(11)
入学してからもうそろそろ二ヶ月が経とうとしていた。そろそろ秋も終わりに近づき、肌寒い空気が風と共に通り抜ける。
新入生たちも学園に馴染み始め、顔見知りの数が増えてつるむグループも固定化され始める。そんな時期であったが、いまだにわたしはローズマリア以外の友人らしい友人ができていない。
同じルビー寮に所属するアランとは顔を合わせれば会話するものの、彼を友人とカウントしていいかは躊躇してしまう。生真面目な彼のことを思うと、単に律儀な性格から言葉を交わしてくれているだけかもしれない……とネガティヴな感情に支配されてしまう。
エメラルド寮のジャスティンや、オパール寮のデイヴィッド殿下とギャリー先輩は論外である。彼らは、友人ではない。ギリギリ知人と言ってもいいくらいか。
珍しい光魔法持ちということで敬遠され、畳み掛けるように――理不尽な理由による――嫌われ者の闇属性持ちのローズマリアと親しいとあれば、君子危うきに近寄らずとばかりに同級生たちはわたしたちを遠巻きにしている。
新しい人生、二度目の生。できることなら前世と違って友達をたくさん作れたらよかった。
……でも、ローズマリアひとりがいれば、それはそれでいいかなとも思う。ローズマリアは友人として付き合うには気持ちのいい人間だったし、心の底から尊敬できる友人というのは得がたいものだろう。
他方、わたしはそんな素敵なローズマリアに、なにかしてあげられているのかなとも落ち込む。同級生たちに遠巻きにされることよりも、ローズマリアと友人ではなくなる妄想のほうが、遥かに恐怖をかき立てられるのだ。
――我ながら、ちょっとローズマリアのこと好きすぎるよね……。わたし、キモくない?
そんな風に心の中で己に突っ込みを入れたりする。
闇属性持ちだからと忌避しないで、ローズマリアと付き合えば彼女の良さはすぐに理解できるだろうに。同級生たちはもったいないことをしているなと思う。
一方、わたしは自分のよさが理解できないので、同級生とは今の距離でもいいかもしれないとか、後ろ向きに考えてしまう。雑な低評価よりも、買いかぶった高評価のほうが、わたしは怖い。勝手に幻想を抱いて、勝手に期待して、その果てに「幻滅した」とか理不尽なことを言われたら落ち込んでしまう。
しかしまあ、現状の「男子生徒に媚を売っている」とかいう噂も、それはそれで落ち込むんだけれど。
そう、なぜかそんなわたしがまるで「男好き」であるかのような噂が出回っているのだ。珍しい光属性の魔法をエサにして近づいているとかなんとか……。わたしから男子生徒に近づいて行ったことなんて、教師や同寮の先輩に用事を頼まれたときくらいしかないっていうのに。
お陰様で一部の女子生徒からは「尻軽女」とか「身のほど知らずの男好き」などという不名誉な呼ばれ方をされているらしい。男子生徒からはどう思われているのかは知らない。「押せばヤれそう」とか下世話なことを噂されていたら、泣いてしまうかもしれない。
しかし今のところそっち方面で絡まれたことがないのは――わたしが平凡顔の女だからかもしれない。いや、「女だったらだれでもいい」とか、「顔よりも大人しそうな性格優先」とかいうゲス野郎が世の中には存在していることは知っている。だからいまだそっち方面で絡まれたことがないのは、単に幸運が続いているだけなのかもしれない。
それから一応、ディアモンド魔法学園は名門校と世間では呼ばれている。そのわりには校則は厳しくないんだけれど、そんな名門校を退学になるような事件を起こせば、社会的に死ぬ生徒もいるのだろう。だから、今のところわたしを悩ませるのは直接的なイヤがらせなのではなく、対処の難しい噂ばかりなのだった。
けれどもしかし、鬱憤というものは解消する機会がなければいずれは爆発するものだ。
そうやって爆発したのだろう結果が、今わたしの手の中にある。
「不幸の手紙」――。「この手紙を何人に送らなければ不幸になる」というチェーンレターではなく、「送りつけた相手を不幸にする」手紙。ルビー寮の交流会のときに先輩から聞いた、あの「不幸の手紙」が今、わたしの手の中にあった。
手紙が入れられていたのはわたしが使っているロッカーである。まあ、「不幸の手紙」を真正面から手渡しするバカはいないだろう。それでも送りつけたいとなれば、最も手ごろなのは個人ロッカーとなる。
しかし――。
……先ほどから、ずっと、そうロッカーを開ける前からずっとわたしは視線を感じていた。どちらかと言えば鈍感なわたしが気づくほどの、熱い視線だ。その視線はわたしが手紙を読むのを今か今かと待っているように思えた。
わたしはため息をひとつ吐いて、手紙を開封する。封筒と手紙は購買で売っているものだったから、視線がなければだれが送りつけてきたのかとわたしは動揺していたに違いない。
封筒から手紙を取り出し、折られた紙を広げる。そこには――。
――きっっったな!? 字、きったな!!!
