言葉を重ねる。真っ直ぐな言葉だ。曇りのない、純粋な心が、その言葉にはこもっていた。


 ……やがて、先生は深いため息をついたあと、困ったように微笑んで、わたしたちを見た。


「……わかったわ。協力する。私だって、アリス姉さんを救いたいもの。……けれど、危ないと思ったら素直に逃げると約束してちょうだい。教師として、私は貴女たちを守る義務がある」

「先生たちを置いてでも逃げるから安心しといて!」


 真っ先に答えたのはまたしてもクリスタルだった。あまりにも「らし」すぎる、潔い返答にその場の空気が緩む。


 ……そしてそれから、授業が始まるギリギリまでわたしたちは「浄霊術」を軸とした作戦を立てることに夢中になった。




「クリスタルさんが素直に協力してくれるとは思わなかった」


 放課後、「作戦」のために先生が用意してくれた空き教室へと向かう道すがら、わたしはそんなことを口にする。失礼だとは思いつつ、クリスタルのことだから自分に火の粉がかからない限りは、動かなくても仕方がないと思っていたのだ。


 そんな失礼なことを口にしたわたしに対し、クリスタルは目を平たくしてジトッとした視線を送る。しかしすぐに目をそらして、照れくさそうに顔を歪めた。そういう反応は珍しかったので、わたしは虚を突かれる。


 やがてクリスタルは渋々といった様子で、聞いてもいないことを話し始めた。もしかしたら、だれかに聞いて欲しいとずっと思っていたのかもしれない。そんな、いつもとは違うどこか暗い声でクリスタルは話し始めた。


「『昔』はさ……あたしもイジメられてたんだよね」


 直感で、「昔」とは「前世」のことを指しているのだろうなと思った。この場にはローズマリアもいるから、おいそれと前世の話なんて出来ない。だから「昔」と濁した表現になったのだろう。


 今、クリスタルはアリスさんのことを思い出しているのかもしれない。イジメを苦に陰惨な死を選んだアリスさん。クリスタルは、同じように自分もイジメられていたのだと語る。


「あたしさ! 小さいときに病気して、長いこと投薬治療受けてたんだ。そのせいでメチャクチャ太っちゃってさ。退院しても痩せられなくって。おまけに見た目も周りの子とは違ったんだ。生まれつきの金色の髪、緑の目、白い肌は、あたしが『昔』いたところじゃ珍しくってさー。それでイジメられたの!」


 どこかヤケっぱちな様子でクリスタルは語る。わたしたちよりも先を行くクリスタルの顔は、見えなかった。


 しかしそれでよかった。だからこそ、クリスタルはここで言ってしまおうと決心したのかもしれないから。


「なにもかも上手く行かなくって、なんでこんなあたしじゃどうしようもできない理由でイジメられなきゃなんないのか、わかんなかった。毎日ツラくてツラくてしかたなかった。……でもね、死のうと思ったことは一度もなかったよ」


 クリスタルは窓の外を見た。外は既に日暮れを迎えて、どんどんと闇が近づいてきていた。藍色と橙色が美しいグラデーションを描く空にはかすかに雲がかかっていて、その合間から月と星が輝いている。


「だから、アリスとかいうやつのことはムカつくんだよ。だから、ひとこと言ってやりたいんだ。あんた、くっだらないやつらのために死ぬ必要なんてなかったんだよ! ってさ。……もう、遅いけど。でも、会ってひとこと言ってやりたい」


「もっと好きに生きてやれたらよかったのに」……最後の言葉は消え入りそうなほど小さな声だったけれど、たしかにわたしたちにも聞こえた。


「どこの世界も、どこへ行っても、理不尽だけは変わらないのね」


 クリスタルの言葉は、いつになく重くわたしの心に響いた。

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