リナートスの勇者

 勇者がいるらしいリナートスという街は、領内国内どちらにおいても有数の大都市らしかった。深緑の中にある領主邸宅とは打って代わり赤褐色の石造りの建物が聳え、無数に張り巡らされた石畳の道路は擦り減って歴史の長さを物語る。そんな中心都市だからこそ国内三本指に入る冒険者と言われる実力をもつお目当ての勇者、トレアキサンダー・ナオボルトもいるという。


 この先には何が待つのだろうか。

 きっと勇者を仲間にして魔王など敵のいる城へ乗り込み征伐して、タカホを無事に取り返す。そんな円満で期待通りの在り来りな展開。そうして貴帆はさっさと元いた世界に戻るのだ。


 そう心に決めてあの江ノ電まがいの電車を降りると、またモーントシュタインがあった。これは駅のホームようなものらしく、合言葉と目的地を唱えるとそこまで飛ばしてくれる。仕組みに慣れないながらも、ちらほらと足元に灯り出す人々の一日の始まりを見下ろして雨虹と共に市街地まで飛んだ。



「あのー、勇者のトレアキサンダー・ナオボルトさんってどこにいますか?」


 町役場のような円形の建物に入って、受付の女の人に聞いた。朝早くの目には眩しい金髪ボブの綺麗な人だ。しかし顔立ちは整っているものの、無表情のためどこか飄々とした冷たさや無機質さが感じられる。その受付嬢は答えないまま貴帆と雨虹を順番に見る。


「あの……?」


 貴帆が声をかけるのを遮り、彼女は


「あちらにかけてお待ちください」


 と長椅子を手で示した。


 言われるがままに貴帆は座り、雨虹はその横に立つ。


「さっきの人、なんで何も言わなかったんですか?何か私変なことしたかな……」


 不安がる貴帆に雨虹は「いえ」と優しく首を横に振る。


「ステータスチェックですね。他人のステータスを見ることの出来る資格を持つ人のようですから、あの人は優秀な方なのでしょう」


 ステータスというのはあれだろう。よく異世界もので主人公がひょんなことから起動させ、それに驚いて異世界を受け入れ始めるというオチのある自分の能力一覧機能。気軽に覗けるものだと思っていたのだが、「優秀な方」とは一体どういう事だ。


「ステータスって誰でも見られるものではないんですか?」


 堪えきれずそう尋ねた貴帆を、雨虹は驚いて見つめる。


「いえ、ステータスチェックスキルには資格試験があります。個人の能力を数値化、具現化して見るものですから魔力と思考回路、悪用しない道徳観念が求められますね」


 ──自分の知っている異世界の常識は通用しなかった。


 そうこうしているうちにあの受付嬢に呼ばれ、先程のカウンターに戻った。

 彼女は分厚いノートを広げていて、どうやらそれには勇者や魔法使いなどの冒険者が今現在挑戦中のクエストが記してあるようだ。


「トレアキサンダー・ナオボルトさんですね」


 白くて細い女らしい指で、名前の欄をなぞっていく。彼女の指が止まった。そこにはトレアキサンダー・ナオボルトの名前がある。


「彼は今個人向けのクエストに参加しているようです」


「いつそのクエストが終わるかわかりますか?」


 このまま待っていれば勇者を見つけられる。勇者を探すのだからもっと苦労するかと思っていたが、楽勝なようだ。


 すると受付嬢が言った。


「そうですねー。無期限の魔獣討伐クエストで洞窟へ行っているので、いつになるかは未定だと思われます」


 はぁっとため息をつく。

 そんないつまでも待てる訳では無いのだ。ウルイケ領の未来がかかっている。貴帆達が抱いた束の間の希望は閉ざされた。

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