(14)

「怪談のことはひとまず置いておいて……それよりも聞きたいことがあるんだけど」

「……なに?」


 大騒ぎしていたクリスタルは、今は鼻をひとかみして一応落ち着いている。もう一度怪談へ意識を向けさせれば面倒になると思ったわたしは、話をそらすべく、以前からの疑問を口にする。


「『不幸の手紙』のこととか――」

「あーっ! アレ、アンタ教師にチクったでしょ!? お陰で追加の罰則食らっちゃって大変なんだから!」


 べそべそと泣きべそをかいていたと思えば、今度はぷりぷりと怒り出す。さながら感情のジェットコースターである。……クリスタルが訴えてきた文句についてはこうとしか言えない。「知らんがな」。……口に出しはしなかったけど、表情では伝わっただろう。クリスタルは怒りか悔しさのためか、白かった頬を朱色に染めている。


「罰則については自業自得だとして……。単刀直入に聞くけど、クリスタルさんって――異世界からの転生者なの?」

「え?! もしかして、アンタも?!」


 あまりに素直すぎるクリスタルの返答に、わたしは脱力する思いだった。しらばっくれられたり、頭がおかしい人間だと思われるリスクを一応は覚悟の上で聞いたのに、こうもあっさりと認めるとは。


 しかしわたしたちが同じ異世界転生者であるという事実は、クリスタルからすれば不都合なものらしかった。そのやや太い眉がみるみる釣り上がって、グリーンの瞳は明らかに不満や不機嫌さをこちらへと訴えかけてくる。


 クリスタルが言いたいことは、わたしにはなんとなくわかっていた。


 クリスタルは自らが特別な人間であると思って――思い込んで――いることで、あれほど傲慢な振る舞いができていたのだろう。異世界転生という夢のような出来事に加え、魅了魔法の持ち主として生まれたのだ。クリスタルはそれによって勘違いし、暴走しているに違いなかった。


 そしてその予測は的中し、ほとんど同じようなセリフをクリスタルは悔しそうな顔をして口にする。異世界転生者がふたりもいる事実は、彼女にとってはとてつもなく気に障ることらしい。


「そうね……アンタって光属性持ちらしいじゃん。おまけにド田舎出身で光属性に目覚めたのはここ数年の話って聞いた」

「うん。そうだよ」

「アンタって……ヒロインなの?」

「まあ……この世界と似た小説の中じゃ、エマ・サマーズっていう人間はヒロインだったよ」


 こんな会話、他人に聞かれたら頭の状態を心配されてしまうな、と冷静な部分で考えながら、ひとことひとこと、慎重に言葉を選んで発して行く。


 クリスタルはといえば、胸の前で尊大に腕を組んでわたしを見ていたが、不意に「小説?」と不思議そうな顔をした。


「『ディアモンド魔法学園の聖女様は逆ハーレムなんてお断りっ!』っていう小説の世界と、この世界は似ているんだけど……」


 わたしがそう言えば、クリスタルはやはりどこか悔しそうな顔をして唸り出した。その様子を見て、わたしはそれなりに彼女の思考を察する。わたしが聡いのではなく、クリスタルの言動はあまりにわかりやすすぎた。


