(8)
他の寮はどうなのかまではわからないが、どうやらルビー寮では新入生歓迎の名のもとに行われる交流会において、怪談話は鉄板らしい。それも、披露するのはこれから三年間通うことになる「学校の怪談」。恐らくは新入生を怖がらせて楽しむための催しなのだろう。
この交流会の幹事とも言うべき、ルビー寮代表監督生の先輩によれば、多感な年頃の学生が集う学園には、怪談話は山ほどあるのだと言う。そして現実にその怪談を「ただの怪談話」と甘く見て犠牲になった生徒もいる……と。
真実なのかは定かではない。至って真面目くさった調子で話されたものの、他の先輩方の口元は緩んでいる。しかしヒヨっ子の新入生たちの中には、本気にしてビビっている者もいるようだ。
しかし本気で怖がっている生徒は何人いるだろう。多くは先輩の言葉ということで真面目くさって聞いているだけのようだ。もちろん、後者にはわたしも入っている。
隣に座るローズマリアを見やれば、彼女はその紫の瞳に好奇心をたたえて、監督生の先輩を見ていた。……ローズマリアは案外と、この手の怪談話が好きなのかもしれない。
だがローズマリア同様、わたしも好奇心を刺激されたことはたしかだった。魔法のある西洋風世界の怪談話……妖精や悪魔が出てくるのかもしれない、と思うと、前世、わりとオカルトな作り話が好きだったわたしは新鮮な話を期待してワクワクしてしまう。
ちなみに交流会の場所は女子寮の談話室である。交流会らしく怪談話の前座では寮のルールや、それらを破った際の罰則について改めて説明された。しかし男子生徒たちは普段は立ち入れない女子寮に入れたことで、浮ついている者が多いようだった。
どの寮も男子寮と女子寮は、隣り合っているが建物そのものが違う。そして男子女子どちらの寮も、談話室までは異性を入れても構わないが、与えられた各私室に異性を入れたのがバレた場合、一発で退学処分となる。
こういった学校に通ったことのないわたしは、そのルールは厳しすぎやしないかと思ったが、学園側としては生徒を保護者から預かっている身。万が一にも間違いがあってはならないのだろう。ローズマリアによれば
そういうわけで男子校や女子校のボーディング・スクールに比べれば、ディアモンド魔法学園は共学であるぶん恋人は作りやすいものの、「いたす」場合には場所に苦慮するのだそうだ。
――そうだよね……思春期真っ只中だし、恋人ができたらやることやりたいよね……。
前世は見事な喪女だったわたしには、なんだか遠い国の話を聞いているかのようだった。
……こんな風に逃避行為に走っているのには理由がある。
視線が痛いのだ。
同級生から先輩まで、あからさまに好奇の目で見られているのだ。わたしが珍しい光属性の持ち主だからで――それから、隣に闇属性持ちのローズマリアがいることも、一因だろう。
この世界の人間としては、光属性持ちと闇属性持ちがいっしょにいるのは物珍しく映るらしかった。生まれてからこっち、ド田舎暮らしをしていたわたしには、あまりよくわからないが。
わたしはそんな居心地の悪さから逃れるように、パーティー開きされたポテトチップスの袋から一枚つまみ、コーラの入った紙コップに口をつけた。
監督生の先輩が声をかけて談話室の明かりを落とす。懐中電灯を手にした別の先輩が、ニヤニヤと笑いながら、「世にも恐ろしい」学園の怪談についておどろどろしい口調で話し出す。
そうして先輩たちが順番に話して行くのを、わたしとローズマリアを含む新入生たちは、菓子類をつまみつつも真面目に耳を傾ける。
その内容は――前世ではオカルト話が大好きだったわたしからすると、あまりにも聞き飽きた、肩透かしなものだった。
まず、一番手の先輩が話してくれたのは「不幸の手紙」。と言うとチェーンメールならぬチェーンレターの類いかと思ったが、先輩が話してくれた内容は少し違った。
先輩の言う「不幸の手紙」とは、「手紙を送りつけた相手を直接的に不幸にする」ものなのだと言う。受け取った時点で送りつけられた相手は不幸になると言うのだから、なかなか理不尽だ。
しかしその「不幸の手紙」には、出回りまくった都市伝説にはありがちな対抗策が存在する。
それは「不幸の手紙」を送りつけてきた相手を看破すること。すると「不幸の手紙」の「不幸」は送り主へと返るのだと言う。
「――それで怖いのがここからだ。その『不幸の手紙』の中には死者からの手紙がまれに紛れているらしい。その死者の名前はハッキリと伝わっていないが、『アリス・ウィンター』とか『アイリーン・ウォーター』とか『アビー・ウィリアムズ』だとか言われている。その『アリス』だか『アイリーン』だとかいう生徒は、過去にこの学園に在籍していたが不幸な事故で亡くなり、今も学園をさまよっているんだとか。……もし『不幸の手紙』が送られてきたら、さっき挙げた名前を口にするといいぞ」
二番手の先輩は、「不幸を告げる放送の怪異」について語った。
主に始業や終業を告げる鐘の音を放送するために、学園中にスピーカーが設置されている。そのスピーカーからまれに「不幸な出来事を予言する」放送が流れるのだと言う。
「……いや、もしかしたらその放送は――不幸を的中させているんじゃなくて、不幸な運命を実現させているのかもしれないね。なんにせよ、不審な放送を聞いてしまったら……気をつけたほうがいいよ」
三番手の先輩は、「トイレのアリスさん」について話し始めた。
……わたしがサファイア寮のレティシアとパンジーに、トイレへと誘き出される際に使われた怪談だ。その内容は例のふたりから聞いたものと差異はなかった。
