デートに誘われました、おじさんっ


「おじさん、私、この日曜って、ひま?」


 夕食のとき、薬味のたっぷりのった揚げ出し豆腐を食べながら、優は、舷に訊いてみた。


 舷は眉をひそめ、

「お前がひまかどうか、俺が知ってるわけないだろう」

と言う。


 いや、ごもっとも……。


 家の用事がなにかあったりするかな、と思って訊いてみたのだが。


「日曜日、なにかあるのか?」

と舷が窺うようにこちらを見ながら、訊いてくる。


 いや、ちょっと、と言うと、舷は、

「王子か?

 教師か?

 ヤンキーか?」

と訊いてきた。


 何故、その三人……。


 っていうか、薫ちゃんまで紛れてるけど、と思いながら、まだ、返事をしないでいると、

「デートか?」

と訊かれる。


「いや、デートとは言われなかったけど……」

と言いながら、優は少し赤くなった。


『お前は俺と結婚してくれなきゃ困るんだ。

 だから、日曜は出かけよう』


 ――と言われただけですよ、と言ったものかどうか、迷っていると、こちらの顔を見ていた舷が、


「なんだ、伊吹か」

と言い出した。


「な、なんでわかったの?」


「お前の顔を見てればわかる」

と舷は言う。


「伊吹もいいが、王子もヤンキーも悪くないと思うぞ」

「え……」


「だが、今のままじゃ、誰にもお前はやれないな」

「いや、そんな話じゃ――」


 先生だって、私のことを好きとか言うんじゃなくて。


 よくわからないけど、復讐のためとか言ってるし、と思っていると、

「伊吹と王子には策略がある。

 ヤンキーはヘタレてる。

 だから、駄目だ」

と舷は言う。


 いや、ヘタレてるは、悪いことしてるわけでもないのに、可哀想では……。


 っていうか、薫ちゃんは別に私のことを好きというわけではないしな、と思っていると、舷は、


「まあ、誰であろうと、お前を嫁にもらいたいのなら、まず、俺を倒してからだな」

と言い出した。


 舷の筋骨隆々とした腕を見ながら、


 ……一生嫁にいけそうにない気がするんだが、と優は思っていた。


 


 夕方、伊吹が考え事をしながら、学校を出て、商店街に向かって歩いていると、何処かで見た男に出くわした。


 小次郎だ。


「こんばんは、伊吹さん」

と笑いかけてくる。


 高見は居ないようだった。

 もう自宅に戻ったのかもしれないと思う。


「なにしてるんだ?」

と問うと、


「買い物ですよ」

と小次郎は言う。


 こんな老人がほとんどみたいな昔ながらの商店街にか、と思ったが、その手にはビニール袋が握られていて、ナスやキュウリがどっさり入っていた。


「伊吹さんは、何故、此処に?」

と逆に問われ、


「いや、此処は駅への近道なんだ」

と答える。


「電車通勤なんですか?」


「電車の方が渋滞に巻き込まれなくていいだろう」

と言うと、


「そうですね。

 でも、デートには車で行った方がいいですよ」

と小次郎は言い出す。


「大人になったら、付き合う彼氏が車を持ってるのなんて、当たり前になりますから、女性もなんとも思わなくなりますけど。


 今なら、車で迎えに行ったら、

 まあ、やっぱり、大人の男の人はなにか違うわ。

 って、思うと思いますよ。


 密室ですし、一緒に居るところを人に目撃される機会も減りますしね」


「……なんの話だ」

と機嫌悪く言ってみたが、


「デートなんでしょ、日曜日。

 優さんと」

と言ってくる。


 ……こいつ、実は校舎内にひそんでるんじゃないのか? と高見付きのお庭番を見た。


 俺が車で通勤してないことも、知っているのに、わざと振ってきたな。


 デートの話につなげるために、と思う。


「伊吹さん、今、渋い顔してらっしゃいましたね。

 日曜、優さんと何処に行くのかで、迷ってるんでしょう?」

とすべてを見透かす占い師のような顔で小次郎は言ってくる。


「なんでしたら、ご相談に乗りますよ」


「いや、結構だ。

 お前に話したら、高見に直通だろ」


「少々お小遣いでもいただけたら、しゃべりませんよ」

と小次郎は言ってくるが。


「いいや。

 お前はしゃべるさ。

 お前は主人を裏切ることはないだろうからな」


 そう言うと、小次郎は一瞬黙ったあとで、

「……その一言で、裏切ってもいい気に、ちょっとなりましたけどね」

と笑って言ってきた。


「まあ、褒めていただいたお礼にアドバイスですが。

 水族館なんてどうですか?」


「水族館?」


「最近の水族館は綺麗でお洒落なところが多いので、女子、好きですよ。

 昼間でも薄暗いのも雰囲気あっていいですしね。


 暗い中、手をつないで歩けるうえに、実際には昼なので。


 まだ明るいうちに家に送っていけるから、女の子の保護者の人にも、受けがいいです。


 なかなかナイスなスポットのひとつだと思いますね」

とお前は水族館の回し者か、と思うようなことを言ってくるが。


 ……まあ、一理ある。


「もっと詳しくアドバイスしてもいいですよ。

 貴方が――」

と小次郎はそこで一度言葉を切って、こちらの目を見る。


「タコの正体を話さないでいてくれるのなら」


 そう言ったときだけ、目が笑っていなかった。


 こいつ、何処まで知ってんだ? と伊吹は思う。


 だが、教師なので、つい、次の瞬間、

 そんなことコソコソ調べてないで、学校へ行け、と思ってしまったのだが。


 もしかしたら、学生服を着ているのは、油断させるためなのかもしれない、とも思っていた。


 不自然でなく、高見の側に居るために学生のフリをしているだけで、実は大人なのでは。


 ……じゃあ、これ、コスプレか?

とよく似合う学生服姿を眺めていると、


「ま、気が変わったら、また、ご連絡くださいよ」

と言って、小次郎は、ナスとキュウリをさげて帰っていった。


 ……どうやって、連絡するんだ。


 そして、その大量のナスとキュウリでなにを作るんだ、と思いながら、夕陽に向かって去っていく小次郎を見送る。


 しかし、水族館ね……と小次郎に言われたアドバイスを思い返しながら、駅に向かうため、向きを変えた瞬間、それは居た。


 わっ、と声を上げてしまう――。





 


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