(15)
時季は「死者祭」も終わり、次はウィンターホリデーというところ。多くの生徒は集団生活から解放され、久しぶりに家族と会える帰省に胸を高鳴らせていることだろう。
残念ながらド田舎暮らしのわたしはウィンターホリデー中は寮に残ることが決定している。家族からは手紙でこちらの生活ぶりについて心配されていたが、事実なにも言うことがないと返すばかりだ。
たしかに他の生徒たちとは打ち解けているとは言い難く、それどころか遠巻きにされている。でも、わたしにはローズマリアという友人がいるので、それくらいのことはどうってことなかった。
真に心配されるのはクリスタルみたいな人間だろう……当の本人に周囲へ溶け込むとかいう意識が欠如していて、ひたすら欲望のままに爆走している様子は、さして情報通ではないわたしの耳にも入ってきている。
――逆ハー狙いなんてやめて、普通に学園生活を楽しむ……っていう選択肢はないんだろうなあ……。
クリスタルとは同じ一年生なので授業はほとんどいっしょに受けてはいるものの、没交渉である。わたしとしても別に彼女とは係わり合いになりたいとは思っていないので、これでいいのかもしれない。
ただ、同じ異世界転生者という奇妙な縁を――勝手に――感じてしまっていて、思考の余白でクリスタルのことを考えてしまう日々だった。……当人が知ったら鼻で笑ってきそうだけれど。
話は変わってウィンターホリデーを控えたとある休日。全寮合同の交流会の名のもとに――校内で「肝試し」が開催される運びとなった。
交流会への参加は希望制なので、欠席しても特に問題はない。しかしまだ学園に完全になじんだとは言いがたい新入生なんかは出席率が高かった。学園は魔法のみを学ぶ場ではない。魔法学園という特殊な場に集まる人間たちと将来を見据えて縁を結び、人脈を築く――それも重要な「学び」のひとつであった。
とは言え、主催者は生徒。思春期の、まだ子供である彼ら彼女らが考えられることなんてたかがしれていたし、そのうちの「肝試し」なんて完全な「お遊び」であった。
今回の「肝試し」は、交流会の名を借りた、男女交流会とも言うべき内容だった。男女ペアとなって夜の校舎内を回り、とある部屋にある紙を一枚持ち帰る……。なんとなく前世でも覚えはあったが、一度として参加したことはないイベントだった。たぶん、わたしのこの知識は漫画から得たものだろうと思う。
……そういうわけで、学園になじめていない生徒代表とも言えるわたしは、若干イヤイヤながら交流会に参加することにした。まだ他の生徒と友達になる道をあきらめたわけではないからだ。
なにがきっかけとなって友人ができるかなんてことは、予測するのは難しい。もしかしたら交流会がきっかけで他寮の生徒とか、普段は接点のない先輩とかと親しくなれるかもしれないし――。
しかし、わたしのそんな希望はすぐに打ち砕かれた。
「あれ? エマか」
「え? アラン……?」
くじ引きの結果は同じルビー寮に所属し――『ディアりっ!』ではエマの逆ハーレムの成員となるアランだった。
「他の寮の人とペアになるんじゃなかったっけ……?」
「あー。そういや『人数の関係で同じ寮のやつとペアになる可能性もある』……とか先輩が言ってなかったか?」
「ああ……そっか」
わたしはあからさまに落胆しそうになるのを抑え込み、アランに向かって「それじゃあ、よろしくね」と微笑みを作る。アランはぶっきらぼうに「おう」と言ったが、そういった印象に反して意外と優しいということをわたしは――無駄に――知っていた。
「怖いの平気なのか?」
「まあまあ。怪談話とかは結構好きだよ」
「意外だな」
「そう?」
ほら、こういうときにもこちらを心配してくれる。そんな風にアランからはことあるごとに心配されている気がする。わたしがローズマリアくらいしか友人がいないからだろうか? あとはこの前、ボールがわたしの頭に激突したときも心配してくれていたし。
――好感度、上がってないよね?
