目覚めの出会い
ふと意識が戻ってきた。
貴帆は節々が固まったような感覚に逆らってゆっくりと起き上がる。
頭が重い。
背中が痛い。
手足が痺れる。
見上げると、貴帆が落ちてきた穴がポッカリと空いていた。ここまで結構な高さがある。どうやって落ちたのかは記憶に無いが、重症を負っている訳でもないようでほっとした。助かったのがむしろ奇跡だなと思いつつ、辺りを見回そうと右を見た。
人がいた。
背中に大剣を担いだまま、まだ若い男が岩壁に寄りかかって寝ている。橙色に近い赤髪も顔も体も洞窟内にいる割には清潔な印象だ。暗めの赤が基調の服は使い込まれてずっしりと丈夫そうで、鍛えられた体も相まって冒険者の風格が感じられる。
改めて貴帆の寝ていたところを見た。頭のところには、折りたたまれた布が敷いてあった。
きっとこの人の持ち物だ。
とりあえずその布を手に取り、砂を払った。広げてみると大きめの細長い形で、マフラーのような用途の布だと思われる。綺麗な緋色で肌ざわりも良く、それになぜだかスパイスのように刺激的な異国の香りがする。
「あ、起きたんだ」
しげしげと見ていたところに突然声をかけられてビクンと肩が震える。
あの男が伸びをしていた。
「休憩してたら上から落ちてきてびっくりしたよ。もう大丈夫なのか?」
「その……助けて頂いてありがとうございます。大丈夫です」
貴帆がそう言うと、男は満足気な笑みを浮かべた。
「まあこの俺に助けられたのが不幸中の幸いってやつだな!」
わかる。
面倒くさい奴だ。
これは大変なことになると貴帆の脳内で警鐘が鳴る。一刻も早くこの場を立ち去らないと、この自信家が何を言い出すかわからない。
それに、トレアキサンダー・ナオボルトを探さなければいけないのだ。ここで道草を食っている場合ではないし、雨虹にも心配される。
早々にお礼を言って立ち去るのが最良だと結論づけた。
「ありがとうございました。私は先を急ぐので……」
立ち上がろうとする。すると足首に激痛が走り、力が抜けて体がぐらりと傾いた。また転ぶと思うと怖くて目をつぶった。
「おっと危ない、足首痛めたみたいだから無理に立ち上がらないで」
その声にはっと見上げると男が貴帆の肩をしっかりと掴んで支えていた。彼はつい数秒前まで貴帆に手が届かない位置で寄りかかってあぐらをかいていたはずだ。それにも関わらず貴帆を片腕で抱きとめ、もう片方ではちゃっかり貴帆が返そうとしていた布を受け止めていた。
只者では無い瞬発力と動体視力である。本当なら知らない人が苦手かつこんな自信家は御免な貴帆ですらも、すごいと感心してしまう。
男に言われるがまま近くの岩に座ると、彼は袋から色々と取り出した。
瓢箪のような形の水筒らしきものや葉が丸められ液体に浸されている小瓶、塗り薬のような平たく丸い入れ物もある。
「足の傷多いんだからちゃんと手当てしないと危ないぞ。てかこんな短パン履いて足の装備ブーツとソックスってヤバいな、お前。」
笑いながらそう指摘され、改めて足を見てみると擦り傷や切り傷だらけだった。
戦ったり怪我をすることを想定しておらず、装備は最低限で動きやすい装いにしたため仕方がないのだ。上半身は7分袖の薄い黒ロンTの上に布のノンスリーブトップス。下半身はショートパンツとハイソックス、ブーツだった。
初期装備に防御力も何もあったものでは無いのは確かに否めない。
男は気さくに話しながら手慣れた様子で次々と応急処置を終わらせていく。
手際が良いと褒めると、彼は得意気に顔を綻ばせた。
「まあ勇者のナオボルトともなると何でもできるってわけよ!この俺に手当てされるなんて滅多にないぞ、感謝しろ?」
──勇者のナオボルト。
彼は今確かにそう言った。
「え、あの今ナオボルトって聞こえたんですが、お名前は……?」
「ん?まだ名乗ってなかったか。俺は勇者のナオボルト。トレアキサンダー・ナオボルトだ!」
関わりたくなかった自信家は、朗らかにそう名乗った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます