(9)
ここは『ディアりっ!』の世界と似てはいるが、そのものの世界ではない――。
なぜならば、ヒロインであるエマ……わたしも、ローズマリアも、『ディアりっ!』の設定やストーリーから逸脱してしまっている。
『ディアりっ!』でエマとローズマリアは最終的に和解はするものの、友人にはならない。
そしてヒロインであるエマほどわたしは強くも優しくもなく、悪役令嬢と言われたローズマリアは性格は光属性というような調子で、わたしに嫉妬して狂って行く姿なんて微塵も想像できない。
そもそもエマであるわたしは、『ディアりっ!』のローズマリアが狂う原因になったデイヴィッド殿下と親しくなんてしていないわけで……。
そう、ここは『ディアりっ!』に似てはいるが、違う世界――のはずだ。
――はずなのに、どうして主要キャラクターとエンカウントしまくるの?!
今、わたしの頭を絶賛悩ませているのは、ちんぷんかんぷんな魔法史の小テストなどではなく、『ディアりっ!』に登場するヒーローたちのことであった。より正確を期するのであれば、「『ディアりっ!』に登場するヒーローと『同設定の生徒』たち」と言うべきだろうか。
今のところ出会ったことのあるヒーロー――と同設定の生徒――は四人。
入学式のときに出会ったデイヴィッド殿下と、お付きの騎士であるギャリー先輩。ふたりはオパール寮に所属しているのと、学年が違うためによほどのことがない限りエンカウントしないはずである。
だと言うのによく出会う。授業だってわたしが一年生のうちは被ることなんてないのに。なのによく出会う。
おまけにデイヴィッド殿下は生徒会にわたしを勧誘することをあきらめてくれない。その情熱はどこからくるのやら、さっぱりわからなかった。
これでわたしが美少女だとか、気立てがいいとかだったら執着するのもわかるのだが……現実は知っての通り。わたしは美少女じゃない平凡顔の小娘だし、前世喪女のわたしに気立てのよさとか期待されても困るというのが正直なところ。
デイヴィッド殿下としては、珍しい光属性持ちと縁を繋いでおきたいといったところだろう。
それか、わたしがあまりにもにべもなく断るようになってしまったので、向こうも意固地になっている可能性は……ミリくらいはあるんじゃないだろうか。
ギャリー先輩はなにを考えているのかよくわからない。
『ディアりっ!』だとまずデイヴィッド殿下と流れで仲良くなってから、その延長線上とも言うべき形でギャリー先輩とは仲良くなるので。……つまり、わたしがデイヴィッド殿下に近づかない限りは、ギャリー先輩と打ち解ける機会も訪れることはないのだろう。
ちなみにギャリー先輩は、デイヴィッド殿下がやや自由奔放で人を振り回すところがあるのと対になるようにか、生真面目で冗談が通じず主君である殿下に振り回される……というような設定であった。
同じルビー寮に所属するアランは、男女で建物が分かれているとは言え、同寮の縁もあって顔を合わせることは多い。一年のうちは選択授業も少ないから、机を同じくする機会も多い。
そしてなぜか先生からいっしょに用事を言いつけられたり、女子寮の先輩の頼みで男子寮に伝言を届けに行ったりといった、わたしの意思では半ばどうしようもできない出来事の積み重ねで、今では会えば一言二言会話を交わす仲である。
正直、まあこれくらいならセーフかな……と思っていたのだが、アランは『ディアりっ!』ではワイルド系イケメンな描写をされていた通り、とても顔が整っている。……つまり、入学して一ヶ月ほどですでに彼のファンみたいな層ができつつあるのであった。
しかしアランはと言えば、そういった空気は御免被るという様子。『ディアりっ!』でも硬派な――つまりは真面目なキャラクターとして立ち回っていたから、黄色い声を送られるのは彼としては特にうれしくもなんともないのだろう。
アランは見た目はワイルドで軟派そうに見えるが、『ディアりっ!』の設定通りならば勉強第一の優等生なのだ。
単に彼がわたしに声をかけてくるのは、他の女子生徒みたくポッと頬を赤く染めたり、キャアキャアと甲高い声を上げないからという理由もありそうだ。優等生なだけあって律儀な性格だから、わざわざ挨拶したり、声をかけたりしてくれるのだろう。