女子トイレの三番目の個室を三回ノックして「アリスさん」に呼びかける口上を述べる。それに返事があった場合、その「アリスさん」がノックをした人間の願いを叶えてくれるのだと言う。「トイレの花子さん」に似ているが、少し違う。
「……でもね。『アリスさん』は意地悪な人間が嫌いなの。なんでも、『アリスさん』はイジメを苦に自殺してしまった生徒が、地縛霊となった姿らしいの。だから私利私欲にまみれた願いを口にした場合は――どうなってしまうのか、恐ろしいわね?」
四番手の先輩が語ったのは、閉じ込められて死んでしまった女子生徒の話。
その教室は学園内に今でも存在しているが、滅多に使われないと言う。
「――それで、その教室は旧校舎にあるんだってさ。扉は鉄製。でも、その内側には爪で引っかいた無数の跡が残っているって聞く。何度ペンキを塗りなおしても、その跡だけが浮かんできてしまう……。それで、興味深いのはその閉じ込められた生徒も『アリス』って名前なこと。『トイレのアリスさん』はこの教室で死んで、生前よくイジメっ子たちから逃げていたトイレの個室に住み着いたんじゃないかって言われてる」
五番手の先輩は「医務室の眠り姫」について話した。
医務室のベッドを使っていると、隣のベッドの掛け布団が膨らんでいることに気づく。……まるで、だれかが寝ているかのようだが、その布団を剥ぎ取ってもだれもベッドにはいないのだと言う。
「これは結構目撃談が多い怪談なんだよね。ひとりきりのときじゃなくて、複数人がいるときでも現れるし、目撃証言も多い。先生たちも認識しているらしいけれど……いくらお祓いをしても効果がないから、放置されてるってハナシ。まあ、見たところで不幸が起こることもないらしいし、特に害はない怪談だね」
六番手の先輩が語ったのは「分身様」という遊びについて。
これはもうそのまんま、「こっくりさん」とか「エンジェル様」と呼ばれるものの亜種……という感じだ。使うのが一〇円玉とかではなく、ペンというところが西洋風と言えば西洋風だろうか。
「ごくまれにこの学園をさまよう悪霊を呼んでしまうことがあるらしくって、先生に知られると注意されるからやるときは気をつけて! え? 悪霊はなんなのかって? ……この学園も歴史が長いからね。悪霊の一体や二体、いてもおかしくないと思わない?」
その先輩が語り終えると、だれかが立ち上がって談話室の電灯を点けた。急に明るくなった視界の端には、寮代表監督生の先輩がいた。スイッチを入れたのは彼らしい。これで怪談話はおしまい、ということなのだろう。
先輩はパンパンと拍手を打って、寮生たちの注目を集める。
「学校の七不思議って言うやつは、七つ知るとよくないことが起こると言う……。だから怪談は六つまで。――それじゃあ本日の交流会はここまで! 消灯時間までには歯を磨いて部屋に戻ってベッドに入っておくんだぞ!」
……ハッキリ言って、怪談はありきたりな内容だった。なぜか前世日本人だったわたしにも馴染みが深い怪談ばかりだったのは、この世界に酷似している『ディアりっ!』の作者が日本人だからだろうか?
微妙にわたしが知る日本の怪談とは違ったりもしたが、誤差の範囲で、すべて聞き覚えのあるものだったのは正直オカルト愛好家としてはガッカリだ。
そんな風に話を披露してくれた先輩方にはちょっと失礼な感想を抱きつつ、わたしは隣に座るローズマリアを見た。ローズマリアは最初の好奇心に満ちた様子はどこへやら、なぜだかしょんぼりとした目をしている。
「ど、どうしたの?」
周囲の寮生たちが座り込んでいたソファや絨毯から立ち上がり始めたので、わたしはローズマリアを促しつつ床から立ち上がった。ローズマリアはやはり雨に濡れた犬のような、しょぼくれた目でわたしを見る。
「いえ……怪談とは言え『アリスさん』という生徒の話は……救いがないと思いまして」
わたしは呆気に取られて一瞬言葉を失った。「そういう受け取り方もあるのか」と衝撃的だった。
たしかに怪談に登場する、悲しい過去を背負った怪異は――言わば、バッドエンドを迎えた存在である。だからこそ、その無念や怨念を他者へとぶつける恐ろしい存在として、恐れられながら語り継がれて行くわけで。
「もし出会えるのであれば、救う手段はないのかと思ってしまいましたの」
ローズマリアの言葉は、だれかからよく思われたいだとかいう感情が一切感じられない……完全な善性から出た言葉に聞こえた。
聖女、という形容は彼女のためにあるのではないかと思ってしまうくらいに、後ろめたさなどといった陰や、あざとさが一切感じられない言葉だった。
人並みに人情はあるけれど、人並みに薄情な「平凡」を体現したわたしからすると、ローズマリアのその言葉はあまりにまぶしかった。
だからわたしはローズマリアに「そっか」という気のない返事しかできずにやきもきする。心のこもっていない慰めを口するのも、馬鹿らしいと言ってしまうこともできた。でもそのどちらも、口にすることはできなかった。
ローズマリアの隣に立つに、ふさわしい友人になりたいと思う。その思いにウソはなかったけれど――。
――ま、まぶしすぎるよ!
ローズマリアのオーラが可視化されれば、きっと黄金色の大きな光を纏っているだろう。そんなことを考え出してしまうくらいに、ローズマリアの言葉はあまりに曇りがなさすぎた。
――友達に……親友になりたいと密かに思っていたけれど……道のりは遠そう。
その夜はわたしには過ぎた友人であるローズマリアのことばかり考えて、あまりよく眠れなかった。
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