洞窟
洞窟の中を貴帆は1人、慎重に歩いていた。
岩とまではいかないが固い土の凸凹が速度を落とすように足を取る。無骨な壁に反響してくぐもった不規則な音の足元が響いていた。
なぜ1人かって。それにはそこそこややこしい理由がある。
勇者がクエストを受けていると言われたその後。
あの受付のお姉さんに、勇者の居場所を聞くと「これ以上は個人情報ですので」とバッサリ拒否された。クエストを受けないものが無断で乗り込むのが禁止されている洞窟なのだという。貴帆が受けるしかないと言うと雨虹はやはり心配し、お姉さんとの間に火花が見えていた。それをなんとかなだめてここまで来たのだった。
あの2人の恐ろしい笑顔は一生忘れない気がする。
それにしても、と貴帆は1人で歩きながら思う。
「雨虹さん、私のこと守るって言ったけど戦えるのかな……」
彼は現在勇者の居場所を効率よく探し出すべく、単独行動で迷わないよう、勇者だけでなく貴帆と雨虹の3人の足跡を辿れる魔法陣を作っている最中だ。完成するまでに少し時間がかかるとの事で、貴帆は周囲の地理感覚を得るため、雨虹から離れすぎないくらいの距離感で歩き回っていた。
そんな頭脳派でサポート中心な雨虹が武器なんて所持しているようには見えなかったし、あの穏やかな笑顔で人を切りつけるなんて想像出来ない。いや、もしかしたら魔法が使えるのかもしれない。しかし戦っている姿より紅茶を注いでいる方がしっくりくる彼のことだ。百戦錬磨とまではいかないだろう。
そう言う貴帆は剣など手にするのも初めてだ。まともに戦える人はいた方がよかったかもなと今更思う。
でもこの洞窟のどこかにいる勇者を探して、それに黒幕を倒させればこの旅も終わりだ。私は晴れて何の心残りもなく現実世界に帰ることができる。
そう思って足を速めた時だった。貴帆の体が傾いた。ボロボロと足元の岩盤が崩れていく振動が、足の裏から伝わってくる。
落ちる。
顔に石や砂が降りかかる中、咄嗟に手をのばす。だが空中を虚しく掴むだけで、重力が等しく体を底へ底へと引きずり込むのがわかった。
下は怖くて見られなかった。
ああ、終わったな。
ゆっくり落下していきながら、迷わずそう感じた。
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