……そういうわけであるから、アランに声をかけられても無視をすることはできない。なぜならわたしの心が痛むから。
デイヴィッド殿下みたいな強引さはアランにはないし……。
そして一番直近でエンカウントしてしまったのは、エメラルド寮のジャスティン。先生に授業の質問をしにいったときに遭遇してしまったのだ。
ちなみにジャスティンは当の先生から説教を受けていたにもかかわらず、まったく意に介した様子を見せずあくびすらして見せていた。
そしてどうも――そのときに興味を持たれたらしい。え? なんで? と頭上に特大のクエスチョンマークを点灯させたいところだが、どうも事実なので仕方がない。
『ディアりっ!』のジャスティンは面白いことが大好きなショタ系の可愛らしい少年。『ディアりっ!』の地の文では「愉快犯」と書かれていたこともあった。しかし、その描写はわたしの知るジャスティンの性格を見事に現していると思う。
『ディアりっ!』では珍しい光属性で、ド田舎出身で物を知らないエマにジャスティンは興味を持って近づいてくる。最初の扱いは「面白いオモチャ」というようなひどいものだが、次第にエマの物怖じしない性格に惹かれて行く――という感じだったはずだ。
そして、今、まさに「面白いオモチャ」扱いを受けている段階なのだが……エマはわたしなので、ここから先、好感を抱かれる展開にはならないはずである。
つまり、ジャスティンが飽きない限り、「面白いオモチャ」扱いが延々と続くわけで……。ひとことで言うならば、「地獄か?」である。
なのでジャスティンとは授業が被ってもわりと会話は流してしまうことが多い。向こうもそれについては気にしていないようなので、今のままでもいいだろう……というのがわたしの考えだ。
ディヴィッド殿下、ギャリー先輩、アラン、ジャスティン……この四人は『ディアりっ!』ではヒロインであるエマの逆ハーレムの成員である。
ちなみにデイヴィッド殿下は王子だが、王位継承順位はそんなに高くないのでエマに取り巻いていても問題はない……らしい。あくまで『ディアりっ!』の世界においては「そういうこと」になっていたので、わたしが生きる世界ではまた事情は変わってくる可能性は大いにあるが。
そもそも論としてわたしは彼らの全員、ないしいずれかと恋愛をするつもりはない。だから、「王子なのに多くの男と共にひとりの女を取り巻いていていいんかい問題」は発生し得ない。「
問題は――彼らと頻繁にエンカウントしている姿を、他生徒にも当然のように目撃されているせいで、どうも一部の生徒がわたしをよくない目で見始めていることである。
四人とも見目がいい、魔力量も多く、魔法の技能も高く、勉強もできると四拍子揃っている。だから冗談ではなくガチでファンクラブみたいなものがある。
そういったファンクラブはどうも内部で「会員であるうちは対象に恋愛的なアプローチを仕掛けない」というような不文律があるらしい。だから、「見守っているだけでいいの!」というタイプではない会員は鬱憤が溜まっている。……なのに、わたしは彼らと普通にエンカウントしまくって、会話もしまくっている。だから、そんなわたしに対していい気がしないのは自明の理であった。
正直な感想は「ファンクラブの不文律とか知るかよ!」というところであるのだが、そんなことを面と向かって言えたのなら前世で喪女をしていないという話である。ただ、肌に突き刺さるような視線を頂戴したときなんかは、「申し開きくらいさせて!」とは言いたくなる。
……まあ、わたしに敵意を向けてくる相手にそんなことを言ったって、「言い訳するな」のひとことで切られてしまいそうだが。
わたしが恋愛に消極的なのは、現実問題としてそういう事情もあった。こんな中で四人のうちだれかと、なにかの弾みで恋愛関係に陥ったならば、闇討ちに遭うこと必至である。
そもそも論としてわたしは――今のところ――恋愛をする気はない。四人以外の人間とも、だ。
前世では異性に対してはネガティヴな思い出しかない。それこそ語ってもまったく面白くない思い出しかない。それも、恋愛をどこか忌避する要因のひとつ。
しかしわたしが「今は」恋愛をしたいと思えない最大の理由は、魔法の勉強が楽しいからにほかならない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。