ここは乙女ゲームの世界ではなく、小説の世界でもなく、それに酷似した世界なので、ゲーム的な「好感度がどうの」という思考はナンセンスだったが、考えずにはいられなかった。
だって、こちらはアランの気を引くような言動はいっさいしていない。それでもアランがなにかと気にかけてくれたり、優しかったりするのは……単に彼が思いやりのある人物だというだけなのだと――思いたい。
ここにきて「物語の強制力」なんてものが顔を出したりしたらわたしの心は死んでしまう。わたしはローズマリアとずっと仲良くしていたい。
……そんなことをぐだぐだと考えているうちにわたしたちの番になった。ちなみにローズマリアともちょっとおしゃべりしたが、彼女のペアは見知らぬ他寮の男子生徒だった。今は私服なので、どこの寮かすらわからなかったし、もう夜中だから顔もよく見えなかった。
主催の先輩から懐中電灯を手渡され、スイッチを入れて夜闇に沈む校舎に向かって歩き出す。大扉を開けて校舎内に一歩、足を踏み入れれば、冬のひんやりとした空気が足元をかすめて行くようだった。
「結構……雰囲気あるな」
「校舎自体古いものだから……余計にね」
古風な建築様式の校舎は雰囲気バッチリ。なるほどこりゃ肝試しに使われるし、怪談話にも事欠かないわ、と思うくらいに不気味な雰囲気がキマっていた。
事前に教えられた順路に沿って歩くだけ。事故防止の観点からおどかし役はいないと聞いている。それでも人間には豊富な想像力があるから、昼間とはまるきり違う雰囲気の校舎を歩くだけで、ちょっと心臓の鼓動が速まってしまう。
ちらりと横を歩くアランを見やる。当然のようにわたしより屈強で、バスケットボール部に所属しているだけあって高身長の彼も、雰囲気に気圧されているのか、緊張した面持ちで前方を見据えている。
びくびくしているのはわたしだけではないとわかったので、バレないようにちょっとだけ安堵の息を吐く。
アランもわたしもスニーカーできたので、廊下を歩く音は静かな方だった。遥か前方からはコツンコツンという硬い靴底が石造りの廊下を叩く音が響いてくる。案外とわたしたちより前に出発した組とは距離が近いのかもしれない。
わたしたちが向かう先は旧校舎のとある準備室。そこにホリデー中に閉じ込められてしまい、ホリデーが終わるまでだれにも見つけてもらえずに亡くなった生徒が幽霊として出てくる……という怪談話があるそうだ。
オカルト好きとして前世でも聞いたことのある話が、異世界でも出てくるというのは不思議な気分だった。魔法という――わたしからすると――夢のある世界で、前世と似たような定番怪談があるというのは、雰囲気ぶち壊しと言えば雰囲気ぶち壊しであるが……。
「例の準備室、たしかに過去に閉じ込められた生徒がいるのは事実らしいが、死んだわけじゃないらしい」
「そうなの? 詳しいね」
「
「……だれかのイタズラじゃないの?」
「ペンキを塗り替えても同じ場所に浮かんでくるともっぱらの噂らしい」
「……死んだ生徒はいないっていう話なのに……不思議だね」
「そうだな」
アランから拍子抜けする情報を得たわたしは、単純にも心に余裕ができる。
――そりゃあよっぽど運が悪くなきゃ、学校内だし、閉じ込められてもだれか気づくよね……。わたしがローズマリアに気づいてもらえたみたいに。
ちょっと考えればすぐに思い至れるだろう結論であったが、アランに言われるまでそこまで頭が回らなかった。
――死んだ生徒はいないのに、爪の跡が浮かび上がってくる……。オカルト的に考えれば、場所がそのときの女子生徒の絶望を記憶していて今でも想起している……とか、そういう話になるのかな?
それは流石に、あまりにも妄想が過ぎるのでアランに言うのはやめておいた。アランに好かれたいとは思っていないが、嫌われるのはそれはそれでひとりの人格ある人間としてツライものがあるので。
「――お、もう準備室か」
アランが持つ懐中電灯の明かりが、数メートル先にある準備室の扉を照らす。あとはこの準備室に入って、置いてある紙を一枚ずつ持って帰ればオッケーだ。
波乱もなく、簡単に終わりそうな気配を感じて、わたしはいつのまにか力が入っていた肩をそっと撫でおろす。
しかし――。
「きゃ――――――!」
「ぅおぎゃあああああああああああああああ!!!????」
準備室から絹を裂くような男の悲鳴と、かろうじて女声とわかる雄たけびが廊下にまで響き渡った。
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