「『ディアりっ!』って呼ばれてたんだけど……知らないみたいね」

「……アンタのほうがアドバンテージがあるってことね」

「まあ、知識はあるわけだけど……でもここは――」

「でも! あたしは魅了魔法持ちだし?! アンタみたいな光属性しか取り得がないモブ顔女と違って、あたしは美少女だし?!」

「え? 急にマウント取り出した……?」


 わたしは困惑から眉間に皺が寄ってしまう。しかしそんなわたしの表情などお構いなしにクリスタルはまくし立てる。


「よくある『ざまぁ』小説みたいには行かないんだから!」

「別にクリスタルさんに『ざまぁ』する理由なんてないんだけど……」

「どーだか! アンタだってヒーローにちやほやされたい『逆ハー狙い』女なんでしょ!?」

「いや、別に逆ハーなんて狙ってないんだけど」

「ぜんぜん魅了魔法が上手く使えないけど、あたしはあきらめないから! 『嫌われ』小説のヒロインだって最初はマイナススタートだけど、最終的には逆転するんだから!」

「えーっ……クリスタルさんは嫌われ小説のヒロイン気取りなの……?」

「は? なによ、悪い?! アンタだってこの世界のヒロインなんじゃん!」

「いや、別にこの世界のヒロインだとか痛いこと思ってないんだけど……あくまで似た世界観を持つ小説のヒロインと同設定だっていうだけの話で……」


 クリスタルとやり取りをしていると、頭が痛くなってくる。同時に段々と会話に収集がつかなくなってきた気配を感じて、わたしの頭痛は加速する一方だった。


 それからの思い込みが激しく尊大なクリスタルの言い分を、これまでの発言も含めてまとめると――。


 クリスタルはここが乙女ゲームを題材としたネット小説にありがちな設定の世界だと思っていたらしい。最大の理由はわたしの存在。クリスタル曰く「平々凡々なさしたる魅力もない女」がイケメンとイベントを起こしまくっていたからそう断定した――だそうだ。


 そして魅了魔法。これまたネット小説で散見される設定を持って生まれたことで、自分は小説世界の「ざまぁ」されるキャラクターとは同じ轍は踏まないように行動してきたのだが、どうにも上手く行っておらず、それが原因で寮でも孤立しているらしい。


 でも自分は「嫌われ小説のヒロイン」――メインキャラクターから思いっきり嫌われている状況から始まる小説のヒロイン――なのかもしれないと思って、まったくへこたれることも、めげることもなく魅了魔法を使い続けていたらしい。けれどもそれで余計に遠巻きにされるようになっているようだ。


 そして肝心の「不幸の手紙」を送りつけてきた理由。それは端的に言うと嫉妬と鬱憤晴らしのためだった。わたしとイケメンのやり取りを見てネット小説にありがちな設定の世界だと断定したが、そこから上手くコトが運べない。自分はこんなんなのに、エマ、つまりわたしは上手いことやっている……。と思い込んだ末の犯行らしかった。しかし効果がなかったのは、先の顛末の通り。


 ……わたしをヒロインだと断定する辺りなんかは妙に勘が鋭いが、それ以外はお粗末もお粗末としか言いようがない。


 ――やっぱり「残念美少女」だ……。


 わたしが心の中でそう思ってしまうのも、むべなるかな。


 そう、クリスタルはわたしと違って、大多数の人間が思い描くような美少女だ。魅了魔法なんて使わなくても、黙ってニコニコしていれば、それだけで男が寄ってきそうなくらいの美少女なのに――。


 ただまったく反省もせず、あきらめもせず、めげもしない図太さは見習いた……いや、見習いたいような、こんな人間になってはいけないと己を戒めたくなるような……複雑な感情を喚起させられる。


 とにかく、わたしがクリスタルに伝えたいことはただひとつ。


「わたしは逆ハーヒロインになる気はないから!」

「ゼッタイうそ」

「嘘じゃないってば」

「はー? あーんなイケメンにぐいぐいこられて『興味ない』ってうさんくさすぎるっての! あたしはそんな演技に騙されないんだからね!」

「いや、イケメンだろうがそうじゃなかろうが、今は本当に本気のマジで恋愛に興味がなくて――」

「恋愛に興味がないのにネットの恋愛小説には精通してるって……ヘン! やっぱりうそでしょ!」

「いや、それはそれ、これはこれってやつで……二次元とリアルは違うっていうか――」

「アンタがなにしようが、なにを考えようが、あたしはぜーったい逆ハーレム築いてやるからね!!! 覚悟してろ!」


「覚悟って……なにに対して覚悟すればいいの……?」


 わたしの最後の言葉は、つむじ風のように医務室から立ち去ったクリスタルには恐らく届かなかっただろう。


 医務室にひとり取り残されたわたしは、しばし呆気に取られたものの、つい先ほど「医務室の眠り姫」という怪談を目撃したということを唐突に思い出した。身震いをひとつして医務室をあとにする。しかし脳内を占めるのは本物の怪異を目撃したという稀有な体験ではなく、また別の珍しい事象であるもうひとりの異世界転生者、クリスタルについてだった。


 あれほどに思い込みが激しい暴走機関車のような人間を、説得するのは難しいだろう。他方、クリスタルは自爆しまくっているらしく、魅了魔法の餌食になる人間が出る可能性は低そうだった。……となると、最善策は「放置」なのかもしれない。


 わたしは廊下をトボトボと歩きながら、思わず深いため息をついた。

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