第3話 来訪と魔法
アレンが鎧と剣を探し始めて幾時間過ぎた頃、あることに気がついた。
それは、この家がどの道を進んでもまた同じ場所に辿り着くということである。
にわかには信じ難い話だが、確実にそれぞれの部屋から離れている筈なのに、何故かどちらかに辿り着いてしまう。こんなことを幾時間続ける内に、アレンの精神は摩耗していき、今や疲れきってソファに座り込んでいる。
幸い、水分はキッチンの水道で確保出来たのだが、食料だけは一切見当たらない。お陰で更に疲労が溜まるばかりだ。
俺は何か気を紛らわせるものを探すため辺りを見渡した。目に止まったのは部屋の天井にまで達せんとする本棚に敷き詰められた無数の本。
アレンはその中から、選ぶでもなく適当に一冊引き抜いた。その本を抱えたまま、再度ソファに座り込み、表紙を開く。その本のページは、なんだか古臭く茶色に変色していた。内容はどうやら噂話ではよく聞く〈魔女〉の話だった。
魔女の特徴
・ある点以外、人間と比べ外見などに殆ど大差はない。
・魔女は各々が不思議な力を操る。魔女の始祖は天変地異を操る程の力を持ち、その力を『魔法』と名乗った。魔女が畏怖される理由はこれが大きい。
・魔女は基本的に不老不死である。首を刎ねようとも、体内にある『魔力』の根源である『マナ』を使用し、再度自己を形成する。
ここまでは、アレンは国に伝わる噂や童話などでよく聞く話だった。
魔女は化け物の一種、という観念はこういうところから来ているのだろう。それにしてもこの本はどこかおかしい。何か異変があるというわけではないが、こんな伝承の産物をまるで研究でもしていたかのような著し方をしている。まぁ、誰かの妄想だとは思うが。
まるで流し読みをするようにさらっと読んでしまったが、次の文章で俺は目を見張ることになる。
・魔女の派生方法は確定的にただ一つである。それは人間である女性に魔女が『マナ』を体内に大量に『マナ』を与えることである。男性でも魔女としての特徴は持つが、派生能力は皆無である。この関係を眷属の関係という。両性の共通点としてあげられるのは――――
――――体に花の痣があるということだ。
「花の......痣......?」
手から本が零れ落ちる。何か冷たいものが首を伝った。触れてみると、それは汗だった。
まるで人間のものでは無いように冷たくて、それが更にアレンを恐怖させた。自然と動悸も早くなる。もう一度確認してみれば、もしかしたら見間違いだったかもしれない。
そもそも、こんな御伽噺を本気にする方がおかしいだろ。
魔女なんているわけがないんだから。
そんな思考がアレンの中に渦巻くが、本当は自分自身で分かってしまっている。
そもそもの話なんだ。
最初からおかしかったんだ。
俺が蘇った時点で、俺は化け物の仲間入りしてたんだ。
アレンは最後の希望を託すように、切羽詰まった顔で再度姿見の前に立った。
しかし相も変わらず、存在感の強い痣は首に刻まれており、やはり百合の花の形をしていた。
アレンはその場にへたり込んだ。
全てが終わったような気分だった。
「どうやって国に帰るんだよ......俺......」
そう目を虚ろにやりながら呟く。しかし、それは誰にも答えられることなく静寂に消えていった。
次の瞬間だ。遠くで、ガチャリとドアの開く音が聞こえた。
アレンはその音に敏感に反応する。
「誰か来た......魔女か......!?」
足音がゆっくりとリビングに近づいてくる。しかしアレンにはどうすることも出来ない。
逃げ場もなければ、戦う術もない。
どうすれば――――
俺の視線がキッチンに止まった。
そして俺は薄く笑みを浮かべた。
足音が大きくなると、ゆっくりとドアが何もなかった筈の壁に浮かび上がり、そのドアがゆっくりと開かれる。
その先のリビングでは、俺がその者を待つように立っていた。
その手にはキッチンから持ち出したであろう包丁が握られている。
「よぉ、一応聞いておくが、あんたは魔女か?」
その質問に、少女は笑って見せた。
「魔女だったら、殺すの?」