……まるで釘を飲み込んだミミズが、苦しみにのたうちまわったような文字が踊っていたのである。
ざっと目を通してみたが、文法ミスは少ないものの、スペルミスがひどい。わたしだって上等な文章を書くわけではないが、この手紙はあまりにひどかった。熱視線を送ってくる女子生徒には、「文字も文章もヘタクソすぎる」と叫びたかった。
わたしはあまりにもお粗末な「不幸の手紙」を読んで、前世の世界にあった「棒の手紙」を思い出す。横書きにした「不幸」の文字がくっついて「棒」になった、という脱力な話である。エマであるわたしが受け取った手紙は、それを彷彿とさせた。
そして実は手紙を開封する前に、ローズマリアから習った防衛魔法を張っていたのだが……それは不用だったようだ。
「不幸の手紙」は言ってしまえば「呪術」である。正しく術式を編み、それを対象に届ける。それによって術式が発動する。そういう仕組みなのだが……。
わたしが受け取った「不幸の手紙」の術式は不完全なものだったのだろう。手紙を読んでもなにも起こらないのがその証拠だった。もしも術式が発動していれば、わたしの光属性の防衛魔法が反応しているはずだからだ。
……しかし、だれかがわたしを呪おうとしていた――つまり、害をなそうとしていたのは、たしかで。
その事実にわたしは怒りを覚えた。だから、内気な心を奮い立たせて、わたしは隠れている――つもりらしい、熱視線を送ってくる女子生徒のほうへ勢いよく振り返った。
視界の端にチラチラと映るだけだった女子生徒を、真正面から見据える。制服のリボンタイはグリーン。ジャスティンと同じエメラルド寮の所属を示している。見事な金髪をウェービーロングにしていて、パッと見はお姫様を模した人形のような印象を受ける。鼻筋はスッキリとしていて、唇はちょっとぽってりとしている。……つまり、相当な美少女だということだ。
そんな女子生徒へ、わたしは怒りのままに大股で駆け寄って、汚い字が踊る手紙を突き出した。
「これ――あなたが書いたの?」
寮の先輩によれば、「不幸の手紙」は送りつけた時点で相手を不幸にできるという。けれども送り主を見破れば、不幸はその者へと返るのだという。
もちろん、今わたしの目の前にいる美少女もそのことを知っているのだろう。わたしに詰め寄られたからか、あるいは看破されたからか、目を泳がせて大いにあわてだす。
「どっ、どうして――」
「どうしてって、あ、あなたがさっきからずっとわたしを見ていたから――」
「そうじゃなくて!」
「え?」
「普通に考えて、読んだ時点で呪いは発動するはず! アンタはあたしのことを見破る前に読んだのに……なのになんで呪いが発動しないの?!」
目をきょろきょろと泳がせながら、あせったように美少女がまくし立てる。彼女が言わんとしていることを理解したわたしは、目の前にいる美少女のオツムが思ったよりもヤバいのではないかという事実に思い至った。
「……いや、こんなスペルミスだらけの汚い字で編んだ呪術なんて、普通に考えて正常に作動するわけないと思うんだけど」
字が汚いという自覚はあったらしいのか、美少女はカッと怒ったように目を見開くと同時に、その憤怒ゆえかあるいは羞恥ゆえか、薄桃色だった頬を真っ赤に染めてわたしを見返す。しかし口をパクパクとさせるのみで、言葉は出てこないようだ。
わたしはため息をついて美少女がつけているグリーンのリボンタイを見た。
「名前は知らないけど……エメラルド寮の人だよね? このことはエメラルド寮の寮長先生に報告させてもらうから」
トイレの個室に閉じ込められたときと違って、今回は手紙という明確な客観的証拠がある。それにこの手紙に踊る文字……こんな特徴的な字を書く人間は学園内にそうふたりといないだろう。
わたしが寮長先生という単語を出したからか、美少女はにわかにあわてだし始めた。だからわたしは美少女の腕をつかもうとしたのだが、一歩遅い。美少女が身を翻して逃げ出すのが先だった。
「――ちょっと! 名前くらい教えなさいよ!」
「バーーーカ! だーれがアンタみたいな逆ハー狙い女なんかに教えるかっての! 覚えときなさ――うぶっ!?」
廊下を全速力で走りながら、振り返ってわたしに悪態をついた美少女は――しかし廊下の向こう側からやってきたひとりの女子生徒とぶつかった。女子生徒は体が揺らめいたものの倒れなかったが、美少女は思いっきり膝から廊下に倒れこんだ。
「いったあーい! ちょっとアンタ! どこ見て歩いてんのよ!?」
「いや、それは向こうのセリフでしょ……」
美少女に追いついたわたしは、改めて彼女と――
「大丈夫? ローズマリア。怪我はない?」
美少女にぶつかられたローズマリアを見た。
ローズマリアはいきなりぶつかられたというのに、イヤな顔ひとつ見せず、廊下へ無様に倒れこんでいた美少女へと手を差し出す。
「ええ、エマ。わたくしは大丈夫ですよ。けれどもクリスタルさんに怪我がないか……」
「え? この子の名前、知ってるの?」
床に倒れこんだまま、ローズマリアをにらみつけていた美少女は、あからさまに「マズいっ!」と言いたげな顔を作る。
しかしわたしのほうを見ていたローズマリアはその表情の変化には気づかなかったらしく、笑顔で美少女のフルネームをバラした。
「ええ、存じておりますわ。エメラルド寮のクリスタル・オータムさんよ」
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