(10)
魔法に関してはハッキリ言って素人もいいところである。家庭教育で魔法を学んでいた上流階級の生徒と比べれば、ド田舎暮らしの平民であるわたしの知識は赤ん坊もいいところ。
それでも――いや、だからこそ? 新しい知識を学ぶという行為は単純に楽しく感じられた。自分の世界が広がって行く快感とも言いかえられるだろうか。
今のところは小テストでいい点は取れていないが、授業終わりや休憩時間を使って積極的に教師に質問へ行っているので、どうも真面目な印象を抱かれているようである。
それは前世のわたしでは考えられないような行動だった。なにせ、典型的な喪女で、当然のように引っ込み思案だったので……。
そんなわたしを変えたのはローズマリアの存在だ。性格面で彼女のようになるのは難しい。一朝一夕で真似できるものではない。だから、せめて勉強面では勤勉なローズマリアを見習い、その隣に並び立ちたいという思いがある。それが原動力となって、内気なわたしをどうにか突き動かしている。
わたしをそんな風に変えてくれたローズマリアの存在は、聖女か女神か天使か――といったところである。……もちろん、本人に言えば困らせてしまいそうなので、一度として口にしたことはないが。
そんなローズマリアにはやはり助けられる場面も多い。勉強面でも、実生活面でも、彼女は細かいところにも気がつくそんな人だから。
たとえばこのあいだ、わたしが生理だった期間のとき。
体調は絶不調、お肌の調子も悪いし、鎮痛剤を飲んでも下腹部には違和感がある――。そんな状態で朝から口数が少なく、しおれていた自覚はあった。
そんなときに運悪く自由奔放なジャスティンに絡まれてしまった。わたしに興味がある「愉快犯」ジャスティンは、わたしが不調であることは目ざとく気づいたものの、その理由までは一切察せられなかったらしい。
「体調悪いの? 医務室に行けば?」というジャスティンの珍しい気遣いのセリフに、わたしは曖昧な笑みで返すしかできなかった。
体調が悪いのは事実だったが、医務室には行きたくなかった。授業で遅れをとるのはイヤだったし、今のところ、生理痛への対処法は鎮痛剤を飲むという方法を取っている。
わたしの返事を聞いて「そう」とでも言って退散してくれればよかったのに、なぜだかその日のジャスティンは意固地になったようにわたしに絡んだ。
心配してくれるのはうれしかったが、同級生の異性に、生理のことについては話しにくい。エマの中身は大学生の喪女なのだが、それはそれとして――いや、だからこそ?――恥ずかしい。
それに男性であるジャスティンには生理のわずらわしさを推し量ることはできても、永久に体験として理解できない感覚なわけだし……。
――どうやってここから抜けだそうか。
わたしが思案をはじめたときに颯爽とやってきたのは、ローズマリアだった。
「あら、エマに……ジャスティンさん」
「名前覚えててくれたんだ」
「ええ、同級生ですもの」
「いや、同級生だからってすぐに名前が出てくるものじゃないと思うけど……」
ジャスティンは闇属性持ちとして有名なローズマリアがやってきても、イヤな顔をしたりはしなかった。むしろ、好奇の目を持って彼女を見ている。わたしを見るときと同じ目だ。悪意がないことはわかるけど、居心地のいい視線ではないのもたしか。
だけどローズマリアは慣れてしまっているのか、あるいは気にしないようにしているのか、そんな視線を受けてもまったく意に介した様子を見せない。いつも通り背筋をピンと伸ばして、スカートの裾を揺らしながら、優雅な足取りでわたしたちに近づく。
「エマ、ウィンターフィールド先生が呼んでいたわよ」
「え? そうなの? わざわざありがとう。……それじゃ、ジャスティン、わたしは先生のところに行くから!」
「……体調が悪いなら早めに医務室に行ったほうがいいよ?」
「心配してくれてありがとう……でも、今は大丈夫だから」
「……そう」
ローズマリアがジャスティンに軽く会釈する。ジャスティンは納得していない様子だったけれど、生理について説明はしたくないので、そんな彼の顔は申し訳ないが無視することにする。
高い天井が続く渡り廊下を歩き出し、角を曲がってジャスティンからわたしたちの姿が見えなくなっただろう頃。ローズマリアが申し訳なさそうな顔をしてわたしを見た。
「ごめんなさいエマ、先生が呼んでいるというのは嘘なの」
「――え?」
呆気に取られたわたしは、思わず足を止めて隣を歩いていたローズマリアを見やる。彼女は柳眉を八の字にしてわたしを見ていた。
「その――ジャスティンさんに色々と聞かれて困っていた様子でしたらか、つい、思わず。……余計なことをしてしまったかしら?」
「ううん! 全然! むしろ助かったよ……! ありがとう、ローズマリア!」
わたしがそう言うとローズマリアはホッと安堵したように目元を緩めた。
「朝からその……生理がきちゃってツラくて。でもジャスティンには言えなかったから……」
「そうでしたの。……それじゃあ後でカイロを差し上げますわ」
「カイロ! 持ってるの?」
「教室のカバンの中にありますの。わたくし、月のものは少々重い体質でして……」
「貰っちゃってもいいなら貰っちゃうけど……」
「ええ。是非使ってくださいな」
微笑むローズマリアを見て、こういうときは持つべきものは同性の友人だと思った。……どうしても、異性には言いにくいことって、ある。少なくともわたしはそうだ。前世が前世だから余計に。
それを差し引きしても、ローズマリアは友人とするには理想的な人間に見えた。気が利いて、優しくて、でも優柔不断じゃなくて、一本芯が通っている――。
そんなローズマリアを闇属性というだけで遠巻きにしてしまうのは、もったいないなと思った。一方で、そんな先入観バリバリでローズマリアを見る人間には、彼女に近づいて欲しくないとも思う。……そういう考えはちょっと自分でも気持ち悪いなと思うので、決して口にはしないが。
ローズマリアはわたしにいい影響を与えてくれる。前――前世――よりも前向きになれたし、積極的に勉学に励むようにもなった。この世界で生きて行く上で、魔法の勉強をして損をすることってないだろうから、そこそこしか勉学に励まなかった前世と比べれば、これはいい傾向だと思う。
ローズマリアはわたしよりずっと勉強ができるが、魔法の知識が赤ん坊レベルのわたしにもわずらわしい顔をせず丁寧に教えてくれる。下手な教師よりもローズマリアの説明の方がわかりやすいときがあるくらいだ。
ローズマリアの足を引っ張っていないかときたま心配になるが、彼女は「いい復習になりますわ」と言って微笑んでくれる。それがどこまで本心かは彼女本人にしかわからない。だけど今は、ローズマリアを信じて言葉通りに受け取りたいという気持ちが強かった。
前世のわたしだったらきっと、猜疑心にまみれた心しか向けられなかっただろうが、今は違う。ローズマリアを友人として信じたい。いつのまにか、そんな気持ちを強く抱くようになっていた。
「共に切磋琢磨して行きましょうね!」
そう言ってくれるローズマリアを前にすると、わたしの日々抱く負の感情は浄化されて行くようだった。
――ローズマリア、マジ光属性……。魔法は闇属性だけど、性格は光属性だよ! わたしよりずっと光属性が似合う気がする……。
……そんな感じで、今のわたしはローズマリアとの時間を大切にしている。だから、『ディアりっ!』のヒーロー――と同設定の生徒――とエンカウントしまくっても、どうにも恋愛対象として意識するとかいう心境にはなれなかった。
けれども周囲はそうとは考えてくれないようで……。
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