まるで青空を透過したかのような青く透き通った色の目と髪の上に真っ黒のとんがり帽子を被り、10代後半程の背丈に合った黒いローブを羽織る少女。
肌は病的なまでに白く、童顔で綺麗な顔立ちをしている。
「あぁ、殺すよ」
アレンは包丁の先端を少女に向けながら、冷酷にそう答えた。
「何のために?」
それでも少女は調子を変えずに嘲笑うかのような笑みを浮かべている。
「――――人間に戻るため」
「......人間って楽しい?」
突然そんなことを聞いてくる少女は、立つのが疲れたと言わんばかりにソファに飛び乗った。
「何故そんなことを聞く?」
「ボク、人間の感覚を忘れちゃったから。もう死ぬとか生きるとかもよく分からないし、欲望とかもないし、ただ延々と毎日を重ねてくだけなの」
天井を仰ぎながらそう言う少女。
アレンは先程読んだ本の内容を思い出した。
『魔女は不老不死である』
――――本当にそんなことが有り得るのか。
「死ぬって何? 生きないこと? じゃあ生きるって何? 多分ボクは定義としては生きてるけど、人としては死んでるよ」
虚ろを見ている少女の目が、アレンに訴えかけてくる。
俺は本当にこの少女を殺せるのか?
俺は本当に、この少女を殺していいのか?
何度も思考を巡らせ、頭を掻き、切羽詰まった表情で考え抜いても、どうすればいいかは分からなかった。
「......一つ聞くぞ」
「何かな?」
「あんたはなんで......俺を助けたんだ?」
少女は少し考える素振りをして、しかしすぐにやめた。
「さぁ? なんでだろうね」
「......は?」
「ボクもよく分からないよ。元々感情なんて忘れちゃった身だし。だけど多分君のことは
まるで深淵のような双眸が俺を嘲笑うようにこちらを見ていた。
少女の口が三日月の形に広がっていく。
暇つぶし程度にでも考えてたんじゃないかな」
淡々と抉るような言葉を綴る少女。
呆気に取られた俺は、意識を戻すと憤る感情に苛まれナイフを振り回す。
「何言ってんだよ! あんたが俺を蘇らせたんだろうが! あんたが俺を! 化け物にしたんだろうが!」
アレンは少女に向かって怒鳴り散らす。しかし、少女は悔やむような様子もない。ただ俺の言い放った言葉にピクリと身体が動いた。同時に俺を睨みつける。
「......君もボクのことをそういう風に呼ぶんだね......」
少女は睨みつけるようにアレンを見て、手を翳す。
「もう帰りなよ。君はもう......要らない」
「うっ......!?」
瞬間、少女の手から水流が噴き出す。
威力も水圧も高く、アレンは一瞬でリビングのドアに打ち付けられそうになるが、同じタイミングでドアが開かれる。
「おい待て! 待てよ!」
アレンの咆哮も虚しく、そのまま玄関らしき場所に九十度角度を変えて運ばれる。玄関のドアが開くのと同時に、水流は突然勢いを止めた。
そのまま外にもの凄い勢いで追い出されるアレン。地面にぶつかる直前で兵士さながらの受け身でなんとか衝撃を受け流すが、少し身体が痛む。
アレンが身体を起こして立ち上がる頃には、もうドアは閉まりきっていた。
目の前に誰も住んでいないような古びた大きな屋敷が立っている。
「うっ......痛い......あの魔女、魔法を使いやがった......!」
魔法なんてものもあるのかと驚く暇もなくその威力を体験したので、最早疑う余地もない。
あの水流は一歩間違えれば身体を抉っていただろう。そう思わずにはいられないほどに今も衝撃が俺の身体を揺さぶっている。
しかし......
「......まぁ、結果オーライだ。何はともあれ外には出れたんだから......」
気を取り直してさて、と大きく伸びをするアレン。
自分がどう受け止められるかなどまだ分からないことだらけだが、やってみるしかない。
それしか、方法がないのだから。
「......よし、帰るか」
そう言ってアレンは、道も分からない森の中を彷徨い始めた。
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