(2)
『ディアモンド魔法学園の聖女様は逆ハーレムなんてお断りっ!』……作者と読者による略称は『ディアりっ!』。
あらすじは――たしか、こんな感じだった。
――エマは珍しい光属性の魔法に目覚めてディアモンド魔法学園へ入学した、ごく普通の平民の女の子!
入学早々、その物珍しさから衆目を集めたエマは、ひょんなことからデイヴィッド殿下から直接生徒会に誘われてしまって……?!
次々と有名な男子生徒と望まず知り合いになってしまったエマだったが、そんな彼女をよく思わない声も出てきてしまう!
「だれが逆ハー女だ! わたしは勉強を頑張っていいところに就職したいだけなのに~!」
悪役令嬢のローズマリアを筆頭に、敵視までもを集めてしまったエマの運命やいかに?!
これは、いずれ“ディアモンド魔法学園の聖女”と呼ばれることになる女の子の奮闘を描く物語。――
……作者の名前は思い出せない。結構な文字数があり、評価ポイントもそれなりに集めていたが書籍化はされておらず、イラストなんてなかった。だから、ローズマリア・ディ・スプリングフォードと呼ばれた、特徴的な容姿の女子生徒を見てもすぐに『ディアりっ!』と結びつけて考えられなかったのだ。
でもその「ローズマリア・ディ・スプリングフォード」という長ったらしい名前だけは、かろうじて覚えていた。だから、わたしはどうにかこうにか『ディアりっ!』を思い出すことができたのである。
『ディアりっ!』のヒロインであるエマは、あらすじの通りの「ごく普通の女の子」ではない。いい意味で裏表がなく、天真爛漫だが心優しくも芯の強い女の子……という、「そんな聖人君子はいねえよ」と言われそうなキャラクターだ。
でも、フィクションだからそれでいいのである。わたしだって上記のような感想をエマに対して抱いたが、じゃあ日々の束の間の息抜きに読むアマチュア小説のヒロインが、現実的なイヤな部分を持ち合わせたキャラクターだったら読みたいかと問われると、それはNOである。
そういう主人公が出てくる小説が読みたい場合は、純文学の商業小説でも買って読む。わたしの場合はそうだった。
そんな感じで『ディアりっ!』のヒロインであるエマは、「いい意味で表裏がなく、天真爛漫だが心優しくも芯の強い女の子……」なわけだが、当然のようにわたしは――この現実を生きるエマ・サマーズは違う。
裏表がない? そんなわけありません。
天真爛漫? 一六+前世の年齢を合わせてそんな無邪気なわけありません。
心優しい? そうであればあの小柄な女子生徒を助けてる。
芯の強い? 芯なんてないし、強くもない。そうであれば同上。
……これこそ、「ごく普通の女の子」ってやつじゃないだろうか。
すなわち――わたしはエマ・サマーズであっても、『ディアりっ!』のエマ・サマーズではない、ということが明らかになった。
もし、この世界が『ディアりっ!』のストーリーラインをなぞっているのだとしたら、わたしは今後逆ハーレムを築くことになるわけだが……まったく想像できない。
逆ハーレムモノは好きだったけれど、わたしの感想ではあれはファンタジーだ。ファンタジーだからいいのだ。現実だと気苦労が多そうだし、そもそもわたしにはハーレムの構成員を満足させられるほどの甲斐性なんてない。なにせ、前世は筋金入りの喪女だったのだから、ハーレムの構成員を身体的にも精神的にも経済的にも満足させられるわけがないのである。
そして見逃せないのが『ディアりっ!』には「悪役令嬢」ポジションのキャラクターが存在する、ということである。
もう、そのまんま、「悪役」の「令嬢」。それが――ローズマリア・ディ・スプリングフォード。
プラチナブロンドのツインテールを縦ロールにした、いかにも「悪役でございます」といった容姿の美女。それが『ディアりっ!』に登場する「悪役令嬢」ローズマリアである。
ローズマリアはエマと違って、闇属性を持つ嫌われ者。
過去に大罪を犯した人間が闇属性持ちだという理由だけで、エマたちが生きる現在では闇属性持ちはあからさまではないが差別を受けている。
ローズマリアもそれは例外ではなく、闇属性持ちゆえに疎まれ、いじめられて育ったせいなのか、傲慢で思いやりに欠け、ひねくれた自己中心的な人物として『ディアりっ!』では描かれる。
闇属性持ちというだけで恋をあきらめていたローズマリアだが、デイヴィッド殿下を一方的に恋慕った挙句、彼といい雰囲気になったエマに嫉妬し、狂って行く――というのが『ディアりっ!』におけるローズマリアである。
可哀想なキャラクターなんだけれど、そういう同情を引くような過去があることは、感想欄では賛否両論だった。
わたしはまったく気にならなかったけど、同情できる悪者は、扱いによってはモヤモヤが残ったり、後味が悪くなったりするから、まあそういう感想は理解できないでもない。
そんな風に勝手に狂って行ったローズマリアは、最終的に闇魔法を暴走させるものの、エマの光魔法によって浄化されて改心するから、完全な悪者ってわけじゃあないんだけど……。
しかし、と思いつつ、わたしは「ローズマリア・ディ・スプリングフォード」と呼ばれた女子生徒を見る。
『ディアりっ!』に登場する悪役令嬢ローズマリアと比べてあまりにも――あまりにも、雰囲気が違いすぎる。
