(21)

 わたしたちの話を聞いて難しい顔をした寮長先生は、クリスタルの所属するエメラルド寮に電話をしたあとも、やはり難しい顔をしていた。いつもほがらかな寮長先生がこんな顔をするなんて、よほどの非常事態なのだ、と今さらながらに理解する。わたしはどこかまだ、信じられない気持ちがあった。


 クリスタルは普通に自室で眠りこけていて、変わったことは特に起らなかったらしい。考えられる理由は、あの幽霊は最初にローズマリアに狙いを定めたけれども撃退され、次に同じ寮にいたわたしを選ぶもローズマリアに撃退され、それでこの夜はもうあきらめてしまったのではないか、ということだった。


 ローズマリアによれば、自分が襲われたときよりも、わたしのときは強い魔法を撃ったと言っていたから、それもあきらめた要因のひとつなのかもしれなかった。


 そんなことを話しているわたしたちを、寮長先生はやはり険しい顔をして見ていた。やがて、口を開いたかと思うと、おもむろに重苦しい声で話し始める。


「その女子生徒の幽霊については……言語教師のウィンターフィールド先生に聞きなさい」

「……なぜ、ウィンターフィールド先生に?」

「……彼女はこの学園の卒業生。そしてその襲ってきた女子生徒の幽霊と、恐らくは深い係わりがあります。私はその当時は学園にいませんでした。なので人づてや噂でしか真相を知りません。ですから、ウィンターフィールド先生に直接真相を聞いたほうがいいでしょう」


 寮長先生は明日の朝一番、授業が始まる前に学園の応接室へ向かうようわたしたちに言うと、「もう寝なさい」と言って寮長室から送り出す。


 言語教師のグレイス・ウィンターフィールド先生。「厳格な女教師」を体現したかのような先生のことは、嫌いではなかったが、好きかと問われれば言葉を濁してしまう。わたしとはそれくらいの距離感だった。


 しかし彼女は生徒に対しては冷淡さの欠片もなく、熱心に指導していることは知っている。特に、クリスタルが問題を起こせば真っ先に飛んで行っている印象がある。他の先生方はクリスタルのことをちょっと鬱陶しがっている風すらあるのに。


 そんなウィンターフィールド先生が学園の卒業生であることは初めて聞いた。それに加えて、あの女子生徒の幽霊について、彼女は「真相」なるものを知っている……。


 隣を歩くローズマリアを見る。寮長先生の表情が移ったかのように、彼女も難しい顔をしていた。だから、なにか話しかけるのはためらわれて、わたしは寮の廊下へと視線を戻す。


 ウィンターフィールド先生が知る真相とはなんなのだろう? わたしは考えてみた。あの幽霊は「イジメを苦にして死んだ」と繰り返し主張していた。まさか、あの自分にも他人にも厳しいウィンターフィールド先生が、イジメの主犯だったとか、そんなことはないだろうが……。


 ――考えていても仕方がない。明日、ウィンターフィールド先生にすべてを話して……そして「真相」とやらを聞こう。


 そうすることでなにが解決するのかまでは、わたしにはわからなかった。ウィンターフィールド先生が、あの幽霊の「弱点」みたいなものを知っているとか、そんな都合のいい展開になるとも思えなかったし。


 しかし寮長先生がお膳たてをしてくれたからには、それに乗らないわけにもいかない。


 ウィンターフィールド先生が解決策を知っていることを祈りつつ、わたしはその夜を浅い眠りのまま過ぎ越した。


 ……あんなことがあったあとだったから、変な夢をたくさん見た気がして、寝起きは疲労感でいっぱいだった。


 手早く身支度を整えて、指定カバンの中身をチェック。時計に目をやればまだ時間に余裕はあったが、ひとり部屋を出てローズマリアの部屋へと向かう。ちょうど、彼女も部屋から出てくるところだったので、そのまま合流して寮で朝食を済ませて、学校へと向かう。


 指定された応接室へ向かう途中で、クリスタルとも出会う。時間など守りそうにない印象のあるクリスタルだったが、どうも走ってまで間に合わせようとしたようである。ウェービーロングが乱れていたし、胸元のグリーンのリボンタイも歪んでいて、額には薄っすらと汗をかいていた。


「あっ! アンタたち、例の幽霊に襲われたってマジ?!」


 クリスタルは朝の挨拶もすっ飛ばして、開口一番おどろきと怯えに満ちた声を上げる。ローズマリアはそんなことにも動じず、「おはようございますクリスタルさん」と爽やかに挨拶をしたあと、「……本当のことですわ」と付け加える。


 ローズマリアの言葉を聞いて、クリスタルは上気していた頬から血の気を引かせ、絶句する。


「マジ、ヤバイじゃん! これからお祓いとかするのかなあ?」

「ウィンターフィールド先生が?」

「だって、そうじゃなきゃ会う意味なくない? もしあの女が幽霊の素性を知っていたからって、どうにかなるとも思えないし」


 意外にも――と言ったら失礼だろうが、日ごろの行いのせいだ――わたしと同じことをクリスタルは考えていたらしい。


「ひとまず応接室に向かいましょう」と、ローズマリアが立ち止まって話し込んでしまったわたしたちを促す。クリスタルは道中で、ひたすら我が身を心配していた。こちらの心配は微塵もしていないあたりが、いっそ潔すぎて感心してしまう。


 ウィンターフィールド先生は、わたしたちよりも先に応接室へ到着して、かぐわしい香りを放つ紅茶を淹れてくれていた。


「五分前にはきちんと来ましたね。クリスタル・オータム、いつもそれくらいの時間感覚を身につけてくれれば――」

「先生! 今は幽霊の話でしょ!」


 先ほどはウィンターフィールド先生を「あの女」などと呼んでいたクリスタルも、このときばかりは場をわきまえていた。


 ウィンターフィールド先生も、「そうね」と言ってわたしたちにソファへ座るよう促す。ウィンターフィールド先生の対面にはローズマリアが、そのローズマリアの右隣りにわたしが座り、クリスタルはひとりがけのソファに腰を落ち着ける。


 ……やがて、深いため息をひとつ吐いて、ウィンターフィールド先生が重い口を開いた。


「……なにから話すべきか昨晩から考えていたけれど、上手くまとまらなかったわ。だから、結論から言うことにする。――貴女たちが今までに遭遇した『怪異』としか言いようのない現象も、学園にある六つの怪談も――すべてひとりの女子生徒の……死から派生したものなの」


 ……ウィンターフィールド先生は、いつもの授業とは違う、どこか悲痛さをたたえた声で、その女子生徒について話し始めた。

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