(4)
入学後に学園へ馴染むためのオリエンテーションがひと段落したところで、わたしは疑念を確信に変えた。
――避けられてる……!
そう、絶妙に他の同級生たちから避けられているのだ。ここで「なんで避けられてるの~? わたし、わからな~い」などと能天気に言える人間であれば、そいつはボッチでも耐えられるやつに違いないとわたしは思う。
わたしの場合はそうではなかった。ボッチには耐えられないし、同級生たちに微妙に距離を置かれ、避けられていることへの心当たりだってあった。
まずわたしが珍しい光属性持ちの人間だという理由。希少価値の高い技能を有する人間というだけで、勝手に特別視してきたり、一方的に敵愾心を募らせる人間というのは、どこの世界にもいるだろう。
次に平民だという理由。このディアモンド魔法学園は平民にも門戸を開いてはいるものの、魔法を扱える人間というのは圧倒的に中流階級より上の階級に多いため、必然的に高い身分を持つ生徒が多く在籍している。歴史的に上流階級に属する貴族の家系が、意図的に魔法を使える人間を血筋に取り込んできたから……という背景があるから、だそうだ。
つまり、わたしは珍しい光属性持ちに加え、学園では少数派である平民であるから、浮いてしまうのは自明の理、というやつなのだろう。
加えて、ものすごく今さらながら、デイヴィッド殿下への対応は間違っていた気がする。王室至上主義者なんかには、あのときのわたしの態度は不敬と映ってもおかしくはないだろう。
――入学早々、やらかしてしまったのかもしれない……。
放課を告げる仰々しい鐘の音がスピーカーから鳴り響く中、わたしは暗澹たる思いで教科書とノート、筆記類を指定カバンにしまい込む。
幸いにも、始まったばかりということもあって授業についていけない……というような事態は今のところ回避できている。これで劣等生であれば、さらに悪目立ちすること間違いなしなので、寮に帰ったら予習復習に徹しようと心に決めた。
――今のところ、余暇に付き合ってくれる友人がひとりとしていないわけだし……。勉強しよ。
「さようなら」「このあと、カフェテリアでお茶しません?」「いいですわ」……そんな優雅な会話を尻目に、わたしは重いため息をひとつ吐いて、カバンを手にイスから立ち上がった。
「もし、サマーズさん?」
「……えっ? はい? わたしですか?」
急に声をかけられたため、わたしは素っ頓狂な声を出してしまう。それを恥ずかしく思いながら、改めて声がした方向へと顔を向けた。
ワンピースタイプの白い制服を優雅に着こなした女子生徒がふたり、わたしがついていた席に近づいてくる。わたしも当然、同じ制服を着ているのだが、どうしても「着られてる」感があるのに対し、この女子生徒ふたりは伝統ある――そしてちょっと時代遅れな――制服を完璧に着こなしていた。
顔はローズマリアほど派手な美女というわけではなかった、わたしと比べればじゅうぶんに華やかで整っている。ちょっとした所作から、彼女らが中流階級以上の人間だということがありありとわかった。
制服の襟に通したリボンタイはブルー。サファイア寮の寮生だということだ。ちなみにわたしのリボンタイはレッド。ルビー寮であるので、彼女らとさして面識がないのは不思議ではなかった。
そうであるからして、なぜ呼びかけられたのかわからずに、わたしは恐らくは間抜けに丸くなった目を向けていたことだろう。それがおかしかったのか、女子生徒ふたりはクスクス笑いをしてわたしを見る。
なんとなくその笑い方にイヤなものを感じたが、頭から決めてかかるのもよくないかと思い、その直感を振り払う。
「初めまして。私はレティシア・チェンバース。こちらはパンジー・ウッド」
「初めまして、サマーズさん」
「えっと……は、初めまして。エマ・サマーズです……」
声をかけてきた理由がハッキリしないため、わたしはどういう態度を取るべきかわからず、困惑のにじんだ声で自己紹介を返す。
ちらりとレティシアのエバーグリーンの瞳がきらめいたような気がした。そこにやっぱりイヤなもの――意地悪な空気を察知して、わたしは背中にちょっとだけ冷や汗をかく。
こういう目はしっている。前世で見たことのある目だ。そう、わたしをからかうときの見た目だけカワイイ女の子のイヤなきらめき――。
「サマーズさん、このあとお暇?」
「え、えと……」
なんだかイヤな予感がざわざわと胸の中でざわめくので、「残念ながら」と答えようとしたが、それより前にレティシアと名乗った女子生徒が身を乗り出してわたしの手を取った。
突然の――わたしからすると――遠慮のないスキンシップにおどろいて、言葉が喉の奥へと引っ込んでしまう。ああ、こういうとき、『ディアりっ!』のエマだったら、そつのない受け答えができるのにと、わたしは情けない気持ちに襲われた。
「そんな気後れしたような顔をしなくてもいいじゃない」
「そうよ、私たちお貴族様じゃないし――」
「そ、そうなんですか?」
「ええ、実家は商売をしているの」
「私の家も」
レティシアとパンジーは人のよさそうな笑みを浮かべて気安げな様子で告げてきた。ふたりは裕福な商家のお嬢さん、といったところだろうか。髪も肌も綺麗だったし、指先だって整えられている。対するわたしのみすぼらしさったら!
「平民の生徒同士、仲良くできないかと思って」
「ほら、この学園って上流階級の生徒が多いでしょう? そんな方たちとはなかなかお友達になれなくって、さみしい思いをしていたの」
ニコニコ。そんな音が聞こえてきそうなふたりの笑みを見て、わたしは段々と疑ってかかった自分を恥じる気持ちが湧いてきた。
あきらかに裕福そうな見た目のふたりを、わたしと同じ平民というくくりに入れていいのかはよくわからないが、仲良くなりたいと言ってきている相手を、突っぱねるのも気が引ける。
「わたしなんかでよければ……」
「ありがとう! 光属性を持ってるってきいたから、どんな人なのかなあって思っていたの」
「ふふ、いい人みたいで安心したわ」
「いえ、ぜんぜん、わたしなんていい人じゃ……」
前世では友達らしい友達なんていないという、さみしい生活を送っていたわたしの胸は、いつの間にかぽかぽかと温かくなり始めていた。
爵位を持たない平民と言ったって、明らかにわたしと彼女たちは身分が違う。けれども友情が生じない可能性はゼロではない――。
……そうやって胸を躍らせていたわたしは、思い返せば馬鹿の極みである。過去にそうやって親切ヅラした人間に裏切られたことがあったじゃないか、と今なら言える。
「珍しい光属性持ちだからって、いい気にならないことね!」
「ああやだ、演技でもあなたに触っちゃったなんて!」
「そこで洗いなさいよ。貧乏がうつってしまうわ」
「そうするわ。……ああやだ、冴えない貧民に触っちゃうなんて!」
友達になろうと馴れ馴れしく近づいてきたわりに、わたしのことを決してファーストネームでは呼ぼうとしなかったふたり。そんなレティシアとパンジーに女子トイレの個室に閉じ込められたわたしは、落ち込みながら途方に暮れるしかなかった。
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