容姿は『ディアりっ!』で描写されたものと大差はないように思える。けれどもあまりにも雰囲気が違う。まとっている空気が違う。
『ディアりっ!』のローズマリアは、雑に言えば「陰キャ」だ。陰気で根暗なキャラクターとして描かれている。デイヴィッド殿下にハッキリとしたアプローチができないくせに、エマが近づいただけで恋慕の情を邪魔されたと怒り狂う、理不尽な陰キャ。それが『ディアりっ!』のローズマリアである。
けれども――小柄な女子生徒と高飛車な三人組のあいだに割って入ったローズマリアは、どうだろう。
凛とした声に、シャキッと伸びた背中。足取りは上品かつ優雅で、その瞳には卑屈さの影はひとつとしてない。
彼女は『ディアりっ!』に登場する悪役令嬢と同じ名前で呼ばれたが、その印象はあまりに違いすぎる。
だからきっと――この世界は『ディアりっ!』と似ているが、異なる世界なんだろう。
だから、この世界の「エマ・サマーズ」は聖人君子じゃないし、「ローズマリア・ディ・スプリングフォード」は悪役令嬢じゃない――。
「貴女方の口は、そのような意地悪を言うためにあるのではなくてよ」
三人組の前に立ったローズマリアの姿は、「威容」と形容するにふさわしい、堂々としたものだった。怯えの感情は、どこにも見られない。それでいて三人組に対する侮蔑の色も見えない。
凛としながらも、優しく、諭すような声音でローズマリアはそう気づかうように言った。心から、そう思っているとわかる響きを持った声色だった。
「ふ、ふんっ! 木っ端貴族がよくもわたくしの前に出れたものですわね!」
「この学園で身分の上下を問うなど野暮なことですわ。同じ学び舎で机を並べる学徒同士、つまらない意地悪を言うではなくて、一心に勉学に励み、お互いを高め合うのが正道ではないでしょうか?」
ローズマリアの紫色の瞳が、キラリと輝いたように見えた。
「な、なによ、エリザベス様は意地悪などされていませんわ!」
「まあ、そうでしたの? けれどもレベッカ様は泣いておられますわ。それは、エリザベス様のお言葉に傷ついたからではなくて?」
「エリザベス様は本当のことを言って差し上げただけですわ! それを意地悪と取るなどと……心がさもしい証拠です!」
「本当のことであればなんでも言ってもいい、というのは、わたくし、あまりにも幼稚だと思いますの。それと、先ほどから『エリザベス様が』とばかり言っておられますが、メアリー様もマチルダ様も、同じように意地悪な物言いをされていたではありませんか。今一度さきほどのお言葉を省みてくださいませんか? きっと、それは貴女方のためになると思いますの」
ローズマリアが一歩前へ出たので、三人組は一歩うしろへ下がった。ローズマリアの後ろにいるレベッカと呼ばれた女子生徒は、ハラハラしながら四人を見守っている。もう泣いてはいないようで、そのまなじりからは涙が引いていた。
「わたくし……このままではよくないと思いますの! 無意識の内に意地悪を口にしてしまうなんて、そんなに悲しいことってありませんわ」
「だ、だから意地悪では――」
「指摘してくれる方がいらっしゃらなかったのよね? ああ、お可哀想に。けれどもわたくしたちはまだ子供ですもの! まだじゅうぶんにやり直しができますわ!」
「だ、だから――」
「エリザベス様、メアリー様、マチルダ様! 自らの悪しき部分と向き合える、良い機会を得られましたね! これは僥倖ですよ! さあ、今一度ご自身のお言葉を省みてレベッカ様に謝罪しましょう!」
ローズマリア・ディ・スプリングフォードは――端的に言えば「善人」なのだろう。けれどもエリザベスたちからすればそれは「善意の押しつけ」にほかならず、「お節介」で「大きなお世話」というやつであった。
その場にいた、だれもかれもが――もちろんわたしも――ローズマリアの「善意」の勢いにたじたじになっていた。
「……頭を打ってから、あんな感じらしい」
野次馬の輪の内で、だれかがそんなことをささやいた。
「意識せずとも意地悪を口にしてしまうお心こそ、『さもしい』と言うのですよ。けれども大丈夫です。今日、わたくしがそれを指摘しました。ですからもう、エリザベス様たちはきっとそのような『さもしい』自らを反省し、二度と意地悪を口にはしないでしょう――」
ローズマリアとあまりにも話が噛み合わない上に、嫌味が効かないさまを見たからか、エリザベスたちは「ふんっ!」と鼻息荒くして優雅とは言い難い足取りでその場を去って行った。
一応、決着がついたので、自然と野次馬の輪もほどけて行く。けれどもわたしはローズマリアとレベッカから目を離せずにいた。
「さあ、これで涙をお拭きになって。淑女の顔に涙は似合いませんわ」
「あ、はい……。ありがとうございます……」
ローズマリアの言動が正しかったのか、わたしにはわからない。
けれども彼女がレベッカという女子生徒をひとり、窮地から救ったことだけはたしかだった。
――ここは、『ディアりっ!』の世界に似ているけれど、決定的に違う。
レベッカに向かって微笑むローズマリアを見ながら、わたしはそんな確信を抱いた。
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